青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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45:クチナシの花

 

 

 

 さて。

 その後も続々とプレゼント攻勢は続く。

 イヴさんからは手作りスノードーム、クラリスさん(ほぼ姉)からはメッセージカードとアイスクリームのケーキを。

 頼子さんは今度行こうということで美術展のチケット、マキノさんからはウイルス対策ソフト。

 芳乃さんからは厄除けのお守り、聖ちゃんは体にいいということでマヌカハニーというハチミツ。こずえちゃんは外に出て花輪を作ってくれた。ところであの辺花が咲くような環境だったかちょっと覚えてないんだけど大丈夫なんだろうか。

 みちるさんからはホームベーカリー……なんだけど、やっぱあれだけ高いものだ。流石にマズいのでは? と聞きはしたが、本人曰く「先行投資」だとか。これ、ボクに作ってもらう気満々だと気付いたのは数秒後だった。

 

 みんなの誕生日の時も色々贈ったり人が贈るのを見ていたものだけど……改めて自分が貰うとなると、やっぱりほんのちょっと気後れする部分が無いでもない。

 それでも最初にそう考えていた通り、折角みんなが贈ってくれたものだ。ありがたく受け取ることにした。

 そもそも、こんなに色んなプレゼント、嬉しくないわけがない。今までにあまり無い経験だから戸惑っているのは間違いないけど、そこはちゃんとボク自身の正直な気持ちでもある。

 

 

 それからしばらくして、夕方。

 

 

「ボクちょっと7時からカラテのレッスンが」

「ダメだ」

「ダメぇ!?」

 

 

 どうやらクローネのプロジェクトルームからは逃げ切れないらしい。

 どうも美嘉さんの生霊が手招きしている感すらある。

 コワイ!

 

 

「何をそんな嫌がっているんだ。仲間だろう?」

「嫌がってるんじゃないんだ晶葉。単に嫌な予感がするだけなんだ」

「どこがどう違うんだそれは」

「ボクの気の持ちようが」

「早いところ行ってこい」

「晶葉様!! 困ります! あーっ!! 困ります!! 困ります!! 困り様!! 晶葉ます!!」

「まったく何故氷菓はこういう時に行動力が欠けるのか……」

 

 

 いや分かってるんだけど、そこを進めないのがある意味ボクといいうか。そこで安易に前に進んでしまうのはボクではないのでは? という思いすらある。

 ……ごめんちょっと嘘ついた。普通にあのフリーダムさに巻き込まれるとどこかしらで被害を受けるので、という思いはある。

 正直言うと、ボクじゃフレデリカさんと周子さんに対応できないんだもの。奏さんはこっちから押せば少し動じる部分はあるのだけど、多少押しても柳のようにするりと抜けていく周子さんはボク程度の反撃じゃ一切通用しないし、フレデリカさんはまず何を言えば動じるのかすら分からない。傾向は志希さんに似てるのだけど、実際は全く違う二人だし。

 しかし、あの二人も大概自由……うん、まあ、自由かと言われると、間違いなく自由なのだけど、何だろう。こう、ボクが求めるそれとはまた別系統な気もする。何だろうこの絶妙な違和感。間違いなく自由ではあるんだけれど。

 

 そんなこんなあったものの、結局しばらくしてクローネのプロジェクトルームにたどり着いたボクであった。

 美嘉さんは憔悴しきっていた。

 志希さんは何やら実験器具を弄っていて、フレデリカさんと共にその様子を眺めている。

 と、そんな様子を見ているボクに最初に気付いたのは、扉から一番近いところにいる周子さんだった、

 

 

「おーお疲れ。誕生日おめでと」

「ん、ありがとうございます周子さん」

「はいこっち」

「座りませんよ」

「けちー」

 

 

 まいいけどね、と軽く笑って、周子さんはこちらに小袋を寄越した。

 

 

「んじゃ、プレゼント。実家の八つ橋」

「あ。ありがとうございます。そういえば八つ橋とか食べたこと無かったな……」

「うちのは美味しいよ~? ま、それが基準になっちゃうかもだけど♪」

 

 

 けらけらと笑いつつ改めて膝を指差す周子さん。流石に二度目は負けた。

 数分ほど気の向くままナデられたりされた後にようやく解放される。ボクも一応小さい子の多い施設の出身だし、そういう楽しさというか和む気持ちは分からなくもないが、自分がこうもやられるとそれはそれで微妙な気持ちになってくる。

