青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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46:自信のほど

 

 

 当然と言えば当然なんだけど、ユニットの人数によってはレッスンの難易度が劇的に上がることもある。

 例えばフェスの時の十七人編成。あれは極端な例だけど、人数が増えたことでみんなの息を合わせるのが難しくなったし、まあ、一例として数えてもいいと思う。

 で、今までボクはずっと三人ユニットとしてのレッスンを重ねてきた。けど、それ以上となると……先に挙げた十七人編成と、将来的に多くなるだろうということで五人編成を想定したレッスンをたまにやっている程度だ。

 

 だから、というか。実を言えばボクは二人でのユニット活動というのは初めてだったりする。

 呼吸の合わせ方、タイミング、立ち位置とダンスの連動……様々な部分で異なるものが多いこともあり、レッスンは難航していた。

 

 

 ……と、当初は想定していたのだが、別にそんなことは全然なく普通に順調であった。

 

 

「白河のレッスンは張り合いが無いな……」

「真顔で何てこと言ってるんですか麗さん」

 

 

 十月の上旬、アーニャさんとのユニットの件でレッスンに励んでいる最中、ふと呟くようにして発せられた麗さんの一言がボクの心を大きく傷つけていた。

 いくらなんでもあんまりにもあんまりではなかろうか。

 

 

「アー……превосходство……優秀、では?」

「うむ、優秀だしいっそ天才と言ってもいい。しかし、教えたことが一度でできるようになられるとそれはそれで複雑な気持ちだよ」

「できる分には問題無いのでは……」

「鏡を見て楽しいと言えるか?」

 

 

 ひでぇ。

 いやまあ、確かにその、一度手本さえ見れば寸分狂わず模倣してみせるけれども。

 

 

「体力・筋力を除いてほぼ全てが高いレベルでまとまっているが、その分癖も棘も無い。模範的と言えば聞こえは良いが、性根がやや凡俗で自己主張に欠ける……芸能人が持っているべき『毒』……周りを自分の側に引きずり込んで染めていくような、劇物じみたものを感じないわけだ」

「泣いていいです?」

 

 

 これでも至極真面目にレッスンにもライブにも収録にも取り組んでるんだけど……。

 いや、真面目に取り組みすぎるから良くないのか? そういうわけじゃないか。

 麗さんの言う毒が無い、棘が無いっていうのは……何だろう。平常時は美点になりうるマイルドな部分が、芸能活動をする上で良いこととは言い切れない……ということだろうか。

 毒なら前世で散々飲んだんだけどねHAHAHAなんて思いはするが、肉体を持ちこしてるわけじゃない。いっそこっちでも飲んでみるか、毒。どうせ死なないし。身体から毒が染み出すくらいやってみるか……なんて一瞬思ったけれども、そもそもそういう話でもないだろう。概念的なものだろうし。

 

 

「ヒョーカ、良くない……ですか?」

「違う。惜しいんだ。地位と名誉に対して貪欲で、自己主張できるだけの強さと美的センスとあと体力があれば、この一年で白河は確実にトップアイドルへの道を邁進していたことだろう」

「言外に今年じゃあ無理と言いましたね?」

「当たり前だ。要求項目が多すぎる」

 

 

 それはそれで実を言えば地味にショックだったりするけど、それでショックを受けるのもやや傲慢な話か。

 いずれにしても今この状態じゃ無理、という評価が下されているのだから、改善するべく努力していくのが筋だろう。

 まあ、そもそもを言えばボク自身はトップアイドルという肩書自体にはそこまで興味はな――――こういう思考がダメなのか、もしかして!?

 

 

「хорошо。でも、一種の……天才、ですか?」

「こっち見て言わないでアーニャさん恥ずかしい」

 

 

 それにボクはずるっこな天才である。前世という、本来ならありえない場所から知識と経験を持ちだしてきている状態だ。本物の、言ってみれば天然ものと言える志希さんやこずえちゃんと比べればどうしても程度は低いものになる。彼女たちの尊い輝きと比べてしまえば、ボクなんてイミテーションもいいところだ。

 

 

「それが何故ああも自己評価が低いのか分からんな……」

「ひょうかだけに自己ひょうかが低くてもひょうか(しょうが)ない……ふふっ」

「子供のころ、何かあったらしい……ですけど」

「今トップアイドルが割り込んでこなかったか」

「?」

「?」

 

 

 何故今楓さんの話をする必要が?

