文化祭の一日目が終わってから一時間ほどして、ボクは明日の学内ライブの打ち合わせのためにとある貸しスタジオにやってきていた。
今日、ここにいるのはボクとレイナさん、それからこのひと月ほどベースの練習をしてもらった巴さん――そして、もう二人ほど、別の人物もここに加わっている。
馬と鹿だ。
「何よコイツら!?」
「馬だよ~」
「鹿デス……ピーガー」
「ロボじゃコレ!?」
「助っ人だよ……一応」
……まあ、うん。一応……だね。うん。
「本当に大丈夫なんじゃろうな。並べたら馬鹿じゃぞ」
「いや、それ本人が買ってきたやつだしボクに言われても困るんだけど……」
「アンタの見立てだったらマジどうしようかと思ったわ」
センスが無い無い言われるボクも、流石にコレはちょっとヤバいっていうのは分かる。
いやしかし、これはこれでむしろハイセンスなのか? これもある種のロックでは? ボクの記憶が確かなら、あるロックバンドが動物マスクをしていたはず。つまりこれはロックなのでは? バンドとして正しいことなのでは?
「…………」
「いや何でアンタまでマスクつけてんの!?」
「……バンドって、もしかしてこういうのが正しいのかなぁ、って」
「んなわけないじゃろ。というかどこから出したんじゃそのペンギンマスク」
そりゃまあちょちょいと。
いやそれはいいんだよ。気にしちゃいけない類のものだから、これ。
「錯乱してるわねこれ」
「錯乱しとるな」
ボクは既に少し錯乱している!
じゃなくて。
「で、誰じゃこいつら」
「あたしだよ~♪」
「うわっ、志希だ!?」
「その反応なかなかヒドくない?」
「こいつアタシのイタズラ一瞬で見抜いて倍にして返してくんのよ」
「知ってる」
何せフルボッコちゃんの収録現場では日常的な光景である。
ちなみにボクは構造解析で回避しているので、基本的に被害は受けない。ただ、それでもあんまりレイナさんから避けられていないのは、やり返したりしてないから……だろうか。
「じゃあこっちは?」
「ロボだよ?」
「……本当にロボじゃと!?」
「晶葉の差し金か……」
「『何でそんな面白そうな話に混ぜないんだ! ん? 負担? 知ったことかそんなもの!』って言いながら一晩で作ってきたよ」
「今めっちゃ似てたわ」
「でも一晩で作った突貫作業だからバグ取りと微調整はボクの方でやることになったんだよね」
「アイドル?」
「アイドル」
まあ別にいいんだけどね。しょっちゅうやってることだし。修正分はもう既に反映されてるし、特に問題無く使えるはずだ。
「……まあ、そういうわけだから、確か助っ人自体は外部の人連れてきていいんだよね?」
「ヒト?」
「ヒトじゃないの交じっとるぞ」
「一ノ瀬志希は改造人間である!! ってどう?」
「いや改造されとっても人間じゃろ」
「サイボーグってホモ・サピエンスの定義に入るのかな~?」
「生体パーツがあれば大丈夫じゃない?」
「アンタら何の話してるのよ」
っと、いけない。主題からだいぶ逸れてた。
まあロボットは道具と思えば問題無いだろう。時々あるキーボードの自動演奏みたいなものだ。ちょっと生演奏に対応してるだけで、特別なことは無い。はず。
ともかく、そういうわけである。
文化祭に出られなかった志希さんに、多少でも文化祭気分を味わわせてあげられたらなと思って声をかけてみたわけだ。ボクも気ごころ知れた志希さんがいると楽しいし、一応、打ち込みよりもその場その場のアレンジができる生演奏の方が臨場感がある――とか、そういった実利的な理由もあるはあるけども。
