某日某局。
ボクは楽屋に入った瞬間に、隠しカメラがあることを察知して引き抜いた。
「こんなものがあったんだけど」
「ドッキリ用のカメラですよ!!」
「Не хорошо……」
もしや誰か悪意のある局員がここに仕掛けて、アイドルの生着替え……なんて言って売り出そうとしてるんじゃないかと思ってたんだけど、どうやらアリスさんの言うところによると違うらしい。
そうか。ドッキリ。ドッキリときたか。ドッキリ……そんなものを仕掛けられるような立場になったのかボクら。なんか感慨深いな。まあご破算にしてしまったんだが……。
「そっちのポットの中、カエルの卵に似せて作ったタピオカとか入ってるよね?」
「アー……わかりました……?」
「うん」
構造解析……というか、そこに至る以前の段階、観察による推測の時点でだいたい分かる。
つまり、アレをコップに注いで「きゃー!」と言わせたところを撮ろうとしていたのか。ふむふむ、なるほどね。
「ごめん、気付かない方が良かったよね?」
「なんとなく氷菓さんですし気付くような気はしてましたけど」
「プロデューサーに言ってきます……ね」
コレもしかして企画倒れになるパターンかなぁ……やだなぁそういうの。普段クローネの活動だとどっちか一人としか組まないから、二人と一緒に組んで歌番組って結構楽しみにしてたのに。
いやそもそも企画自体が嘘だったのかな。それもそれで嫌だな……。
アーニャさんが外に出るのに合わせて、アリスさんもついでにお手洗いに出て行った。楽屋にはボク一人。こうなるとやること無くなっちゃうな……。
「……む」
そう思いながらよく見ると、周りに色んな仕込みがされていることに気付いた。
置いてあるペットボトルは底が抜けてるし、ソファの下にはブーブークッションが隠されてる。こっちの「白河様」って書いてある箱には……と。
「よいせ」
あえて開けてみると、中から数匹から数十匹ほどのトカゲというかヤモリというか……爬虫類が飛び出した。
東京でよくこんなに集めてきたなと思うが、流石にこの数はちょっとどうかと思う。それにしても彼らも災難なことだ。こんな場所に連れて来られてしまうなんて。
今は年末。真冬もいいところだ。流石にこの状況で外に放り出すのはボク個人としても心苦しい。たしかヤモリも冬眠はするけど、あんまり過酷な環境だと死んじゃう……って話だったはず。
一匹ずつ誘導して箱の中に入れてやる。人間ほど複雑な思考を持った相手に対しては解析からの未来予測もできないけど、このくらいの相手なら簡単だ。
記憶が確かなら、水分が無いと困るって話だったし……その場にあったティッシュを濡らして、底面の一部に敷いてと。あとは適当なタイミングで自然に帰せばいいだろう。
「おっと」
続いて、天井から落ちてきたヘビのオモチャを受け取る。ゴム製のドッキリ用のやつ。そこそこリアルではある。
特に驚くべきものでもないので、とぐろを巻かせて適当な場所に放置することにした。
それにしても二人とも遅いな。トラブルでもあったのかな。
「いや何をしてるんですか」
「あ、おかえり。何かあったの?」
「何も無かったん……です」
「?」
「今回の企画は氷菓さんへのドッキリなんです! でも何も動じませんし挙句に爬虫類と戯れ始めますし……アイドル的にどうなんですか!?」
「ボクはこういうキャラだと思うよ」
「Это верно……そうですね……」
変に動転したり取り乱したりしても、それはそれでボクとしてはおかしいと思うんだよね。
つまりこの企画は最初から詰んでいたのではないだろうか。詰ませた張本人がこんなこと考えるのもなんだけど。
結局この日は撮影のついでにドッキリ企画を進行しようというはこびだったらしく、その後は普通に三人で歌って局を後にしたが、なんとも釈然としない気持ちが残ってしまった。
そしてまた更に後日。