 

 

「いや、いい。ともかくちょっとした課題だな。白河は少し自信を身に着けるように」

「……はーい」

 

 

 自信。自信かぁ。

 確かに過去のことは吹っ切ったつもりだけど、その辺のことを考える余裕は無かったな、とふと思い出す。

 とはいえ、自信……無い、わけじゃあない。一応自分にできることはできるとはっきり言える。ただ誇れることというのも非常に少ない。ボク自身、自己評価が低いことは理解しているが……しかし、だからと言ってすぐすぐ改善できることとも思えない。どう考えてもひけらかしたらマズいタイプのそれだし。

 順調だと思った途端にこの前途多難さである。

 そもそもボクのせいだと言われればそれまででもある。

 悲しい。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「そういうわけで自信を付ける方法は無いかと思って」

「フフーン! そういうことなら確かにボクが最適ですね! なんでも聞いてみてください!」

 

 

 レッスンからしばらくして。

 イシュミールさんと通話がしたいということで一旦アーニャさんに例の通信機を預け、さあ少し手持無沙汰になったぞというタイミングで、ふと晶葉から連絡があった。曰く、先輩から勉強を教えてくれないかとお願いされたのだとか。

 勿論晶葉だけでも教えられるのだが、そこは効率化のために……ということでボクも一応講師役として呼び出されたという話だ。

 

 今回勉強を教えることになったのは、幸子さんと小梅さん。どちらも受験を間近に控えた中学三年生である。こちらとしても、多少なりとも気合を入れなければならないところだ。ボクらとしても中間テストが近いので、勉強の確認という意味もある。悪くない。

 というわけで、事務所の一室を借りて勉強の手伝いをしていたのだが、何かお礼ができないかと言う幸子さんに言ってみたのが――先のレッスンでの課題、である。

 

 

「いや、どうかな……」

「む、晶葉さん、もしかして疑ってますか? ですが安心してください! 小梅さん、輝子さん、乃々さん、その他にも色んな人に勇気と自信を持たせられたボクですから!」

「う、うん。幸子ちゃんは、結構、すごい……よ?」

「幸子はそうだろうとも。だが氷菓はどうかな?」

「氷菓ちゃん……?」

「え、ボク?」

 

 

 そりゃまあ、自信がなかなか持てないんです、ってことで相談を持ち掛けたんだから、それがなかなかに難しいことだとも理解してはいる。

 けれどもそれを頭ごなしに否定されるとそれはそれでちょっとむっとする。ボクだって別にそこまでじゃ……ない、はず、うん。

 

 

「氷菓は『ボク冷静沈着ですよ』というような顔しておいて実は自己分析ができないからな。クールなようで結構アレだぞ」

「アレ」

「言い草がひどくない?」

 

 

 新属性「アレ」の誕生の瞬間である。

 

 

「問題はそうなってしまった原因を説明するには『あちら』のことも含めて語らなければならないことだが」

「その話重くなります?」

「お、お手洗い……行ってくる、ね……」

「逃がさんぞ」

「あっ!? 扉が勝手に!?」

 

 

 余談だが、晶葉は既にこの半年で事務所のほぼ全域を改造してみせている。

 バレた時はそりゃもうちひろさんに大目玉を食らったわけだが、実を言えばその後のことは聞いていない。ちひろさんが接収した説もあるが、少なくとも元に戻したということは無いだろう。下手をすると以前のゴッドギガンテスの如く偶像合神ミシロナイザーとかやりかねない。正直なことを言えばちょっと見てみたい気もするが、流石に専務さんがキレる気もする。

 それにしても逃げられるとそれはそれでちょっとショックなんだけども。

 

 

「まあ聞くといい。というか聞いてくれ。最近はいい加減氷菓の過去とかいうド級の劇薬をじっと抱えていることに辛さと重みを感じてきたのだ」

「それ複数人で抱えてても重さは特に変わらないやつですよね!?」

「みんなで不幸になろう!」

「最低なやつじゃないですかやだー!!」

「ひどくない?」

「氷菓ちゃん……さっきからそればっかり言ってる……ね……」

 