 子供扱いされてるのが少し違和感があるのかもしれない。一応、施設じゃ曲がりなりにも年長者という立場ではあったのだし。それに、あっちの世界とこっちの世界とで生きて来た時間を累計すればそろそろ30年前後。まあその間にどれだけ成長できたかと言われると、前世を思えばロクに、としか言いようがないのだけど……。

 ……そう考えるとボクって精神年齢はそこまででもないのだろうか。人生経験なんて無いも同然だったし。でも知識だけあるあたりはちょっと流行りの転生チートっぽいぞ! ところでチートで無双まだっすか。無いっすか。無いっすね。どうも最近の転生チートは努力も必要なようだ。もう半年以上トレーニングしてるんだけどなぁ。

 

 

「あっ! ひょーかちゃんちぃーっす! はぴばー☆」

「ちーっす唯さん。ありがとうございます」

「ちーっす唯ちゃん。氷菓ちゃん貸すよー」

「じゃあもらうー☆」

「勝手にボクでやり取りしないでくださーい」

 

 

 ぐいっとそのまま唯さんがボクの身体を引き寄せ、先程の周子さんと同じように膝に乗せてきた。

 ……しかしこうも毎度毎度膝に乗せにくると、こう、色んな人の体格が実感として分かってしまう……というのは、ちょっといかがだろうかと少し思う。胸当たってるし。いや、そりゃ気にするわけないだろうけども。気にしてたらそれはそれでまた別方面の心配が出てくるし。

 

 

「ってわけでー、はいこれ。アメちゃーん☆」

「おお」

 

 

 次に、唯さんはどこから取り出したのか、やたらと大量の飴を差し出してきた。普通ののど飴と、レモン、ミルクなどの甘めの飴。それと……ハッカ飴が混じってるのはネタ……なのだろうか……。

 

 

「ゆいの好きなの詰め合わせっ☆ 食べたらこんど感想聞かせてねー」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 アメか。普段あんまり食べないんだよね。アイスばっかりだし。

 でもこうして貰ったからには新しい味覚を開拓するのも一興だろう。甘いものは好きだし。

 

 

「甘いもの多いねぇ。あたしもだけど」

「甘いものはみーんな好きだしね☆」

 

 

 うんうん、と思わず頷きを返す。実際ボクにとっては好物だ。

 大人になったらまた違うかもしれないけど……いや、逆に大人になったからこそと言いつつ大っぴらに食べるようにもなるだろうか? そんな考え事をしていると、部屋の奥からフレデリカさんと志希さんが揃って出て来た。

 

 

「へーいはぴばひょーかちゃん! てなわけで今ここで作ってきたよ~♪」 

「シキちゃんプロデュースであーんどフレちゃんセレクト(Choisir)のコロンだよー♪」

「え。あ、え?」

 

 

 その言葉に、ちょっぴり驚く。この二人、大概一緒にいるな……なんて思ってたけど、プレゼントを共同で選んでくれるなんて、もうそこまで仲良くなってたのか。

 仲良くなるのは、勿論喜ばしいことだ。よっぽど気が合ったのだろう。その様子はともするとちょっと羨ましいとすら思えるほどである。

 ……が、ものがものだけに僅かに疑念を覚える部分が無いではない。果たして二人は一体何を作ったのか? なぜ外にいた時は感じたはずの美嘉さんの気配が無いのか? なぜどうも部屋の奥で倒れてる人影が見えるのか? その答えはただ一つ……! とかならないでほしい。好奇心旺盛な錬金術師と言えど、こう、怖い。

 

 

「どんなにおいがいいかなーって思ってー、カフェオレと猫とめんつゆと悩んだんだけどー」

「……!?」

 

 

 ボクの耳が悪くなったのかそれとも頭が悪くなってしまったのか分からないが、ともかくちょっと待ってほしい。何だって?

 カフェオレは……いやその時点でちょっと分からないけどまあ分かる。猫? めんつゆ? 今何て? 何で?

