「助けてほしいッス……」
12月はじめのこと。クリスマス向けの特番のためにあっちこっちのスタジオや収録現場を飛び回ったりするような時期の、小さな合間の時間だ。
346プロの社内カフェでくつろいでいた時にやってきた比奈さんが、そんなことを言いながらボクに泣きついてきた。
……いや、まあ。そりゃあ、他ならぬ、先輩である比奈さんの頼みだ。頼まれればいくらでも助けるんだけども。
「……え、な、何をですか……?」
「ど、同人を……」
「まだ書いてたんで……いやまだ書いてなかったんですか比奈さん……」
比奈さんの口ぶりからすると、どうやら同人の入稿〆切が近いらしい。前にアイドル活動の方が本格化するにしたがって同人活動からは離れたみたいな話を聞いたことがあったのだけど……まあ、人の趣味にとやかく言うことも無いか。
あとTwitterとか見る限り、一般的に〆切って五日前くらいだって聞いたことあるんだけど、はて。そうなると、書くにしてもまだもうちょっと余裕はあるような気がするんだけど……?
「ど……どうしても書きたいのがあってッスね……まあ今回くらいはいっかなって……ほら、一日目ッスから!」
「いや、まあ、比奈さんがいいならボクから言えることも無いんですけど……まだ日数的にはもうちょっと余裕がありますよね?」
「ここからスケジュールツメツメなんッス……海外ロケとかもあるんで、数日中にやっとかないとタイムリミットが……」
……どうやらタイムリミットがあるらしい。
一応、ボクもそういうのは好きだし、コミケがどういうものなのかもある程度までは知ってるけど……具体的にどこからどこまでとか、いつからいつまで……っていうのは、よく考えたら知らないな。〆切とかもそうだし。
「ん、じゃあ……比奈さん、スケジュール教えてくれる?」
「あ、はい。これッス」
「んー……と。冬休みに入ったらダメか。9日は手伝える。14日までは仕事か学校が終わってからなら……」
「ってことはこの日が一番都合が合いそうッスね」
「だと思う。人が要るならちょっと声かけられるけど……」
言えば晶葉は来るだろう。他に……確か、飛鳥さんと蘭子さんは絵を描くのが好きだったり漫画を描くのが趣味だったりしたけど……忙しいだろうから一旦置いといて。
他に呼べそうな人は、と思ったところでふと、数か月前のことを思い出した。
「ところで、ボクが手伝ったりするのって前に由里子さんに咎められてなかった?」
「あれはあの頃そこまで親しくなかったからっていうのが大きいッス」
「はあ」
「それなのにお金出すから手伝ってっていうのも流石にねえ……今でも別の意味で問題ありそうッスけど」
援助なんたらとかそういうアレか。
でもまあ、真実を知らなければ特に問題は無いだろう。今は家は裕福な方です、と表向きには言ってるし。
そもそも女性と女性でそんなことを考え始めるような人はいないだろう、常識的に考えて。
「で、何の同人なんですか?」
「グラレフのファウストッス」
「担当声優本人に同人作らせるとかどうかしてんじゃないですか」
「しょうがないじゃないッスか! 氷菓ちゃん絵描くの上手いんだから!!」
確かに世の中には、ソシャゲのキャラのイラストを担当した絵師が、そのキャラに愛を注ぎすぎて同人まで書き下ろしたという例もある。
しかし担当声優――いや本業アイドルだけど――に同人を書かせるというのもまた更に奇特というか奇抜な例だ。発想がカッ飛びすぎている。
「R18じゃないですよね?」
「流石にそれ描いてたらアイドルとしてどうかと思うッス」
「ですよね。じゃあいいですよ」
「ありがとッス。じゃあ、また後で」
「はい。お疲れ様です」
と、安心したようにスタジオの方に駆けていく比奈さん。
見た感じもそうだけど、どうやら時期的にボクらの比じゃなく忙しいらしい。