 

 晶葉も幸子さんもボクの過去を何だと思ってるんだ。

 これでも幸せな過去の一つや二つや三つはあるぞ。こっちに生まれ変わってからなら。

 

 

「幸子も小梅も例の話は知っていると思うんだが」

「ええ、はい。そうですね」

「う、うん……聞いた、よ。フェリちゃんと、お話できるっていう時に……」

 

 

 この部屋にいる四人の共通点に一つ。「あちら」の世界に行ったことがあるという点が挙げられる。

 例の通信機が出来上がった後、他に使いたい人もいるだろうからということで、一度でもあちらの世界に行ったことがあるという人にはある程度の説明をしている。ボクの秘密……というか、まあ、あっちの世界で生まれて死んで転生した、という程度の概略だけ、だけど。本当の意味で詳しく知っているのは晶葉と志希さんくらいだろうか。

 勿論、錬金術が使えることは秘密。流石に晶葉もその辺は弁えた上で話してくれると思うけど……。

 

 

「実は氷菓はあちらの世界で道具のように使い潰されて死んでな」

 

 

 弁えたけど空気は死んだ。

 

 ……いや、間違ってない。間違ってないし端的に伝えるにはむしろ正しい表現だ。代わりに幸子さんも小梅さんも表情が死んでいる。小梅さん、ホラーが好きだから多少は……と思ったけど、今生きてる相手の話はちょっとダメなんだろうか。いやダメだろうけど、普通。

 

 

「こちらでも生後直後に捨てられてな」

「ヘヴィすぎませんか!?」

「ここまでが前提だ。耐えろ」

「……つ、辛い……」

 

 

 いやでももう過ぎたことだし……というわけにはいかないだろうか。いかないだろうな。流石にボクも学んでる。

 だからこそ最近は割とこういうこと言わずにおいてるんだけど、晶葉は何故こうも正直に話してしまったのだろう。不安に思って隣を見ても、特に返事は無い。

 

 

「というわけでだな。氷菓は立て続けに『必要無い』という判定を受けているわけだ。それも実の親からな。それが氷菓の人格形成に何らかの影響を及ぼしたと私は考えている。例えばこんな風に自信が持てないというような!」

「納得しました」

「いや、それはそこまで関係ないと思うんだけど……」

 

 

 そりゃあ、まあ、多少鬱屈した部分が形作られてしまったり……みたいなところはあると思う。そもそも、ボクが自由の何のと言い出したのだってそこがルーツだろうし。

 けどそれで自信が持てなくなるってことは別に……。

 

 

「甘い。悪いが私は氷菓の自己分析は話半分程度にしか聞いてないぞ」

「えっなにそれ初耳なんだけど」

「というかな、氷菓のことについては氷菓自身よりも私含めプロジェクトメンバーの方が正しく認識していると思うぞ」

「うん……私も……そう、思うよ……」

「小梅さんまで……」

 

 

 え、これもしかしてボクの方が間違ってる……?

 

 

「氷菓さんは、何でそんなに自信が無いんですか?」

「え、な、何で?」

 

 

 ……何でと言われても、それは、まあ……ええと。

 晶葉に言われたのをそのまま言うのは流石にダメだろう。自覚が無い部分だし。じゃあ、自覚のある部分はと言うと――――。

 

 

「……周りの人がみんなすごくて、ボクなんかじゃ敵わないな、って思って」

「「「いやいやいや」」」

 

 

 即座に否定されてしまった。

 いや、でもそう否定する前にこっちの言い分も聞いてもらいたい。

 

 

「いや、でも、ボクにできることは大抵他の人もできるんだよ」

「ダンスも歌も演技もあるだろう」

「こずえちゃんができるし……」

「お、お料理はどうですか!?」

「葵さんが」

「あ、頭も、良いよね……?」

「志希さんが」

「本当に面倒くさいなキミはッ!!」

「怒鳴らないでよ!?」

 

 

