青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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41:アイアンシェフ

 

 

「時々思うのだが、君はもしかしてそういう体質なのか?」

「……も……もしかしたら……そうかも……です……」

 

 

 夏休みの終わりを目前に控えた八月下旬。ボクはトレーニングルームの床に潰れたカエルのように倒れ込んでいた。

 芋ジャージに、「激シブ」と荒々しい筆文字で描かれたごくシンプルな黒いTシャツ。晶葉に見られたらまあ怒られるのは間違いないけど、今日は動きやすい格好でということだったので仕方ない。

 

 ソロ曲の決定から少しして、ボクはなんだかんだあって最上級(マスター)トレーナー資格保持者こと青木麗(あおきれい)さんのもとに預けられていた。

 なんでも、既に技術面ではあまり言うことが無いため、「その先」を教えることのできる麗さんの指導を受けるのが一番効果が高い……と思われるのだとか。

 で、麗さんにレッスンをしてもらって、そのついで……と言ってはなんだけど、今後訪れるであろうソロライブに耐えられるだけの体力をつけるため、トレーニングを受けていたのだった。

 

 そしてご覧の有様である。

 とはいえそこはボクも四か月以上慶さんと一緒に鍛えてきてる。呼吸法を併用することで、少し経てばなんとか喋れる程度までは回復できた。

 起き上がれはしない。

 

 

「やっぱり生後数日でコインロッカーに詰め込まれたせいで心肺機能が低下してるんでしょうか」

「やめてくれないか、急に重苦しい話を振ってくるのは!」

「スミマセン」

 

 

 不適切な話であった。反省。

 

 

「……だが一考には値するか。白河、学校の……体育の授業の方はどうなっている?」

「基本、見学が多かったです。4月からはできるだけ出るようにはしてますけど」

 

 

 あと錬金術の応用で実質サボりのようなことをしていたし……今はそうでもないとはいえ、そういうツケが回ってきたと考えることもできるだろう。

 喘息だったりの病名が付くような状態じゃないとは思うんだけど、虚弱体質くらいは言われてもしょうがないかもしれない。

 さもありなん。実際、スポーツテストの結果は惨憺たる有様だった。ボクは多分錬金術が無ければその辺のサワガニにすら勝てそうにない。

 

 

「幼少期の不養生と運動不足の積み重ねか。難儀だな……」

「生まれはともかく、サボりはボクのツケですし、そこは、はい。頑張ります」

「あ、ああ。無理はしないように」

「はい」

 

 

 と言ってもこの体力で無理もできないというか。

 どうも体質上筋肉もつきづらいみたいだし、オマケに色素も薄くて陽射しに弱い。弱い×弱い×弱いで最弱の称号を得る日もそう遠くはないだろう。既に得ていると言われると一切否定できない。多分陽射しの下ではその辺のセミにすら生命力で劣る。

 でも、これでも体重……というか、体形は徐々に改善できているんだ。今の体重も33kg。先月より1kg増えている。

 ……まあ、今の状態で体重計に乗れば表示されるのは無慈悲な32kgという体重だろうけど。ちょっと汗をかきすぎた。所詮は食事直後に体重計に乗った時の表示。有体に言えば幻想である。

 

 

「白河。君ははっきり言って歌に関しては申し分ない。極めて稀な……いや、君たちのプロジェクトにはあと二人はいるが……ともかくそういう素質がある。あとは収録の際に作詞家の方と直接話すなりなんなりして感情の解釈について講釈をいただければすぐにでも完成にこぎつけるだろう」

「ありがとうございます」

「これで体力とトークスキルと美的センスがあれば完璧なのだが……いや贅沢は言えまい」

 

 

 要求項目多くない?

 というか難易度高くない?

 

 

「しばらくは体力トレーニングに重点を置く。慶の勉強も兼ねているが……厳しくいくのは変わらん。覚悟するように!」

「はい……!」

 

 

 ……と、意気込んで返事をしてはみたけど、果たしてボクは明日から生きていられるだろうか。

 僅かな懸念を胸にしまい込みながら、再び床に頭を落とした。

 床冷たい。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 さて、そんな感じでソロ活動に向かうための道筋がどんどん組み立てられていく今日この頃だけど、別にエリクシアは解散していないし仕事も普通に入ってきている。

 今みんながレッスンに集中できているのは、仕事の優先順位というか……どのようにして仕事をこなしていったらいいかをプロデューサーが必死にスケジューリングしてくれているからこそ、慌ただしくあちらこちらに飛び回ることもなくレッスンできているのでもある。

 もっとも、そのおかげでプロデューサーは毎日寝不足のようだ。今度労っておこう。頑張れプロデューサー。他のみんなのユニットおよびソロ活動分も全部捌かないといけないけど。プロデューサーの体力なら数日休み時間ができれば大丈夫だろうけど、万一死んだらその時はなんとかしよう。なんとかなるかな。開祖様に聞けば大丈夫か。あと、その前にまずエリクシールなり何なり渡した方がよさそうだ。

 

 さて、何はともあれエリクシアでの仕事である。

 バラエティへのゲスト出演だ。番組名は「フリルのエプロン」。フリルドスクエアの四人が司会を務める料理番組だ。

 元々は柚さんが司会をしていた単発の特番が原型だったのだけど、人気を受けてレギュラー化。それに際してフリルドスクエアのメンバーも呼んで一緒にやるようになったとのこと。