まあ、年末だし……クリスマスに限った話じゃなく、たとえば大晦日やお正月の番組を今から収録しておくということもある。ボクはまだ若干暇があるけど、来年はもっと仕事が増えると……うん、まあ、嬉しいけど。体力が無くならない程度に増えてくれると一番嬉しいかな……。
@ ――― @
それから数日後、ボクは数人のメンバーを連れて比奈さんのマンションにやってきていた。
漫画――同人誌だけど――を書くためのメンバーだ。あまり多すぎても無秩序になって取っ散らかるだけだけど、少なすぎても作業のために必要な水準を満たせないかもしれない。そのことを念頭に入れた上で連れてきたのがこの三人。
「イカれたメンバーを紹介するよ」
「ネタが古いッスね」
「ロボット工学のみならず人体分野やその他必要な知識をかき集めて、もののついでにマッドな発明品を作り上げる手先の器用な晶葉」
「まあ氷菓ちゃんの紹介ッスからいて当然ッスね」
「比奈さんと番組で一緒にやってる縁で時々アシするおかげで、漫画の技術についてちょっとかじってる奈緒さん」
「たまに手伝ってもらってるんで妥当ッスね」
「のあさん」
「帰してあげなさい」
「問題は無いわ」
のあさんである。
ちょっと前のとある収録で、のあさんに似てる人ということでボクの名前が挙げられた時に少し共演して以来、一緒に行動することが増えた。
のあさん曰く、「似ている部分があることは確か。しかし相違点も存在する」とのこと。ボクと行動しているのはそれを探すためだとか。
割とすぐ分かることばっかりだけどそれはいいんだろうか。いいか。分かったからって一緒に行動しちゃいけないわけじゃないし。
「いや無理しないでくださいッス……」
「正確な作業は得意よ」
「自己PRがすごい」
「私自ら望んで来たから気にしないで」
「マジッスか氷菓ちゃん」
「マジです」
話を聞けば、のあさんも割とチャレンジ精神は旺盛な方だった。言葉遣いが少し難解なせいで分かりづらい部分もあるけど、実はかなり情熱的だ。食の好みコミで。前に中華料理屋に行った時は、激辛の麻婆豆腐を勧められてちょっとひどい目に遭った。いや食べることはできるんだけど、舌は痛むし油の多さでお腹も痛めるしで実はちょっとつらいものがあった。
ともかく、のあさんは意外と何事に関しても乗り気だったりするわけだ。元々の印象もあって俗的なものごとに誘われることが少ないから、ちょうどいい機会なのだとか。
「ま、まあ……あたしらも面食らったけど、本人がいいってんならいいんじゃないか?」
「いや、そうなんッスけどね……とりあえず上がって上がって」
比奈さんに促されて部屋に入ると……なんとも想像通りというか、あんまり想像したくなかったというか……どうにも、その。修羅場というような様相の部屋がボクの視界に広がった。
時期的に仕方ない面はあるのだろう。まず家に帰る時間があるか、という問題もあるし。比奈さん成人過ぎてるから、ボクらみたいに収録の終わる時間が決まってるわけでもないし。
「……本当に上がってもいいのか?」
「や、〆切逃すことと比べたら多少ズボラなとこ見せるくらいもういいッス」
「うわ、比奈さんガチだ」
「ガチにもなるッス。旬を逃したら描けなくなるかもしれないッスから」
「ボクちょっと複雑な気分なんだけど」
……さてと。
「じゃ、ボク掃除するから」
「何でッスか!?」
「悪いが比奈、この部屋で長時間作業する気にはなれんぞ」
「清掃を推奨するわ」
「あたしはあんまり気にしないけどな……」
比奈さんはあんまり問題無いのかもしれないけど、残念ながらボクがちょっと気になるのだ。
部屋に散乱してる、特に用途は無いけどなんとなく置いてるらしいコンビニ袋。いつ洗おうかなーと思って置いてたらそのまま放置されてしまってたっぽい缶とペットボトル。お菓子の空き袋や、そもそもまだ開けてすらないお菓子も床に放置してあったりしている。
