青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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  今回も一部氷菓以外の別視点が混じっております。異なるキャラの視点に移る短編のタイトルにはの表記がありますのでご注意ください。




オムニバス:その③

 

 

 ◆ おじじと出会った頃は ◆

 

 

「そういえば氷菓、あのお父様とはどんな風に出会ったの?」

「何さ、藪から棒に」

「ただの知的好奇心よ」

「確かになー。あんまりイメージできへん気がする」

「亜子さんまで……」

 

 

 ある日のレッスンルーム。眼鏡三人で集まって各々の練習をしているようなときに、それはふとした疑問として投げ掛けられた。

 おじじとの出会いの話。まあ、客観的に見れば確かにその辺は謎が多いか。一般の人と違って、みんなは特に加工されてない生の情報を得ている。ただ、おじじのことについてはそこまで詳しく話してないし、気になってもしょうがないなーという思いはあるけれども……。

 

 

「そんな面白い話でもないよ。施設の……園長先生の古くからの友達だったんだけど」

「その辺の話は確かしたよね」

「うん。だからこの辺は省略して……で、まあその当時、ボク外国に行きたくってさ」

「唐突ね。何でそんなことを?」

「その頃施設の経営状態が悪くってさ、日本じゃダメなら外国で何か解決方法無いかなって。だからおじじに頼み込んで……っていうか、半分くらい強引に乗り込んで、外国行ってさ」

「当時は無茶してたんだ」

「まあブレーキきいてなかったかな」

 

 

 この場に晶葉がいたら「今でもブレーキそこまできいてないだろう」とツッコまれるところだろう。

 でも今の方がもうちょっと自制心があるというのは本当だ。当時はもっと無鉄砲で無軌道で無秩序だった。何せあっちの世界の倫理観のまま動いてたわけだし。

 

 

「で……外国だと美術館巡りだとか史跡巡りをしてたって話だったかしら」

「うん。それで精巧な複製画を描いて売るって方法思いついたんだよ」

「……うわ、ネット見たけど複製画ってこんな高いん……」

「相当だよね」

 

 

 精巧なものになると平気でウン十万円とかになる。

 でもボクの場合元手がほぼゼロのところからそのレベルの絵を描けるので、輸送費を除いた額がそのまま利益になってくるわけだ。

 オマケに、純粋に描くにしても一時間から数時間、錬金術を使えば数秒で量産できる。美術系の専門学校だったり、ギャラリーだったり、ないしは奇特な資産家だったり……と、需要もそこそこ。大口注文が入ることもあるし、利益としては良好な方……のはず。

 

 

「……氷菓ちゃんさぁ」

「ダメだよ。描かないかんね」

「何で読まれるんや」

「分かりやすいからじゃないかしら」

 

 

 そりゃあ、今ボクの名前出したうえで売り出せばそれなりの値にはなるけど、やっぱりその辺はプロダクションを通さないとダメだ。お金のことだから色々と問題が起きる。

 まあ……友達のためだし、そういう煩雑な手続きの上で販売するのもやぶさかでもないけれども。流石に用途が分からないのにお金を渡すわけにもいかないよ。

 

 

「ほんでその当時、何してたの?」

「何してたって……やけに食いつくね」

「友達が今まで何をしてきたのか、気になっただけじゃない」

「マキノさんに言われるとちょっと……」

「あらつれない」

 

 

 ……興味本位っていうのも立派な理由だけれどもね。

 まあ、これだけ聞かれて答えないのもちょっと悪いかな。答えられそうな部分もちょっと少なめではあるけれども。

 

 

「じゃあ、まあ、言えそうな部分だけ」

 

 

 脚色も誇張も大いにあるけれども、錬金術とかその他色んな語っちゃいけないことがあるわけで。その辺を語らないことについては許してね、と内心で頭を下げながら、過去の記憶に思いを巡らせる。

 

 あれは、小学校に入るよりも前のことだったかな。

 ……今でも、あの頃のことはすぐに思い出せる。

 

 

 @ ――― @

 

 

