青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 11月中旬~下旬ごろの話になります。



52:作り上げること

 

 

 忙殺、という言葉が、ふと頭をよぎった。

 十月中旬。クローネの仕事も軌道に乗り始めた頃、同時に文化祭の準備も本格化してくる。

 模擬店のための飾り作り、料理を提供するために必要な衛生管理の講習、劇の練習にバンドの練習……更にここにいつものレッスンや仕事も加わる。充実している……と言うとそれもそうだけど、ちょっと尋常じゃないくらい忙しいのも、また事実。

 

 それにしても、色々と事情はある。

 

 

「演技経験者は?」

 

 

 と聞くと、手を挙げたのはほんの少人数。それも一年生の時、クラスの演劇で……という人がほとんどだ。

 ……まあ、そもそもボクらみたいな人の方が珍しいんだし、それだけでもやったことがある人がいるだけ良いということにしておこう。

 七海ちゃんも、以前の怪奇公演で演技経験……どころか主役経験がある。人に教えることが……できるかはともかく、少なくとも基本はちゃんとできている。他の人と比べれば、上達は早いだろう。

 

 さて、それはともかく。

 

 

「……流石にコレは無理だよ……」

「そう?」

 

 

 演技指導、ボク。

 料理監修、ボク。

 合唱指導、ボク。

 衣装監修、ボク。

 模擬店フロアチーフ、ボク。

 

 体がもう二つ三つは足りなかった。

 

 

「んじゃあ、お仕事との兼ね合いでどの辺までできそう?」

「う、うーん……演技指導と料理の監修くらいしか、できない……かも」

「オッケーじゃあそれで!」

「えっ」

「えっ?」

 

 

 ……あれ? とんでもない無茶ぶりしてきたのに思ったよりあっさり引き下がったな。

 

 

「え、やってって……これ、あれ?」

「いやぁ、どれもやってほしいけど流石に無理だってのは分かるし、じゃあやれるものだけ言ってもらってやってもらおうかなって!」

「そ、そう……」

 

 

 曰く。先に要求を思いっきり吊り上げておくことで、本命の要求を通しやすくする交渉術があるという。特にこの実行委員の子が意識した風は無かったけれど、もしかしてごく自然にその技術を使っているのではなかろうか。末恐ろしさを感じる。

 

 ……ま、まあ、実質これがベストだろう。

 クラス全員が協力して、息と調子を合わせなければいけない合唱練習は、全員の息をぴったり合わせるのにはどうしても時間が必要になる。仕事などで学校にいない時間のあるボクが合唱の指導役になっても、満足に練習もできないだろう。

 演劇も、確かに協調性や息を合わせることが重要になるけど……それ以前に、まず台詞を覚えないことにはどうしようもない。それについては一人でもできるし、わざわざ覚える方法まで指導する必要も無い。読み合わせが必要なら、他の演者の手を借りれば事足りる。

 また、料理に関して言っても、レシピを渡してその通りに作ってくれさえすれば問題無い。きっちりレシピ通りに作ればだいたい同じ味になる。

 

 さて。

 ともあれ、現状はそんな感じ。このまま順調にいけば何も問題は無い……はずなのだったけども。

 

 

「「最初はグーッ!!」」

 

 

 と言いつつ、彼らの差し出した手はチョキとパー。実に清々しいほど卑怯な一手だった。

 

 

「無効ッ!」

「「そんなー」」

 

 

 じゃんけんぽん、ではなくて「最初はグー」の方が手を出す合図となってしまって数十秒、監督の手によりルール無用の戦争は終わりを告げた。

 

 ……何でこうなったのか……という原因は、今のボクにはちょっと分からないが、発端なら分かる。七海ちゃんが劇に出演することになったからだ。

 役柄は「指輪の魔人」。アラジンと魔法のランプを原案としたアニメには出ていないため、若干マイナーな感のあるキャラクターだけど、これでも非常に重要なキャラクターだ。ボクと同じように、できるだけクラスの女子との軋轢を生まないために、七海ちゃんはメインヒロインである王女役を辞退してそちらの役を選んだのだった。

