年が明けてから放送された「FROST」第二期は、賛否両論と困惑と祝福をもって迎えられることになった。
否と困惑の理由は、主にコオリ関係。何で生きてるのか、という理由が説明されないままに一話が終わってしまったからだ。
オマケにコオリは第一期で起きたことを全て忘れている上に、最後に挿入されたのは意味深な悪事っぽいシーン。胃を痛める視聴者が続出した。
賛と祝福の理由としては、作風全体に関わることだ。
第一期のメンバーを主軸に据えることは変わらず、安易に新キャラを加えずに「第一期の続き」として製作されたことは、前作からのファンを大いに喜ばせた。
あくまでトライアドプリムス三人(人間役)+ピュアリーテイル三人(人外役)という構成は変えず、身近に起きた超常現象を調べる……と、下手にスケールを大きくしなかったことも、視聴者からは良い印象を持って受け入れられたようだ。
……で。今日はその「FROST」の撮影の日。
外は生憎の――というか、ある意味これはこれで幸運なのか――雪模様。都合がいいということで
「♪~」
童謡を口ずさみながら、無人の道を歩いていく。
目線はどこにも向けることなく、虚無的な印象を与えるように。一見するとスキップしながら――あるいは踊りながら進んでいるように見せて、その実何も感じていないように。
再びこの世に現れたコオリというキャラクターは、過去の経験が全て無かったことになっている。アリスと出会って遊んだことも、リンに憎しみを向けられたことも、人を慈しんでいたことも、全てだ。
脚本さん曰く、あくまでコオリ=雪女とはその季節ごとに現れる「現象」なのだとか。
人間ではないからこそ蘇ることができた。けれども、外的要因によって一度消滅してしまったため、経験が引き継がれないままになってしまった……のだとか。
なんだか少年漫画の設定のようだと感じたけど、まあ伝奇モノって多かれ少なかれそういう要素は含むものだし、特に気にすることじゃない。
問題があるとすると、その先だ。
カットがかかった後、まずは脚本さんのところへ行ってみた。
一発OKについて褒められる……けど、いつものことで褒められても白々しく思うくらいだ。それよりも、と本題を切り出す。
「二期の終わり方、どうなるんですか?」
「やっぱりそれ聞くかい」
「一貫性のある演技をしたいので」
――そう。このFROST二期、現在の時点で終わり方が決まってない。
今撮っているのは六話。1クールの放送予定だから、残りは六~七話。流石に着地地点が見えてこないといけない頃合いだ。演出のため、出演者にあえて本番ギリギリまで伝えないということもあるだろうけど……。
「今上層部の方でも意見が割れててね、安易にこうとは言えないんだよ」
「あれ。そうなんですか?」
「ウケが良かっただけにね、二期だけじゃなく三期もどうかと言う話が出ているんだよ。しかし、じゃあ『はいそうですね』というのはよろしくない」
「っていうのは?」
「長期化すればするほど良いものが出来上がるわけじゃない。むしろ、適度なところで切り上げた方が物語として収まりが良いこともあるわけだ」
売れるかどうかも問題だ、と続けて、脚本家さんは文字通り眉間に皺を寄せた。
実に悩ましげだ。なるほど、確かにそういう話はある。人気漫画が会社の都合で終わらせてもらえないだとか、人気のドラマがやけに引き延ばしが多いだとか。それで実際売れるのは間違いないらしいんだけど、ボクらが撮ってるFROSTの人気がそれに並ぶほどかと言うと……流石にちょっと首を傾げてしまう。
「ならスパっと終わらせた方が、ボクは良いと思いますけど」
「だよなぁ……」
「ちなみに、今どういうラストを?」
「記憶を取り戻してハッピーエンドか、新しい思い出を作ってビターにベターなエンドか、それとも、『これまで分かり合っていたとしても、分かり合えないものもいる』というテーマを示すために決裂させて終わるか」
「……上の指示によってそのどれかになると」
「分かっているじゃあないか」
脚本家さんはにやりと笑った。多分に自嘲の色を含んでいるように見えたことは、気のせいではないだろう。