 

 

「結局ベリー系に落ち着いちゃったって感じかな?」

 

 

 どこをどうしてそういう風に着地したのかは定かじゃないけど、最終的な着地点がそこで良かった。本当に良かった。もういっそこの際経緯について議論するのはやめよう。いいじゃないかベリー系。イチゴとかブルーベリーとかボクも好きだし。最高じゃないかベリー系。他の選択肢になることを考えるとそうなってくれて本当に良かった……!!

 

 

「ってわけではいこれプレゼントー♪ 早速つけてみたら?」

「え。う、うん……ありがとう」

 

 

 と、志希さんに促されるままコロンをつけてみようと考え……その前に匂いをまず嗅いでみることにした。

 手で軽く仰ぐようにして鼻に向かって風を送る。と――――。

 

 

「エンッッッ」

「ん? 間違えたかにゃー?」

 

 

 強烈な出汁と醤油、そして蕎麦粉のにおいが鼻を襲った。

 ちょっと待って!? これそばつゆじゃないか!? というかそばつゆだこれ!!

 あまりに想定外の事態のせいで脳が混乱している。これはこれである意味すごいものではあるが、だとしても香水として人間が使うようなものに思えない。じゃあ何に使えるのか? という話だけど……何だろう。新装開店でも年季の入った蕎麦屋に見せかけることができる……かな……?

 

 

「ごめんねホントはこっちー♪」

「ちゃ、ちゃんと確認してよ志希さん……」

「にゃはは♪」

 

 

 本当にうっかりしてたのかわざとなのか分かんねえなこれ。

 ……まあいいか。どっちでも何か特異な問題があるわけじゃないし。志希さんならわざとでもやる。いつものことだ。

 

 

「ところであの……奥にいるのは……」

「美嘉ちゃんだよ?」

「なんかおねむな感じだったからそっとしといたんだよねー」

「あ、はい」

 

 

 やはり、奥にいたのは美嘉さんだった。

 そして、どうやらこの様子だと美嘉さんは犠牲になってしまったようだ。ボクの誕生日プレゼントの試作……その犠牲にな……。

 

 ……割とシャレになりそうにないし後で謝っておこう。

 

 

「みんな、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 

 と、そんな決意を胸に抱いたそんな頃アリスさんと文香さん、それから奈緒さんの三人がプロジェクトルームに戻ってきた。どうやら何かしら仕事を終えてきたらしい。

 他の人は……まあ、仕事だろう。トライアドプリムスの三人のうち奈緒さんだけがいるというのも不思議だけど……凛さんはニュージェネで、加蓮さんはMasque:Rade(マスカレイド)かな? 今度、「Love∞Destiny」をどこかで歌うみたいなこと言ってたし。

 しかし、それにしても志希さんを含む他の四人はいるのに何で肝心のリーダーである奏さんはいないんだろう。そんなことを思いながら訝しんでいる、と。

 

 

「こっちよ」

「!?」

 

 

 唐突に、ソファの下から奏さんが顔を出してきた。

 ……ソファの下!? 何で突然そんな突飛な行動を!? 流石のボクも想定外すぎてビビるんですけど!?

 

 

「アントマン、観たかしら?」

「え? い、いえ……」

「そう? 面白いのに」

「そう言って実は二作目の呪いに……」

「そんなことないわよ。具体的なことは言えなかったけれど面白かったわ。そういうわけだから、これ。プレゼントよ。今度一緒に行ってみましょう?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 そう言うと、奏さんはごく自然な風にソファから体を出して適当な椅子に腰かけた。

 

 あんまりにも唐突、かつ想像の及ばない状況なだけに、理解が追いつかない。いったいなぜ奏さんはこの行動をチョイスしたのだろうか。分からん。全く分からん……!

 見れば、何故か奈緒さんは噴き出しかけているようだし、アリスさんもちょっと笑いを堪えているようにも見える。何ともないのは文香さんだけだ。いや、単に文香さんも状況を把握しきれてないだけなんだろうけど。

 ……でも奈緒さんがああいう反応してるだけでウケ狙いだということが分かるのは、いいかもしれない。

 

 

「……奏さんは、時々あんな風に人を驚かします、から……」

「……そ、そうなんですね」

「あ……すみません。それと、こちら。どうぞ……お誕生日ということなので、ブックカバーと、栞を……」

「すみません、ありがとうございます……あ、結構いい生地」

「質の良い読書には、使うものも重要だと思いますので……」

 