 この番組の持ち味と言えば……毎回差し込まれるやや奇抜な料理だろう。

 初回、柚さんを恐怖のズンドコに陥れた橘流イタリアンに始まり、自分流のイタズラ料理を叩き込んでいくレイナさん、隙あらばウケを狙いに行く難波笑美(なんばえみ)さんや上田鈴帆(うえだすずほ)さん等(地元料理だと真剣になる)。あと制限時間に追われたせいでテンパってやらかしてしまった美嘉さんなんかもいたはず。

 ともかく、そういった料理に対するフリルドスクエアの四人の反応もまた見どころだ。勿論、料理上手な人も大勢出るけど。葵さんとか、響子さんとか。

 

 そんなこんなで、そういう番組のゲストなんだしボクらに求められてるのもそういう役割なのかなー、なんて思っていたのが少し前。

 いつも通り失踪している志希さんと、別の仕事で遅れている晶葉は仕方ないとして、まず先に挨拶に行っておこう。そう思ったボクの前に姿を現したのは、半泣きの柚さんだった。

 

 

「たすけて」

 

 

 その瞬間、だいたい全てを察してそっと扉を閉じた。

 そういえば、今日の出演者の中にはアリスさんの名前もあった。他には……巴さん、榊原里美(さかきばらさとみ)さんとマッドサイエンティスト(ボクら)。確かに出演者ではあるけれども、ボクに一体何ができるのだろう。今はただ、祈ること以外にできはしない――――。

 

 

「ちょ、ちょっとストーップ! 待ってよ助けてよ氷菓チャン!」

「と申されましても……」

「まあまあまあ、まあまあまあまあ!」

 

 

 と、勢いよく開いた扉の中から飛び出してきた柚さんに引っ張られ、ボクはフリルドスクエアの楽屋に引きずり込まれることになったのだった。

 哀しいかな、抵抗するには腕力が圧倒的に足りなかった。

 

 楽屋の中には、案の定というか……沈痛な面持ちをした穂乃香さんと忍さんとあずきさんがいた。まるで死刑台に向かう死刑囚のようだ。

 気付けば出入り口はちょうど反対側。こんな状態ではもはや逃れることはできないだろう。ボクは諦めて力を抜くことにした。

 

 

「それで……どういうことなんですか?」

「はい……ところで氷菓ちゃん、これを」

「いや今はぴにゃこら太はいいから穂乃香ちゃん」

 

 

 

 忍さんの横槍に、思わず不満そうな表情を浮かべる会長(穂乃香さん)

 まあ実際、今はそっちの話をしている場合じゃない。それはそれとしてこの新色の黒いぴにゃパーカーは貰うけど。

 

 

「ボク、ただのゲストなんですけど」

「そのことだけど……氷菓ちゃん、今回臨時でアシスタントやってくれないかな?」

「アシスタントですか?」

「そう! 名付けて軌道修正大作戦!」

「軌道修正大作戦」

 

 

 誰の?

 ……いや聞くまでもないか。

 

 しかしながら、一般的な料理番組と違ってこの番組は基本的に料理「バラエティ」。必ずしも円滑に料理が進まなくても問題無いし、もうこの際失敗してもむしろ番組的にはオイシい。不味くてもオイシいというのはバラエティにありがちなことではあるが。

 そういう事情もあって、基本的にアシスタントを置くようなことはまず無い。普通の料理番組なら、手際や味を重視しなきゃいけないからアシスタントは必要になるけど。

 

 

「一人当たり五分くらいの配分でアシスタントに助けを求められるっていう制度を作ってもらったんだよねー。でもじゃあ誰がやるの? ってところまで手が回らなかったみたいで」

「どういう突貫作業なんですか」

 

 

 相変わらずちょこちょこガバガバだな346プロダクション関係各所。

 まあ内部ならそれで通じてる分には問題ない……のかな。ないといいけど。

 

 

「というわけで、氷菓ちゃんに手助けしてもらえないかなって!」

「はあ、なるほど……」

 

 

 そういう意味では、ボクがあの中では一番安全ということなのだろうか。

 安全かもしれない。晶葉はともかく志希さんは言わずもがな。巴さんと里美さんは未知数だけど、アリスさんは……前例がある以上、うん……。

 

 

「けどこの制度、使わない人もいるんじゃ?」

「そうだね……それもそうかも……」

 

 

 例えば、料理の上手い人はそもそもアシスタントを使う必要が無い人もいるだろう。あとは志希さんだ。自分の好きなようにやりたいからこそ、他人の手を借りることを良しとしないかもしれない。というか絶対人の手は借りない。アリスさんもそうか。冷静なようでいてすぐ熱くなるし、人の手は借りないと意固地になりそうだ。巴さんもそうかな。「自分の手でやり遂げてこそ価値があるんじゃ」という信念を披露しそう。

 

 

「サポートの五分間を使い切らないといけない、という制度を作ってもらおうかと思っています」

「ん。先にスタッフさんに伝えておくね」

「お願いします、忍ちゃん」

「というわけでよろしく、氷菓チャン! ちょっと負担は増えちゃうけど――」

「そこは大丈夫です」

 

 

 制限時間は45分くらいだっただろうか。ボク以外の出演者は五人。五人×五分と思うと出演時間はやや短くなるかもしれないけど、アシスタントを使う時間は多分放送されるだろうし……実質的な露出時間はトントンってところだろうか。