「脚本担当としては、どれがいいんですか?」
「安易すぎるハッピーエンドはねぇ。あんまりにもご都合主義が過ぎちゃあいけない。あくまで別個体として、人間と理解しあうようなエンディングが良いと思ってるよ」
「けど、そうできるとは限らないと」
「そうそう。どれだけ自由にやりたくとも、社会のしがらみがそれを許してくれんこともあるんだよねえ」
……なるほど。自由と言うからには、そういうものもあるか。
今のボクはプロデューサーのおかげである程度自由に色々やれてるけど、ちょっとボタンを掛け違えばそういうことも十分あり得る。それどころか、これからプロデューサーが替わったり、事務所の方針が変わったり……そういった要因で、色々なしがらみが生まれるということは十二分に考えられるか。
今の仕事については、当然、全力で取り組む。それはそれとして、万一の時の備えはしておいた方が良いだろう。
……まあ、346プロダクション自体が大企業だから、活動の心配はしなくていいだろうけど。それでも専務もいつまでも専務のままじゃないだろうし、プロデューサーたちだって昇進くらいはする。ボクらが芸能活動をしている間に、どれだけ現場の人間が入れ替わるかもわからないし……うん。
「独立……」
ボソッと呟いた一言に、現場の人たちがビクビクビクッ! と震えあがり立ち上がり、こちらを二度見三度見しては驚愕の表情を浮かべていた。
……いや違うんです。違うんです、そういうんじゃないんです。確かに最終的にそういう方向もありうるのかなと考えていますし、つい呟いちゃったけど今すぐそうする気は一切無いんです。問い詰めに来た人にそういう説明をしてみてもなかなか受け入れてもらえなかったり疑われたりはしたけど、なんとか納得してもらって収拾がついた。
人間の意思疎通って、難しいね……。
@ ――― @
一月にしては暖かな陽気のある日のこと。春フェスも近いため、ボクは一人、レッスンルームで自主レッスンに励んでいた。
重りを身に着けて長時間ダンスして歌う、ライブ用のトレーニング。ごく簡単なことに見えるけど、これが意外なくらい効果がある。
何がそんなに効果があるって……その、要は基礎体力つけるためのトレーニングだから、元々の体力がゴミのようなボクにとっては、これも大きな躍進と言える(当社比)。
そして何よりこのウェイトトレーニング、何に一番効果があるかって言うと……。
(これが……これが40kgの世界……!)
ボクのモチベーション維持にもんのすごい効果があったりする。
既に汗はだっくだく、息切れも激しいのだけど、それでもこう、ちょっと楽しい。これから頑張ればこのくらいの体重にくらいはなれるかもしれないわけだし、その感覚が分かるだけでもなんというか嬉しい楽しい。
「ふふっ……くくくっ……おぶえっ」
――なお、体力がもつというわけではない模様。
吐いたわけじゃないけれど、体力が底をつくのも久しぶりだな……なんて思いつつ、ボクは床に突っ伏した。
「おはようざー……死んでる……」
「生きてまーす」
出入り口から聞こえてきたけだるげな声に振り向くと、杏さんが面倒臭そうな表情で立っていた。
確かにボクがぶっ倒れてるのを他の人が見たら、まあちょっと面倒臭く思われるのは分かってるけど、そうも露骨に表情に出さないでくれると嬉しいかな。
「何してんのさ……」
「自主レッスンしてたら体力が尽きて……」
「氷菓ってダメな方向にマジメだよね」
「あぅ」
事実とはいえ、その表現はちょっぴり傷つく。
そっかー……ダメな方向かぁ。まあ言われ慣れてるしいいや。
全身の重りを取り外してその場にごとりと置くと、杏さんは何やら異質なものを見たような表情をしてみせた。そこまでか。
「杏さんも自主レッスン?」
「ん……や、別に」
と言いつつ、動きやすい格好で来てるように見えるんだけど……ま、いいか。いちいち追求するのも野暮だろう。
「そだ、氷菓、錬金術でちょちょいと杏のクッションとか出してよ」
「しばらく足押さえててくれるならいいけど……」
「えー……何すんのさ?」
「腹筋。筋トレしなきゃいけないから」
