「……はい! そこでちょっとくるっと回ってみて!」
「……こうですか?」
撮影スタジオの中央付近で、カメラを向けられながらくるりと一回転。スカートが舞い上がらないように注意を払いながら、綺麗にその場でするっと着地する。
制服の上にパーカー羽織っただけで来たもんだから、ちょっと足元が心許ない。
……しかし、動作そのものは綺麗だったとは思うけど、カメラマンさんも根津Pも表情がよろしくないな。
「表情が堅いねぇ。もうちょっとこう、ニコッってできる?」
「こ、こうですか……?」
ニ゛ゴォ゛……。
「う、ううん……もうちょっと自然に笑ってごらん?」
「が……頑張ります……」
悲しいかな、どうやらボクにとって笑顔というのは苦手科目らしい。
前世で、「喜びの感情は魂を濁らせる」なんてオサレなクソ理論でずーっと笑うことすら許されてなかったからだと思う。
……しかし、何でそんなことを強いられなきゃいけなかったのか。今考えるとムカつくな。
「え、笑顔……笑顔……」
ボクの後には、さくらさんと泉さん、亜子さんの撮影が控えている。あんまり長く撮影を続けるのもまずい。
……仕方ない。ちょっとズルしよう。
ボクの前に、もう晶葉さんも志希さんも撮影が終わってる。その時の笑顔を構造解析した上で
「なんか違和感すごいな」
「プロデューサーさんもそう思いますか」
ちくしょうボクの何がダメだっていうんだ。
ど、どど、どうすればいいんだ。ここまでやってダメなら、他に方法が分からないぞ……!?
まずい。まずいまずい、想定外だ。ぶたれるようなことは無いと思いたいけど、そうじゃなくてもこんなボクなんていらないって言われてもおかしくは――――。
「氷菓ちゃーん。一緒に撮ーろーうー」
「……ひぇ!?」
と。
唐突に、そんな軽いことを言いながら、志希さんがボクの隣に
「え……え?」
「ふむ、良い趣向だな。さくらたちも一緒にどうだ!」
「えっ、いいの!?」
「どーぞどーぞー♪」
「それじゃ一緒させてもらうで-!」
「え、ちょ、ちょ……」
見る見るうちに晶葉さん、さくらさん、亜子さんが続いてボクの近くにまで来る。
泉さんはどこか呆れてるような顔してるけど、こういうノリは苦手なんだろうか。
……って、そんなことより!
「な、なにしてるんです……? いいんですか、プロデューサー!?」
「いいんじゃない?」
「いいよ」
「いいの!?」
「よーしじゃあみんな変なポーズ! はい氷菓ちゃんもー♪」
「えひゃい!?」
志希さんの号令に合わせ、みんなが各々思う通りの変なポーズを
その瞬間に、カメラのシャッターが切られた。
「うん!?」
「よぉし、次はカッコイイポーズだ! フゥーハハハー!」
「にゃーっはっはっはー!」
「キメッ!」
「え、ええ、え、え!? あ、えこ、こう!?」
晶葉さんがどっかの狂気のムァッドサイエンティスト(二重表現)のポーズを再現するのに続いて、ボクら四人も思い思いのかっこいいポーズを取った。
こちらも、再びファインダーに収められる。いやいいのか!?
「あははは! よっしゃ、じゃあ次は~コレやろ、コレ!」
言って亜子さんがスマホの画面を見せつける。
ギニュー特戦隊であった。
「いや流石にこれは」
「とぉぅ!」
「!?」
の、ノリノリでやってやがる……!
ち、ちくしょう、こうなったらボクも乗るしかねえ、乗ってやる。乗ってやるぞ!
「いいよいいよー」
よくねえよ撮るな!!
うう……何なんだろう、この新春かくし芸大会というか新年会で無茶ぶりされる新人めいたノリ。
順応できてるさくらさんと亜子さん、すごいな……。
「じゃーあ、可愛いポーズ!」
次に、当然のようにさくらさんの指示が出された。
これ、やっぱりボクもだよね。か、可愛いポーズって……ええと。
「えっと、えっと……あ!」
さ、最カワッ☆ ポーズ!!
――――その瞬間、かしゃりとシャッターが切られるのに合わせて、周りの四人がみんな揃ってスッと立ち去って行った。
あとに残るのは、当然ボクだけ。可愛いポーズを取って、カメラをパシャリ。
結果、恥ずかしい写真と死ぬほど赤い顔のボクだけが残るのでしたとさ。
「ぬああああああああああああ!!」
「にゃっはははは! ドッキリ大成功!」
「……ッ! ……ッッ! ……くッ!」
「笑うなぁぁぁ!!」
声も出せないほど面白かったと申すか根津P! 誰もいなけりゃここで
ごめんそこまでやる度胸は無いわ! でも毛根くらいは死滅させてた!