 技術面で言っても、まあ問題無い方だと思う。それも錬金術の応用である。どやぁ。

 ……ともかく、断る理由もないし……フリルドスクエアの四人の舌を守るためにも、お手伝いすることはやぶさかでない。頑張ろう。

 

 

「あっ。アシスタントも審査員になってもらうのってどうかな!? 兼任大作戦!」

「えっ」

「なるほど、それもいいかもしれないですね」

「ふぁっ」

 

 

 ――――かくしてボクはあずきさんの鶴の一声により、審査の席に加わることになったのだった。

 

 ボクの飲む控室のコーヒーは、苦い。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「今夜も始まりましたフリルのエプロン! 司会はおなじみ、フリルドスクエアの四人でお送りします」

「それじゃあ早速、今日の出演者の紹介にいってみよー!」

 

 

 それからしばらくして、収録本番。ボクは審査員席の横に立つような形での出演となった。

 どこかの某長寿バラエティ番組の赤い服着てる座布団運びの方のような立ち位置である。アシスタントだから仕方ないね。

 

 さて、ともあれ収録本番。こうして見ているうちにも、出演者のみんなが入場してくる。

 

 

「まず一人目は再・再々登場! "橘流"ことシェフ橘ありすチャン!」

「毎回毎回その紹介は何でなんですか!?」

 

 

 激しいツッコミを入れるアリスさんだが、柚さんはどこ吹く風だ。

 最も被害を受けてた人だから仕方ない。

 ところでボクはこの数時間のうちに何度仕方ないと思ったのだろう。

 

 

「二人目は初登場! レッドベリィズとしての登場になります。村上巴ちゃんです!」

「おう、任しとけや! 味覚の華ァ咲かせるけえのぉ!」

 

 

 勢いよく拳を振り上げる巴さん。しかし、正直に言ってその料理の腕に関しては未知数な部分が多い。

 同じ学校とはいえ、家庭科の授業の話なんかが入ってくるようなことは無いわけで。心配というか不安というか怖いというかなんというか。正直に言って、今から戦々恐々としている。

 

 

「三人目は再登場、榊原里美さん! 果たして明日のアタシたちの体重は無事でいられるのか……!」

「? 何か問題がありましたか~?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 こればかりは正直なんとも言えない。

 決してダメとは言えないのだ。あとボク個人としては太ることに何か問題でも……? と思えてしまう。ここは個々人の問題だけど。

 しかし、ライブラリでボクは確かに見た。里美さんが尋常ではない量のハチミツを料理にかけているその瞬間を。

 忍さんが危惧するのも無理はないと思う。

 

 

「四人目は新進気鋭の頭脳派ユニット・エリクシアからの刺客! ケミカルアイドル一ノ瀬志希さーん!」

「いっえーい♪ 今日はじゃんじゃん実験しちゃうよー!」

「実験はしないでくださーい」

 

 

 あずきさん、それは言ってもダメだ。

 言いたくなる気持ちも分かるけど言って聞くようならボクがブレーキ役になっていない。

 流石に自重はする……いやしないかな……してくれるといいんだけどな……無理だな……。

 ――――うん、大きな被害が誰にも出ないことだけ祈ろう。今のボクは力不足が過ぎる。

 

 

「そして五人目はこちらもエリクシアから! 機械工学の鬼才、天才ロボ少女こと池袋晶葉ちゃんです!」

「鬼才という表現はあまり可愛くないからやめてもらおう。だが天才は否定しない!」

「すごい自信をありがとうございます。そしてもう一人、今回から特別アシスタントという制度を設けました。これは料理時間の中で五分間、料理上手なアイドルがサポートしてくれるという制度です。今回の特別アシスタントはこの人! エリクシア第三の刺客、白河氷菓ちゃんです!」

「よろしくお願いします」

「特別アシスタントに就任となった氷菓ちゃんには、審査員も兼任していただきます」

 

 

 軽く頭を下げて挨拶をすると、客席の方からは何だか納得したような声が上がった。

 これは……アシスタントにボクが就任すること、というよりかは、アシスタントという制度が新しく生まれたことについての納得だろう。

 特に今回は色々と……その、うん……何か起きてからじゃ遅いし……。

 

 

「それでは早速今回のメイン食材の発表行ってみよう! 今回はコレ! じゃーん、高級クルマエビーっ!」

「どんな風に料理してくれるのか、今から心ぱ……楽しみですね!」

 

 今忍さん心配って言いかけなかった?