ボクらみんな中学生だし、バンド演奏をしてみるというのは、普通に考えれば大きなハードルだ。本来はそれを軽減するために、ということで外部の人をバンドメンバーとして招き入れて、機材を用意したり楽器を用意したり……というのを学校側が容認しているのだけど、今回はそれをちょっぴり悪用したかたちになる。
でもいいよね、誰か傷つけるためにやってるわけじゃないんだし。より良い演奏が聞けて観客もWin。ボクらも志希さんも楽しめてWin。そういうことで許してほしい。
「で、志希とそのロボットは何するのよ?」
「あたしはドラムかな~♪」
「こっちのロボはキーボード」
「ちょうどバンドに必要な人数揃ったわけじゃな」
「でも志希、アンタできるの? もう明日すぐやるんだけど」
「そこは心配しなくていいでしょ。志希さんだよ?」
「あたしだよ?」
「何この自信……いや分からないわけじゃないけど」
ボクにできることは志希さんもできる。流石にぶっつけ本番で即座にやれるとまでは言わないけど。そこに関しては適性の都合上、ボクの方ができる。むふん。
とはいえ確かに一回二回は合わせる時間は必要だけど、それさえこなしてしまえばすぐにセッションできるだろう。志希さん天才だから。
「とりあえず一回合わせてみようよ。なんなら出るかどうかはそれで決めたらいいし」
「……ま、そういうことにしとくわ。全員位置について」
「ピピピッ」
「真後ろで機械の音がしとってやり辛いぞ氷菓」
「後で静音しとくから今はちょっと我慢してくれると助かるよ」
「後ででもできるんか……」
できるよそりゃあ。晶葉の作ったロボットだもの。
逆に言えばボクが手の施しようがないと判断した場合は、本当にどうしようもないということである。まず無いけど。それこそ例えばロボそのものが消滅するとか。
……いやでも仮にそうなっても、錬成すればその辺のアスファルトとかからでも、再度創り出せるし。ぶっちゃけると今すぐにでもなんとかなるんだけどねコレ。そうすると物理的に不自然だからしないだけで。
「じゃ、行くよ~。1、2、3、4!」
ドラムを叩いて全体をリードする志希さんから、全体に向けて合図が発せられる。それに合わせてギターを鳴らしていく――けれども。
……正直なところ、あんまり整ってない。まあ、でも最初だからこんなものだろう。志希さんも慌てたような様子は無いし、あくまで慣らしのための一回ってところか。
実際、二回目を始めるとさっきよりも遥かに良い演奏ができたのが感じられた。レイナさんと巴さんはたったの二回でできたことにちょっと驚いているが、志希さんにしてみれば特別に驚くべきことでもない。その表情はかなりあっさりしていた。
「じゃあ、もう一回」
というわけでもう一回。次の志希さんはもっとうまくやってくれるでしょう。
……で、実際上手くいった。
一回でも合わせられればそれでタイミングと調子は掴めるということだろう。ボクの方は、元から何度も練習に参加してたからその辺の調子を合わせる必要も無かったわけだけど。
「はー……アンタらほんとズルいわなんていうか……」
「ズルい? んふふふそこは天才って言ってほしいかにゃー」
「よっ天才」
「そう褒めるでない褒めるでなーい」
「氷菓と志希が褒め合っとると白々しさを感じるんじゃが」
「白河だけに」
「アンタ今白河じゃないでしょーが」
「そうでもあるが」
本名が白河でなければならないと誰が決めた。何より芸名は白河のままだから全く問題無いのだ。
まあ褒められてるわけじゃないだろうから威張れることでもないが。
「まあアレだよ。ボクも志希さんも褒められて伸びる人だから」
「伸びるよー超伸びるよ」
「背がか」
「んにゃ胸が」
「キモッ」
「にゃっはっは」
「……まあ嘘よね?」
「あっはっは」
「嘘よね!?」
「「にゃっはっは」」