「あっ、でもいい写真だよ!」
カメラマンさんからカメラを受け取って、そこに表示されている写真を見せてくるさくらさん。
まあ……確かに、その。さっきの、仏頂面よりはよっぽどいいと思うけど……。
「緊張もほぐれたやろ?」
「……まあ」
大声と素をちょっとだけ出して、さっきよりはいくらか表情もマシになった、と思う。
さっきよりも自然な風に薄く笑みを作ると、驚くほどすんなりと撮影は終わった。
なお、さくらさんや泉さん、亜子さんはもっと早く撮影が終わった。
泉さんはちょっと苦戦してたけど、それにしたってたかが知れる程度の時間だった。
少し泣く。
@―――@
そんなこんなで数十分ほどして、ボクらは社内のトレーニングルームに訪れていた。
どうやらここではダンスレッスンが行われるらしく、それぞれ持って来た運動着に着替えて、これからレッスンをするとのことだった。
ボクや晶葉さん、志希さんは今日が初めてなので軽く、と念押しはされたけど……ちょっと不安だな。
保育園なんかには入らなかった、というか入れなかったから運動会なんかは無かったし、小、中学校の授業の体育は……小学校に上がる前に錬金術を習得して運動している「らしく」見せる方法を編み出して以来、ずっとサボってたようなものだ。
「よし、それでは、ダンスレッスンを行う! ビシバシ行くから、覚悟するように!」
「「「はい!」」」
前に立ってボクらに指導しているのは、この業界でもベテランのトレーナーさんらしい、
26歳という若い年齢でベテラン、と表現することにはちょっと違和感があったけど、そういうものなんだろう。芸能界だし。
「特に村松、大石、土屋は長く候補生としてレッスンしていたからな、心しておけ!」
さくらさんたちの方から、ひぇえ、と小さく悲鳴が上がった。トレーナーさんのレッスンを受けたことがあるのかもしれない。となると、かなり――こう、厳しいレッスンなんだろうか。
だとすると、今後のことを考えるとちょっと怖い。自分の体力の限界がどこにあるのかもいまいち分からないし。
正直に白状すると、実際に体を動かしてるのは、それこそ登下校で数百メートル歩く程度のものだ。ボクはこの先生きのこれるのだろうか。
ちなみに、この場にいるのはボクたち六人だけだ。他の人たちは、それぞれボーカルレッスンや演技レッスンなどに向かっている。
「よし、整列! まずは基本ステップからだ。手本を見せるので後に続くように。ハイ! 1、2、3、4、5、6、7、8……」
……と、トレーナーさんの指示に合わせて、いわゆるボックスステップというステップを踏む。
足先だけの小技というか、本当の意味で「基本的な」ステップという印象だ。話によると、ここに上半身の動きや動作の緩急といった振り付けを加えることでちゃんとしたダンスになるらしい。
基本だけあってステップそのものは簡単だ。志希さんなんて、ものの数秒でマスターしていた。ボクはいつも通りの解析・模倣のコンボである。
さくらさんたち三人は、経験者だけあって楽々とステップを踏んでいた。一方、晶葉さんはと言うと――――。
「1、2、3、4――――動きが硬いぞ池袋! 7、8……」
「わ、分かった!」
あの動き、ロボットか何かかと思うほどだ。
正確なんじゃなくて、極めて硬い。ロボットダンスを
運動は苦手なんだろうか。単にダンスやリズムを取るのが苦手なのかもしれない。
「2、3――ふむ? 6、7、8――――」
トレーナーさんが、値踏みするようにボクと志希さんに視線を向けた。
未経験者にしては上手いな、と思われたのかもしれない。
「よし、一旦やめ! 五分間休憩。各自水分を取るように!」
「「「はい!」」」
その後、数分ほどこんな調子でステップを踏み続けていると、トレーナーさんから休憩の指示が入る。
……それにしても、ほんの数分間程度の運動だっていうのに、もう息が乱れてる。
それも、軽く運動をしたという程度のそれじゃない。フルマラソンでもしたんじゃないかってくらいの息切れだ。
ボクこんなに体力無かったのか。他の五人……晶葉さんですら、ほんのちょっとランニングして来た程度にしか見えないぞ。
いや、実際軽い運動程度なんだろうけど。
アカン。
「……げほっ」
「どうした、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……大丈夫です」
嘘です。ゲロ吐きそう。
「ああ、そうだ。村松!」
「はいっ!?」
「お前たち三人は確か、全体曲の『お願い!シンデレラ』は踊れたな?」
「はい! 大丈夫ですっ!」
「よし。ならば休憩が終わったら三人に見せてやれ」
「「「はい!!」」」
その後、トレーナーさんが持って来たラジカセから流れる音楽に乗せて、三人のダンスが始まった。
よくまとまった、綺麗な動きだ。それ相応に長く練習してきたのだろう。
それだけじゃない。ダンスの間も、全く笑顔を絶やしていない。本当に楽しそうな雰囲気で、見ているボクも思わず笑顔になりそうだ。
やがて曲が終わった頃、誰からともなく、三人に向けて拍手を
「これは……すごいな!」
「楽しそー。アタシも早くやりたいな~♪」