 

 

「みんな、用意は良いよね? それじゃあ――スタートっ!」

「はーいアシスタントお願いしまーす♪」

「おおっと!? 志希チャンいきなりアシスタントターイムっ!」

「……あー」

 

 

 にっこにこしながらこちらに手を振る志希さん。だけど……内心は、うん。もう理解できた。

 審査員席を降り、怪訝な顔をするみんなの横を抜けて志希さんのもとに向かう。

 

 

「そういうこと?」

「そーゆーこと♪」

 

 

 つまり、あれだ。

 今この状況においてスタートダッシュを切るため……ではなく、最初にアシスタントの時間を使い切ることで、中・後半からの横槍を防止しようという目論見だ。

 残念だがこうなってしまうとボクに止める手立ては無い。フリルドスクエアの皆さんごめんなさい。アフターケアだけは何とかなるように頑張るので許してください。

 

 

「で、何作るの?」

「ピッツァ?」

 

 

 流石帰国子女。妙に発音が良い。

 ボクも外国人の血は入ってるけど語学はてんでダメだ。特に文法がめんどくさい。記憶力で強引に突破するけど実用は無理だと分かる。

 

 

「シーフードピザってことだよね。ボク何したらいい?」

「エビの下処理おねがーい♪」

「はいさー」

 

 

 まあ、志希さんが作るごはんがマズいということはまず無いだろう。副作用はどうなるか分からないけど。

 ……後でなんとかしとこう。こっそり錬金術を使ってでも中和しよう。そこだけはマジになろう。人前で三倍速になったりマッチョになったり急にケモミミが生えてきたりしたら流石に目も当てられない。いや一番最後はちょっとかわいいかもしれないけど、それはそれとして放送事故みたいなもんだ。流石にマズい。

 

 ということで、それはそれとしてエビの下処理だ。

 大振りなエビである。捨てるところはほとんどないと言ってもいいくらいだけど、今回は仕方ない。持って帰って何か調理して七海ちゃんやみちるさんたちと一緒に食べたいところだけど心を押し殺して作業を始める。

 既に仮死状態のようだし、まずは手で頭を切り離す。これで背ワタも同時に取れ、エグみが消えるはず。

 次に、殻を取り除く。同じように素手で軽く剥いてしまえば、あとは残るのは脚のみ。こちらも適度に毟れば剥き身の完成だ。

 ついでに、ピザに使うものなので尻尾も取り除く。こちらは本来、もうちょっと下処理をしないといけないけど……殻は使わないから、まあいいだろう。

 エビミソはソースに使えるから、これは取っておいて……。

 

 

「何尾いる?」

「五くらい?」

「ん」

 

 

 指示された通りにひょいと取っては処理、取っては処理……としても、特に問題無い。時間はもう余ってしまうくらいだ。

 志希さんは……ピザ生地を作っているようだ。時間もかかるものだし、あれについては手を出さない方が……ん?

 

 

「ここで魔法のスパイスを少々~♪」

「スタァァーップ!!」

「んにゃ?」

「今何入れようとしてるの!?」

「魔法のスパイス」

 

 

 ……蛍光色に光っているそれを見るに、どこからどう見てもヤバいものだ。

 不味いとかそういうのじゃなくもうヤバい。解析するに……どうも発酵を促すもののようだけど、本当にそれだけか? 生物に何か影響ない?

 

 

「ちょっと視力が良くなるだけだよ~」

「どのくらい?」

「あっちの果ての果てくらいまで見えるくらい?」

「アウト」

「ぷー」

 

 

 没収。流石にそんな宇宙の深淵が見えそうな粉はダメです。

 正気失ったりしちゃまずいからね。そこは厳格に行きたい。

 願望どまりになりそうな予感がビンビンしてるけど。

 

 

「ではここで志希ちゃんのアシスタントタイムは終了でーす」

「あ、はい」

「お疲れ様~♪」

「うん、頑張っ……ッ!?」

「にゃはは☆」

 

 

 二本目。

 二本目である。

 衣装の胸元に仕込んでいたらしい、細いビン。

 ――――流石にそこまでは見抜けなかった。いや見抜くわけにはいかなかった。ハラスメント的に。

 くそっ、志希さんめ! ボクがそこまでしないことを見抜いてそこまでやってたのか!? 時間的にこれじゃ止めきれない! 中和剤を用意するしかないか……!

 

 

「おっと、ここで二人目! ありすチャンがアシスタントたーいむ!」

「えっ、早っ……」

 

 

 驚愕の最中にあると言っても、要望があればすぐに次に移らなきゃならないのは明白。ボクは駆け足でアリスさんのもとへと向かった。

 ……が、どうもアリスさんはあまり用意をしていないというか、料理に手を付けられていないようだ。

 イチゴ……は、切ってあるようだけど。

 

 

「アリスさん?」

「お疲れ様です氷菓さん。その……私は、知恵を、お借りしたいんですけど」

「知恵……って、何を?」

「イチゴとエビを合わせられる料理、です」

 

 

 あっ、これアカンやつや。

 

 

「……アリスさん。基本的には、エビはあまりイチゴと合わないと思うよ……」

「そんなはずはありません。きっと美味しいものが作れます」

「ええ……」

 

 

 ……いや、まあ、できないわけじゃないとは思う。

 けれどもそういうのはなんというか、料理が得意でよっぽど食材に対して造詣の深い人じゃないと色々と危険だ。創作料理はそれこそ死人が出る。発想段階から失敗していると言ってもいい。

 イチゴ。エビ。イチゴ。エビ。考えよう。これを組み合わせて何も問題が無い料理。何だそれは。何なのだそれは。何なのだこれは! どうすればよいのだ!!