 

 で、その後。何故かご覧の有様である。

 悪役である魔術師を志望していた人も、場合によっては女子ですらもアラジン役を希望するに至ったほどだ。

 とにかく、そんな事情もあって、今は配役が非常に難航しているというのは確かだ。誰も譲ろうとしない。

 

 

「どうしてこんなことになったのだろう……」

「そりゃーあーた……現役アイドル二人に『ご主人様』とか言われる機会なんて今後一生かかっても無いかもしれないから必死よ……」

「……なるほど」

 

 

 クラスの人にそこまで言われれば流石のボクも理解する。

 ……しかし、どうにもこうにもボクは人の心の機微が分かんないな。15年ほどは男性だったとはいえ、事実上男性機能無かったからどうにもその辺のことは曖昧だ。感覚はその頃からの地続きだから、女性としての感覚も微妙だし。半端っていうかなんていうか。

 まあ、毎度のことだ。今は仕方ないこととしておく。

 

 

「いいですなーああいう風に思ってくれるのも」

「そうかな。あんまり思わないけど」

「"もて"る者はもてざる者の気持ちが分からぬか……」

「は?」

「ううんこっちの話」

 

 

 持てる者……あ、モテる者、とのダブルミーニングか。でも個人的なことを言わせてもらうと、正直なところモテるっていうのは、怖い。

 晶葉も奈緒さんも他の人もよく言ってるけど、ボクは人の心がよく分からない。

 人生経験は、まあ、あるんだ。前世では知識を詰め込む……というか、そうさせられただけだったのだけど、それでもだいたい15年間、実質「何もしなかった」という経験だけは残っている。それにこちらの世界での14年間。それは多分前世のそれよりも遥かに濃い経験だ。その二つの人生の中で、ボクは色んな人を見て来た。

 

 悪い人がいた。善い人がいた。強い人がいた。弱い人もいた。俗っぽい人がいた。浮世離れした人がいた。矛盾を抱えて生きている人がいた。考え無しに生きている人がいた。人を殺した人がいた。人を救った人がいた――――……。

 

 ……と。

 つらつらと挙げてはみたけれど、実際のとこ、これあくまでボク見てきた「だけ」なんだよね。あんまり接してきてはいない。対人経験が少ない、とも言い換えられる。あっても、施設の人間だとかおじじとその従業員とか、ごく一部の同級生とか、あと団長さんとその周辺とか……その程度。

 

 今になって思うと、そういうのはどうにも良くない。14歳にしては膨大な経験と、14歳にしてももうちょっとこう……あるだろう!? となるような些少な対人経験。まるっきりちぐはぐだ。この二つが組み合わせられることにより、人の心が分からない系錬金術師兼アイドルなどというキワモノが爆誕してしまうのである。別名をコミュ障という。小学校の通知表に「もうちょっと人を信じるようにしましょう」などと書かれてしまうのは伊達じゃない。いや信じてるんだよ? 少なくとも身近な人は……。

 

 

「そもそもボク、人からどう見られてるのかが分からないんだよね」

「えー勿体ない。なんなら男子くらい手玉に……あごめん今のナシ」

「うん。ありがと」

 

 

 こういう悪女? みたいな話が出た時、過去の経験もあってボクはどうしても不機嫌になってしまう。そうなる前の段階で気付いて、即座に話を修正してくれるクラスの人は、正直かなりありがたい。

 

 

「つまり自分の何が人気なのかもわからないと?」

「うん、まあ」

「なんて勿体ない!!」

「うおっ」

 

 

 いや、でもそこについては正直プロデューサーに一任してる部分だし、ボク個人はそこまで……その……まあ、はい。うん。改めて考えてもよく分かんないです……。

 ……そんな感じのことを言ってみると、クラスの人は「はー!!」と盛大なため息を――いや、はっきり言葉にしてない?――ついてこっちに向き直った。

 