 

 横からすっと現れて注釈を入れ、そのままプレゼントを渡しに来る文香さん。流れるようなその動作は、思わず感心してしまうほどだ。いや感心するようなことじゃないが。あんなにするっと会話を終わらせられてしまうと、それはそれでボクに関心が薄いのだろうかと不安を感じてしまう。勿論そんなことは無くて単に口下手なだけなのだろうけれども。ちょっと寂しい。

 

 

「じゃ、あたしからはこないだ出たフルボッコちゃんのグッズを……」

「奈緒さん、半ばボクのこと役で見てません?」

「そ、そんなこと無いぞっ!」

「ほんとぉ?」

 

 

 やや疑問である。奈緒さんは割とサブカルにのめり込みやすい上によく影響され、よく夢中になってしまうタチだ。言葉だけは、まあ、立派なのだけれども。

 

 

「では私からはこちらを」

「ありがとう、アリスさ……えっ」

「こ、これは――――!?」

「Go○gleプレイカードです」

 

 

 引き続いて、アリスさんから手渡されたのは――――電子マネー(3000円分)、である。

 未だかつてないレベルで無機質な印象を受けるそのプレゼントに、僅かな悲しみを覚える。そうかボク思った以上にこうやってプレゼント貰うの期待してたんだなぁ……なんて俯きかけてる一方、アリスさんはほれぼれするほどのドヤ顔を見せている。

 

 

「誕生日プレゼントは大事なことですし、自分で選べるのが一番です。なので電子マネーが一番使い勝手がいいと思ってプレゼントさせていただきました」

「そ、そっか……」

「合理的ですよね!」

 

 

 ――――思わず、奈緒さんと顔を見合わせた。

 なるほど、そうか。そういうことだったか。これはアリスさんにとって最大の善意ということだ。

 電子マネーそれ自体はやや使いどころを選ぶものの、多少のことはできるだろうし。惜しむらくは、現金を渡すのとそう変わらないという事実だろうか。このドヤ顔を見る限りそういう意図は全くないのだろうけど、他の人の誕生日で同じようにやられてもそれはそれで困る。ここは……うん、それとなくアドバイスを入れておくのが最善、かな。

 まあ……ボクの方を慮ってくれているのが分かるのは、本当に嬉しいのだけれど。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 さて。そんなこんなあったものの、取り立てて大きな騒動があったわけでもなく、その日の夜。ボクたちは寮に戻って誕生日パーティに出席するための準備をしていた。

 まあ、準備だのと言っても精々着替えるくらいだけれども。とは言っても流石に部屋着というわけにはいかない。それこそ折角みんなに選んでもらった服や自分で買ったりもした服があるのだから、着ていかないと勿体ないというものだろう。

 で、寮に戻ってきたのでこれでしゅがはさんと肇さんからのプレゼントも受け取ることになった。しゅがはさんからは、しゅがはさん自身の印象とはまた違うタイプの明るめの色の服。ちょっと恥ずかしいが、似合うと保証をくれた。

 肇さんからは、陶器の丼を。いずれこのくらい食べられるようになれたら、という思いのもと作ってくれたらしい。

 ……で、そうやって受け取った後の会場。

 

 

「なッ……どうしたんだヒョーカ!? 悪いものでも食べたのかッ!?」

 

 

 ――――普通の服を着てきて逆に心配されるのは普段の行いが悪いのだろうか。ボクは僅かに普段の服装を後悔した。

 

 

「美玲さんは時々酷いことを言うよね」

「いや、だって普段そんな服着ない……」

「ひょ、氷菓ちゃんだって……そういう気分の時もある、さ。……うん」

「そうれすよぉ。さっきまでずーっとお洋服迷ってたんれすし、努力してるってことれす!」

「そうだよな……うん、そうだなッ。ヒョーカ、もっと頑張ろうなッ!」

「貶されてるのか褒められてるのか分かんねえや」

「褒めてる……はず……多分……」

 

 

 言葉だけを見れば完全に「もう少し頑張りましょう」である。流石に付き合いも長いし、美玲さんの言わんとすることをすぐに汲み取れる輝子さんもいるので、そこの解釈を間違えることは無い。それはそれとして一瞬泣きそうになった。今までの行動のツケか……。

 

 

「あっ、氷菓殿ー! こっちですぞこっち!」

「珠美さ……」

 

 

 そう思って項垂れていたところで、会場の主賓席……らしき位置取りになっている席に座っている珠美さんがこちらに手招きした。

 しかし、なんだ。その……ボクも大概だと思ってたけど、珠美さん、服の趣味がやや子供っぽい……ような、気が……。

 いや、よそう。自分のスタイルすらロクに確立できてないのに人に何か言うもんじゃない。それに似合ってるじゃないか。や、似合ってると言うのもそれはそれでまた別に問題だろうか?