「おおう……まだするんだ。体力尽きたのに?」
「喋ってる間にちょっとは回復したから」
膝を立てて寝転がり、足元にビーズクッションを錬成する。仕方ないなぁと言いたげに杏さんはビーズクッションを枕にして寝転がり、そのまま自分の足でボクの足を固定してくれた。杏さんもなんだかんだですごく面倒見良いよね。
「氷菓はあんまり要領よくないよねー」
「そう、かな? ……っ、ふんっ、そう、かも……?」
「喋るかどっちかにしなよ」
「んっ、ぐっ。ごめんなさい……でも、そんなにかなぁ?」
「杏が氷菓だったら絶対ひょいひょい肉体改造してるね」
「あー……ボクも考えたこと無いワケじゃないけど」
「けど?」
「結果だけ求めて失敗した人を見たから、こういう過程を無駄にしちゃいけないって思って」
「あっ……ふーん……」
杏さんもあちらの世界に行ったことのある一人だ。当然、ボクの事情についてはある程度話してるけど、それで色々察したんだろう。杏さんは苦笑いを浮かべていた。
いや、でもほんと、過程って大事だと思うんだよね。
「それにしても氷菓のそれ便利だよねー。杏も使えたりしない?」
「超短期コースで一年あれば」
「勉強時間は?」
「一日九十六時間?」
「限界突破してるんだけど」
「タキオン粒子を充填した特殊な部屋を作ってね?」
「やめとくよ」
「それがいいよ」
開祖様は、あの天賦の才を錬金術に全振りして、体を乗り換えた……後、更に研鑽を積んであの実力に至ったという。杏さんも才能は飛び抜けてるわけだし、一年……いや、半年あれば、体を乗り換えることくらいはできるようになるかもしれない。
なおボクの例は流石に倫理的にヤバすぎるので置いておく。
「あ、氷菓が養ってくれればいいんじゃん」
「ホントに必要が出てきたらね」
「ケチー。あ、なんかすごい今の扶養者っぽい」
「扶養者て」
「具体的に言うとママ」
「ママて」
「ママ
「ママ
「あじ」
「み」
「み派め……」
しかしよりにもよって一番ボクから遠いところにある存在をチョイスして来たな。
「そんなものがどこに……」
「そこそこ面倒見良いとことかあるじゃん。人当たり良いし、施設の子供の面倒とかも見てたんっしょ?」
「まあ」
「そういうとこ」
「そんなもんかな……ふっ、よし、終わり!」
「お疲れー……んあ、思い出した。そうだ、氷菓。あのあれ、GE3のさぁ」
「うん。うん?」
腹筋を終え、軽く伸びをしながら杏さんの会話に応じようとすると、ふと外から何かが駆けてくる音が聞こえた。
無意識的に構造解析してるからなんとか感じ取ったけど……これ、誰だろ? えーっと、志希さんかな? 何で?
「ひょーかっちゃあああああああああーん!!」
「ぐええええええーっっ!!」
「氷菓ーっ!!?」
と、思っていたところで、だった。
勢いよく扉を開いて現れた志希さんが、その勢いのまま思いっきりボクを目がけてダイビング。お腹あたりをハスハスしながら勢い任せにそのまま押し倒してきたのだった。
あ、流石にこれはヤバいと気付き、杏さんと志希さんしかいないことを確認すると同時に、押し倒されるその地点に柔らかいクッションを錬成。頭を打ち付けることだけは免れた。お腹あたりからスライドして今度は胸元に顔をうずめられたが、もう志希さんだからということで諦めた方がいいだろう。
「お、おおう……何だいきなり志希ちゃんそんないきなり……キマシ?」
「絶対違うと思う……ヴォエッ」
アカン。体力尽きたのと合わせて軽く死ねる。うごご……。
「あたしに才能を分けてくれぇ~……」
「うちの事務所の天才筆頭が何かほざいてますわよ氷菓さん」
「おほほほそういうこともあるんでごじゃあばああああああああああ!」
「ウェイッ! ウェイッ志希ちゃん! 氷菓死ぬ!」
「真面目に聞ーいーてーよー!」
真面目に聞きたいのはやまやまなんだけど、本当に真面目な態度で聞くべきかどうか迷うところだ。なーんかこう……結果、特に意味無く話が終わった……とかありそうなんだよ。だって志希さんだし。
「聞いてる聞いてる。あーあ……本気で焦って疲れたよ……」
「うちの志希さんがごめん杏さん」