 

「いい? 白河さんはちっちゃくて細っこくって儚くて触ったら壊れそうで、めちゃめちゃ守ってあげたくなる系なんだよ!」

「ふ、ふむふむ……?」

「その上ミステリアスで歌もダンスもめっちゃ上手いっていうのがギャップあってイイの! なのに口を開いたら所帯じみたこととか常識的なこと言うから、なんとなく身近な人にも感じられてなおグッド。雲の上の人じゃないっていうのが最強なの分かる!? こやつめ! 好き!!」

「え、あ、え、あ、あえ、あ、ありがとう……」

 

 

 ――クラスの人、どうやら極めて珍しい女性ファンだったらしい。

 真正面からこうも褒められると、どうにもこうにも気恥ずかしい気持ちが湧いてくるけども……否定するのも相手に失礼だから、ちゃんと受け取っておく。燃えるように顔が熱いけど、我慢だ。我慢。

 

 ……とまあ、気を取り直そうとして顔を洗いに行ったところ、またしてもアラジン役の争奪戦が始まり大騒ぎ。どったんばったん、チンパンジーと化していく級友(フレンズ)を監督が「うろたえるな小僧どもー!!」と一蹴。厳正な審査の末、アラジン役、魔法使い役、王女役とその他モブが決定したのだった。

 教室が死屍累々だったのは気にしないことにしておく。

 

 

 そんなこんなあって、劇についての話し合いは終わったので、次は喫茶店だ。

 結局メイド喫茶ということは覆らなかったが、仕事でそういう衣装なら何度か着ている。同じくこれも仕事だと思えばなんてことはない。

 が、ここでボクに向かってある提案をしてくる人がいた。

 

 

「執事服着てくれないかな!?」

「いいよー」

 

 

 即決した。

 別に拒むようなことでもなし、むしろ女性用のフリフリの服よりは個人的には着やすい感がある。

 

 というわけで、裏で着用。流石にいつも着てる衣装と比べるとアレだけど、着心地自体は悪くない。特に動きが阻害される感じも無いし、うん。大丈夫。

 執事といえばセワスチアンさんかな。あの人を参考にして……でも、あの人みたくオールバックにするには貫禄が足りないし、いわゆる王冠編みみたいな髪型にしておくのが無難かな。元がそれなりに長いから、短めに見せることで印象を変えられるはずだ。

 

 

「お待たせ致しました」

「「おぉー」」

 

 

 その格好で出て行くと、感心したような声が発せられた。どうやら女子にはそこそこ好評らしい。

 逆に男子の反応はあまり芳しくないけど、男装という性質上仕方ないだろう。一部は悶えてるけど。なにゆえ。

 

 

「むっ! ショタっぽくていいねェ……」

「どこがショタだよ節穴かよ女子」

「はーこのいじらしさが分からんとかそっちこそ節穴もいいところだわ……」

「誰がどう見ても男装執事のロリ版じゃねえかぶちころがすぞ」

「どう見たってナイスデザインでしょうが」

「そこに異論は全くねえよよくやった」

「サンキュー」

 

 

 ピシガシグッグッ。

 

 何やってんだこの人たち。

 

 

「でもよぉ、やっぱりメイドも捨てがたいぜ?」

「白河さん、午前と午後で衣装入れ替えるとかOK?」

「いいよ」

「だそうだぞ野郎ども!」

「やったぜ」

「この私を伏して崇めよ」

 

 

 やだこの人たち本当に拝むように伏して感謝してる。

 

 

「そもそも感謝するべきは氷菓ちゃんに対してれは?」

「そっちは常に感謝を捧げてるから大丈夫さ」

「わけがわからないよ」

 

 