 おじじのところに初めて行ったのは、確か梅雨のじめじめした時期だった。

 今にも雨が降りそうな怪しい雲。ただ「外国を飛び回ってる」という先生の言ってた情報に一縷の望みを賭けて、ボクはおじじのところを訪れたんだった……はず。

 当時は生まれ変わって四、五年といったところだったか。今改めて思い出しても、まだあちらの世界の倫理観や価値観が強く残っている時期だったと思う。

 そんなボクのおじじへの第一声は、これだったかな。

 

 

「ぼくは莫大な財産を築き上げる方法を知っています。どうか船に乗せてください」

 

 

 今考えても当時五歳程度の幼児の言う台詞じゃあない。

 まず自分を売り込み、相手の興味を引き付ける内容を叩き込み、用件を告げる。効果的っちゃ効果的だ。それが本来、親の庇護下にあるべき幼女の吐く台詞でさえなければ。

 

 勿論おじじは驚いていた。というかドン引きしていた。当たり前だ。十歳にもなってないような子供が敬語を使って、「金稼ぐ方法あるYO!」なんて言いながら商売に一枚噛ませろと言っている。オマケに自分の古くからの友人が世話をしている子供である。

 おじじはキレた。

 

 ただちょっとだけ弁明させてもらうと、当時のボクはだいぶその、倫理観とか死生観とかグズグズで、世界が違うからどう常識が変わるかなんてことも考える余裕も知恵も無かったりして……まあ、怒られてもしょうがないし叱られるのも当然なんだけどさ。

 

 で、まあそんな不気味な子供なんだけど、これが見ず知らずの子供なら「お前のことなんぞ知らん、あっちへ行け」で済んだ話だっただろう。けど、当のボクはおじじの友人である先生が面倒を見ている子だ。無下にはできないし、何より「親がいない」ってことははっきりしている。しつけが行き届いていない、ってことでもあるし……大人として見過ごすわけにはいかなかったんだろう。一時的におじじがボクを預かる形で同行することになった。

 

 ……のだけど、やっぱり問題はあると言えばある。

 

 

「ガキがそんな言葉づかいをするな」

「……どうしてですか? 目上の方には、敬語で話すべきです」

「黙れ。そんな気を遣うなんざ十年早い。子供ってのはな、くだらんことは考えないでいいんだ」

 

 

 まず、この時のボクの言葉遣い。元々あちらの世界では敬語で話すようしつけられていたこともあって、こちらの世界に来てからもずっとボクは敬語のままだった。

 おじじとしてはそこが気に入らなかったらしい。勿論、自分の部下たちには敬語を正しく使うよう指導しているけど、この頃のボクはまだ4、5歳程度。そんな年齢で大人に気を遣えるような子供がいるわけないだろ、気味が悪い……とさえ言われてしまった。

 今、改めてその頃のことを思い直すと、事実その通りだと思う。

 

 で、ある日。

 

 

「お前……ずっとボーッとしてるが、暇じゃねえのか」

「何かしてもいいんですか」

「やっちゃあマズいことがあるなら言う」

「何をすればいいんですか」

「あ?」

「何かしていいと言われても、何をしたらいいのか分かりません」

「…………」

 

 

 絶句である。

 普通の子供ならここで「じゃあ船の探検行ってくる!」とか、仮に内向的な子でも「本を読んでくる」とか言うところだろう。が、この頃のボクはそもそも娯楽というものを知らなかったので「やりたいこと」というのが無かったわけだ。

 ただ……まあ、施設を守りたい一心はあったわけだし……言ってみればこの時のことが、人間としての最初の一歩だったと言えるのかもしれない。

 

 その後、船員の一人が確か……某狩りゲーの2Gを持っていたんだったかな?