「嘘って言ってよ!?」
まあ嘘だよ。
でも一般的な大きな人のそれと遜色ないくらいにはなるよ志希さん。何で知ってるのかって、以前に性的興奮がどうのこうのって時の実験で、まあその。うん。
あといつものおくすりのどれか使えば、軟体人間になるなんてわけもないことだろうし……一概に嘘だとは言い切れない部分はあるかもしれない。
しかしレイナさんの反応を見るとなるほど、志希さんが人をからかうのが楽しいのが分かってきた気がする。なんだろう、この……打てば響く感じ。本来イタズラする側なのに、される側に回ってもそれはそれで輝いてるんだよな……。
もしかするとあれはあれでアイドルの一つの方向性なのではなかろうか? ……芸人? いやいやそんなことはない。それだけじゃない。アイドルだって今はイジられるしイジるものなの。バラエティ番組にだって出演するしそれが求められることもあるのだから。
ともあれそんな感じで、この日は満足がいく程度に練習をこなして……志希さんには申し訳ないんだけど、寮生三人は揃って寮に、志希さんはロボットに乗って自宅へと帰って行った。
いつもならああやってロボットに乗ってくの、だいたい晶葉の役目なんだけど……まあいいか。いつもと違うことできたからか、なんやかやで楽しそうだし。
@ ――― @
「何で志希私のハイパーキーボード君1号勝手に持ってくん……?」
「無断かよ」
翌日、衝撃の事実が明らかになった。
特に理由は無いがあの後とりあえず持って行ってたらしい。ちょっと待てよ。
「せめて一言断ろう?」
「そこはほら、あたしたちの仲だし~?」
「親しき仲にも……礼儀はあるんだーっ!!」
「悪魔にだって友情はあるんだ的な言い方やめなよ」
「自分で言ってなんだがこの手のネタ私たちの世代で誰が分かるんだ」
「奈緒さんあたりは分かるんじゃない? ところでさ」
まあそれはいいんだ。
問題はそっちじゃない。
「何で二人とも開場前に来てるのさ」
「……何の問題が?」
「何か問題でも?」
「こっちも準備があるんだけど」
半ば準備の整った会場。飾り付けも終わり、学校の教室にしてはそこそこ華やかな内装に整えられた部屋――の横、カーテンなどの遮蔽物で内側を見られないように整えた、控室兼調理場にて、ボクは志希さんたちへの対応に追われていた。
志希さんは分かる。バンドメンバーの一人でもあるからだ。でも晶葉は……いや、まあ、分からないではないんだよ。ロボットのメンテナンスとかいろいろ理由はつけられるし。けど完全にお客さんモードで来てるのは流石にどうだ。
加えて言うなら、この場にはエリクシア3人が勢ぞろいしているということでもある。そりゃあもう目立つ目立つ。あんまり注目を集めるのも良くないし、とりあえずボクは二人を部屋の片隅に連れて行くことにした。
「キミのことだから二秒もあればパパッと終わるだろう」
「できてたまるか」
正確なことを言うと「やってたまるか」だけど。
できるはできるんだよ、錬金術使えば。使うわけにはいかないけど。
こんな時開祖様なら……と一瞬考えたけど、多分開祖様は「何まどろっこしいことしてるんだよとっとと終わらせろ」って言いながらやってのける感じで、要領の良さを見せつけてくると思う。ボクはバレるのが怖いのでちょっとできない。
「で、何で執事なんだ? 私はメイド姿を見にきたんだが?」
「午後においでくださいませお嬢様。というか昨日志希さんに伝えてもらうよう言ったけど」
「あっゴメーン忘れてた」
「そいっ」
「んぐっ――――からーいっ!!」
「唐辛子を人の口に向けてダーツする人間初めて見たぞ」
「ボクも初めてやったよ」
