青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 後半部分にグラブル側パートあります。



58:黒くて甘くてほろ苦い

 

 今年の一月、確信を持って言えるのは、一番のハイライトがしゅがはさんと菜々さんがかくし芸大会で「スリル」を歌ったことだろうということだ。

 

 346プロダクション新春かくし芸大会。定期的に行われているらしいそのイベントに出場したボクらは、そこそこのかくし芸を披露できていた。

 例えばボクはダイススタッキング。カップの中でサイコロをどんどん積み上げていくという技術だけど、これを応用して、積み上がったダイスを回転させて披露してみたら、これがまあそこそこウケた。

 晶葉がネコミミを装着して、円盤型の巨大お掃除ロボットに乗って出てきたと思ったらそのままハケてみたり、ヘリウムガスを吸った志希さんがそのまま一曲歌い上げてみたり、美玲さんが両目に眼帯つけたり、輝子さんが想定外の可愛い歌を歌ったり……。

 色んな盛り上がり要素はあったものの、やはり最高に盛り上がったのは菜々さんたちだった。

 

 詳細は省くが、全面的にボクらの敗北だ。

 きっとボクらにあのインパクトを超えることはできないだろう。

 

 さて、ともかく……もう二月だ。

 春フェスまではあともうふた月。今月もイベントは目白押しだが、直近の出来事はというと、節分……ではなく、バレンタインだ。

 世間の関心、というかアイドルの仕事としては、どうしてもそっちの方が比重として大きくなる。節分も勿論大事な行事なんだけど、やっぱりお仕事としてはね……節分の方は、むしろ歌舞伎役者の方だったり相撲関係の方だったりと、伝統芸能に携わっている方々の専売特許みたいな印象があるのも大きいし。

 

 まあ、ともかくバレンタインだ。

 二月はじめ、学校にやってきたボクらはだいぶ辟易していた。

 

 

「やっぱり学校はチョコくれの大合唱か」

「れすね~」

 

 

 まだあと十日以上はあるというのにこの有様。もう少し彼らは堪え性というものを持った方がいい。

 施設のお兄ちゃんが言ってたことではあるけど、「男は見栄を張るもの」だという。ボクもそれは理解できるし実際その通りだとも思うんだけど、学校で欲しい欲しいと言ってくる男子はそういう部分の遠慮とかは無いのだろうか。もうちょっとこう……あるじゃん、当日になっても言わないとか、気付かないフリするとか。

 

 

「もうちょっと……個人的には催促されない方が、ボクとしては『じゃあ作ってこようか』って気持ちになるんだけど」

「そうれすか? 七海は作ってーって言われた方が作りやすいれすけろ」

「ガッつかれると怖いし」

「あ~」

 

 

 素のボク自身は相当か弱い。

 迫られたら押し返そうにも手の方が先に壊れそうだし、押し倒されたらそのまま色気のあるムードになる前に押しつぶされて死ぬだろう。筋トレはしてるけど、それじゃあ全く足りない。だからこそ、こうやって前に前に出て迫ってくるような人たちはちょっと怖い。身近にいる人たちが比較的に紳士というのもあるし、ちょっと免疫が無いのかなぁ。

 そんなことを思いながら廊下を歩いていくと、くるみさんの後姿を見かけた。

 

 

「あ。おーい」

「あ、おはよぉ~……」

「いつもよりぷるぷるれすね」

「ぷるぷるぅ!?」

お山(そっち)じゃなくて体全体が」

 

 

 ……理由はだいたい想像できるんだけど。ボクと同じようにチョコくれ攻撃に遭遇してしまったんだろう。臆病な性格のくるみさんだから、だいぶ委縮してしまったようだ。気持ちはすごく分かるけど。

 

 

「くるみちゃんはクラスのみんなにはチョコ渡すんれすか?」

「あんまり渡すとたいへんってぷろでゅーしゃーに言われてるから……どうかなぁ?」

「際限なくなっちゃうからね」

 

 

 特定の男友達だけに渡すと、当然不満が出る。それを防ごうと思ったらクラス全員に渡すことになるんだけど、そうするのは流石に手間なんてもんじゃない。市販のものを買うにしても、相当な出費が予想される。

 ……錬成すればそれで済むことではあるんだけど、そこはそれ。いざやってみたら「それどこで買ったの?」とか「いつの間にそれだけ作ったの?」という疑問をぶつけられてしまうだろうことは、想像に難くない。というか前に似たようなことして聞かれた。誤魔化すの難しいんだよね、あれ。

 

 周りを見ると、どうにもギラギラした視線を向けられている気がする。いや、ほぼ確実に向けられてる……。

 そこまで欲しいか、なんて思ったけど、ボク自身の状況に置き換えて考えてみればいい。楓さんからチョコが貰えるとなったらどうするだろうか。そんなもん大ハッスルに決まってるだろう。

 

 