 

 

「……と、とりあえずエビ剥いた方がいいと思う……焼くにしても茹でるにしても……ん、茹でる……?」

「どうしましたか?」

「残り時間四分……アリスさん、ちょっと今からすぐレシピ書くから、この通りに作れる?」

「え? あ、はい。レシピがあるなら……」

「うん。じゃあ、すぐ書くから……あ、エビの下処理の仕方は分かる?」

「ち、知識程度なら」

「知識があるなら大丈夫。それじゃあちょっと……」

 

 

 四分……とりあえず、メモ帳のページを千切って置いていくことにしよう。

 問題は、アリスさんがちゃんとレシピ通りに作ってくれるかどうか……そこはもう賭けだ。それに、指針があるだけでも随分と違う。

 右手でひたすらメモを取りつつ、左手ではエビの下処理を手伝う。我ながらなんとも器用というか奇怪なことをしでかしているが、今はできることをとにかく積み重ねていく方がいい。

 

 そうこうしているうちに五分が経過したことを告げられる。

 今日は五分が早すぎる……!

 

 

「それじゃあアリスさん、それを参考に!」

「は、はい! ありがとうございました!」

 

 

 アシスタント、思ったより忙しいな!

 自分の料理を作らなくていいけど、その分他の人に振り回される危険がある……いや、ここまでの二人が特別気を遣う必要があるだけかもしれないけど、それを考えるよりも手を動かして目を動かさなきゃいけないから神経を使う。

 いけるのか? このまま行って大丈夫なのか? ボクはともかく他の人の舌は大丈夫なのか――?

 そうも思うがこのタイミングではどうもこうもしようがない。祈ろう。それしかない。

 

 それから十数分。最初の十分は何だったのかというくらいにのんびりとした時間となった。

 志希さんは引き続きピザを作り、アリスさんは指示通りに料理を作る。

 巴さんはどうやらエビチリを作っているようで……おや。里美さんもエビチリだ。被るなんて珍しいな。

 晶葉は……エビフライ……いや、晶葉自身は作ってないなこれ? ロボットたちが作ってる。晶葉、これ番組の趣旨分かってる? 大丈夫?

 

 

「おっと、続いて里美さんがアシスタントタイム!」

「はーい」

 

 

 残り時間25分ほどの時点で、里美さんの方へ向かう。

 思ったよりも見事な手際だ。元々裕福な家の生まれと聞いたけれど、もしかして花嫁修業なんかの一環としてこういった料理なんかもやっていたのだろうか。

 

 

「あっ、氷菓ちゃん。よろしくお願いします~」

「はい、こちらこそ」

 

 

 軽く挨拶をして状況を把握。何でも、おおよそは完成しつつあるのでソースの味見をして修正を……とのこと。

 なるほど、見れば確かに里美さんの目の前にはまだソースのかかっていないエビチリと、ソースがある。これを味見してくれ、という話だろう。

 

 

「少し、私以外の意見が聞きたいんですぅ」

「分かりました。それじゃあ、忌憚ない意見を……」

 

 

 その時、偶然にもそれが見えてしまったのは、幸か不幸か。

 大量のハチミツ――――を、既に使ったのであろう、大きなポット。ちょっと待ってほしい。一体何にこれを? あ、スイートチリソースってやつ? いやでも待ってほしい。冷静になろう。スイートチリソースって本来あんなに大量にハチミツを使うものだったっけ? あれ?

 ……そう思いながらソースを口に運ぶと、次の瞬間、ボクの味覚を甘味の洪水が襲った。

 スイート。ただひたすらスイート。いやスウィーティー。チリはどこへ行ってしまったのか。僅かに残るこの舌の痺れがそうなのだろうか。

 

 

「ちょっと薄めた方がいいかな? 甘すぎると、苦手な人もいるみたいですし」

「美味しいから大丈夫ですぅ~♪」

「そっか。そうかもね。でもチリソースならちょっと唐辛子とお塩とかは足した方がいいかもしれません」

「あ、なるほどぉ。一味足りないのはそれだったんですね~」

「そうですね」

 

 

 確かに、不味いとは言えない味ではあった。調理行程そのものに問題は無いし、見た目もちゃんと整っている。ただひたすらに甘いだけで。

 美味しいから大丈夫。なるほど、至言だ。大丈夫じゃないという点を除けば。

 対策――できるのか? ここから? ……ボクは一体何をすれば?

 

 

「それじゃあ、少し調整のお手伝いしますね」

「はぁい♪」

 

 

 必死に考えを巡らせつつ、残る三、四分間をフルに使って修正を図る。

 しかし……時間が足りない。ソースを薄めようにも里美さんが持っていては手の出しようが無いし、それで不興を買うのもボクとしては本意じゃない。

 結局、今回も何もできずに終わってしまった。

 ボクは無力だ。

 

 

「ひょ、氷菓チャン、大丈夫なの!?」

「これはもうだめかもわかりませんね」

「もうだめだぁ……」

 

 

 い、いや、待て。まだだ! 晶葉はきっと普通の料理を作ってくれるはず! ロボットで。

 作り方がどうあれ結果が伴っていれば問題無いんだ。親友が信じないで誰が信じる!

 それに、巴さんだって裕福な家庭に生まれ育ったのだからいいものを食べてきて味覚も優れている……はず……。

 

 ……そう思った時、四回目のアシスタントタイムが訪れた。今度はその巴さんだ。

 急いで駆け寄っていくと――そこにあったのは、ただ、赤い……赤いソースだった。

 

 

「これは?」

「チリソースじゃ」

「チリ……?」

 

 

 デスソースでは? ボクは訝しんだ。

 

 ボクの無駄に弱い肌が警告を発している。アレはヤバいと。遠くから見ているだけでも警告を発している。

 何故? 何故巴さんがあんなものを? 何かがおかしい。待って欲しい。ボクに何をしてくれと?