 そもそも彼らはボクの何に感謝を捧げているのか――だし、いくらなんでも大仰すぎる。

 何だよいつもお世話になってますって。普段もっとぞんざいな扱いしてくるだろキミら。それとも気になるあの子に意地悪をしてしまう小学生マインドが再燃でもしてしまっていたのだろうか。まさかな。自分で言うのもなんだけどぼかぁ見た目からしてアレだぞ。まあ最近はようやく142cmまで伸びたんだけど……。

 

 

「そうなると、あたしたちも執事? みたいな格好した方がいいのかな?」

「普段ガーリッシュなもの着てる方が多いし、ギャップが出ていいかもだけど……別にやらないんならそれはそれで構わないと思うよ?」

「そうなの?」

「うん、まあ……」

 

 

 言いつつ、クラスの男子に目を向ける。

 法子さんと七海ちゃんは、結構こう……ボクと比べたら遥かに育ってるから、そういう部分で、メイド姿を期待されてる面はあると思う。

 例えば、午前中にメイド役をやった場合、午後からはずっと執事役をすることになる。まあ必ずしもそればかりってワケでもないだろうけども――いずれにしても、法子さんのメイド姿を見られる時間は減ることになるだろう。男子諸兄としては、その辺を認めるわけにはいかないはずだ。

 

 

「でもやる分にも構わないし、そこのところは自己判断で、自由にということで……」

「七海は着てみたいし着てみるれすよ」

「じゃああたしもやってみよっかな!」

 

 

 ほんのちょっと男子の雰囲気が盛り下がった。

 でも本人が望んでやってることだし許してほしい。普段二人ともこういう男装とかする機会あんまりないし、やりたいという気持ちもあるはずだ。たぶん。ボクがやるから自分たちもやろっかなーという気持ちもあったりしたのかもしれないけど、そこんところはまあ許してほしい。アレだよ。新しい性癖の開拓とかそんなん。男装女子っていうか。

 

 で、結局、喫茶店はボクだけじゃなくて、七海ちゃんと法子さんの二人も一緒にメイド兼執事をやることになった。

 ……まあ、なんだ。どうせプロデューサーとかも来るだろうし、今後の売り出し方針のために参考にとかさ。そんな感じにもなるから、大丈夫だよ。たぶん。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 で、そんなこんなで色々とこなして一か月と少し。

 時は11月中旬、ボクらはようやく文化祭の本番の日を迎えていた。

 

 日々の過重労働に耐えかねたボクは漏れなく死亡しているわけだがまあそこはいい。少し眠れば大丈夫。いやホントに。寝過ごしたりはしないって。うん。大丈夫。

 ……いやまあ前振りとかじゃなくて、実際普通ちゃんと起きてるんだけど。

 

 さて、進行上、うちの学校の文化祭は二日間にわたって催される。一日目に合唱コンクールや演劇、二日目にバンド演奏や模擬店……という配分だ。

 現在は一日目。合唱コンクールを終えて、演劇を行おうというところだ。

 ちなみに、時代柄と言うか……アラジンと魔法のランプの原典を見ると、ややセクシャルかつバイオレンスな描写が見られたため、この辺については多少改変が行われた。

 

 さて、アラジンと魔法のランプという物語の性質上、ボクの出番は少し経ってからとなる。

 ストーリーの導入は、まず、悪役である魔法使いがアラジンを訪ね、ある洞窟に魔法のランプを取りに行くよう依頼するところからだ。

 

 アラジンは、魔法使いから「災いを遠ざける」という魔法の指輪を預かり、洞窟へと向かった。様々な仕掛けを解き明かし、アラジンは見事にランプを手に入れる。

 しかしアラジンはランプを手に入れる際、欲張ってその場にあった金銀財宝などを大量に懐に収めてしまった。そのせいで体は重く、階段が登れずに洞窟から出られなくなり――やがてアラジンからランプを手に入れられないと見た魔法使いは、洞窟の出入り口をふさいでアラジンを閉じ込めてしまう。