「……ボクはちょっと頑張ってみようかなあとは思うけど」

「珍しいれすね?」

「まあ、思うところがあって」

「誰にあげるのぉ?」

「とりあえずクラス全員……?」

「頭れすね」

「色々端折ってまず頭の調子が悪いことを結論づけるのはやめようか」

 

 

 七海ちゃんは時々ものすごい切れ味の暴言を投げ掛けてくる気がする。

 いや分かってるよ、それだけアホなことを言ってるというのは。とりあえずでクラス全員分作ってくるなんて、正気の沙汰じゃない。

 でもなあ……実際このくらいしとかないと後でしこりが残りそうだしなあ……。

 

 

「でも氷菓ちゃんがやった以上、七海たちもやらないと不公平らと思われること考えてますか?」

「……あっ」

「氷菓しゃん……」

 

 

 ごめん七海ちゃん。ボク本格的に頭ダメだったかもしれない。

 そうだよね。そりゃそうだよね。同じアイドルだからできるでしょ? やってくれるよね? とか言われてもおかしくないよね。

 となると、もういっそ親しい友達に友チョコ渡す程度で終わらせた方がいいんだろうか。いいんだろうな……。

 

 

「まあそれはそれとして、作ることは作るわけだけど」

「プロデューサーたちれすね」

「あと下の子たちと……先生とおじじと……」

「けっこういるねぇ……」

「そこは、うん。しょうがないよ」

 

 

 クラスメイトの中にも応援してくれてる女子生徒なんかもいるし、その人と……前の学校の友達にも渡さなきゃ。

 ……あ、でもその友達の中に一人男子いるけどいいかな……良くはないか。みりあちゃんじゃない方の赤城さんにお願いして、ついでに持って行ってもらうようお願いするか。

 

 

「別に作るのが嫌ってわけじゃないしね」

「七海にもくらさい」

「いいよ。交換しようよ」

「くるみも……」

「うん、三人で交換しよ」

「あ、ううん、じゃなくって、お、お料理教えてほしいなぁ、ってぇ……」

「あ、うん」

 

 

 そっちか。いや、どっちにしたって問題無いけど。全員寮生だし。

 そんなこんなで、今度また三人でチョコの材料を買ってこよう、という話をした後、それぞれの教室へ戻っていった。

 ボクらは二年三組の教室へ。くるみさんは――三年の教室へ。

 

 ……時々忘れかけるけど、くるみさんって今三年生なんだよね。誕生日が三月三十日で早生まれだから。

 

 ともかく、友チョコを作ることは決定。あとは渡す相手だけど……まあ、思いつく限りでいいか。普段そこまで親しい間柄でなくても、これを機に親しくできる可能性はあるし。

 とりあえず……七海ちゃんは、魚型チョコ……いや、それじゃダメだ。そこまで納得しない。じゃあ魚をそのまま使うかと言われると、それもまた違う気がする。バレンタインなんだ。チョコは使うべきだ。

 パッケージがそのままししゃもなチョコが売ってたけど……あれは、多分他の人が買ってくる。そうなると、ボクが渡すべきは……。

 

 

「うーん……」

「何か悩んれますね」

「愛媛に行くのがいいかな、それともこっちにあるかな……」

「氷菓ちゃんがこんならから七海の思考も飛躍してくんれすよ」

「ごめん。愛媛のチョコブリ買ってこようかなと思って」

「ああ~……」

 

 

 チョコブリ、とは言うが、別にブリの身にチョコをかけたりしたものじゃない。出荷前の一定期間、餌としてチョコレートを与えられた養殖ブリのことを言う。

 このブリは鮮度が長く保てるらしく、基本的には海外向けに輸出されている……という話を聞いたことがあるが、実際のところはよく知らない。あくまで小耳に挟んだだけだ。

 なのでちょっと調べてみようと思った……んだけど、魚関係なら下手に調べるより七海ちゃんが一番よく知ってる。贈る本人に聞くのもどうかと思うけれど、そこはより良いものを贈るために受け流してくれるはずだ。

 

 

「お寿司屋さんに行かないとダメれすかね~……あとは四国の本場に行けばあるとか……」

「そっか……うん、分かった。ありがとう」

「無理しちゃらめれすよ?」

「分かってるよ」

 

 

 流石にボクがそのまま四国に行ったりはしない。ツテを辿るだけだ。

 具体的に言うとおじじ経由で村か……いや、頭の中ででも計画を練ってしまうと、崩れた時が怖いな。後でおじじと話してからにしよう。

 

 ……それにしても、友チョコかぁ。

 今までそういうことに対してあんまり縁が無かったけど、こうして貰えるとなると、やっぱり楽しみに思えてくるよね。

 去年……も、まあ、貰ったけども。お返しもしたけども。今ならもうちょっといいものでお返しができるかな、とも思う。

 

 うん、楽しみだ。

 何せボクのキャラ自体そうだし、前々からラジオや何やに出演した時には必ず「チョコならアイスが欲しい」って宣言してるしね!

