青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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56:年々歳々花相似

 

 

「それじゃあ……せいっ!」

 

 

 大晦日。お寺に集まっていたボクたちは、みんなで除夜の鐘を撞いていた。

 夜、十一時過ぎ。掛け声と共にごーん……と荘厳な音が響く。周りの参拝客の皆さんは、ボクらを見て色めき立っているようだけど、それ以上にボクを含む数名は実は気もそぞろだったりしていた。

 

 今回集まっているのは、寮生の中でも15歳に満たない中学生+α。年齢層が若いだけにちょっと不安な部分はあるけれども、今日はおじじが引率を引き受けてくれたので、色んな意味で問題無い。何せ怖がって誰も近寄ってこない。仮に近寄ってきてても気付いたらいなくなっている。

 深く気にしないことにしよう。

 

 さて、こうしてやってきた理由は除夜の鐘――ではなく。ジョヤの鐘だ。

 除夜じゃなくてジョヤ。この微妙なニュアンスの違いを理解してくれる人はどれだけいることだろうか。いやいてもらっても困るんだけど。せめて分かるのはボクらの周辺の人間だけにしてほしい。

 

 さて、ともかく。

 ……今、実は世界はちょっとした危機を迎えている。

 

 ……ちょっと大仰に言ってみたけど、実際のところはそこまで大したことでもない。このまま鐘を撞き続けていればなんとでもなることだ。

 具体的なところはというと……昨日に遡る。

 

 

 @ ――― @

 

 

「アーニャさん、あれ何……?」

 

 

 大晦日を目前にした夜。アーニャさんと一緒に寮の屋上で天体観測をしていると、ボクはふとした拍子にあるものを見つけた。

 宇宙に浮いてるロボットだ。

 

 どことなく鐘のような意匠が随所に見られるが、間違いない――ロボットだ。

 宇宙に、ロボットが、浮いている。

 ……いや、流石にもしかすると自分の頭がトチ狂って妙な幻覚でも見せているのかもしれない。そういう可能性も踏まえてもう一度見てみるが……ロボットは相変わらずそこにいる。

 まるで晶葉が何かの戯れに造り出して放置したかのような造形をしているが、あれは一体何なのだろう。困惑に囚われたまま、ボクはアーニャさんに望遠鏡を見るよう促した。

 

 

「何……? ですか?」

「ちょ、ちょっと見てみてくれないかな。ボクの目がおかしくなったのかな……」

「それはない……と、思いま………………х……хорошо……」

「……何が見えた?」

「робот……アー……ロボット……が……」

「……だ、よね……?」

 

 

 ……困った。どうやらボクの目がおかしくなったわけじゃないらしい。確かにロボットが宇宙に浮いている。

 ロボット……ロボットかぁ。ロボットとなると、まあだいたい晶葉だけど……。

 

 

「アーニャさん、ちょっと志希さんに……まあダメ元でいいから連絡取ってみてくれる? ボク晶葉に電話してみる」

「да。分かりました……」

 

 

 時間は……いいや、どうせ起きてるだろうし。

 寝てたとしても多分寝オチしてるパターンだろうから、その場合はちゃんとベッドで寝るよう言っておけばいい。そう思って発信してみると、やっぱりあっさりと電話は通じた。

 

 

「もしもし晶葉?」

『もしもし天才だが。何だ?』

「晶葉さ、ロボットを大気圏突破させて放置してみたりしたことある?」

『え……? いや知らん……何だそれ怖……』

 

 

 あ、マジのトーンだ。どうやらこれ本当に知らないっぽいぞ。

 

 

「そっか。いや、うん。今ちょっと天体観測してたらそういうのが見えてさ」

『仮にそういうものの打ち上げが成功してたら私も知ってるはずだが……』

「分かった。ごめん遅くに」

『いや……それよりもうちょっと詳しく聞きたいんだがそのロボットの見た目とか性の』

 

 

 話が長くなる前に通話を打ち切った。

 いや……決してこういう話が嫌いってわけじゃないんだよ? ただちょっと、ほら。今切羽詰まって……は無いけど、この意味不明な状況の中でいつまでも議論してるわけにもいかないし。

 何はともあれ晶葉ごめん。内心で謝りながらアーニャさんに視線を送ると、軽く首を横に振って返してくれた。どうやら志希さんの方も知らないようだ。

 一応、他の人……特に、こういう超常現象に詳しそうな人に連絡を頼み、ボクは別の方向性で考えを巡らせる。

 

 

「と、なると……」

 