 当時から相当なオタだったらしいその船員にゲームを借りてやってみたのだけど……実は最初からドハマりしたわけじゃない。

 難しいよと言われてやってはみたけど、それほど難しさは感じないし。パターン化すれば攻略できないものも存在しない。無感動に「何が楽しいんですか」なんて呟いてた当時のボクは、はっきり言ってヤな子供だっただろう。

 

 転機が訪れたのは、それから少ししてから。その船員から見せてもらった動画では、あまりにセオリーを完全に無視した動きが披露されていた。

 無駄にスタイリッシュだったり、無駄に笑いを誘うものだったり、あるいは魅せプレイと呼ばれるものだったり……創意工夫次第ではこんなこともできるのかと感心した。同時にゲームの楽しさというものを教えられて……多分これがゲームを好きになった理由だと思う。

 同時にこの時ネットスラングを教えられ、何の気なしに使ったせいでその人がおじじに滅茶苦茶に叱られてたのが印象的だった。

 

 この頃から徐々におじじや船員たちとも打ち解けてきて、言葉遣いもだいたい今と同じようになっていった。

 

 またある日は。

 

 

「お前、有戸と栗林間違えたってな。これで何回目だ」

「……みんな顔だいたい同じだし」

「同じなわけがあるわけねえだろ。お前ちゃんと眼ぇ見えてんのか?」

「見えてる。見分けはつかないけど」

「……これ指何本だ」

「一本」

「馬鹿垂れ。二本だ」

 

 

 この時に初めて目が悪いことが判明した。

 この後、旅の途中で眼鏡をプレゼントされたのだけど……その初代眼鏡の顛末は知っての通り。今は大事に保管している。

 

 この時はまだボクも錬金術師としての腕は中途半端だった。できるのは構造解析くらいのもので、正しく「真理」というものを捉える知識の無かったボクは、大規模小規模に関わらず錬成ができなかった。だから視力も低下したままで錬成して再構築できなかった。

 で、これを完璧にするために、エメラルド・タブレットというものを探しに行ったのがこの旅の目的になる。

 

 各国を巡りそれらしい情報を得て、構造解析を利用して遺跡を探す。既に見つかっている遺跡にしても、もしかすると隠し部屋なんかがあるかもしれないのでそれも探す。そんなこんなで数か月だったか一年だったか……そのくらい経った頃、ようやくそれらしい情報を手に入れることができた。

 これは、と思って現地に向かうと……まあ、情報が流れるくらいだ。遺跡のまだ見ぬ財宝などを狙った盗掘団なんかもいる。

 

 ボクらの目的はただエメラルド・タブレットを見ることだけだ。金銀財宝に興味は無い――どうせ後で作れるし。

 と、説明してみたところで、盗掘団なんて荒くれ者に説明が通じるわけがない。まずは遺跡に入った途端に襲撃された。この辺はなんというか色んな意味でジャンルが変わってくるので端折るけど……色々あった。うん。ナイフを持った男をおじじが殴り倒したり、銃で脅してきた男を、ボクが後ろからこっそり銃を弾き飛ばして反撃したり。

 あとは……この時はまだ構造解析もそこまで万能じゃなかったから、その盗掘団の連中と一緒に閉じ込められた先で遺跡の罠に引っ掛かったり。みんなで協力して罠を解除したおかげで、それまでのしがらみを越えて仲良くなったり。かと思ったら遺跡の最奥部で裏切り者が出て来て、「この財宝は全部俺のモンだ!」なんて言って、おじじの腹を撃った上に周りに爆弾仕掛けてみんなを置き去りにしたり。まあ結局その人はトラップに引っ掛かって帰らぬ人となったんだが……。

 

 話を戻そう。それから必死になって遺跡の奥を探していると、なんとずっと探していたエメラルド・タブレットを発見。ボクの錬金術が完全なものとなったことで、おじじを治療した上で爆弾を解除。みんなを脱出させることに成功した。

 この時のことがきっかけで、現地の盗掘団だった人たちは改心。今は真面目におじじのとこの会社で働いている。また、ボクは一種の奇跡とも呼ぶべき現象を起こした……なんて事情もあり、その人たちから「姫」なんて呼ばれるようにもなった。それが広まって黒服連中に姫と呼ばれるようになってるんだったはず。

 

 

「氷菓のことは絶対に外に漏らすんじゃねえぞ。万が一このことをバラしたヤツがいたら……俺はそいつを地の果てまで追い詰めてバラバラにしてサメの餌にしてやる」

 

 

 事件が終わった後、おじじはみんなにそんなことを言ってもいた。

 危険性を考えると仕方のないことなんだろうけど……もうちょっと言い方なんとかならなかったんだろうか。

 や、でも仕方ないか。脅しってそういうものだし。

 