「いいけどさー……何なん急に? 志希ちゃんこういうキャラじゃないよね?」
「ん~……それがさー?」
話を聞くと、どうやら極めて珍しいことに、志希さんはスランプに陥っているようだった。
志希さんが、スランプだ。この時点でもう目を見開かんばかりだけど、話を聞くうちになんとか状況を整理することができてきた。
なんでも、今度全体曲の「つぼみ」を歌う選抜メンバーに志希さんが選ばれたらしく、今日はその打ち合わせと練習に向かったのだという。
他のメンバーは、楓さん、みくさん、周子さん、相場夕美さん……で、合計五人。いつも通りやっていつも通りに成果を出していつも通りに終わるという光景を想像していたはずが、まさかの志希さん大苦戦。
曰く。
「リリカルすぎてノリだけじゃ歌えないよ~……」
とのこと。
志希さん苦手なものあったんだ……という思いと同時に、まあそうだろうなという思いも同時に湧いてくるという不思議な感覚を味わった。
ある意味流石だ。
実際にサンプルを聞いてみると、更にその理由が分かる。なるほど、志希さんが苦手って言うわけだ……。
「このテのって氷菓得意なんじゃないの?」
「得意か得意じゃないかで言えば得意だけど」
「だけど?」
「果たしてそれが志希さんに合うかは分からない」
「あー……」
ある程度考え方に似てる部分があるとは言っても、それでもやっぱり感性だったり捉え方だったりと違う部分はある。ボクの教え方を気に入ってくれるかも問題だし。
……まあ、うだうだと言う前にやってみるのが一番いいか。案ずるがより産むが易しってやつだ。
「とりあえずやってみようよ。それで色々問題点とか洗い出せるかもしれないし」
「ん~」
「なんか不満そうだけど」
「あんまりカッコ悪いのひょーかちゃんに見せたくなーい」
「子供か」
「ボクも散々カッコ悪いところ見せてるんだからいいでしょ」
というわけで、やや強引に志希さんの自主レッスンに付き合うことにした。
杏さんは付き合わされるのをちょっと嫌がってたようだけど、飴を差し出すとしょうがないにゃあなんて言いながらそのまま手伝いの準備を始めてくれた。同じく「つぼみ」の練習をしに通りかかったみくさんは、専売特許を奪われショックを受けていた。ただだいぶ思ってる意味と違うと思う。
「とりあえず、みくちゃん杏ちゃんひょーかちゃんの意見が聞きたいんだけど~」
「何でナチュラルにみくも混ぜられてるんにゃ」
「まあまあ、みくさんの練習にもなるし、ユニットだし」
「そーゆーワケだからヨロシク!」
「志希チャンはもうちょっとちゃんとお願いする態度になろうにゃ!?」
イジれる人が増えたせいか、志希さんもだいぶ機嫌が良くなっている。
問題はこの機嫌がどれだけ維持できるかという話だ。みくさんをイジって、機嫌を
くふっ……。
「氷菓ー今何考えた?」
「大したことじゃないよ」
「どこまで信用していいんだろうね杏は」
全面的に信用してくれていいよ。本当に大したことじゃないから。
「それで、実際志希チャンは何ができなくって悩んでるのかにゃ?」
「できないわけじゃないんだけど~……なーんか納得いかない」
「根が凝り性だからね」
「あー、周りから見てて大丈夫じゃんって思っててもか」
「そそ。ボクもそういうところあるし」
ある意味で完璧主義って言うのかな。自分に妥協を許さないというか。普段がああだからあんまりそれらしく見えないかもしれないけど……実験も調剤も、1ナノグラム単位での精密な作業を必要とする。そういう部分で影響はあると思うんだよね。
「じゃあ、まずはちょっと志希さん歌ってみてくれるかな」
「ん~」
音楽が流れるのに合わせて、志希さんが歌いだす。
相変わらず上手いことは上手い。ノリと勢いだけで技法がほとんど完璧に近いというのも恐るべき話だけど、志希さんはそれができる人だし、今までもそうしてきたのだから、言うことは無い。
けれど、歌声を聞いていると、確かにいつもと違って少し辛く感じる部分が多くある。必要無いところで勢いにノせようとしてしまったり、ついつい力を入れすぎてしまったり……なるほど、志希さんにしては、この感じはちょっとおかしい。