とはいえここは346プロの関係先じゃあない。その辺をなあなあにすると、他の一般の方々も入退場時間を曖昧にしてしまうことがありうる。その結果、ボクらだけじゃなくて他の生徒が迷惑を被ることにもなりかねないわけだ。
確かにボクは普段「まあいっか」で済ますけど、志希さん言って聞かせて理解しても意図的に無視することあるから……辛いとは言ってもあくまで食品だし、ボクなら百発百中で口の中にダイブさせられるので、食品は無駄にならない(強制)からどうか許してほしい。
「次同じことやったらどうなるんだ?」
「そりゃあ……もっと強烈なやつか、苦味とか酸味とかで」
「味覚の暴力はんたーい!」
「それフリルのエプロンで味覚の暴力に晒されたボクに言える?」
「ごめん」
かなりマジトーンの「ごめん」であった。
志希さんの目から見ても、あれが相当だったのかと気付いた瞬間だった。
「ねー、まだお話終わらない?」
「あ、ごめん」
と、そんな折に、見かねた法子さんがこちらに話しかけてきた。法子さんの服装も、ボクと同じく執事服だ。
しかし、やっぱり法子さんが着ると、どうしても印象はかわいいの方が勝るな……悪いことじゃないんだけど。
「……しかしあんまりそういうのは似合わんな法子は」
「えぇー!?」
「んーなんていうか普段の物腰とミスマッチ? でもこれもアンバランスでかーわいいと思うよー♪」
「そっかー。でも似合ってるって言われたかったなぁ」
「似合ってはいると思うぞ。しかし近くにいる比較対象というか氷菓がな」
「ボク?」
「見た目もそれっぽく整えているし物腰も完璧だろう。身長を抜きに考えると割と男装執事としては完璧に近いぞ。家事炊事もできるし」
「一家に一人欲しいねー」
それほどでもない。
「テレテレするとちゃんとオンナノコだよね~」
「まあ一旦それは置いといて。準備しなきゃいけないから二人とも出た出た。後で接客するから」
「ぷー」
「ちゃんと執事っぽく言ってみろー」
「これより店舗の準備を行いますので一時ご退出を願います、お嬢様方。こちらです」
「本気でやるのか……」
「自分で言っといてドン引きするのやめてくれない?」
「あたしそれ先にちょっとドキッとしたかも」
「報告しなくていいよ」
前世が前世だけにすごく反応に困る。
嬉しくないとは言わないけど、色んな意味でなんとも絶妙な気分だ。
ともかく二人を一旦外に出して準備を終えて、それからこんどはバンドの準備だ。急いで体育館に向かうと、既にレイナさんと巴さんは準備を終えているようだった。
「ごめん、お待たせ――お待たせいたしましたお嬢様」
「何突然!? いきなりすぎて気持ち悪いんだけど!?」
「ひどくない?」
「普段の氷菓を見とったら妥当じゃろ」
「まあ分からなくもないけど」
「で、もしかして今日はそれでずっと行くつもり?」
「ううん、あくまで宣伝だから。ライブ中はこの格好だけど、別に喋り方まで変えるつもりはあんまり無いよ」
「ならいいわ」
で、と思って周囲を見回す。レイナさんはライブでやる格好に近いもの、巴さんは普段見られないややパンクな服装――本人曰く、普段やらないものをあえて選んだ――だ。その背後には馬と鹿がいた。またか。
主役はみんななんだから、なんて本人は言っていたが、これは明らかに面白がってる時のそれだ。何をしでかしにくるか分からないぞ。ははは。怖い。
「ま、でもこれで光には確実に一泡吹かせられるってスンポーね! アーッハッハッハッハッハ!」
「そうかな……」
「うちはもう色々察しとる」
「志希さんはどう思う?」
「ブルルヒヒヒィィィィィンwwwwwww」
「ブフッ」
「なんっ……何でいきなり迫真の鳴き声……!」
ちくしょう、今まで話に割り込んでこないと思ったら……!!