 

 まさかね、なんて思いながら、例の通信機を取り出して開祖様に連絡を入れる。

 ロボットの特徴その他を伝えると、数秒ほど間を置いてこんな返事が返ってきた。

 

 

『ジョヤじゃねーか!!』

「じょや……?」

『なんて言ったらいいんだろうなぁ……ある依代に人間の煩悩を集めた存在でな、こいつをなんとかしないと』

「しないと?」

『世界中に煩悩が撒き散らされてなんだかんだあって人類が滅びる』

「えー……何ですかその……何なんですか……」

『オレ様に聞くな。十二神将に聞け』

 

 

 それ本当に十二神将様方もちゃんと理解してることなんだろうか。

 いやメカニズムは分かってると思うんだけど、こう、そうじゃない諸々の部分とかさ……あるじゃん?

 多分、何かしらイレギュラーとか起きると思うんだよね。煩悩……に限らず、人間の欲望とか感情とか、絶対にコントロールできないものの典型だし……。確信は無いけど、なんだかそんな予感はする。

 

 

「そもそも、そのジョヤ自体がそちらの世界のシステムの産物ですよね? 何故こちらに?」

『それが分からないから悩んでんだよ。ゾーイが討ち漏らしたか』

『漏らしていないぞ』

『……だそうだから何か別の要因があるんだろうが』

「仮にですけど、こちらの世界で煩悩が何かに集まってジョヤ化したってことは……」

『ンなことがあったらとうの昔に人類滅びてんだろ』

「そうですか……」

 

 

 相変わらず、星晶獣の類は気軽に世界とか人類とか滅ぼしにかかるよね。そういうものだから仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ……。

 

 まあ、開祖様の言う通り、仮にこっちの世界でジョヤなる星晶獣が気軽に生まれるようなら、もっと世界は荒廃してるだろう。

 そもそも星晶の力はこっちには無いし……どれだけ煩悩が溜まっても星晶獣にはならないだろうというのがあるけど。

 

 

「だとすると、すぐ対処しなきゃですね」

『それなんだがちょっと待て』

「は?」

『そもそもジョヤは十二神将の「お役目様」ってヤツじゃあないと煩悩を祓えねえ』

「……こっちの世界終わったじゃないですか!?」

ЧТО(それって) ЭТО(どういう) ЗНАЧИТ(意味ですか)!!?」

 

 

 そのままの意味です。

 

 

『いや、そうとは限らねえ。一般人でも依り代を()けば煩悩が多少は霧散する』

「……機械的に叩き続けるというのは」

『ダメだ。やっぱり「人」の力は必要になる』

 

 

 えー……と。煩悩は人の意思から生まれたものだから、人の意思を込めた行為じゃないと意味が無い、ってところかな。

 何て言うんだろ。あっちの世界のそういう……なんとなく機能的じゃないとこ、やっぱちょっと苦手だ。ボク。

 

 

「ですけど、それじゃあ根本的解決にならない……ですよね?」

『ジョヤがそっちにいるってことは「こっち」と「そっち」が根本的な部分で繋がってることの証明だ。それは分かるな?』

「えー……と……ジョヤを撞いた時に発生するエネルギーの行き先や、位相の変移を観察することで、『こちら』と『そちら』を行き来できる方法が見つかるかもしれない……という?」

『オレ様そこまでは言ってないのに当然のように1から10まで言い当てやがってお前……』

「な、なんだかすみません」

『いやいい。優秀な生徒は嫌いじゃあねえ。とりあえず一旦誰かが撞いてやれば、煩悩も散って数か月はもつだろ』

「はあ」

『その間にオレ様たちが双方向の行き来ができるようになんとかして、十二神将かゾーイに根本的な対処をしてもらう。これだな。つーか現状そのプランしかねえ』

 

 

 現状、ボクはジョヤのことについては何も知らないので、開祖様の案に乗る以外に手は無い。

 そもそもそれが開祖様の発案であればボクが乗らない理由は無い。

 そのために、まずは探査機を作って、データを送る環境を整えて……ジョヤの鐘を撞いて、一時的に煩悩を祓うと。

 

 

「分かりました。実行のタイミングは?」

『大晦日の深夜だ。ぬかるなよ』

「勿論です」

 

 

 @ ――― @

 

 