上手いことは上手いんだ。けれども、いつもの精彩を欠いてる。そんな感じ。CDや何やを買ってて「いつも」の志希さんを知ってるような人なら、絶対にこの違和感には気付くことだろう。
「どうだった?」
「んー……やっぱりなんかいつもの志希チャンと違う感じかにゃ。上手いとは思うけど……」
「右に同じく」
「技術ばっかりに終始してるのはあるよね。普段の調子が出せないからって言っても、もう少し表現できるものはあると思うよ」
「辛辣~」
「教えてって言われてるんだから、多少はね」
ただ、問題はその表現できるものとは何かというところだろう。
歌詞から解釈できることは色々ある。例えば旅立ち。例えば感謝、夢、未来へ歩むこと……変な言い方すると、卒業ソングにも近い。
あとボク的には歌詞で時々「空」がフューチャーされてるっぽいのが気になるしそういうの大好きなんだけど、とりあえず今は置いとこう。
「志希ちゃんは頭良いから小難しく考えるよねー。もっとそのままありのままで考えりゃいいのに」
「どゆことにゃ?」
「杏みたいにもうちょっと楽になってみよ、って話だよー」
「余計分からんにゃ……」
「んにゃでもだいたい分かるよ~?」
「分かるのにゃ!?」
「うん。要は小手先の技術にばっかり拘ってないで、感じたままを歌うのがいいって話」
なお小手先の技術が必要ではないというわけではない。
「無意識的にも意識的にも、志希さんは多分歌詞やメロディーを見たら、だいたいどういう曲かっていうのはぼんやりとでも見えてるはずなんだ」
「氷菓チャンは志希チャンのこと信頼してるんだにゃあ……」
「友達だから」
「氷菓の『友達』発言の無駄な重さについて」
「わかる」
変なところで理解を深めるのをやめなさい。
確かにボク自身ちょっとそういう傾向があるのは理解してるけど今は置いときなさい。
「杏思ったんだけど、それでも何か出せないってんなら、何か心理的なものでもあるんじゃない?」
「心理的な……って何にゃ?」
「ボクで言えば実親みたいな」
「ドギツい例え出すのやめるにゃ!」
「あ~でも何か分かる気がする……そういうのが必要な時ひょーかちゃんはどうしてるわけ?」
「別のもので埋めていくよ。先生とか、おじじとか」
家族愛を歌う歌も時にはあるわけだし、そういう時は施設のみんなのことを考えるようにしている。
親への感謝を伝える歌の時は先生とおじじを。そういう風に、欠落したものを埋めてくれる存在は必ずいる。
前から志希さんとは時々シンパシーを感じていた。本人もほのめかすような発言しかしてないから確実ではないけれど、志希さん自身も、親と上手く行ってなかったというのは……多分、間違いない。
志希さんの名前の一文字。「つぼみ」という歌が表現しようとしている、未来への「希望」。何か関連性がある……かもしれない。
いずれにしても、どうしても過去を思い出してしまって躊躇いが顔を覗かすのなら、その時は……今、志希さんが持っている「希望」というものを思い浮かべてほしい。
それが、ボクたち346プロダクションに所属しているアイドルの仲間や、プロデューサー、友達……だったりすると嬉しいな、というのは……ちょっとしたエゴかもしれないけど。
「にゃーるほどねー」
「ちょっとでも何か手がかりになればいいけど……」
「んーん充分充分。希望を見せてくれた人は、いっぱいいるもんね♪」
そういう意図を読んでか、それとも単に吹っ切れただけか。志希さんはいつも通りの笑顔を覗かせながら、朗らかにそう言った。
ほんのちょっぴりだけ張り詰めていた空気が、緩んでいくのを感じる。
これでやっといつも通りだなー……と思う一方、問題が何か解決したかと言われると、そうでもないわけで。
その後は、みくさんのダンスレッスンも交えて四人で適度に自主レッスンをこなしていくことになった。
志希さんは何か吹っ切れたらしく、一時間も練習を重ねれば、それだけでおおむね理想形の歌声に近づいていった。
なお、みくさんがダンスをちゃんと習得するまでにはその数倍の時間を要した。
……いや、それが本来普通なんだけどさ……。