 

 

「まあちっとこのソースの味見してくれや。それで、よくあの、あるじゃろ? なんか野菜が敷いてあったり。見栄えもあるし、そういうのをやってほしいんじゃ」

「や、野菜に……見栄えね。はい。じゃあ、先に味見を……」

 

 

 ボクは辛さが比較的苦手だ。それも比較的という程度だが、これはなんだか非常に危険な予感が……いや、悪寒がする。

 恐る恐る口に運ぶ――――と、まず感じるのはチリソース特有の酸味。と、次の瞬間、遅れて辛さがぶわっと襲い掛かってきた。

 痛い! ……もう辛さを超え痛い!! 鮮烈な、痛烈な辛さだ。あ、これヤバい。目がちかちかする!

 

 

「あっ」

「!? どうした氷菓!?」

 

 

 思わずその場で膝を折った。が、次の瞬間、なんとか精神力で持ち直す。

 ここで折れるなボク! この程度なら耐えられるだろ!! もっと頑張れよもっとだまだ頑張れるやれるぞまだやれる頑張れ頑張れウオオオオオオオオオ!

 

 

「辛みが強いですね。ボクは大丈夫だったけど、他の人はちょっと苦手って人も多いと思いますし、鶏がらスープのもとを使った水溶き片栗粉なり何なりで薄めた方が食べやすいかもしれません。あと、溶き卵を入れて少し加熱すると辛さが軽減されるしコクも出ていいと思いますよ」

「ん、お、おう? そうか、成程のう。助かったわ」

「いえいえ。ところで何故こんなに辛いものを?」

「ただの旨いもんは食べ飽きたからのう」

 

 

 続けて、巴さんに指示された通りに野菜を切る。見栄えの良いように盛りつければ、あとはこの上にエビチリを置くだけだ。

 全ての工程が終わった後で、審査員席に戻る。既にボクの額には玉のような汗が浮かんでいた。

 あとからあとから湧き出して来るそれを止める術がない。くそっ。表情だけ笑顔を作ってもダメか。顔が青ざめてくる……!

 

 

「氷菓ちゃん……!?」

「だいじょうぶれふ」

「本当に大丈夫なんですか……!?」

 

 

 大丈夫。やや無理やり自分にそう言い聞かせてる感はあるがそれでも大丈夫と言わねばならない。

 ボクの味覚の許容量ならいけると思ったんだが、流石にダメだったようだ。痛みにまで到達してしまうと流石に手に負えない。

 

 残るは晶葉か……でも、晶葉は何をするんだろう?

 見たところ、ずっと機械の調整をしてるみたいだけど……。

 

 

「おっと、ここで晶葉チャンのアシスタントタイム! 一体どうしたー!?」

 

 

 ほいほい、ととりあえず晶葉の方に向かってみる――と、ロボットの前で右往左往していた。一体何があったのだろう。

 

 

「どうしたの?」

「うむ……まずこれを見て欲しい。私の作ったクッキングウサちゃんロボver.7γなのだが」

「ver.1から6までとαβはどこに……?」

「うむそれは……いや、今は置いておいてくれ。どうも故障したようでな。修理を手伝ってほしい」

「なんでさ」

「ここで料理番組にあるまじきアシスタントの使用方法だぁーっ!!」

 

 

 まったくである。

 ちょっと晶葉はもうちょっとこの番組の趣旨を理解してほし……いや、むしろ最大限理解していると言ってもいいくらいか。

 この番組はあくまで「アイドルの料理シーンを楽しむ」ことを主題として掲げられている。晶葉の料理シーンとなると……そりゃあもう、こうなるだろう。

 ボクと錬金術が切っても切り離せないものだというのと同じように、晶葉とロボットは切っても切り離せないものだ。

 

 

「何作ろうとしたの?」

「エビチャーハンかな」

「それなら自分で作った方が早いんじゃ……いやもういいや。えーっと……」

 

 

 内部プログラムを見ながら解析をかける。これを見る限り、どうも単に故障したというよりは、規定外の動作を要求してしまった結果バグって壊れた……という感じのようだ。

 さてはチャーハンを作るためのプログラムを組んだはいいものの、そこにエビを加えた場合のことを想定していなかったな……。

 一応、ボクも晶葉にプレゼントしたプログラミングの入門書は丸暗記してるし、泉さんに借りてある程度のことは理解している。まずはガワを修理して、プログラムの方も少し弄って……と。これでいいはずだ。

 

 

「できたよ」

「うむ、流石早いな! ……しかしエビチャーハンだと簡単すぎて面白みが無いしもっと美味しそうなものが作れたらと思うんだが」

「時間無いって分かってる……?」

 

 

 もうこの時間からやるとしたら、それこそチャーハンだったり塩焼きだったりお造りだったりくらいしか無いと思うんだけど。

 あ、エビフライって手もあるか。いや、それもきっと面白みが無いって言うな。じゃあチャーハンくらいがいいか……。

 

 

「とりあえずバグは除いたしエビ加えた場合のパターンも登録したから大丈夫だと思う」

「うむ、もう少しプログラムを学ぶ必要があるか……やはり泉だな……」

「ま、まあ、そこは頑張って……自分で手料理を作る気は?」

「?」

「ごめん、やっぱいいや」

 

 

 晶葉もだいぶ恋愛観が清純な方だし、好きな人相手にはロボットの手は借りずに作る……くらいは言うんだろうけど、少なくともこの状況ではそうでもないか……そもそも今プライべ―トじゃないし、ロボットに重点を置くのも間違ってはいない。

 修理とバグ除きだけで五分を使い切ってしまったけど、まあ、これはこれでいいか……他と比べて精神的な疲労が少ない。

 いや、他の人たちの場合の精神的疲労がスゴいだけとも言うんだけど。

 だが間違っちゃいけない。ここまでは準備時間。ここからが本当の地獄だ……!!