 ……というわけで、今回のコレは除夜の鐘撞きであり、ジョヤの鐘撞きでもあるわけだ。

 開祖様の指導のもと、ジョヤの発したエネルギーを観測する装置を作成。軌道エレベーターの要領で鐘とジョヤとを連結、除夜の鐘を撞くことで、同時にジョヤを撞くようなシステムを作り上げた。晶葉の手も借りて、突貫作業で――とはいえ、なんとか一晩でやり遂げたボクらを褒めてほしい。

 

 色々と無茶はしたけど、まあそこはそれ。それよりもジョヤ対策の方が優先だ。ほっといたら人類が滅びる。

 でも、まあそうならないための策は講じたわけだし、これで一安心かな。あとは開祖様たちにお任せだ。いや、フリじゃなくてホントに。 

 できることがあるならやるけど、その辺は十二神将様やゾーイさんがやらないとダメみたいだし……あ、でも大気圏突破するくらいの何かしらなら作れるだろうし、そういう技術的な方向で力になろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ……改めて考えると、とんでもなく濃い一年だった。

 年の始めはまだ穏やかだった。いや、穏やかというより……単に何も無かったってだけか。あの頃はボク自身も目標や指針というものを見つけられていなくて、自由というものについての自分なりの解釈も存在しなかった。

 

 プロデューサーにスカウトされてからがある意味で「今年」の本番か。

 アイドルになって、ステージの楽しさを知り、あっちの世界に一旦戻り、自分なりの自由の解釈を得た。海に行って遊んだり、アイス禁止されたり、サマーライブしたり、誕生日を祝ってもらったり、アイス食べすぎてアイス禁止されたり、様々な仕事を経験したり……今改めて思い返すとなんかアイスばっか食べてるなボク。それだけ行動範囲が広がったってことでもあるんだけど。

 

 ……ともかく、そういう流れもあったので、一年という時間の中でボクもそれなりに成長できたんじゃないかと……ちょっとは思う。

 この先も成長していけるといいなぁとも思うし、きっと、この先もアイドルとして活動する中で成長していかなきゃいけない。

 

 時間的に、もうそろそろ年明けだ。

 素晴らしかった今年を、人としての歩みを始めた今年を惜しみ、けれども、訪れる翌年がより良いものとなるように――折角お寺にいるんだし、祈っておこう。

 

 

「ひょ、ひょーかちゃぁん……お鐘ちゅかないのぉ?」

「『お』はいらないよくるみさん……」

 

 

 その前に、今年の煩悩を落とすところからかな。

 ボクの煩悩っていうと……えーと……あー……と……アイス……?

 控えめに撞こうかな……いやでも変に遠慮するとマズいことになりそうだし……ええ、と、ああ、と……うん……。

 

 ……五分ほどして、ヤケクソのように鐘を撞いてはみたが……鳴り響いた音はごくごく普通だった。

 来年はもっと筋力鍛えよう……。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 年が明けて一月一日、ボクは諸々の用事を早めに終えて、クラリスさんと一緒にあおぞら園の方にやってきていた。

 親しき中にも礼儀ありと言う。住居を移したり、おじじの養子になったりはしたけど、そこはしっかりやっておかないといけない。

 

 

「あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します」

 

 

 今日は極めて珍しく、ボクもクラリスさんも着物でやってきている。

 やっぱりお正月という時期もあるし、アイドルなんだし、それなりの服装で行くべきでは――という発案をしたのがクラリスさん。納得して応じはしてみたけど、こうして似たような格好をしてみるとなんともお互いの差がよく分かる。分かるけどおいこらそこの男子二人、見比べてため息をつくな。「あーあ」とでも言いたげに額に手を当てるな。新年早々なんだ貴様ら。

 

 

「あけましておめでとうございます。クラリスさんは、昨年も氷菓や園のことで大変お世話になって……」

「微力ではありますが、助けになったなら幸いですわ」

「謙遜なさらず。ああ、ともかく上がってください。氷菓も」

「あ、うん」

 

 

 招かれるまま、玄関から室内に上がる。「ただいま」と呟いた声に、先生が小さく「おかえり」と返してくれた。

 ……それにしてもクラリスさん、玄関から室内に上がる時の何気ない仕草にも全く隙が無い。マナー的な意味でも動き的な意味でも。一応団長さんたちの動きを見て知ってるボクから見てそれって相当じゃないかな……。

 

 

「あけましておめでとう氷菓ちゃん! はいこれお姉ちゃんからお年玉!」

「おめでと。お年玉って……ありがたいけど、一応ボクもお仕事してお金貰ってるんだから、いいのに」

「そういうこと言わないの、まだ14歳は子供なのよ? もっとお姉ちゃんに甘えていいの!」

「おーいみんなーお年玉持って来たぞー」

「「「わーい!!」」」

「先生、クラリスさん、氷菓ちゃんが冷たいです。私マジメなこと言ったのに!」

「成海くん、キミはもうちょっと余計な一言を抑える努力をしようか」

 