 ……まあ、それはともかく。

 

 

 @ ――― @

 

 

「そういうわけで、現地で出会った人たちと一緒に仕事をするようになって、正式に会社を興して、お金を稼いで、今に至る……って感じかな」

 

 

 その辺のことはだいたい隠したうえで、ボクは当たり障りない内容に改変した上で二人に伝えていた。

 亜子さんもマキノさんも、なんだか納得したように「ほー」だとか「へー」だとか相槌を返してきてくれる。

 やだ何か創作能力上がってる気がする……だいたい気のせいだけど……。

 

 

「……つまり氷菓は社長令嬢ということになるわね?」

「ホンマや!?」

「それ今更言う?」

 

 

 確かに社長令嬢というくくりにはなるんだろうけど、それを意識したことのある人は、多分ボク含め誰もいないんじゃないかな。

 

 

「けれど、何でそこまで焦ってたのかしら。おじ様の言う通り……大人に任せていても決してダメだったわけじゃないでしょう?」

「子供特有の全能感があったんだと思ってよ」

「結果出しとるあたりニュアンス的にはちょっと違う気がする……」

 

 

 今思い返すと、そういう部分があったような事実は否めない。

 生まれ変わった事実、他の人よりも知識があるという事実、特異な能力があるという事実……そういった事実から、「ボクがやらなきゃ」という使命感を抱いていたとも言える。

 ほんと、あの頃のボクは色んな意味で迂闊だった。

 

 

「でも、一番の理由があるとしたら……」

「ん?」

「……ごめん何言おうとしたか忘れちゃった」

「えー何それ」

 

 

 嘘だ。本当は分かってる。

 あの頃からボクは、自分の居場所を守りたかった。

 ……いやちょっと違うな。何か、自分にできることをして……あおぞら園を、自分の居場所と思えるようにしたかったんだ。

 

 今は、そんなに焦るような必要は無いんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ライラさんと ◆

 

 

「プロデューサー、ちょっとこの日からこの日まで仕事入れないでほしいんだけど」

「え? あ、ああ。分かったけど……」

 

 

 ある日のこと。ボクは自分のスケジュールについてプロデューサーに一つだけリクエストをしていた。

 珍しいこともあるもんだ、と言いながらもちゃんとスケジュールを空けてくれるのはありがたい。後輩であるボクとしては先輩のスケジュールに合わせないといけないし。

 

 

「二日間か。一泊二日とかでどこか旅行にでも行くのか?」

「うん。ライラさんと山口県に」

「また辺鄙なところに行くんだな。それにライラさん?」

「ちょっとね」

 

 

 こないだちょっと話した時に話題になった場所だ。

 行こうと思えば日帰りでも大丈夫かもだけど……余裕は持っておいた方がいいだろうしね。

 

 ライラさんとは特にいつ知り合ったということもない。なんとなくいつの間にか知り合って、いつの間にやら連絡先を交換してたりしてるような間柄だ。

 奇妙なことだとは思うけど、本当にいつの間にかだし、気も合うのでボクとしては何も言うことは無い。

 

 

「保護者はいるのかい?」

「ライラさんとこのメイドさん」

「……じゃあまあ大丈夫か。気をつけて行っといで」

「ん」

 

 

 そんなわけで、小旅行が決定した。

 しばらく前から計画してた一件だ。よし、全力で楽しもう。

 

 

 @ ――― @

 

 

「お腹を壊しましたですよ」

「やりすぎちゃったね……」

「何してんだ君らは」

 

 

 それからしばらく、旅行を終えて事務所に帰ってきたボクとライラさんの顔は蒼白になっていた。

 二人とも志希さん製のお薬を飲んでなんとか体調は保っているが、それでも万全とは言い難い。

 

 

「山口だっけ? ……そんなに体調を崩すような場所があったか?」

「錦帯橋って知ってる?」

「あ、ああ。一応知識としては」

「そこでソフトクリーム、たくさん売ってるですよー……」

「前テレビでやっててさ……何か百種類以上のソフトクリームが売ってあるとかで」

「……ああ! なんか聞いたことある……な……」

「全種類食べてさ」

「おバカ!!」

 

 

 頭にチョップを食らった。

 くっ。いつになくプロデューサーが厳しい……!