「でもあたし光ちゃん想像外なことしてくると思うなー」
「いきなり普通に戻るんじゃないわよ!!」
「ブルルヒヒヒィィィィィンwwwwwww」
「誰がもう一回やれっつったのよ!?」
「レイナさん流石に理不尽だよ」
気持ちは分かるけど。
ともかく、既に機材は搬入してもらってるし、あとは演奏するだけだ。
レイナさんと光さんがお互いに対抗してバンド対決――多分勝負はつかないけど――をするということもあって、既に会場は超満員だ。元々の体育館のキャパが小さめなこともあって、外から覗き込むように見てるような人もいる。こうなると俄然やる気も出てくるね。
「……なんか締まらないけど、とにかく行くわよ!」
「応よ」
「承知致しました」
「合点!」
――というわけで、学内ライブが始まる。
今回レイナさんが歌うのは二曲ほど。流石に346プロのものを使うと権利関係とか契約関係とか金銭関係とかややこしいことになるのでやめておいて、コピーバンド程度に留めておく。
先に出場したのはまずボクらの方だ。会場はまず馬マスクと鹿マスクの存在に戸惑った。当たり前である。それはそれとして、見た目のインパクトは充分だ。ここをとっかかりとして、演奏そのものに注目してもらうのが最初になる。
当然だけど、ボクらの演奏はプロ並みのそれだ。志希さんとボクは言うに及ばず、巴さんもしばらくみっちり練習していたこともあって、そんなボクらにこともなげについて来るほどには上達している。ちょっと驚いたのが、ボクに浴びせられる黄色い声援だろうか。服装ひとつ、物腰ひとつでこうまで変わるのか――と驚きを隠せなかった。
しかし、一番の盛り上がりは一曲目と二曲目の合間。志希さんがマスクを取り払った瞬間だ。本当ならありえないはずの人がいるわけで。しかもそれがスタイル抜群、クローネにも抜擢された人気アイドルとあってはそりゃあもう会場は騒然。同僚なんだから、ここにいても理解できなくはないようだったけど……それでもやっぱり意外は意外らしい。裏で待機していた光さんたちも、そりゃあもう口をあんぐり。
まあ、はっきり言えば志希さんを引っ張り出してきたこと自体裏技みたいなものだ。ちょっと卑怯かなーと思わなくもないけど、ルールで禁止されてるわけじゃないので許してほしい。許してくれるねありがとうグッドライブ。
というわけで、観客も光さんたちも揃って驚かせたこのライブ。楽しかったし、個人的にはもうこのサプライズができただけでも、さっきの収穫と相まって大成功と言っていい部類なんだけど――当然、それだけで済むはずもなく。恐るべきことに、光さんは他のメンバーをこの学校に通うアイドルで固めてきたのだった。
ボーカル、光さん。ギター、七海ちゃん。ドラム、くるみさん。ベース、法子さん。キーボード、紗南さん……雰囲気はどちらかと言うと
ルールを利用して、志希さんを引き込みロボットを利用するという、ちょっぴりずるい手を使った……とはいえ、中学生どころかプロでもそうは見られないパフォーマンスを魅せたこちら側。学内の人間だけを集めて、ある意味王道かつ正統派なやり方で、ある意味「らしい」パフォーマンスとひたむきさ、まっすぐさを魅せてくれた光さんたち。で……当然と言うべきか、事前に予測していた通り、やっぱり勝敗はつかなかった。
やっぱり、観客のみんなの意見は「どっちも良かった」、だ。でも、ボク個人はそれでいいと思う。観客のみんなは笑顔になれたし、ボクらも色々やれて楽しかった。その事実はなんにも変わらないんだから。
なおプロデューサーはボクの男装姿を見てインスピレーションが湧いたらしく、バンド演奏が終わった後も次の仕事について何やらブツブツ呟いていた。
人通りの多いところでアレやるとちょっと不気味なので控えて欲しい。
@ ――― @
メイドと言えば。
……いくらボクでも、ドロシーさんとクラウディアさんが一般的なメイドのそれからはちょっと外れていることは分かっている。あの人たちも戦闘となるとカッコいいんだけど、「ふひひ……」などと呟くクラウディアさんに迫られたり、ことあるごとに燃やそうとするドロシーさんを見ると……うん……。