 

 あの姉はね……なんて言うんだろう、もうちょっとこう……先生も言ったけど余計な一言さえ無ければもうちょっと扱いを改善してもいいんだが……。

 まあそこはいいか。前のこともあるし。そんなことよりお年玉だ。

 

 

「あら……お年玉を貰ったばかりで、自分も渡すのですか?」

「うん、結構貰えるようになったし」

「不躾な話ですが、一体いくらを?」

「五万」

 

 

 二分後、ボクはクラリスさんによってその場に正座させられることとなった。

 何故だ。

 

 

「ボク何も悪いことしてないと思うんだけど……」

「加減ができていないと言っているのです。五万円ですよ? 小学生や中学生やそれよりも更に年下の子にはあまりにも多すぎます」

「え、いや、多い……かな……? みんなくらいの子って欲しいものいっぱいあるでしょ? そう考えるとさ、ほら!」

「氷菓さんはもう少し一般的な金銭感覚を身に付けるべきですね……」

「えっ」

 

 

 い、いや。ボクだってお金の大事さは分かってるし、だからこそ多めにあげたいなと思ったんだけど……。

 金銭感覚も、そこまで人並み外れてるってほどでもないでしょ? ……たぶん。

 

 

「子供にとってもう少し適切な金額というものがあるでしょう。必ずしも清貧を貴ぶべしとは申しませんが、過度なお金を持つと心に悪影響を及ぼす可能性があります」

「でも……年に一回くらいは贅沢させてあげたいし……」

「それにしても多すぎます。一万円程度が普通ですよ」

「え、そうなの?」

「はい?」

「ボクおじじに貰うお年玉だいたいこのくらいなんだけど……」

 

 

 言って、おじじから貰ったお年玉袋を取り出してクラリスさんにだけ見せると、あまりの衝撃からか一瞬開眼しそうになっていた。

 そっか……お年玉袋が立つほど膨らむのって、一般的じゃないのか……。

 

 

「ワシちょっと古宮のアホに電話してくる」

「お願いします園長先生。さて氷菓さん、これはちょっと過剰な古宮様の愛情の表れであって、普通はここまで貰いません」

「そっか……薄々そんな気はしてたけどそうだったのか……」

「おかしいような気はしていたのですか」

「じゃなきゃ五万に抑えないよ」

「あれで抑えているつもりだったのですか……」

 

 

 本当なら倍は入れようかと思ってたし、入れても問題無い程度には口座にあったから大丈夫かなーと思ってて……。

 ……でもちょっとはおかしいかなとは思ってたんだよ? ボクだって普段買い物しないわけじゃないんだから、このくらいあればこれだけ買えるなー、というくらいは分かってる。ただ、やっぱり……ほら。みんなきっと欲しいものとかあるし。大っぴらにお金を渡せる機会があるなら、多めに渡しておきたいなあ、と……。

 うわクラリスさんめっちゃ困惑してる。

 

 

「あまり多く包みすぎると、氷菓さんに『お金を貰える、何でも買ってもらえる』ような人という印象がついてしまいます。それがあまり良くないことだというのは分かりますね?」

「うん……まあ……」

「同じ施設で暮らす家族とはいえ、甘く接しすぎると増長して心根が歪む可能性もあります。何事も節度を持って、適切にですよ」

 

 

 そっか……そうだよね。人間、正しく成長するばっかりじゃないもんね。お金が絡むと特に。

 ずっとみんなのことを見てるわけにはいかないし、将来、もしかすると誰かが悪い大人になったり……悪い大人に感化されて良くないことに手を染めるかもしれない。大金は人の目を曇らせる。「あの時の、お金を持っていた自分を忘れられない」ってことで、安易に悪事に手を染めることもあるかもしれないし……欲しいからって渡すだけじゃ、相手のためにもならないよね。

 

 

「ごめんねクラリスさん。ちょっと減らすよ」

「分かっていただけたのなら良いのです」

「三……いや、二万くらいに……」

「……そのくらいであれば、まあ、たまの贅沢という程度で大丈夫でしょうか……」

 

 