ボクも気にしない方ではあるんだけど、流石に五人もいる部屋ではちょっと問題があるだろう。これでも施設にいた頃は小さい子たちの部屋や、共用の遊び部屋を片づけたりもする立場だったんだ。錬金術を交える……かはともかく、部屋の掃除くらいはちょっとした時間で終わらせられるだろう。
「比奈さん、コンビニ袋って何かに使う?」
「えー……や、特には。でも何かに使うかも……?」
「多分それ何にも使わないやつだよね」
「うぐ」
「十袋くらい置いてあとはこっちで処分するよ」
「……よろしくッス」
ゴミ箱に備え付けて、後でまとめてゴミ出し……みたいなこともするだろうし、そのための大きめの袋は置いといて。あとは……施設に持って行こう。あっちだと何かと必要になるし。
「このお菓子は……いるッスよね……?」
「このお菓子はいりません」
「いらない」
言いながら、ボクはお菓子を「いらないもの」と書いた箱に放り込んだ。
「でも作業に……」
「消費期限が……切れてますから……」
「ああ……はい……」
……とまあそんな感じで一時間ほどかけて掃除を終わらせた後、ボクは更に一時間ほどかけて自分に割り振られた仕事を全部終えた。
比奈さんが卒倒しそうになっていた。
「比奈さん!? 大丈夫か比奈さん!?」
「早いわね」
「背景だけだし、レイヤ分けてるおかげで多少は先行できるから」
「なんッスかこの美術品のような写真まんまなような背景……!?」
「気にすると負けだぞ比奈」
元々、ボクは複製画を描く作業に携わっていたわけだけど、その際の技法が活きたようだ。
まあ、筆が早いのはそういう問題じゃなくて、だいたいいつものアレだけど。
「じゃあ、コーヒー淹れたりしてこようか?」
「お願いするッスー……」
「みんなは砂糖とかミルクとかどうする?」
「マシマシだ」
「ブラックでよろしくッスー」
「あたしはちょっとずつで」
「角砂糖二つとミルク多めで」
「え」
指定されたものを持ってこようと思ってキッチンへ向かおうとすると、部屋の方から疑問の声が上がった。
ああ、そうか。のあさんがブラックコーヒーを頼まなかったのが違和感ってことか。まあ、気持ちは分かるけど。
「人を見た目だけでは判断しない方がいいわ。何事も、常に定石どおりに行くとは限らない」
「まあ、そうだな」
言いつつ晶葉がこちらをじっと見た。確かにボクもだいぶ見た目通りじゃないけど、言いたいことがあるなら聞くぞ。
……いや、晶葉が言いたいのはボクのパーカーの下のTシャツのことか? ちょっと比奈さんとこに出かけるだけなんだから、貴音さんに貰った「拉麺」って書いてあるだけのTシャツ着てくることくらい問題無いんじゃなかろうか。いや問題無いはずだ。パーカーの下で隠れてるし。問題無い。無いったら無い。
「あー……作業がめちゃめちゃ早くて家事もできるアシとか何ッスかこの漫画家をダメにする子は……晶葉ちゃんこの子くーださい☆」
「あーげない☆」
「つらみ」
「そもそも人間は物的にやり取りするものじゃあないわ」
マジレスはしなくていいんですよのあさん。それはそういう定型文なんです。
さて。そんなわけで、コーヒーも出してお菓子も出して……これで特にやるべきことも無くなって若干暇ができたわけだ。
勿論……例えば晶葉やのあさんに技法を教えるとか、そういったことはできるけれども。ともあれある程度の暇ができたという事実には変わりない。
ということで。
「比奈さん、ちょっといい?」
「なんッスか?」
「ボクも漫画作ってみたいんだけど」
「……ファッ!?」
「は!?」
「なん……だと……!?」
突然の申し出だったせいか、晶葉と比奈さんと奈緒さんが、一斉にこちらを向いた。その表情は明らかなくらい驚愕に染まっている。
いや、まあ、そりゃね? いつものボクらしからぬことを言ってることは分かってるよ。のあさんは全然気にしてないみたいだけど。