 いずれにしても詰んでるわこれ。

 

 

「さん」

「何故今言い淀んだのですか!?」

「ちょっと心の中で葛藤が」

「何の葛藤なのですか!?」

「大丈夫です。ボクはしょうきにもどりました」

「正気に見えませんが」

 

 

 何気に酷いことを。

 しかし、でも、この言い方じゃまるで珠美さんに敬意を抱いていないような語り口だな。勿論そういうわけじゃない。

 

 

「ちょっと、服のことで……」

「む……氷菓殿は何でも似合いそうですが」

「そんなことないですよ。和服とか似合いそうにないですし」

「そうでしょうか?」

 

 

 まあ晶葉あたりは「極薄ボディで起伏が少ないから浴衣は似合うかもしれんな!」くらいは言ってくるかもしれない。凹凸が少ないのは晶葉もだけど。

 ただ、根本的に外国の血が入ってるわけだし……違和感は拭えなさそうだ。

 

 

「でも珠美からすると大人っぽい服装が似合いそうというだけで(そね)んでしまいそうです……」

「それは、その、ありがとう……? なんですけど……ええと、前に言われたことがあって。ファッションは選び方次第だって」

「ええ、まあ、そうでしょう」

「自分だけで決めるんじゃなくて、他の人の意見も取り入れると、今までの印象を抜け出せるようになれる……かも、しれないです」

 

 

 現に今、ボクがそうしようとしているわけだし。

 まあ、実際やれてるかと言われると……かなり微妙なところだけど。根本的なファッションセンスが壊滅的らしいし。

 それでもやろうとすること自体には、意味があると思いたい。

 ちょっと曖昧な感のあるボクの回答だが、それでも珠美さんはなるほど、と軽く頷いてくれた。根が実直な人だからだろう。適当なことを言ってしまったのではないかとちょっと罪悪感も覚えるが。

 

 

「それにしても」

 

 

 その罪悪感から抜け出そうと、あえて少しばかりわざとらしく話題を変えた。

 周囲を見回すと、もう随分と準備も進んでいる。いつもボクらが朝と夕の食事を摂る食堂は誕生日パーティように飾り付けがなされていて、見た目にも賑やかなものを感じられる。

 

 

「こんなに盛大に祝ってもらえるなんて、初めてかもしれないです」

「ウッ」

「珠美さん!?」

 

 

 と、いうようなことを言ってみると――唐突に、珠美さんが胸を押さえてこちらから視線を外した。

 い、一体何故……!? ボクは何も変なことは言っていないはず……!

 

 

「あッ! ヒョーカなんてこと言ってるんだッ!」

「いや、誕生日こんなに盛大に祝ってもらえるなんて……って」

「普段から付き合いの深いウチらならともかくタマミが聞いて勘違いしないわけないだろッ!」

「何を!?」

「……ええと、な。『こんなに盛大に』って文字が抜けて、『祝ってもらえるなんて初めて』って言葉だけ、認識したみたいな……感じ、だ」

「聞き違えも甚だしすぎるでしょ」

「でもな……氷菓ちゃん、そういうところあるぞ……」

「えっ」

 

 

 ……いや、そんな馬鹿な。流石にボクだってそれなりに考えてから発言するよ。……する、はずだ。大抵は。それをまるで四六時中反応し辛いことを言っているように言われるのもそれはそれで心外だ。

 

 

「まあ意図しないうちに言っちゃうことくらいはあるだろうけど……別にボク自身は気にしてないことなんだからそこは気にしないでくれると……」

「そういうとこれすよ」

「えっ」

 

 

 どういうとこ!?