 

 

「料理しゅーりょーっ!!」

 

 

 柚さんの号令によって、一斉に出演者のみんなが手を止める。その手元には、それぞれちゃんと完成したらしき料理の姿があった。

 晶葉はチャーハン、志希さんはシーフードピザ、里美さんと巴さんはエビチリで、アリスさんは――――サラダ。

 これがボクの入れ知恵だ。エビとイチゴを同時に使ってあまり違和感のない取り合わせ、となると、即興ではこのくらいしか思い浮かばなかったというのもあるけど。

 

 

「み、みんな見栄えはいいね!」

「見栄えは、うん」

 

 

 ただし中身は考慮しないものとする。

 ともあれ、と穂乃香さんがマイクを握った。

 

 

「それでは一番手、晶葉ちゃんお願いします」

「うむ、私の作ったのはこれだ。題して――『ロボットで作ったエビチャーハン』!」

「見た目は……普通ですね?」

「うむ、だってロボットは作っただけだからな」

「ですよね」

 

 

 実に普通に美味しそうなエビチャーハンであった。

 締まった身のエビが、くるりとカールした状態でチャーハンのてっぺんに配置されている。チャーハン本体に目を向けると、ごろごろとした身がそれぞれ多めに入れられていることが分かった。見栄えも良い。流石、晶葉の作ったロボ。こういう時にトラブルが無ければだいたいそれなり以上の成果は発揮してくれる。

 

 

「美味しそうだねー……それじゃあ実食大作戦、行ってみましょー!」

 

 

 あずきさんにうながされ、それぞれレンゲによそって口に運ぶ。

 うん、それなりに美味しいチャーハンだ。お店で出してても不思議はないくらい。

 レシピの入力も調理法の入力もちゃんとしてるんだろう。米はパラパラ、塩加減も最適。惜しむらくはこれが手料理じゃないことか。一発目としては上々だ。

 

 

「それじゃあジャッジを……」

 

 

 この番組の評価形式はやや特殊で、審査員の合議により最終的な評価を下されることになる。

 大きなパネルがスタジオ脇にあるが、最終的にはあれに出演者の名札を張り付けることでランク付けしていくことになるのだけど……上から順に金、銀、銅。枠外というのもあるし、場合によってはスタジオの外にまで持って行かれることもある。

 現在の最高位は当然と言うべきか、葵さん。続くようにして木場真奈美(きばまなみ)さん、響子さん、まゆさん……となっていく。流石にここに食い込むのはできないとしても、ある程度は、その、頑張ってほしい。

 ともあれ、柚さんの手により晶葉の名札がパネルに貼り付けられた。

 

 

「今回の晶葉ちゃんは……銀のエプロンでーす!」

「むう、惜しかったな……原因は?」

「手料理じゃないこと」

「私にとっては手料理だぞ!」

 

 

 よくある100円寿司で機械が作ってるアレと同じようなものだと思うんだけど晶葉は気付いているんだろうか。

 気付いてないだろうな。自分が造ったロボットだからって贔屓目になってそうだ。

 でもそれでも銀は頑張ったと思う。うん。

 

 

「さて続いては……里美さん!」

「はぁ~い。どうぞ、召し上がれ♪」

 

 

 二番手、里美さんのエビチリがこちらに運ばれてきたが……今この瞬間にも、途方もなく甘いにおいが漂ってきている。

 恐る恐る口に運ぶ、と――驚くべきことに、さっきより多少甘みが緩和されている。

 さっきのはソース単体だったせいか、それともちゃんとアドバイスを聞いてくれたか……甘さの中にピリッとした刺激も感じる。間違いない。さっきよりは確実に良くなってる。

 

 しかしながら、ボク以外の四人にとってこの甘さは未知数である。

 穂乃果さんは苦笑し、忍さんは甘さに瞠目し、あずきさんは水を多めに飲んで柚さんはどこか遠い場所を見つめている。

 この先起こることを予感しているのだろう。何かを察してしまったような面持ちであった。

 

 

「さ、さて。里美さんは……銅のエプロンです!」

「う~ん……ちょっと下がっちゃいましたねぇ。でも、また頑張りますぅ♪」

 

 

 たゆん。

 会場が湧いた。

 

 さて、それはそれとして続いては巴さんの料理だ。

 

 

「どうじゃ!」

「赤っ!?」

 

 

 赤い。

 いや、(あか)い。いっそ言うなれば(あか)い。

 それはまさしく真紅の塊だった。

 ……いや、そうでもないか。所々に黄色いものが見える。これは、卵黄か。つまりアドバイスを受け取ってくれてはいたようだ。ボク感動。

 

 