「どんなものが作りたいか、その骨子が明確でない限りは作る意味が薄いわ」
「うん。一応、それは決めてあるよ。って言ってもだいたい、くらいだけど……」
「う、うむ……? 本当に大丈夫か? 無理してないか?」
「ぼかぁ一体何だと思われてるんだ」
だがしかしちょっと待って欲しい。今回、ここで創作活動に携わることで、もうちょっとまともな人間の思考に補整することができるのではなかろうか? 元々、創作に携わるということがどういうことか、ということも学んでおきたいし、それ自体は決して間違った考え方じゃない……と思いたい。
「これでも色々考えてるんだよ。ドラマ出るのに、脚本で気になる部分があったらどんな風に修正案を出してみようか、とか……」
「なんか一足飛びにハイレベルなこと考えてるッスね」
「まあ、そういうところにまで気を回せるようになっただけ成長じゃないか」
「……そういうわけだから、この機会にって思って」
「けどなあ、あたし比奈さんの見てきたから分かるけど、漫画描くのも簡単じゃないぞ?」
「そうね。ただ描けばいいだけじゃない……『物語』があってはじめて成り立つもの。ただ指示されて描くよりも、難易度は圧倒的に高い」
「……え、えらく饒舌だな、のあは……」
「嫌いなことではないから」
……のあさんが饒舌なこと、そんなに意外だろうか?
いや、意外っちゃ意外か。確かにボクも付き合いが増えるより前はもうちょっと寡黙な人かと思ってたし。
実際のところ、のあさんは割とこんな感じだ。ちょっと言葉が難解だけど、その辺を理解しさえすれば会話も楽しくなる。
「最初はパク……オマージュとかでもいいんッスよ。あの漫画の神様でもやってるんで」
「そんなのあるんだ?」
「あたしも聞いたことあるなそれ。たしか神話のオマージュだっけ?」
「極端なこと言っちゃうと、世の中の創作物って大なり小なりパクりな部分あるから、面白さだけ重視してあとは気にしない方がいいッス」
なるほど、そういう風な考え方もできるか。
まず面白さ重視で、多少のパクりは気にしない方がいい、と。
となると、基になる物語があった方がいいか――――。
「あ、そうだ」
「何か思いついたのか?」
「うん、ちょっと考えてる話があって……」
そう言うと、「おいまさか」とでも言いたげに晶葉の表情が強張った。
別に変な話するわけでもないのに、問題無いのでは?
「いわゆるボーイミーツガールものなんだけど、空からヒロインが落ちてくるようなやつ」
「おー、王道ッスね」
「舞台は空の上に浮かぶ」
「戦艦」
おい今ちょっとノイズが混ざったぞ。
「そこで出会う謎の試作機と美少女型AI……」
「!?」
またノイズが増えた!!
「やがて少年は無二の相棒となった試作機と共にエースパイロットと呼ばれるように……」
「!!?」
「うーん、それだけだとちょっとパンチが足りなくないッスか?」
「!!??」
「ここはちょっと悲惨な過去を付けて試作機に凶悪な暴走機能でも付けたらどうッスか?」
ちょっと口を挟めなくなった瞬間ノイズだらけじゃねえか……どうするんだこれ……。
……その後、ボクを除いた四人で一気に話し合いが進んだ。
そうして決定されたあらすじ曰く。
――世界が海に沈んだ後の世界、人類は巨大な戦艦を新たな定住の地としていた。
そんな戦艦で暮らしている少年(両親は他界)は、ある日突然、他の戦艦から不時着した試作機のロボット、バハムートと出会う。ひょんな事故から少年を搭乗者として登録してしまったバハムートのAI。そして試作機を狙う悪意ある人間たち……やがて発動する「プロト」バハムートモード。海をも蒸発させる威力を持つ主砲、「レギンレイヴ」……果たして世界はどうなってしまうのか!? 少年はこの力を手に、何を為すべきなのか!?