 みんな、あんまりお小遣いを貰う機会は無い。お年玉をくれるのも先生たちくらいで、普通の子供のように親戚回りをしてお年玉をもらって……というようなこともできない。

 だから多めにと思ったんだけど、そっか、過剰か……。過ぎたるは及ばざるがごとし、ってことかな、これも。

 

 やっぱり、こういう時にクラリスさんは本当に頼りになるというか……大人だなあと思い知らされる。

 いや、ボクが子供の域を出てないっていうのが大きいんだろうけど……。

 

 

「まったくしょうがねぇーな姉ちゃんは!」

「頭いいのにバカだからね」

「カッコいいしきれいだけどおばか」

「内面がダメダメのダメ助」

「ボクがいつまでも煽られて黙ったままと思うなよ貴様ら」

 

 

 ええい晶葉に言われたようなことをそのまま言いおって!

 だいたい頭が良いのにバカって何だ! 一文の中ですごい矛盾が起きちゃってるぞ!

 

 

「……言われたくないのなら、言われないような言動を心掛けねばなりませんよ」

「そんなにヒドいことはしてないと思うけど」

「夏にアイスを食べすぎてお腹を壊した件については、言い逃れができないほどかと思いますが」

「……うぐぅ」

 

 

 ホント、クラリスさんはボクの時となるとズバズバ言うなぁ……。

 それだけボクに欠点があるってことなんだし、指摘してくれるってこと自体はありがたいし……叱られるっていうのも、あんまり無い経験なだけに嫌いじゃない。

 

 やっぱりクラリスさんみたいなお母さんが欲しかったなぁ、ボクも……って、絶対言いはしないけど。渋い顔されるし。

 でもクラリスさんみたいな人をお母さんに持つと、きっと真面目に育つんだろうなあとも思う。真面目な子供に真面目な親。なんだかいいよね、そういうの。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 それからもうちょっと経ったある日のこと。

 ボクは写真の撮影中に杵を持ち上げた時の衝撃で腰をいわして控室で休んでいた。

 

 

「よわよわすぎる……」

「お、思ったより重たかったんだからしょうがないじゃ……あだだだだ」

「貧弱すぎるな……」

「それがひょーかちゃんクオリティだよね~」

 

 

 晶葉に呆れたような目線を向けられるが、他に言いようが無い。

 解析してある程度の重さは分かってたんだけど、志希さんは軽々扱って見せるし、晶葉もくるんくるん回してみたりしてて「あれ? これそんなに重くないのかな?」とか思っちゃって、ちょっと先入観があった。お餅つきが初めての経験だということもあるし、気合を入れて振りかぶってみたら……ご覧の有様である。

 

 ちょっと仰向けにすっ転んでちょっと捻っただけだけど、大事を取って……ということにはなっている。

 痛みが引くまでとは言うけど、プロデューサーが今この場でボクの様子見てるから錬金術で適当に治療して……ってワケにはいかないし、なかなかままならないものだなぁ。

 

 

「だいたい晶葉は何であんな軽々振り回せてたのさ」

「機械部品をどれだけ扱ってると思ってるんだ。重いものくらいは持ち上げられないとどうにもならんのだぞ」

 

 

 思ったよりパワー系だった。

 でも論理的に考えるとまあそうなるよね。体積に対して比重がとんでもないものとかもあるわけだし。

 日々の趣味のおかげで効率的に鍛えられた……と言えるんだろうか。ちょっと羨ましい。

 

 

「ボクだって日々のトレーニングでそこそこには筋力がついたと思ったんだけどなあ……」

「あれは白河さんの持ち上げ方が良くなかったな。いくら漫画やイラストでよくある体勢だからって、片足を上げた状態で杵を扱っちゃいけないよ」

「あれはー……まいっか。にゃはは」

「……う、うーん……うん……まあいいか……」

 

 

 ……正確に言うとアレ、やろうと思ってやったんじゃなくって、気付いたらそうなってたっていうか……振りかぶった瞬間に重量に負けたっていうか……。

 もういいや、そうしてしまったことは事実なんだし。変に取り繕ってもしょうがない。

 

 

「撮影自体はできたの?」

「まあ一応ね。カメラさんの腕が良くて助かったよ」

「ボクも体を痛めた甲斐があったよ」

「そういうことはもっと別の場面で言って欲しかったんだけどな……」

 

 

 それは……まあ……ちょっとどうしようもないかな。

 理想を言うと、他の人が怪我しそうなところにサッと割って入って「体を痛めた甲斐があったよ」なんてクールに言ってみたいけど、今はこれが限界だ。仮に妄想通り割って入ったらまずボクが潰れて死ぬ。そして仮に能力全開にしていいならそもそも体を痛めることが無い。