とはいえ、その立ち居振る舞いや給仕の手際は大変参考になっているので、何も言わないでおきたい。
バンド演奏が終わり、午後。模擬店もよりいっそう忙しくなってくる。
学校の外からのお客さんは元より、チケットを渡した寮のアイドルだったり、あるいは元同級生だったり、先生だったりおじじだったり……それはもう対応に追われて大忙しだ。席数がそこまで多くないことが幸いして、その辺で倒れてしまうほどではないんだけど。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「えー……っと。えー……ちょっと待って」
「はい、ごゆっくりどうぞ、ご主人様」
「ホウッフ」
ただ、回転率が悪いのはどうにかならないかなとは思う。
人の心が分からないと言われて幾星霜。流石にアイドルがいる場所なんだからもうちょっとこの場所にいたい、という気持ちは分かる。
けれども、後ろで待ってる人も同じように考えてるんじゃないかな……という風にも思うのがまた人情だ。気持ちは分かるけど、内心もうちょっと早めにお願いします、とは思う。
「やあ、もう、大変れす」
「うん。午前中よりもお客さん増えたからね……」
ちょうど手が空いたところで、メイド服姿の七海ちゃんと言葉を交わす。
人が増えだしたのは、それこそメイド服に着替えてからか。執事服姿も、言ってみれば変わり種としては良いものだったのかもしれないし、ある程度新規ファン層を開拓するのに成功はした。けれども元々のファン層が求めているのはそっち――というところか。
「氷菓ちゃん、ちょっと慣れてるみたいれすが」
「ああ、うん。配膳とか注文取ったりは慣れてるよ」
施設のごはんの時間でね――とは言わない。分かってるだろうし、下手に口にするとまた表情が曇る。でもあれだっていい思い出なんだよ。なんたって年長者ぶれる。
「白河さん、お客さーん」
「あ、はーい。ごめん、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
七海ちゃんに見送られて再び客席の方に戻ると、そこには見慣れたイケメン――というかプロデューサーがいた。
晶葉とか志希さんとか、他にも色々来てるから驚きはしないけど……プロデューサーにしては遅い来店だ。
「いらっしゃいませご主人様。ご注文をどうぞ」
「あっちょっごめんそれ無しで。担当アイドルにこんな真似したって知られたら俺社会的に死んじゃう」
「ご注文をどうぞご主人様♥」
「やめないか!」
「ヴッ!!!!」
「!?」
「あの子大丈夫か……?」
からかい気味にプロデューサーに言葉を放った瞬間、何故か延長線上にいた見覚えのありすぎる女生徒が胸を押さえて苦しんでいるのが見えた。思わず素に戻りかけたがなんとかもちなおす。ここから見る限り、命に別状はないらしい。更にその隣に座る男子生徒が周りの人に何でもないことを必死にアピールしている。
「……で、何かあった?」
「ホント即座に素に戻るな白河さんは……いや、今度の仕事の話だよ」
「ん」
「12月にクリスマスイベントがあるから、それに聖ちゃんとイヴさん、クラリスさんとこずえちゃんの5人ユニットで出てもらおうと思ってる……これは言ったかな?」
「うん。そっちはオッケー。ライブイベントは全部スケジュールに入れてるから問題無いよ」
「そっか。じゃあ別の話だね。コミケ分かるかい?」
「そりゃまあ」
「ソシャゲの宣伝も兼ねて一日目に出演してくれないかって打診を受けてるんだ。どうかな?」
「問題無いよ。お正月周りも何かあるの?」
「なるべく家族と時間を取れるように調整はするつもりだけどね」
「分かった。ありがと」
この話を聞く限り、どうも今年のクリスマス周りはだいぶ忙しくなるようだ。
それ自体は人気のバロメータのようなもの……と言っていいのかな。ちょっと嬉しい気持ちはある。
「ドラマの方がガンガン入ってきそうでね。そっちは覚悟しといてほしいんだけど、大丈夫かい?」
「ん、やれる。FROSTの2期と……公演もあったよね」