巨大風船のある部屋に閉じ込められたので、とりあえず膨らみきる前に風船に穴を開けたらプロデューサーに怒られたり。
寝ているところにレイナさんがバズーカを持って入ってきたので、とりあえず察知して起きてみたらレイナさんに怒られたり。
ゲームセンターでのロケでクレーンゲームをやっていると、中のぬいぐるみが急に動き出した……のに無反応だったら怒られたりした。
それで何かを察したのか、ドッキリの方向性自体が物理的なものへと変化していった。
病院で身体検査と健診をするというので行ってみると、途中でやや強引に女性から腕を取られかけたため、親指を取って関節技の要領で動けなくさせてみたり。
カフェで打ち合わせしていると店員さんがコケたふりをして水をかけようとしてきたので、メニュー表を利用して防いだり。
あちこちに設置された落とし穴を全部回避していったら、みくさんが巻き込まれて落ちて行ったり。なお直後に「氷菓チャンはプロ意識が足りないにゃ!!」と叱られた。
色々あったはあったものの、最終的にだいたいのドッキリを回避したボクは、事務所に戻ってこっぴどく叱られていた。
「……あれー?」
「あれーじゃないよ!!」
「……あー……と。またボク何かやっちゃいました?」
「どっかのなろう系主人公みたいなことを言わないでくれ」
「まああんまり変わらんが……」
よく事情が分かってる一人である晶葉がため息をついた。
異世界から来たのは事実だし、一般的な常識に触れる機会が少なかったのも確か。確かにそういうものじゃないかと言われるとそうかもしれない。
「ただプロデューサー、一つだけ言わせてくれないかな」
「何かな」
「ごめん、正直言うと途中からちょっとムキになってた」
「今だいぶイラッと来たんだが我慢した俺を誰か褒めてくれないか」
「えらいえらーい」
志希さんのその対応も、それはそれで男性のプライドとしてはどうなのだろう。
まあいいか、プロデューサー自身はなにやら満足してるみたいだし。
ん? あ、いや、そうでもないや。何だか「何か違うな……」みたいな顔してる。
「まあこれはこれで編集すればバラエティとしては使えるし、先方も爆笑してたからそこまで目くじら立てるようなことじゃないんだが……」
「あ、そうなんだ」
「でもドッキリは一応引っ掛かるものだっていう業界の鉄則もあるしな。あんまり回避されると、こう、困る」
「でもさプロデューサー。ボク何されてもだいたい分かるから……番組としてあんまり面白くなりそうにないと思うよ」
「何で分かってしまうんだ」
「ひょーかちゃんだかんねー」
「氷菓だからな」
プロデューサーも早いところ慣れればいいのに。
……なんか事務所に来た当初と立場が逆転してる気もするけども、まあそれはいいだろう。
「ところで、なんだかものすごい動きしてるけど大丈夫なのか?」
「体力と筋力に問題があるだけだし、動くだけなら平気」
「そうか……」
「何か問題あった?」
「いや、運動ができないって噂ばっかりが先行したおかげで運動神経悪いアイドルってことでオファーがちょっとな……」
そういうことか。でもさっき言った通り、あくまで体力と筋力が足りないだけだ。水泳もできないけど、沈むだけで前に進むことはできる。
運動神経が悪いというか、やろうと思えばできるんだからちょっと違うんじゃないかな……。
「ちょうどいい機会だし、この際ちょっとスポーツテストでもやってみようか?」
「そういうのって番組とかでやる方がいいんじゃないの?」
「いや、事前にやってある程度自分の体力の限界とか知っとかないと、変に気合入れたせいで無理して体壊す人とかいてな……誰とは言わないけど」
「誰だろうな」
「誰だろーねー」
菜々さんとかしゅがはさんとかか。
いや、まあ……ほら、あの辺りの人の場合もうちょっと違うんじゃないかな、理由が……勿論プロデューサーの言う理由も含むんだろうけども。