 

 

「アイス好きとしては外せなかったんだよ!」

「ライラさんたちも忙しーですし、行くチャンスも少ないですし」

「あ! だから一泊したのか!?」

「向こう岸にあるライバル店も制覇したかったし……」

 

 

 プロデューサーが頭を抱えた。

 ……まあ確かにちょっと性急かなぁとは思うけれど、何度も言うけどアイスの食べ歩きと制覇はボクのライフワークだよ? 制限されようものなら今後のボクのモチベーションがどうなるか……分かっているね?

 

 

「白河さん一週間アイス禁止」

「そんな!!?!??」

「いまだかつてないほど焦ってるですねー」

「ライラさんは担当さんに言ってくる」

「ライラさんもでございますか」

「流石に見て見ぬふりはできないよ……それ以前によくそれだけの量入ったな……」

「何時間いたっけ?」

「朝から晩まででありますねー」

 

 

 あ。プロデューサーの額に青筋立ってる。

 珍しいし写真撮っとこ。

 

 

「白河さんは時々恐ろしい煽り方をしてくるよな……!!」

「あはは。成長と思ってよ」

「確かに成長っちゃ成長だがこういう風な成長は期待してなかったかな……」

 

 

 むぅ。だとしたらどんな成長の方面なんだろうか。

 やっぱり楓さん? ……でも楓さんだってこういうことくらいするよね。お酒に関しては。前も居酒屋はしごして担当さん潰してたって聞いたけど。

 だとするとのあさん……いや、のあさんもそこそここういうことすると思うんだけど。

 

 

「何が悪いのか分からない……」

「体調管理ができてないことだよ」

 

 

 ごもっともな話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◆ 〇年後のこと/橘ありす ◆ 

 

 

 

 年が明けてすぐに、氷菓さんは大学に休学を申し出て渡米しました。

 前から決めていたことのようで、お仕事も殆どをキャンセルして。

 あまりに突然の出来事に、事務所の誰もが驚いて……同時に、「ああ、そうだろうな」という思いを抱いています。

 

 そういうことをする人かしない人かで言えば、確実にそういうことはする人です。浮世離れしていますし、現実離れもしています。

 何をしても……いいえ、何をしでかしてもおかしくない。そういう人なんです。

 はっきり言って、ちゃらんぽらんです。アイドル全盛……まだ二十代だったころの楓さんにも劣りません。それどころか、三十代になった今は比肩しているほどです。大人としてあれはいかがなんでしょうか。非論理的です……。

 

 氷菓さんが渡米して四か月ほど。スターライトプロジェクトやクローネに限らず多岐に渡る活動をしている彼女が抜けた穴は、小さくありません。

 ですが頑張らないと。もしかすると、今頃ハリウッドで映画でも撮影しているのでしょうか。それとも歌でトップを狙っているのでしょうか……日本にいる私たちには分かりません。ですが、いつ彼女が日本に戻ってくるとも分からないのです。あの自由人の友人に恥じないよう、そして仲間として隣に立つことができるよう、毎日の研鑽を怠るわけにはいきません。

 今日もお仕事までの間、試験に向けた勉強をしてひとまず時間を潰すことにしましょう。

 

 

「ただーまー! 元気してたー?」

「……は!?」

 

 

 そう思って机に向かった瞬間、聞き慣れた友人の声が飛び込んできました。

 四か月前にアメリカに飛んだはずの氷菓さんです。

 何故この人がここに……!?