「やるか?」
「いいの?」
あ、これ志希さんかなり興味
「白河もどうだ」
「……やってみます」
ボクと志希さんにだけまず言ってみたということは、まだ晶葉さんは基礎固めをしないといけないという判断なのだろう。想像通り……というとアレだけど、やっぱり晶葉さんは悔しそうにしている。
ただ、振り付けを真似ている時足がもつれて転びそうになっているあたり、彼女自身声をかけられないことには納得はしているようだった。
「よし、それじゃあやってもらおう。初めてなのだから、あまり気負わなくてもいいぞ!」
「はい」
「ほーい♪」
合図に合わせて、音楽が流れ始める。
志希さんのステップと振り付けはやや粗削りな風ではあるが、殆ど完璧と言ってもいいと思う。たった一回見ただけであれだけのことができるなんて、本当にこの人は天才なのではなかろうか。
それが天性のものなのかは分からないけど、体力もすごい。さっきの三人と同じように笑顔を絶やしてないし、顔色一つ変えてない。トレーナーさんや他の四人も目を剥いている。
……みんなが驚いてるのは、ボクもそれに負けず劣らずのダンスを披露しているからっていうのもあるかもしれないけど。あまりに正確無比なそれは、たった一度だけ手本を見ただけの人間がやるものとは思えないはずだ。
しかし、あれだね。辛いね。ダンス。
全身運動で有酸素運動だ。さっきのステップと比べても運動量は段違い。一分を過ぎたあたりで、ボクの体力は底を尽きていた。
「ん……? 白河の顔が青くなってないか……?」
しかしここまで来てやめるわけにもいかないし、そもそも模倣をどこで止めたらいいのか分からない。
息が吸えない。吐くこともできない。酸欠で頭がクラクラして、でも呪いのように体は半ば自動的に動き続ける。
やがて本当の意味で限界に達したボクの精神と肉体は連動し、喉の奥からこみ上げる酸っぱいものがそのまま外へと――――。
【
「よし、これで掃除は完了だ。よくやったぞお掃除ロボダイソニング2号くん」
「消臭もオッケーだよ~」
数分後。体力の限界を超えた結果マジで吐いてブッ倒れたボクは介抱されながら部屋の隅でうんうん唸っていた。
晶葉さんと志希さんはその技術を有効活用しながら事後処理をすぐに終えている。ブツを処理したのは晶葉さんが発明したというロボで、志希さんはパッとにおいを処理してしまっていた。
「しかし、なんだな。ここまで体力が無いとは」
「本当にね……。大丈夫、氷菓?」
「コーホー……」
「まだちょい辛いて」
「何で今ので分かるのよ」
当の本人であるボクなのだけど、硬い床に寝かせるのは良くないとのことで泉さんに膝枕されていた。口元には酸素缶。
下心? んなもん持ってる暇も余裕もないわ。
しかし何だこのナメクジと同レベルのクソみたいな体力は。自分のことながら驚きだよ。
さっきの体力の消耗具合でなんとなく察せられてたけどさ……体力づくりとか、全くしてなかったからこうなるのも当然かもしれない。
ずーっと研究研究また研究、休みはゲームばっかりで閉じこもって、あとは寝るかアイス食ってるかという出不精アンド引きこもり……社会不適合者もいいところじゃん……。
「大丈夫? 救急車とか呼ぶ?」
「……いえ……」
「水あげよか? まだ無理?」
「むりれす……」
七海さんみたいな口ぶりになってしまった。
「仕方ないな、白河は少し休め。他は練習再開。大石、白河はこっちに寝かせておけ」
「あ、はい」
と、冷たい感触の上に載せられる。これは……氷枕、だろうか。
心地よいし、あのままだと泉さんの練習の邪魔になってただろうから、こっちの方がいいか。
「一ノ瀬もそうだが、何でこう同時期にこずえくんと同レベルのことができる人間が何人も出てくるのか……」
……えっちょっと待ってこずえちゃんってあの子そんなことできたの?
驚きなようなそうでもないような不思議な気分だ。やってもおかしくないかも……という気持ちもあり、その一方でそういう方向性の子なのかという驚きもあり……。
何にしても色んな意味ですげえアイドルばっかりだここ……。
「だが、ここまで体力が無いのも
「…………」
頷く。
流石にこれはまずい。というかひどい。ボク自身ですらその程度わかるわ。
「これは、特別メニューを組む必要があるな」
それは――多分、その方がいいのは間違いない。
もう一度頷いて、同意を示した。
――――その後、レッスンは昼まで続いた。
志希さんは最初から上手いという規格外だからともかくとしても、晶葉さんの技術の伸びには目を見張るものがあった。
元々努力家であって、努力を「もの」にするのが上手いのかもしれない。
晶葉さんだけじゃない。さくらさんたちもそうだ。努力の結晶というものを目の前で見せられたんじゃ、負けてられないな、と。そう思わされるレッスンだったと思う。
筋力:E
知力:A++
ダンス:A+
ボーカル:A++
ビジュアル:B
体力:E- New!
クソみたいな体力で他の全てを台無しにしていくストロングスタイル。
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