「それじゃあ、ちょっと三人でやってみよ~♪」
「えっ。今から?」
「わ、私は別日でもいいと思うぞ!」
「まあ、思い立ったら吉日とは言うしな。今からでも場所が取れるなら連れて行くよ」
「オッケー♪」
……というわけでやや強引に、晶葉とボクと志希さんの三人で、近辺の運動ができる場所へ向かうことになった。
まあ、スポーツテストなのだから、やること自体はそう難しくない。志希さんの独壇場になってしまうのは、まあそうだろうなぁとも思ったりはする。
けどまあ、これでも対抗心というものが全く無いわけじゃない。筋力はもうどうにもこうにもならないから仕方ないとしても、それ以外の部分で負けないように頑張ろう。
「それにしてもこのスポーツテストって……なんかバラエティとかでやるみたいな内容だね」
「そりゃあね。アイドル事務所のスポーツテストなんだから、テレビでやるようなものを見据えてやってるんだよ」
「なるほどねー。そいっ」
バスケットボールを寸分狂わずゴールにシュートする志希さん。なんとなくその格好が様になってるのは、一時期アメリカの方にいたからだろうか。いや、別にアメリカに行ったからってストリートバスケとかしなきゃいけないってわけでもないだろうけど……。
「まあ、予め撮っておいたりしたらテレビ局に資料映像として送るのも簡単だろうしね」
言いながら、ボクも――ちょっとヘロヘロな軌道だけど――ちゃんとゴールに入れていく。落ちてきたボールは、一度バウンドさせたのちに走ってキャッチ。正確な軌道で晶葉の手の中にパスした。
……のだが、晶葉の様子がおかしい。ボールをじっと見つめたまま動かない。
「晶葉、どしたのー? 次だよ?」
「う、うむ……い、行くぞーっ!」
普段は感じ取れないような気合を発し、勢いよくボールを投げる晶葉。そのボールは一直線にボクの顔面に叩き込まれることとなった。
「ぶへぇ!?」
「白河さーん!?」
「う、うわぁ!? 氷菓、すまーん!?」
「にゃはは思ってたよりやらかしちゃってる」
……それが物理法則に基づいたことであれば、高次予測が可能なボクだけれども。何度も言うようだけど、そこに人の感情とかが絡むとどうしても予測が外れてしまう。それが例えば、本人の意図しないミスなどであれば尚更に。
わざと水をこぼす、とかのミスだったら、動きからもう「こういうことをしようとしてるんだろうな」って分かるからいいんだよ。けどこれは無理だった。何で上に向かって投げたはずのボールがそのまままっすぐボクの方に飛んでくるのか、これが分からない。
眼鏡を外して状態を確かめる。うん、歪み……くらいは出てるかもしれないけど、これなら外からは分からない程度か。後でこっそり錬成して修理しよう。
「うぎゅ……う、あ、鼻血出てきた」
「大丈夫か!? ああ、まずティッシュで押さえて……」
「ん、分かってる。ありがとプロデューサー」
「あわわわわ……まさかこんなことになるとは」
「アキハちゃんもしかしてバスケ未経験とか?」
「う、うーむ……体育の授業でやるくらいだな……そもそもパス貰わないが」
まあ、だろうね。どう見ても晶葉のそれはやったことない人のシュートフォームだ。
いつも遊ぶときってだいたい室内でゲームかロボ作るかのどっちかだったし……ダンスはできるようになってるけど、この分だと他の球技も同じような感じなんじゃないかな、もしかして。
「プロりゅーサー。他に何予定してらの?」
「お、おう。えーっと、リフティング、テニスのラリー、バレーのレシーブとかハードル走とか……かな」
「ひょかちゃんの鼻血止まる前にできそうなとこやってみる?」
「それもそうだな。大丈夫かい、池袋さん」
「う、うむ、やってみよう!」
――と、意気込んでみたものの。