 

 

「ありすちゃんただーまー。あれ? 何フリーズして。おーい。ボクだぞ」

「……ひょ、氷菓さん……? いえ、何でここに……?」

「用事終わったから帰ってきた。明日から復帰するしプロデューサーんとこ来たんだけど」

「は、はあ……」

 

 

 ど、どういうことでしょう……私たち、そんなことは何も聞いていません。

 それとも連絡の行き違いがあったのでしょうか。それにしては氷菓さんも自然のことのように会話していますが……。

 

 ……この何年かで、氷菓さんも随分と成長しました。外見も……勿論ですが、その内面も含めて。

 170cm手前まで伸びた身長に、絹糸のような綺麗な髪……貧相だった当時の面影はもうありません。クールビューティという言葉が似合う美人です。

 ですが、中身は外見通りじゃありません。子供の頃が懐かしく、そして遠い日のことだったように思えるほどの自由人です。志希さんや楓さんたちの影響が随所に見られます。せめてのあさんや千秋さんの影響を受けてほしかったのですが……無理だったようです。残念なことに……。

 いえ、それよりも、です。

 

 

「いつ日本に……?」

「さっき。晶葉にメール入れてたけど気付かなかった?」

「晶葉さんは大学のロボット競技のためにしばらく来られないって知ってま……アイス食べ始めないでください!!」

「あっちケミカル臭すごくてさー。やっぱ日本のがいいよね」

「話を戻してください」

「知らなくてもそれはそれでサプライズになるからまあいっかって思って」

 

 

 あたかも自分の家のように悠然とソファに腰掛ける氷菓さんの姿からは、遠慮というものが感じられません。

 

 

「用事……というのは?」

「医師免許取ってきた」

「何でですか!?」

「持ってたら合法的に医療行為ができるってことじゃん?」

 

 

 そ、そのためだけにわざわざ渡米してまで……?

 つまり、アメリカの大学に入学して、飛び級で一気に卒業して、医師としての資格を取得するための条件をストレートで満たしてきた、と……?

 この人は頭のネジがどこか飛んでいるんでしょうか……。

 

 

「まあ、みんながケガしたらボクが診れるから安心してねってことだよ」

「はあ……」

「これでも人体には詳しいんだよ? ま、詳しくっても体形を調整するのに苦労するんだけどね!」

「昔の話で……ちょっと待ってください。少し体形が変わりましたか?」

「あー。アメリカの食事妙に脂肪とカロリー高いからちょい胸膨らんだかな?」

「ツァーッ!!」

「おっと危ない危ない。あっはっは」

 

 

 こ……この元健康不良児……!

 昔は人の動きなんて先読みできなかった板切れのはずなのに……!

 

 

「まあまあ、食べればいいんだよ」

「普通お腹の方に肉が付きますよね」

「胸の方に付くもんじゃないの?」

「戻って来て早々に喧嘩売ってるんですか」

「これ以上胸の話をすると無念(ムネん)の死を迎えそうだからやめとくよ。くくっ」

「買いますよその喧嘩」

 

 

 わた……私だってですね……! 努力はしているんです!

 まだ今は努力の成果が出ていないだけ……だというのにそれを尻目にこの……!

 比較対象がいる状況下では、スレンダーという言葉は慰めの言葉にならないんですよ!!

 

 

「……相変わらず美的センスが磨かれていないような人と争っても無駄かもしれませんが」

「そ、そんなことないしー? ほらこのドイツ語Tシャツ、悪くはないじゃん?」

「まだクソTシャツ収集趣味あったんですか。で……Zweiter(Second) Advent? 意味は?」

「意味は特に無いけど語感がいいなって思って」

「どうせそんなところだろうと思いました」

「酷ぇ」

 

 

 そう言いながらも、堪えたようには思えません。

 当時、美的センスがイマイチだったのは確かですが……既にコレはそういう趣味に定着してしまったということなのでしょうか。

 当時からそういう兆候はありましたが、それにしたってもう少しマシな趣味もあったものだと思います。

 

 

「あ、そうだ。お土産買って来たんだ」

「唐突ですね……」

「まあいいじゃんいいじゃん。で、これこれ」

 

 

 氷菓さんが取り出したのは、「I♥NY」と書かれたTシャツ。

 受け取った私は即座にその場に叩き付けました。

 

 

 @ ――― @

 

 

「という夢を見たんです」

「流石にそうはならんやろ」

「いえ分かりませんよ。むしろあり得るような気がします」

「……断定はできないけどさ……」

 

 

 ……アリスさんからのボクの印象、いったいどうなってるんだろうなぁ……。

 

 

 

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