 

 アラジンは途方に暮れ、手を合わせて神に祈りを捧げた。するとその時、指輪がこすれて中から指輪の魔人が現れる。

 

「僕を外に出してほしい」

 

 指輪の魔人にそう頼み込むと洞窟の扉が開き、アラジンが願った通りに外に出ることができるようになったのだった。

 その後、家に帰り着いたアラジン。この時にランプも一緒に持ち帰ってはいたものの、そのみすぼらしい外見のおかげでランプを価値あるものとは思えず、放置してしまっていた。

 そんなある日、アラジンの母親はこの小汚いランプも、磨き上げて綺麗になりさえすれば売れるのではないかと思いつく。アラジンがいない時にその考えを実行に移したのだが――なんと、アラジンが持って帰ったのは魔法のランプなのだった……。

 

 

「お呼びでしょうか、ご主人様」

 

 

 酷薄な印象を受ける声が響いた。

 思わず顔をしかめる母親。それを尻目に、ランプからは得体のしれないヒトの形をした「何か」が飛び出した。

 

 

「あ、あなたは!?」

「私はランプの精霊。『魔法のランプ』の持ち主の召使いにございます。さあ、願い事があるならなんなりとお申し付けください。またたく間に叶えてご覧にいれましょう――――」

 

 

 と。

 あまりに現実味の無い光景ゆえにか、あるいは驚きのためにか――母親は、その場で即座に卒倒した。

 やがてアラジンが外から帰ってくる。母親が卒倒していることに驚くアラジンだが、先に指輪の魔人を見ていたために混乱は最小限である。

 先程と変わらない説明を魔人から受けるアラジン。やがて落ち着いた彼が望んだのは――――。

 

 

「僕は、豪華な食事が欲しいな」

「仰せの通りに」

 

 

 パチン、と響く指の音。その直後、アラジンの目の前に王宮の食事もかくや、というような豪華な料理が姿を現した。

 あまりの事態に困惑しつつも、目を覚ました母親と一緒に食事をたいらげる。その皿は黄金でできていたため、アラジンはこれを売って生計を立てるようになった。

 

 やがてしばらく経つと、アラジンは街を通りかかった王女に一目ぼれ。どうしても彼女を忘れられないことから、アラジンは再びランプの魔人を呼び出すことにした。

 

 

「――悩まれることはありません。あなたの望みは王女と結婚することでしょう。であるならば、アラジン。あなたも王族に並ぶほどの立場を得なければなりません。ですが心配はありません。ランプを(・・・・)持っている(・・・・・)限りは(・・・)私はあなたの味方。その欲望を、叶えましょう」

 

 

 ――果たして。

 アラジンはランプの魔人の力により、膨大な財産を手にすることとなる。この財産を王に献上することで、アラジンは王女への御目通りが叶うこととなった。

 三か月の交際の末、王に認められてアラジンは王女と結婚。魔人に命じて豪奢な宮殿と莫大な資産を用意させ、王族の一員として宮殿に住まうことになった。

 

 が、これに業を煮やしたのが魔法使いである。

 かねてより狙っていた魔法のランプをアラジンに横からかっさらわれ、オマケにその力で王族にまで成り上がったのだ。本来は自分がそれを得ていたはずだというのに。

 水晶玉でその様子を観察していた魔法使いは、知略を駆使してアラジンの宮殿からランプを掠めとる。

 

 

「――お呼びでしょうか、ご主人様(・・・・)

 

 

 ランプの魔人はランプの所有者にのみ従う。

 魔法使いはこれを利用して、宮殿を王女ごと自分の土地へと移動させたのだった。

 

 突如として消えた宮殿。当然、どこに消えたのかもわからないので途方に暮れるアラジン。

 そんな時、ふとした拍子に指輪のことを思い出したアラジンは、指輪の魔人に命じて「魔法のランプのある場所」へと移動させてもらう。

 タイミング良く、魔法使いは外出中。なんとかランプと王女を取り戻したアラジンだが、自分の意に沿わないことをしでかした魔人を軽く咎める。

 