……そんなお話に仕上がった。
とりあえず急造で表紙含めて24Pほど書いて、比奈さんに委託をお願いしてみて……まあ、あとは当日を待つだけだ。即日できてしまったのは、まあ今更言うことでもあるまい。
名前は出さないし、ボクは当日別のステージで忙しいだろうし……そもそも売れない可能性の方が高いだろうし、そういう部分は気にしない方がいいだろう。
あと、そもそもボクの創作技能を上げるのが目的だったはずなんだけど、こんなに割り込まれて果たしてちゃんとスキルアップはできているんだろうか。
……まあいいや、楽しいことは楽しいし。
@ ――― @
そんなこんなでもう少し経って、十二月二十四日、クリスマスイヴ。
今日はボクを含めたイヴさん、クラリスさん、聖ちゃん、こずえちゃんの五人で、346プロが設置した特設ライブ会場に訪れていた。「Snow Wings」を中心に据えて数曲を歌った特別ライブも終わり、次はクリスマスの特別抽選会。ボクたちは司会進行役を受け持つことになった。
突発的な開催だというのに、会場に集まったファンの数は相当なものだ。相変わらず、ボク自身はまだプレッシャーにはそんなに強くない。思わず圧倒されそうになるのを堪えながら、マイクをしっかり握って言葉を発した。
「それじゃあ今日の目玉イベント! 総額百万円以上もの豪華景品が当たる大抽選会の開幕です!」
「みなさんへの私たちからのクリスマスプレゼントのお届けですよ~♪」
「特賞は、なんと……二泊三日、ハワイ旅行です……!」
「特賞以外にも様々な景品がございます。皆さま、どうぞ奮ってご参加ください」
「さんかしょーも……あるよー……」
わ、と観客席から声が上がった。しかし、どうもハワイ旅行よりも二等、三等にあるサイン入りバッグだとかの方が反応が良い。みんなそんなに興味ないんだろうか、ハワイ旅行。ボクもあんまり興味ないけど。
……あの手のものって金券に換えることもできるんじゃなかったっけ。そういう意味だと欲しいかもしれないけど、行きたいかと言われるとそうでもないな……。
「氷菓ちゃんはどんなのが欲しいですかー?」
「どんなの? ……炊飯器とか?」
「何で、氷菓ちゃんは……いつも無駄に所帯じみたことを言うの……?」
「そんなこと言われても」
実際今すぐ欲しいものっていうのもそんなに無いし……予約炊飯できて美味しく炊ける最新式の炊飯器とかさ、ほら。いいと思うんだけど。土鍋炊飯とかも美味しく炊けるから好きなんだけど、やっぱり炊飯器だといちいち火の様子を見てる必要も無いから、手間があんまりかからなくていいかなって……最新型だと、料亭の土鍋炊飯にも負けない、とかがウリになってたりするし。そこまで言うなら食べ比べてみたいなぁという気持ちもある。
……と思っていると、客席の方から生暖かい視線を注がれていることに気付いた。
いや、違うんです。本当にただの趣味なんです。
「そんな炊飯器も今回は景品として用意させていただいておりますので、どうぞ皆様お楽しみください」
「それではまず六等の抽選から行ってみましょー♪ はい、じゃかじゃか……」
「じゃーん……じゃーん……」
こずえちゃん、そのジングルはちょっと違う。
……ともかく、あくまで抽選だということもあって、景品を獲得できる人というのは結構限られてる。参加賞は用意してるとはいえ、それだってハンカチだとかキーチェーンだとか、そういった小物くらいだ。数字が読み上げられるたびに一喜一憂、悲喜こもごも。でも、それでもクリスマスらしい賑やかな雰囲気で、抽選会も終わりを迎えた。
なお、やっぱり特賞のハワイ旅行よりもサイン入りの景品の方が喜ばれた。
その辺は抽選に当たった方が誰のファンかを聞いて、その場でサインして手渡しする形式だったから……というのが大きいのだろうけど。
ハワイ旅行もいいものだよ、たぶん。うん。
さて。