 

 ともかく、パーティの間はもうちょっとボクは自分の発言に気を付ける、ということで決着はついた。

 しかし、何でこう……一応、今回のパーティで言うならボクも主賓のはずなんだけど、何でこう扱いがちょくちょくぞんざいな時があるんだろう。

 いや、まあ。それもそれでいつものことか。

 

 

「はーい、それじゃあみんな、そろそろ席つこっか☆」

 

 

 しばらくして、寮の所属歴が最短でありながら最年長――気付けば寮長に近いような立場になっていたしゅがはさんがみんなに向けて号令を発する。そろそろ開会らしい。

 

 

「さてさて☆ 今日はあいすちゃんとたまちゃんの誕生日ってことでぇ、みんなこんな風にいっぱい集まってくれてお姉さん嬉しいゾ☆」

「当然、寮の仲間だからな!」

 

 

 光さんの返答に合わせて、みんなが頷きを返した。そうやってまっすぐに言われるのもそれはそれでちょっと気恥ずかしい。

 けど、まあ、そうやって恥ずかしがってるばっかりも、言ってくれた光さんに悪い。堂々と前を見て笑みを返すくらいが礼儀としても一番いいだろう。

 ……多分顔赤くなってるだろうけど。

 

 

「で、今日の主役二人は何か言いたいことある? あるだろ☆」

「はい! では珠美から!」

「どうぞ、こちらマイクです」

「あ、すみませんあやめ殿。では、僭越ながら! 珠美は17歳の今年、剣道二段を目指します!」

「「「おぉー」」」

 

 

 周囲にどよめきが走った。前に聞いた話だと、珠美さんは確か初段を取れていないという話だったと思ったのだけど……こう宣言するってことは、段位を取得できたのか。

 まあ、時間も無いだろうしこれは仕方ないだろう。仕事もあるし。

 

 

「なるほど、受験にも負けず武道にも打ち込むということですね。感服です」

「……あっ! 受験!?」

「って忘れてたんかい!」

 

 

 ……どうやら、今年も目標通りに行けるかは分からないようだ。

 スッっとこっちに視線を持って来たこの感じだと……まあ、受験勉強を見るのをお願いします、というところだろう。

 いや、構わないけれども。

 

 

「まっ、無理なくやるように、だゾ☆ じゃああいすちゃん!」

「今年こそ日本中の店売りのアイスを制覇します」

「全部把握しとるんかい!?」

「氷菓ちゃんならやりかねないです……」

 

 

 ツッコミ、というかむしろ驚愕の表情を見せる笑美さんだが、ボクは本気だ。

 ……まあ、これはこれでウケ狙いというかネタのようなものではあるのだけれど。

 本当を言えば、もっと友達が増えたらいいな……とか、アイドルとしてもっと成功していきたい、とかはある。

 けれど、それは――なんというか、口にするまでもないことだと思う。それに、寮生のみんなを含む346プロのアイドルのみんなという、仲間で、同僚で、友達とも言うべき人たちを差し置いてもっと友達が欲しい、なんて……なんというか、贅沢すぎる気もする。

 それに、アイドルとしての成功というのは、ボク一人が掲げてたってしょうがないものだ。

 それこそ――みんなで、だろう。だからこそ、口にはしない。場を和ませるようなことで適当に嘯いて、素知らぬ顔してこの場を楽しむ。それが多分、今一番ボクがしなきゃいけないことだ。

 

 

「まああいすちゃんならやるだろ☆」

「やるれすね」

「というわけで二人の意気込みでした☆ じゃあそろそろ乾杯、行っちゃうー?」

 

 

 と、告げるが早いか、みんながグラスをその場で掲げた。慌ててボクも手元のジュースを手に取る。

 

 

「じゃあ、あいすちゃんとたまちゃん、二人とも誕生日、おめでとー☆」

「「「おめでとー!!」」」

「ありがとうございまーす!」

「ありがとうございます」

 

 

 からん、とグラスとグラスをぶつけ合う音が幾重にも食堂に響いた。

 

 パーティは、夜遅くまで続く。

 こうして、みんなが祝ってくれる。その事実が改めて嬉しくて。

 ボクは、自然と笑顔でパーティを楽しむことができたのだった。

 

 

 







花言葉:「とても幸せです」「喜びを運ぶ」

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