 そりゃまあ個人的にも色々やりたいこともやれることもあるけど、どれ一つを取っても同僚アイドルの皆さんのうちの誰かに上位互換と呼べるような人がいて、自慢なんかできたためしがない。

 晶葉が「じゃあ錬金術はどうなんだ」という視線を送ってくるが、それなんてもう自慢できない筆頭と言ってもいいほどだ。だって開祖様がいるんだもの。

 

 

「ぜ、全部ができる人は、いないんじゃないかな……?」

「真奈美さん……」

「あー……」

「こうなるとある意味環境のせいか……」

 

 

 他にも、例えば志希さんはボクにできることは大抵できるだろう。逆に、志希さんにできることでボクにできないことは多い。運動とか。

 

 

「事務所に来た初日は、まあ、まだちょっと自信がある部分はちょっとあったんだけど、吐いた一件でぽっきり折れちゃって……」

「あれか……確かに初日はキミも割と刺々しかったな」

「そうなんですか?」

「ちょっと……意外、かも……」

「今が氷菓(アイスクリーム)だとすると当時はただの(アイス)というくらいにはなかなかだったぞ」

 

 

 今当時のことを思い出すと少し恥ずかしい。しかし、考えてみるとこれはこれで成長……というか、変化というか……。

 何にしてもあの頃ちょっと尖ってたのは事実だ。プロデューサーに対しても塩対応してたし、プロジェクトメンバーのみんなの行動一つ一つにちょいちょいドン引きしてたし。

 じゃあ今は退化してるのかと言われると、それもまた違うと思う。けどこれを何と表現するべきかと言うと、思い浮かばないのも事実だ。

 

 

「氷菓……過度な謙遜は嫌味に勝るぞ」

「謙遜じゃなくて事実だし」

「そうじゃないと思うよ……」

「ふーむ……そういうことなら確かにこのボクの出番ですね!」

「む、やってくれるか自称・カウンセラー」

「自称してませんよ!?」

 

 

 でも似たようなことは言ってると思います。

 

 ともあれ。こほん、と気を取り直して幸子さんはこちらに向き直った。

 

 

「色々言いたいことはあると思いますが、まずはそれを全部飲み込んで『ボクはカワイイ』と言ってみましょう!」

「カワ……え?」

「カワイイ! です!」

「ぼ……ボク、カワイイ……」

「恥ずかしがらずに!」

「ボクは、カワイイ」

「もっと!」

「ぼ、ボクは、カワイイ!」

「まあボクの方がカワイイんですが!!」

「全身に正座直後のような痺れが走るスイッチ」

「フギャー!!」

 

 

 どこにそれを隠し持っていたのか、晶葉の袖口から飛び出したスイッチのせいで、猫のような悲鳴を上げながら幸子さんが倒れ込んだ。

 ……それ、随分前にプロデューサーに対して使ったやつの改良品ではなかろうか。……まあ当時のそれと似たようなものだとして何か問題があるでもないが。

 

 

「で……でも、ああいうの、大事……だよ。自分で、自分を、褒めるの」

「そうなのか?」

「うん……輝子ちゃんや、私も……すこし、やったよ」

「アレをか」

「ちょ、ちょっと違う……けど……」

 

 

 違うのか。

 いや違うのなら正直ちょっとやめてほしい。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。もう既に真っ赤だとは思うけどこれ以上続けられると顔色の七変化が起きてしまう。その内白くって青くなるぞ。髪と合わせて真っ青だぞ。いやどうでもいいか。

 

 

「それで何なんだ今のコントは」

「こ、コントじゃないですよ……うぐぐ。氷菓さんに大事なのはずばり、自分を受け入れることです!」

「う、受け容れてないわけじゃないけど……」

「いやキミだいぶ自分のこと嫌いだろう」

「……自覚、無さそう……」

「そ、そんなことな……なくもなくもなくも……」

「どっちだ」

 

 

 自分のことが嫌い……って、流石にそこまでじゃ、とは思う。

 思うが心当たりが若干あることも思い出す。褒められるとまず否定から入るところとか。いや、自分じゃ実際のところよく分からないから晶葉がこうして改めて指摘してるんだろうけどさ……。

 

 