抽選会も終わってボクらもそろそろ帰ろうかという頃になったのだけど、控室でぐでーっとしていると、唐突にプロデューサーがぽつりと一言をこぼした。
「……同僚のアイツはデートか……」
すっとクラリスさんの視線がプロデューサーに向かった。その視線の意味はよく分からない……というか、果たして戒めようとしてのものなのか、それとも「私がいるではありませんか」的なそれなのかが分からない。クラリスさんも年齢的にはプロデューサーと近いし、そういう感覚になってもおかしなことは無いんだけども。
……いやそれはそれで考えづらいね。クリスマスだからって考えが飛躍しすぎか。
いずれにしてもアイドルに囲まれてるこの状況でボヤくことかなそれ。聞かれたら大勢の男を敵に回すことになるんじゃないだろうか、プロデューサー。
「クリスマスというものはそもそも家族と過ごす日ですわ、根津様」
「ヴェッ!? 聞こえた!?」
「いや聞こえるでしょ……」
見るからに狼狽している。最近、ロケ現場なんかに送ったら一人でいる機会が多いからか、独り言の声が大きくなってしまっているのだろうか。
……シロがいるとはいえ、ものを喋らないペットと一緒という環境下だし、ボクももしかしたら独り言が増えたりしてるかもしれない。気をつけよう。
「国それぞれのクリスマスがあっていいと思いますよ~♪」
「オーストラリアだと、夏のクリスマス……だからね」
「あついのはー……やー……」
「で、プロデューサー。説明は?」
「ごめんごめん、仕事が充実してるのはいいんだけど、プライベートが充実してるヤツも羨ましくなってね」
まあそれもそうだろう。
うちのプロデューサー、人より数倍は多忙なんだ。仕事関係で美少女と接する機会は多いだろうけど、そういった人と連絡を取って遊んだりするようなプライベートの時間があるわけじゃないし。そもそも担当アイドルと付き合うプロデューサーっていうのも世間的に問題だ。
「あ、じゃあそんな根津さんにサンタさんからプレゼントです~♪」
「え? ああ、ありがとう、イヴさ……ちょっと待ってこれ何?」
「? スタドリですよ~。ちひろさんに聞いてみたら、根津さんは今これが一番欲しいって」
「あれ、イヴさんもスタドリなんだ」
「氷菓ちゃんもですか~!?」
「……あ、私も……」
どうやら事前に用意していたもののうち、五人中三人のプレゼントが被ってしまったらしい。
ボクが用意していたのは希釈した上でエリクシール成分を混ぜて作ったヤツ……だけども、効能自体はちょっと強いくらいで普通のそれとそこまで変わらない。それが1ダースほど。
イヴさんも聖ちゃんも同じく1ダース単位ほどで用意していたらしく、プロデューサーの前には合計数十本ものスタドリが積まれることになってしまった。
苦笑いが痛々しい。
「……ま、まあ、あれだよ。仕事頑張れ、じゃなくて、無理しないようにねってことで」
「気遣いが逆に痛い」
「こずえはねー……これー」
「枕かい? はは、ありがとうこずえちゃん。よく眠れそうだ」
「では私はこちらを」
「高級アイマスクですか……あ、いや、勿論ありがたいんだけど、なんだ、こう……全般的に仕事に関係ありすぎて俺は仕事に没頭することを望まれてるのかと……」
「そういうわけではないのですが……」
「というかプロデューサーは仕事以外に何してるのかが分からなさすぎなんだよ」
「それもそうか……」
もしかすると、プライベートに限ってはボクの周りで一番不明な点の多い人かもしれない。
……まあ流石にヘレンさんほど分からないわけじゃないけど。
来年はもうちょっと考えて渡すことにしよう。
その後もプレゼント交換をしていったのだけど……やっぱり、事前に話し合いとかしてなかったからか、ちょっとだけプレゼントの被りがあったりなんかしたのはご愛嬌ということで。