リフティングは一回どころか時には狙いを外してゼロ回という記録を叩き出し、レシーブをすると勢いを殺すどころか増したうえで自分の顔面に直撃。ハードル走に至っては(安全に配慮して柔らかい素材だけど)ハードル全部なぎ倒して走っていく始末。
それならと始めたテニスのラリー。初心者にありがちな、とにかく勢いと威力ばかりを重視した一撃によってボクが再びノックアウト。復帰に十分を要した。
……オーケー。よく分かった。
「……少なくとも今この時点において晶葉は間違いなくボクより運動音痴だよね」
「ぐうううううううううううううううううううううう!!」
「そ、そこまでショックなのか……」
「よりにもよって氷菓に言われたぁぁぁ……!!」
「いくらボクでもキレるぞ」
確かにそう言われてもしょうがない負の実績がボクにはあるけども。それはそれとして、ボクの顔面にぶつけたボールの数を数えてほしい。途中から予測の精度が上がってクリティカルヒットは避けたけれども、それはそれとして結構痛いんだからねアレ。
「……ところで池袋さん、この運動神経悪いアイドルの企画出てみる気無い?」
「屈辱的だが氷菓が抜けた穴は私が埋めなければなるまい……」
「ねえなんかボクが悪いみたくなってない?」
「空気は読めてないよね?」
「そこは否定できないけど」
そもそも、ボクが運動神経悪いっていうのも……なんていうか、思い込みの面が強いわけだし。確かに、ある意味では「そうあってほしい」っていう期待だとも、「そういう人だよね」と思われている空気が蔓延してるとも言い換えられるけど……そういう類の期待って応えるべきものなんだろうか。そういう空気は読むべきなんだろうか。
ボク自身の今後の身体的な成長もあるし、あんまり病弱要素を推されていっても、それはそれで困るというのが正直なところではあるんだけど。
まあ、全く隙を見せないっていうキャラ付けも流石になんだし、その辺はちょっと改善していくべきかもしれない。
……今度は、ドッキリくらいはひっかかろう。できるだけ自然に。
@ ――― @
年末。ボクたちアイドルの仕事は爆発的に忙しくなってくる。
冬フェスもあるし、年始の番組に向けての収録もあるし、カウントダウンライブも迫ってる。一度年が明ければ、もうちょっと忙しさは緩和されるんじゃないかなと思いたいけど……さて、どうだろう。年末年始の番組がウケたらそれ次第で出番は多くなるだろうし。
……まあ、ともあれだ。
ボクはコミケの控室で死んでいた。
「何故……冬なのに……こんなにも暑い……」
「暖房効いてるからね」
十二月下旬、冬真っ盛りの時期だというのに、ボクは熱気に悶えて死にかけていた。
コミケ。初めて来たけど、なんて恐ろしい場所だ。何でみんなあんなに平然としているんだろう。いや平然とはしてないか。みんな汗ダラダラだ。
なんというか、寒暖差が激しすぎるという部分はあると思う。本当にもうこのホントもう……何でみんなアレでダウンしないんだろう。ボクが弱すぎるだけと言われるともう何も言えなくなってしまうのでやめてほしいが。
しかしそんな中で平然としているプロデューサーはやっぱりどこかおかしいんじゃないだろうか。鍛えると人間みんなあんなんになれるんだろうか。
「寒暖差で逆に体壊しそうだよ」
「それはみんな思ってる」
そう思いながら結局みんな来るのか。
地獄かなんかかよコミケは。
「で、ステージには立てそうかい?」
「それは大丈夫。一ステージくらいはもたせられるよ」
「……何であれだけやってあんまり体力がついてないんだろうな?」
「肺機能の問題」
「マジな回答はやめてくれ」
でもそれしか思い浮かばない、と起き上がりながら言葉をこぼす。
実際軽く検査受けてみたら他の人と比べて弱いことが判明したわけだし。これで名実ともに病弱の看板を掲げられるよ! 全然喜ばしくねえや!