「か、辛そう……ええい、いただきますっ!」

「はむっ…………辛ぁぁぁぁっ!!?」

「ん? そんなに辛かったか……?」

「うわぁ辛っ、辛いっ! あ、でも案外イケ……でも辛いっ! ああ、白ご飯ほしい!」

「うん……なるほど」

 

 

 核心はそこだ。辛いのはまあ間違いない。しかし、食べられないほどでも飲み込めないほどでもないというのがミソだ。

 言ってみれば、はふはふ言いながら食べる四川風のマーボー豆腐などのそれに近い。決して食べられないほどではない。しかし辛い。こうなるとちょっとご飯があれば食が進みそうだ。

 この場に辛党な人がいればその評価はグンと上昇していただろうけど、今回はそうはいかなかった。残念ながら、巴さんに告げられたのは銀のエプロンという結果だった。

 

 

「さて、続いては……あ、ありすチャン!」

「橘です。何で言い淀んだんですか柚さん」

「自分の胸に聞いてほしいなッ!」

 

 

 ――――そして、真打登場である。

 初回、いちごパスタといちごピザ、そして牛肉のいちご煮というメニューにより見事「スタジオ外」という結果となったアリスさんである。

 理由など既に言うに及ばず。状況を考えれば、柚さんが気を張るのも当然のことだった。

 

 

「今回のお料理は何かな?」

「はい、今回はエビのサラダです」

「サラダ!? ……サラダ!?」

「何で今二回言ったんですか?」

「ゴメンちょっとびっくりで。サラダ!?」

 

 

 そう。ボクが発案したのは、エビを使ったシーフードサラダ、だ。

 葉野菜を多めに使って、エビなどの魚介類は少なめに。そして、ドレッシングはイチゴを使ったソースになっている。

 元々イチゴは酸味に富む果物だ。甘味が強い分酸っぱさはレモンなどには及ばないが、それでも酸味があることには変わりない。

 一応、イチゴドレッシングというものは市販されている。時々、洋食だとかフランス料理だとかにもイチゴのソースは使用されているし、野菜との相性自体も悪くないはずだ。

 残るはエビとの相性だが、ここは少し苦心した。それでも工夫である程度は美味しくなるはずなので、そこはアリスさんがちゃんとレシピ通りにやってくれたかどうか……と言ったところだろう。

 

 

「……い、いただきますっ! あれ?」

「あれ……思ったより、普通に……」

「うん、いける……」

「ふふん、どうですか皆さん。いつまでも私が前に進まないと思ったら大間違いです」

 

 

 胸を張って得意満面のアリスさん。ボクも皆さんが食べるのに合わせて口に運ぶと、やや強めの酸味が舌を打ち、その後に野菜がそれを緩和する。

 エビは思ったよりも食べる邪魔にならなかった。むしろ、シーフードサラダのそれとして思ったより相応しい。

 

 

「うん、美味しいかも。ありすチャンやるぅ!」

「さて、今回のありすちゃんのジャッジですが……こちら!」

「銀のエプロンでーす!」

「くっ……少しだけ足りませんでしたか……!」

 

 

 と、言葉そのものは悔しそうではあるものの、声音も表情もどこか嬉しそうだ。

 今までずっとランク外というか、そもそもパネルの中にさえ入れてもらえていなかったんだ。大躍進と言わずして何という。

 かくしてアリスさんの名札はスタジオの外からパネルの中部に移されてきたのだった。

 

 

「ちなみに、減点理由は何ですか?」

「人のレシピを使ったことと、ちょっとイチゴが甘すぎたことかなぁ?」

「なるほど……くっ、次は金を取ります……!」

 

 

 ――――さて。

 アリスさんが真打だとするなら、志希さんは……ラスボスだろうか。

 志希さんの持って来たピザは、それはもう見た目には美味しそうで、しかし何故だかボクの本能は必死になって警鐘を鳴らしていた。

 この短時間であの生地のふくらみよう。明らかに普通じゃない。絶対あの予備の何らかのパウダーのせいだ。イースト菌なわけはなし、何かある。絶対ある。

 

 

「どうぞ~♪」

「それじゃあ、いただきます!」

「わぁっ、チーズはとろとろだし生地はもっちりぱりぱり、それに具もぷりっぷりで……」

「すごい、こんなにできるんだ!」

 

 

 美味しいかどうかで言うなら、まあ、間違いなく美味しい。志希さんの天才性はここまで発揮されたか、と唸るほどだ。

 同時にボクは、ピザを解析した。やはり何かある。それを確信したところで、手を机の下に隠し、指先で机の裏に触れてそのまま自分を含めて五つの水を錬成した。

 ピザの熱さに負けて一人、また一人と水を口に含む。それによって例の薬の効果は消失。ただのおいしいピザになってしまった。

 

 軽く、息を吐く。その瞬間、何故だかほくそ笑む志希さんの姿を見た。

 ……まさか志希さん、この衆人環視の中でも錬金術を使ったりしてバレないのかどうか、みたいな実験も兼ねてやったな? ボク個人としては心中穏やかにしていられないところだけど、もうやってしまったことは仕方ない。

 手を振ってにこやかに微笑む志希さんの姿に、ボクは内心で嘆息した。

 

 なお、結果は金のエプロンだった。

 

 美味しいのは間違いないから、何も知らなければ……うん。そうなるよね。

 

 






 ちょっとだけ次回冒頭に続きます。

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