 

 しかし、なんだかんだ言ってこんな風に怪我したのは初めてのことかもしれない。

 ……捻った程度が怪我かどうかっていうのもちょっと疑問なとこだけど、半年以上もやってて初めてっていうのもなかなか珍しい。いや、そもそもアイドル始めた当初は怪我する前に体力が尽きてたから結果的に怪我しなかったってだけかもしれないけど。

 

 

「ああ、でも体力はついてきてるみたいだな。マストレさんも今度は筋トレを重点的にやっていくって言ってたぞ」

「ホント? やった」

「ほう、氷菓に体力が。どのくらいだ?」

「5キロから10キロくらいのマラソンくらいはできるようになったと思うよ」

「なかなかすごいじゃないか!?」

最下位(ビリッけつ)っぽいけどねー」

「これから改善してくから」

 

 

 これで学校の体育の時間に白河氷菓の押し付け合いが起きずに済むぞ!

 ……うん……自分で言ってて悲しくなるけど、これが本当にひどい。唯一卓球の時だけはペア組もうっていう申し出が殺到したけど、それ以外の時は本当に押し付け合いが起きる。アイドルだからって色眼鏡で見ない、贔屓をしないっていう意味では良いクラスメイトなんだろうけど。一番やってほしいのが審判役ってどういうことだ。

 

 

「……なあ、ところで……なんだが」

「ん?」

「どうした?」

「あのケミカルな色をしたお餅は……」

「たべりゅ?」

「いらんいらん!」

「またまたそんなこと言っちゃってー」

「これはただのヨモギじゃ~」

「一ノ瀬嘘をつけッ!!」

「ヨモギだよ~? 少なくともガワは♪」

「ガワ()

 

 

 机の上には、さっきの撮影の時についたお餅。ごく少量だけど、持ち帰らせてもらえることになっていた。

 ボクと晶葉のついたものはそれぞれ白と赤。よくある紅白餅だ。志希さんのはなんだかレインボーなことになっている。見る角度によって見え方が違っていた。下手をするとメタリックなように見えなくもない。

 食べた時に何が起きるかはボクも知らない。というわけで知りたい。

 

 

「さあさここはグイッとー」

「餅はグイッと行けるようなものじゃないと思うな!」

「じゃあお雑煮とかお汁粉にしようよ。そしたら食べやすいんじゃない?」

「いいねいいね~それ採用♪」

「おっとこんなところに電気コンロが」

「おっとこんなところに鍋と食材が」

「わあ最初から食わすつもりで用意してたな君ら」

「あったり前じゃん!」

「威張って言うんじゃないよ!」

 

 

 餅つきで撮影という言葉が出た瞬間、三人の中でプランは組み上がっていた。

 志希さんは十中八九こうするだろうな。となると晶葉はこう動く。つまりボクがこう動けば面白いことになるな、と。

 実際レインボーな色合いのお餅は、志希さんの嗜好を表現するにはうってつけだし、ビジュアル面でも面白い。写真撮影にも適している。かと言って食べられないもので着色してしまうと、食べ物を粗末にするハメになる。そういうわけで、一応食べられるものには仕上げた。まあ多少何らかの効能が出てくるだろうけど、そこはいつものことだし我慢してほしい。

 

 というわけでだ。

 

 

「さあ、ぐいっと!」

「ちくしょう手作りで無駄に美味そうに作るなんて卑怯な!」

「アイドルの手作りお雑煮だぞ」

「でも色合いがすごくダメだぞこれは」

「まあまあ食べたら同じだよ」

「そりゃ不味くは作らないだろうけどな?」

「じゃあいいじゃんほーい☆」

「ゴボボーッ!」

「強引にすると詰まらすんじゃないか?」

「んー? ダイジョーブダイジョーブあたし製だよ?」

「それもそうだな」

 

 

 ――さて。

 この後アキバのジャンク品の福袋を買いに行ったりするのにちょっと急ぐからって晶葉がお餅(紅)を喉に詰まらせかけたり、あるいはボクがごく普通にお餅(白)を詰まらせたり。プロデューサーが全身を高速で震わせて物理的に高熱を発してみたり、プロデューサーの目が発光してみたり、プロデューサーの体重が数倍に増えたりしたのだけど、それは余談としておこう。

 

 ……何はともあれ、お餅を食べる時は気をつけよう。ボクはそう胸に刻み込んだ。

 

 

 


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