 

「お前は僕に従うのではなかったのか?」

「私はあくまで『ランプの持ち主』に従うだけですよ、アラジン。あなたの意に沿わないことをしていたことは認めましょう。しかし、それもすべて『ランプの持ち主』の企てにございます」

 

 

 ランプの魔人とは、言うなればあくまで一個の「道具」である。そこに善悪は存在しない。重要なのは、使う者の心ただ一つだ。

 言葉によってそう示すと、「あなたはどうする?」と問いかけるように、魔人は薄く微笑んだ。

 

 ――そうして。

 アラジンは魔人の力を借りて宮殿を元に戻し……魔法使いを「懲らしめ」た。

 国に戻ってからは政治を学び、庶民の出であるからこそできる政治に取り組み、長く善政を敷いたという。

 

 ランプの魔人がそこに介在していたかは、定かではない。

 

 

 ……で、幕が下りてしばらく。客席は色んな意味で困惑に彩られていた。

 まあそうなるよなあとは思う。中学生の感性でアラジンと魔法のランプをある程度再構築するという関係上、ちょっとこう……色々混ぜ込んじゃうというか。

 

 例えばそもそも魔法使いを殺したのかそうじゃないのか、明確にしない辺りでスッキリしないし。アラジンが魔法のランプをこれ以降使ったのか、それとも封印してしまったのかというところも定かじゃないから色々と想像が掻き立てられるし。

 小説やマンガ、アニメとして見せるなら、確かにこういう手法も有効だと思う。でも改めて考えてほしいんだけど、これはあくまで、中学生が文化祭で演じる、三十分程度の劇だ。あんまりスッキリしないものを残して、観客に行間や結末の先を想像してもらうというのは……ちょっと不親切かなあと思わないでもない。

 

 

「なぜあまりウケが良くないんだ……?」

「いやアレは色々やべーだろ」

 

 

 監督にツッコミを入れる男子。だよね、とボクは見えないように小さく頷いた。

 あとそれぞれのキャラが、アニメ映画のそれとだいぶ違うのも観客的に受け入れづらい要因だろう。

 特に魔人。本人に悪意というものは一切無い一方、自分の能力とそれによって引き起こされる可能性のある事柄について自覚しており、その上で他人に自分をどう使うかを選ばせる――なんて。ボク自身はあんまり演じたことのないタイプだから楽しかったけど、ちょっと邪悪さが見えるあたり、受け入れがたい人はいると思う。

 

 

「もしや氷菓ちゃん、ちょっと問(らい)があるって分かってたんれすか?」

「ん……薄々? でも確信とかは無いから、どうかなってくらい」

 

 

 とはいえボクができるのは演じることだけ。「創る」ことは徹底的に不向きだ。錬金術は「作り変える」技術だろって? 完成形が見えてないと最終的に余計にいびつになっちゃうから手を出さない方がいい。はずだ。たぶん。

 

 

「そういう時は言ったほうがいいれすよ……って、受け売りれすが」

「そっか……そうだよね。うん、分かった」

 

 

 それもそう、なんだよね。

 確かに今回、ボクは監督と脚本を信じて――盲目的に――配役を演じた。ある意味では信頼しているということでもあるけど、ある意味では何の責任も負わないということでもある。

 

 これまでボクが演じたのは数件。しかし、そのいずれも商業的に成功したし、一般の客層からの人気も得られた。

 けどこれから先、数多く仕事をこなしていく上で……言ってみれば「駄作」と呼ばれるような脚本と出会うこともあるだろう。書いた本人は、多分気付けない。そんな時に演者として声を上げて修正することができれば、場合によってはそれが駄作になることを回避することができるかもしれない。

 