「キミ見た目褒められると逆にちょっと不機嫌になるだろう」

「そうだったんですか!?」

「いや分かってて言ってたんじゃないのか」

「……そういえば、頭が良いって言っても……あんまり、嬉しそうじゃない、ね」

「……まあ、内心、そう、かも?」

「何でそんなことになるんですか?」

「外には出してないが、実親が大嫌いだからだろうと私は推測している」

 

 

 それは――――そうかもしれない。

 というか、これに関してはそう考えるとあまりにも納得のいく部分が多いということでもあるのだけれど。

 なお、やっぱり自覚は無い。だって好むも嫌うもそもそも接した記憶がほぼ無いし。

 

 

「『でも実の親と接した記憶なんて無いしなー』と思ってそうだが」

「うぐ」

 

 

 なんで分かったんだ。

 

 

「捨てられれば嫌いになって当然だと私は思うぞ」

「……そ、そうなる……よね?」

「思えば出会った頃からなかなか怒ったりしないし感情もちょっと希薄だなあなんて思ってたものでな」

「そんなにですか?」

「生理の時に初めて怒ったくらいじゃないか?」

「身内にはちょっと怒ってたけど」

 

 

 一応、今は和解済みだ。一応。

 しかしそれでは不満だとでも言いたげに、晶葉はかぶりを振った。

 

 

「もっと本気で怒ったと言えばあれが最初だろう」

「まあ……」

「それっていつくらいでしたっけ?」

「氷菓が体を売ってるという噂が流れた時期だから……五月のはじめくらいか?」

 

 

 その覚え方なんとかならない?

 

 

「そういえば、その頃から晶葉さんとの微妙な喧嘩が見られるようになったんでしたっけ」

「微妙って言うな」

「どうでもいいとも……言う……かな……」

「どうでもいい言うな」

 

 

 あー……いや、うん、でも割とどうでもいいと思うよ、あれ。

 ビーム兵器が水冷式か電気的に冷却すべきかなんて普通の人からすれば知ったこっちゃ無いし、ウサちゃんロボの機関動力が左巻きだったか右巻きだったかなんて客観的に考えると至極どうでもいい。しゅがはさんのスウィーティーと全然スウィーティーじゃないところの境界線を探り始めたり……うん、改めて考えるとどれもこれもどうでもいいな。

 ともあれ、その時の口論……口論? のせいで実は不仲説が立ち上がってしまったり、プロデューサーに変に心配されてしまったりしたこともある。結局ものすごくどうでもいいことだったので呆れられてしまったが。

 

 

「ともかくだ!」

 

 

 ぺちん、と片手で机を叩いて話を変えにかかる晶葉。それはそれとして痛かったのか、叩いた後で掌を擦り合わせるのは実に格好がつかないと思う。

 

 

「前々から『まあいいか』『まあいいか』と言って済ませてきたが、これはある意味で精神を守るための防壁なのではないかと思うわけだ」

「怒ると精神的に消耗するからですか」

「そ、それに……怒り方、分からなさそう……」

「人生経験に乏しいワケだからな」

「好き勝手言って……」

 

 

 否定は、できないけどさ。

 最近になって改めて考えると――ということは、だいぶ増えてきた。それは人生経験を積んだことで、これまで持っていなかった感受性……というようなものが芽生えた証拠と言える。

 でも同時にそれは、これまでボクがそういうものを持っていなかった……晶葉に言わせてみれば、感情が希薄なように見えたということでもあるわけだ。

 結果、それが今、こうして自信を持たせることを阻害している……と。

 

 

「でもさ、そうなるとボク、どうするべきなんだろう」

「――そうですね、氷菓さんは、親から貰ったものが気に入らない、と。そういうことでいいんですよね?」

「たぶん」

 

 

 言いつつ、幸子さんの表情がやや苦しげだったのは……幸子さんが暖かい家庭に生まれた証明と言えるだろうか。

 まあ……そうもなると思う。ボク自身、こう、幸子さんに指摘されたことを聞くとまあなんと親不孝なことを、と思ったくらいだ。その親がロクでもなかったのだが。

 

 

「じゃあ、親から貰ったものじゃないものを好きになりましょう!」

「……貰ったものじゃないもの?」

 

 