「ま、長い時間がかかる問題って言われたし、徐々にでも治していくよ」
「その頃にはトップアイドルかもな」
「大学卒業までにはイケるかもね」
「どうかな。俺の予測じゃ高校在学中だ」
予想以上に高く買ってくれてる……と思うけど、わざわざスカウトした相手を安く見積もる人もいないか。
そんな風に期待をかけてくれてる以上は、それに応えなきゃね。
……もうちょっとしたら、だけど。今すぐはちょっと無理。暑い。キツい。
「そういえば白河さんは何か欲しいものは無いのか? 折角のコミケだけど」
「そういうのはあんまり無いかな」
「珍しいな。ゲームとか好きなのに」
「基本的にゲームとかしたらそれだけでだいたい満足しちゃうタチだから」
「そこから先にはあんまり踏み込まないってことか」
「前に由里子さんから『半端な気持ちで入ってくるべきじゃないじぇ……沼の世界にはよぉ!』なんて言われたし」
「言い分がそこそこまっとうで逆に反応に困るな」
そもそも由里子さんも自分の立ち位置分かっててアレやコレや言ってるフシはあるし。
そういうことを言う、ってみんなに認知されてるからこそ言うっていうか。本当に言っちゃマズいような相手には絶対言わないように心がけてる感もある。住み分けをはっきりさせてるんだろう。きっと。
「そう言うプロデューサーは何か買いに行ったりしないわけ? お金はあるんでしょ」
「金があっても消費するための時間が無いんだ」
「……ご、ごめん……」
「マジになって言わないでくれ。自分の現状を再認識してちょっと傷つく」
そうか……やっぱプロデューサー帰ったら寝るだけみたいな生活してるのか……。
これ、下手したらボクが普段色んなところで「そういうところだぞ」なんて言われてるような話よりも深刻なのでは? 過去形じゃなくて現在進行形だぞ。確かにプロデューサーは表に出る立場じゃないけど、だからこそ身内はもうちょっとこっちに目を向けようよ。
……まあ武内プロデューサーも似たり寄ったりなプライベートっぽいから、ホントに笑い話にすらできないわけなんだが……。
「やっぱり体感時間を長くする薬が必要なんじゃ」
「いやそっちの方向性で解決しようとしないでくれるかな?」
「大丈夫だよ。効果は確実で副作用も少ないし」
「効果が確実だからなお悪いんだが」
……効果が確実ならそれでいいんじゃないの?
プロデューサーは休日を長めに謳歌できる。志希さんは実験の検証結果が得られる。Win-Winのはずだ。
そりゃあ確かにちょっとした副作用とかはあるだろうけど、そのくらいはねえ。
「別に死ぬわけじゃないんだし」
「死ぬよりひどい目に遭いそうで怖いんだよ!」
「死ぬより悪いことってあるの?」
「えっ。いや、そりゃあ……心を壊されたりとか……拷問されたりとか……か……?」
「被験者を使い潰すなんて研究者としては三流だよ。志希さんがそんなことすると思う?」
「まず実験することから否定してほしかったな」
「……?」
「もうちょっと倫理観を持とう! な!?」
……?
必要な実験のためなら投げ捨てるべきものでは?