 同じ演じるなら、作品の出来が良いに越したことはない。会社的にもそれは同じはず。今まで演技そのものを良くしていくことばかりで気付かなかったけど、作品に責任を持つ、作品をより良くする――と言うのなら、やっぱりそういうことを考えないわけにはいかないんだろう。

 

 少し――勉強してみようかな、と。そう思った。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 さて。

 あれやこれやとあったものの、どうにか一日目を終えて一休み。人気のない体育館の裏で志希さんと合流し、石段に座って適度に体を休めていた。

 

 

「おっつかれー。ドリンク飲む?」

「ありがとー飲まなーい」

「ちぇー♪」

 

 

 文化祭一日目。今日やってきたのはおじじとその部下数名、先生、お姉。それとプロデューサーと志希さん……といったところ。一日目は平日にやっているおかげで、晶葉を含め学校に通っているような人はあんまり来ていない。志希さんは時期的にもう自習期間らしく、サボってそのまま来てるけど。

 

 

「ところでランプの精霊(ジン)ってニャルラトホテプか何かだっけ?」

「文化圏的には似たようなものあるんじゃない? でもあそこまで悪辣じゃないし」

「いやあでも結構邪悪だったよ~? プロデューサーが『あんな演技もできるのか!』って興奮してたし♪」

「やってみてとも言われたこと無いからね。想定できる範囲のものならだいたいなんでもできるんだけど」

「だよね~。飛鳥ちゃん!」

「『衆目を集めるのは好きじゃない……そう自分を騙していただけなのさ。きっとね……』」

「にゃははそれっぽい」

 

 

 知り合いは特に模倣しやすい。必ずしもできるわけじゃないけど。

 

 

「ま、言っても『想定できる範囲』だけだもんね~♪」

「ん、まあ」

 

 

 ……人間というのは基本、不合理で不条理なものだ。良くも悪くも衝動のままに行動する人が多く、時によってはバグってんのかと言いたくなるような行動を起こす人もいる。模倣したくても、理不尽すぎてできない……みたいな人は、実は少なくなかったりするわけだ。

 

 

「はーあ。あたしも文化祭やってひょーかちゃんたちに来てほしかったのになー」

「三年生はダメなんだっけ」

「そーそー。受験に向けてってね! そーゆー既成の概念にとらわれて締め付けるとヒトの思考を停滞させるって分かんないかにゃー? やっぱ偏差値だけ高くてもダメだね!」

「普通の人には受験は死活問題だから」

「その程度で死んじゃうなんてひょーかちゃんみたいだねー♪」

「どういう意味だ」

 

 

 いや分かるけど。死にやすいな、って言いたいんだろう。

 志希さんは色んな意味で強いから、その辺はやや理解が難しい部分かもしれない。

 でも構造的な問題とか、法整備の問題とか諸々あるしな……いや、その辺まで語ると極めて面倒だ。やめとこ。

 

 

「それより来年からのこと考えた方が建設的かもよ。大学だと文化祭……っていうか学園祭も大規模になるしもっと楽しいって聞くし。志希さんとこならボク行くよ」

「どんどん来てきて~。プロデューサーも一緒に~」

「あっ」

「にゃはは」

 

 

 これ模擬店か何かの料理で即プロデューサーを実験台にする気満々ですわ。

 頑張れプロデューサー。結果が見たいから死なないように整えるだけは整えるよ。

 

 でもそうなると、今年は志希さんの文化祭は見られないのか。晶葉のとこは平日に合唱コンクールしか無かったって話だから行けなかったし……二人とも文化祭の様子を見られないとなると、ちょっと寂しいな。

 

 ……あ、そうだ。

 

 

「あのさ志希さん、ちょっと提案があるんだけど」

「なーにー?」

 

 

 そのまま耳元に近づいて一言。

 ごくごく簡単なことだけど、志希さんの機嫌を上向かせるには、それだけで充分だった。

 

 

 


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