 何それ、と言いたくなるが……果たして、ボクにそんなものがあっただろうか。

 ……眼鏡とか? そんなことを思ってふと眼鏡を外したボクの様子に呆れたのか、小梅さんが小さく溜息をついた。

 違うのか。そうじゃないのか。

 

 

「キミの人格は誰に貰ったものでもないだろう。キミ自身が作り上げたものだ」

「人格……」

 

 

 なるほど、人格。

 ……性格とかその他諸々ひっくるめた自我、あるいは個我。

 

 

「なんかナルシストっぽくない……?」

「人間誰しも大なり小なり自己愛的な部分はあるものだぞ」

「さ、幸子ちゃんとか……」

「フフーン! そうです……あれ? 今ボク褒められてませんよね?」

 

 

 いや、褒めてることは褒めてると思う。それなりに。

 ただちょっとそれが行き過ぎると問題だよ、ってだけで。幸子さんのそれは幸子さんにとっての「適度」だろう。たぶん。

 

 

「で、ですけど! これだけはちゃんと言えますよ。氷菓さん。自分を好きになれない人が、人に好きになってもらえますか――って!」

「………………」

 

 

 思わず絶句した。

 そうだ。確かにその通りだ。そんなことも分からず、今までボクはアイドルしてたのか……?

 それ以上に。

 

 

「幸子さん、こんなに真面目なことを……」

「熱は……無いな……」

「二人ともボクを何だと思ってるんです!?」

「……芸人さん……じゃない、かな……?」

「ヒドくないですか!?」

 

 

 そのリアクションスキルは芸人さんのそれに比肩する域に達してると思うんだけどどうだろう。

 いや、それが悪いことってわけじゃなくてね? 仕事をする上ではむしろ役立つことの方が多いと思う、うん。

 

 

「でも……自分を好きになること、か」

「と、いうことでさっきの話です! もう少し、自分のことを認めてあげましょう!」

「あれは……恥ずかしいんだけど……」

「やれ」

「えっ」

「いいからやれ。今のキミに必要なことだぞ」

「そ、その前に勉強を……」

「その前にやりましょう」

「あう」

 

 

 か……躱しきれないし防ぎきれない。これが先輩アイドルの重圧か……!

 いや違うか。単にボクが押しに弱いだけだ。そしてそもそも幸子さんは元から割と勉強はできる方である。一時間くらい抜かしても特に問題無いくらい。趣味がノートの清書というのは伊達ではなかった。

 

 その後、一時間に渡って自分のことを好きになれるようにレッスンが続けられるのだった。

 終わる頃には、ボクの顔は真っ赤を通し越して紫色にすらなっていた。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「おはよう白河、アナスタシア。すまないな、昨日は迷わせるようなことを――」

煩わしい太陽ですね(おはようございます)

「どうした白河!? 言葉遣いが変だぞ!?」

「そんなことないですにゃ」

「Да ты что!?」

「ちょ、ちょっと待て! 何が起きた!?」

 

 

 翌日。レッスンに訪れたボクにかけられたのは、信じられないものを見るような、そんな言葉であった。

 

 

「もう少し自信を付けるべき……麗さんはそう言いました……」

「あ、ああ、そうだな」

「その話を踏まえて……自信のある人をエミュってみれば多少は分かるんじゃないか、と思いまして」

「いやそのりくつはおかしい」

 

 

 その言葉を聞いた麗さんは非常にゲンナリとした表情をしていて、アーニャさんは何か微笑ましいものでも見るように苦笑していた。

 いや、まあ、確かにボク自身昨日の延長そのままに突っ走って来て結果暴走してるようなものだとは気付いているんだけれども。

 

 ――――それはそれとして、あの時の幸子さんの言葉が、ボクにとってそれなりに自信を与える結果になったのは、事実だと思う。

 改めて開祖様にも相談したところ、「得意分野が違うだろうが。持ち味を活かせ」だそうで。

 とはいえ得られた自信というのも、あくまで「それなり」だ。多分、麗さんが求める程度の水準には達していないだろう。けれども一度足掛かりを見つけさえすれば、少しずつでも前に進むことができるはずだ。

 たぶん。きっと。めいびー。

 

 

 

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