「あと可能ならアニメもオファー入ってるよ」
「そっちはどうかな……あ、いや。いけるけど」
「どうかしたかい?」
「ううん、こっちの話。昨日、劇見たよね?」
「ああ」
「あれやって、ちょっとね。劇やってて悔いが残ったんだ」
「悔い?」
「ん」
例えば脚本。横から口出しして必ずしも良くなるものじゃあないけど、もしかすると何か改善の糸口になったんじゃあないだろうか。
例えば配役。一喝してまとめ上げられる胆力があれば、もうちょっとスムーズに進んだんじゃないだろうか。
必ずしも良い方向に向かうとは限らないけど、何もせずにいたこと自体が、何か心の中にしこりを残してる。
ボクは模倣と複製を得意とする錬金術師だ。真理に到達したし、それによって開祖様にも認められた。それは、とても嬉しい。
けれども開祖様には届かない。ボクには創造性が無いからだ。単なる模倣と複製だけでこの領域にたどり着けたことは褒めてやる――開祖様にはそう評された。褒められたのは確かだ。けれどもそれはある種、ボクの未熟を指摘する言葉でもある。
最近になって気付いた。創造性を高めることで、模倣と複製もより高い次元に到達できるんだと。きっと開祖様はそれを伝えたいから、ああいう言い方をしたんだろう。直接的に指摘され、言われるままに訓練してもそれは創造性を得たことにならない。結局は模倣と複製の域を出ない。自ら気付いてこそ、想像力を養い、創造力を得ることが可能となる。
ボクの訓練は、ここからだ。
「もっと何かできたなって。だから同じようにならないかってちょっと躊躇っただけ」
「でも、やってみなきゃ何も始まらない。俺はそう思うよ」
「そうだよ。けど、ちょっと思うところが無いではないんだよね。経験を積むためにやる……って言い方すると、踏み台にしてるみたいで」
「白河さんの場合基本はできてるし、要求された最大限はこなすだろう?」
「……うん」
「でも『それ以上』ができるかもしれない」
「できないかもしれない」
「失敗するかもしれないのが怖いかい?」
「……うん」
「白河さんや一ノ瀬さんはスタートラインが高かった、っていうか高すぎたかもね」
と、プロデューサーは優しい声音で語り掛ける。
「今まで失敗らしい失敗も無かったから、ちょっと失敗に対する免疫がついてなかったかもしれないな。けど、誰だってホントは……最初は未熟なんだ。いいじゃないか、失敗しても。白河さんはまだ一年目の新人アイドルなんだ。そりゃあ、仕事に対してはパーフェクトだったかもしれないけど、じゃあ今後一回も失敗しちゃいけないってワケじゃない。仮にそんなこと言うヤツがいたら俺がなんとかする」
「なんとかて」
「専務でもなきゃ、なんとでもなるよ」
「そっか。じゃあ――やってみるよ。脚本とか、台詞とか、気になるものがあったら……言ってみようと思う」
「……お、おう」
「今『そんな小さいことで……?』って思っただろ」
「……そ、そんなことないぞ」
「思っただろ」
「……多少は」
……まあ、あれだけ言っておいてオチがこれじゃあ、肩透かし食らったようなものか。
でも、多少小さくてもボクにとっては大きなことだ。これをやるとやらない……できるとできないじゃ、たぶんきっと大きく違う。
……いつもこんな風に後押しをしてくれるのは、ホント、ありがたいなと思う。
「で、注文は?」
「っと、そ、そうだ。えーっと……何だこのおさかなドーナツって……?」
「おさかなドーナツね」
「え!? いや注文する気は……」
「七海ちゃんオススメの一品だよ」
「じゃあいいか。それとエスプレッソを……」
思うけど、口には出さないことにした。
多分、今のボクにとって、簡単にお礼を言うのはらしくない。言っても後でからかわれるだけだろう。
でも、まあ――今は、それでいいや。
城井智冴 様よりファンアートをいただきました。本当にありがとうございます。
なおこちらの画像はpixivにも投稿されていらっしゃいます。
【挿絵表示】
制服姿と思しき氷菓ですね。
ちっちゃい! 白い! 儚い! という印象が良く出ています。