何度も言うけど死ぬわけじゃないんだし、痛いわけでもないし終わったらいつでもフラットな状態に戻るし、最終的に完璧な状態でフィードバックされるんだからこれが最良では? ボクは訝しんだ。
「一ノ瀬さんと池袋さんがいるときはそこそこ常識的なはずなのに、何で一人になると二人の穴を埋めるように常識を投げ捨てるんだ白河さんは……」
「働きアリの法則って知ってる?」
「それとこれとは話が違うんじゃないかな!?」
うーん……まあ、あれだよ。確かにプロデューサーと比較すると倫理観はちょっと狂ってるかもしれないけど、直接的な行動を起こすわけじゃないし、大して問題無いって。
「白河さん、そろそろ準備お願いしまーす」
「あ、はい!」
「もう時間か。行ってらっしゃい」
「あいよ……じゃなくって」
今衣装だしそれっぽいこと言った方がいいかな。
えーと……そうだな、こういう時は上着をバサッとやって……。
「安心しろ。全て完璧に成し遂げてやろう」
「……なんか最近それもう代表キャラみたくなってるけど、今日のキャラはもう一人の方だろ?」
「……うんちょっと忘れてた」
開けていた上着の前部分を留め直す。
そういえばそうだったわ。今日はユリアーナさんだったわ。ごめんプロデューサー。だいぶ気が緩んでた。
ともかく、今から今日のメインステージだ。気を取り直してちゃんと役割を果たしてこよう。
……というわけで、会場でのお仕事だ。
今日はまた別のキャラ、対人コミュニケーションが欠如しているせいで友愛を情愛と勘違いしたりしてる……という一方、パイロットとしての能力や将官としての能力は呆れるほど高いという設定の、ユリアーナ女史のコスプレだ。
ファウストと違ってそこそこカッチリした軍人なせいか、軍服はきっちりと着込むことになっている。スカート丈については……いちいち気にしないことにしよう。ソシャゲのキャラというのはそういうものだ。あとは見えないように立ち回ればいい。
今回の仕事内容としては、ボクから新情報を発表することが主になる。
それ自体はあっさりと終わったが、本番はここから。手渡しでの物販だ。
「――――それでは、今回発表する情報は以上となります。それでは現在より物販に移りますので、皆様整理券の番号の通り、係員の誘導に並んでくださいね」
そう言ってみると、まず我先にと走り出す……ような人を、最前列にいた人が引っ掴んで整理券の順番に並ばせていた。
何でここの人たち妙に練度が高いんだろう。今一瞬手の動きを見失いかけたぞ。
民度が高い……というか、彼らには彼らなりの秩序があるってことだろう。横入り厳禁とか、転売は許さないとか……注意してた人たちの眼光の鋭さを見れば分かるけど、やらかしちゃった人の身の安全は保障できなさそうだ。
「あ……こ、こんちわ……デス」
「こんにちは」
さて、そんな中で最初に並んでくれたのは、珍しいことに女性だった。髪は後ろで二つ結び……いわゆるツインテール。
マスクつけてるから声が聞き取りにくいけど……この声どこかで聞いたような。
「……あ、こないだ
「へ!?」
「ボイチャしてましたよね、Akiraって名前で。声が同じ」
「え、え……う、うっそ……」
「ボクいたんですよ、Iceって名前で。あのクソキャラです」
「うげ……聞こえてたデスか……」
「紗南さんもあの時やってて、同じチームだったからあえて凸砂とかしたりして……まあ言われてもしょうがないかなって思ってたんですけど」
「うわ自分アイドルとゲーム配信してる……こわ……」
……? あ、プロデューサー後ろから目ぇ光らせてる。
話長かったかな。まあ、でも話を聞いてる人がいたら「ゲームしてたら偶然会う可能性がある」って思ってくれるかもしれないし……ちょっとくらいは許してくれないかな。ダメかな。
「はい。こちら、特典付きの公式ビジュアル本と、トートバッグです。今後ともよろしくお願いしますね」
「あ、はい。頑張ってくださいデス」
そう言って手渡すと、その人はそそくさとその場から立ち去って行った。
配信かぁ……よくある実況者とかそういうやつかな?
トークの勉強とかになるかもしれないし、今度あの人の見てみようかな。アカウント名探せば見つかるだろうし。
と、まあそんな具合で、その後も並んでくれた人に声をかけたり逆に声をかけられたり、時にはちょっとだけ話が弾んだりなんかしながら物販を終えた。
午前中にはだいたいの品物もはけたので、ボクもお役御免。プロデューサーに言って、ボクだとバレないように変装したうえで比奈さんのブースに行ったりしてみたけど……売り子は他の人に頼んでいるみたいで、本人はいないようだった。ちょっと残念。
なお、その後で戻ってみると、プロデューサーは何故だかいつも以上に張り切っている様子だった。何か同人とか、こう……元気になるようなものでも見つけたのかな。いや、何でもいいし無駄に詮索もしないけどさ……。