だいたい全員分のプレゼントは交換し終わったのだけど、イヴさんからボクへのプレゼントは、同じ寮生だということで一旦保留。今晩を楽しみにしててくださいね、とのことだった。
そうだよね。イヴさんサンタさんだもんね。そりゃあ夜の方が本番だ。
……時々思うんだけど、サンタさんを信じるとか信じないとかそういう問題じゃなくて、「いる」って断言できる環境ってそれはそれでスゴいよね。
でも、あっちの世界でも確かサンタさんはいたはずだし……もしかして、世間に広く知られてないだけで、サンタさんという存在はそれぞれの世界に必ずいて然るべきものだったりするんだろうか。そんなことが、ちょっぴり気になった。
――――で、翌朝。
「………………」
「きゅ」
目が覚めると、枕元に座るシロの隣に、小さなプレゼントの箱が置いてあった。
おかしい。鍵は閉めたはずだし、夜中に音はしなかった。気配の一つでもあれば、空間把握の応用でその時点で即座に起きてしまうようにもなってるはず。
能力を失ったとか減退したとかそういうわけじゃ……ない、な、うん。
……理屈はよく分からないけど、多分そういうサンタさん特有の能力とかそういうアレなんだろう。気にしても仕方ない系のアレだ。星晶獣とかによくいるじゃん。ボク知ってる。
一人の人間がそれと同等のことができてる時点でおかしい? ボクも開祖様もできるし問題無いんじゃないかな……。
「えーっと……中身は……」
箱を開くと、そこから出てきたのは小さなヘアアクセサリーだった。ブリッツェンっぽい意匠のと、雪の結晶をイメージしたと思しきもので、合計二点。
そういえばボク、服装なんかは気にしてたけど、小物はあんまり気にしたことなかったな……と、そこでようやく気が付いた。
「結構いいもの貰っちゃったな……」
見た感じ質も良い。後でお礼言いに行こう、そう思ったところでふと思い出す。
そうだ。よく考えたら、あれだ。
「……そっか、サンタさんのプレゼントって初めてだ」
昔、先生やおじじにクリスマスプレゼントを貰うことはあったけど、いわゆる「サンタさん」っていうのは施設にはいなかったんだよね。
全員分、それぞれが欲しいものを用意するっていうのは難しい。経済的な問題というより人数的な問題があるだろうから、当時はもう完全に諦めていたんだった。
けど、改めて今日こうして貰ってみると、なんだか「嬉しい」という以上に「楽しい」と思えてくる。そっか、クリスマスプレゼントを貰うときって、こんな感じなんだ。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れた。
おっと、と緩み切った顔を引き締めて、眼鏡をかけて周りを見る――――と。
「ふふ……ふおっ!?」
――そこには、部屋中を埋め尽くすプレゼントの山が!!
いやちょっと待ってほしい。確かに以前、クリスマスプレゼントとは縁遠い生活を送ってきた、なんてことはイヴさんに話したし、イヴさん当人もだいぶ気にしてるようだった。だからと言ってこれはどうだ。八歳と九歳と十歳のときと、十二歳と十三歳のとき……だけじゃない、それ以前のものも全部ある。
……全部あるんだ。いや、そのこと自体はすごく嬉しい。嬉しいし、実際埋め合わせを用意してくれるその心意気も素晴らしいものがあると思うんだけど。
「加減してよイヴさん……」
どうしよう、この量。
開封して包みを片付けるのは、まあ片付けきれると思うんだけど……それはそれとして、今巨大ぬいぐるみを貰ってもちょっと困るっていうか……。
……まあ、いいか。折角のプレゼントだ。十数年分、しっかりと楽しんでいくとしよう。
城井智冴 様よりファンアートをいただきました。前回に引き続き、ありがとうございます。
なお、こちらの画像は氷菓単体のものも併せてpixivに投稿されていらっしゃいます。
【挿絵表示】
文化祭での一幕ですね。当日の氷菓の姿格好、そしてひと際目を惹く存在共々再現度が高くて素晴らしい……。