 きっとみんなチョコアイス選んでくれるはずだしね! ふふーん!

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「白河さん友チョコでチョコアイス貰うの禁止ね」

「カ゜ッ!?」

「しっかりしてください氷菓ちゃん!」

 

 

 後日。プロデューサーに呼び出されたボクは想定外の一言を浴びせられることになった。

 

 馬鹿な……き……禁止だと……!?

 ありえていいのか、こんな横暴が……!? こんな……こ、こんな……!!

 

 

「おのれええええええええ……」

「一応聞くけどね、白河さん。昨日食べたアイスは何個かな?」

「…………むぃっつ」

「言っとくが三つでも六つでもこの時期なら大差ないからね?」

「じゃあ六つでもいいんじゃん!」

「どっちも大差なく悪影響だからやめろって言ってるんだが」

 

 

 むう。プロデューサーも言うようになってしまって……。

 まったく、そういうことなら仕方ない。けどね、プロデューサー。

 

 

「……でも、貰わなかったら勿体ないじゃない?」

「安心してくれ。みんなにも白河さんにアイス渡すの禁止って伝えてある」

「ぐわああああああああーっ!!」

「氷菓ちゃーん!」

 

 

 尋常ではない精神ダメージに膝が折れる。

 く、くく……ボクの思考パターンをよく読んでいる……。流石プロデューサーだと褒めてやりたいところだぁ……。

 

 肇さんがボクの手を取って起こしてくれるけど、ダメージは深刻だ。まさかまたしてもアイスを禁止されるなんて……!

 

 

「一応言っておくけどコレ、白河さんの普段の素行の問題だからね? アイス限定で」

「アイス限定の素行というお話も、少しおかしい気がしますけど……」

「分かってる。分かってるけどこう表現する以外に無いんだ……」

 

 

 ……そりゃあまあ、普段はアイドルとして問題無いような行いを心掛けてるし。

 日々の言動は元より、ネットでの発言もできるだけ。服装も必要程度には整えるようにはなった。外から見る限りでの問題行動と言えば、まあ、アイスの食べすぎ……だろうか。

 しかし食後、食間くらいならいいんじゃないだろうか。アソートに入ってる小さめのやつだぞ? 夏の頃、朝起きた後、十時、昼食後、三時、六時、夕食後、風呂前、風呂後……あと適宜、というかたちで一日十本食べてた時と比べれば相当少ないはず。うん。

 

 

「ただそのアイスに関してだけ、飛び抜けて頭が悪くなるところは本当にどうしようもないからな……」

「こう言ってることですし、氷菓ちゃん、もう少し抑えましょう……?」

「……努力はします」

 

 

 玉虫色の回答でお茶を濁した。

 良くないかもしれないということは多少でも理解している。が、すぐに改善できるようなことならボクは今こうして説教なんて受けていない。あんまり直す気が無いというのもあるけど、やっぱりね、こうね、好物ってね……あるじゃん。ほら、身近なところで言うと法子さんみたいな。

 ボクからアイスを遠ざけようというのは、法子さんにドーナツ断ちさせるようなものだ。

 

 何はともあれ、と、プロデューサーは改めて手元の資料に視線を落とした。

 

 

「さて……今日二人を呼んだのは、別にお説教のためじゃない。仕事についてだ」

「どういった内容でしょう?」

「藤原さん、というか藤原さんたち、ミラ・ケーティの方だね。今度衛星放送の方で冠番組をやってみないかって打診が入ってる」

「本当ですか!」

「内容としてはグルメ番組。スタジオ収録じゃなくて外でやることになる」

「外でって、アウトドアってこと?」

「とはちょっと違うかな。色々なことを体験しながら、料理も味わっていく……みたいな」

「農作業や、釣りを……ということでしょうか」

「そういうことだね」

 

 

 なるほど。だいたいわかった。たまにあるよね、そういうパターンの番組。

 問題は、方向性として農ドルと言われるようになりかねないところだけど……まあ、そこはプロデューサーがコントロールしていってくれるだろう。たぶん。きっと。めいびー。

 

 

「で、白河さん」

「うん」

「まず一つ、映画の主演のオファーがありました」

「嘘ぉ!?」

「わぁ……やりましたね、氷菓ちゃん!」

「う、うん。やった……けど、なんだろ。実感無いや」

 

 

 嬉しい……ような、こそばゆい……ような。オーディションに出たりしてないのに仕事が来てるから、ちょっと複雑な感じ。

 

 一応、ボクもオーディションには出るようにしている……のだけど、基本的には本当に最低限程度にしか出られない。

 346プロという、自社で仕事を回せるという特殊な環境だからと言うのもあるし、ミニライブやイベントに注力したいという方針もあるし……何より、プロデューサー曰く「あっちからオファーをくれることが多い」のだとか。おかげでチョイ役やサブヒロイン役のオファーは、実写とアニメ問わずちょくちょくやってくる。

 メインヒロインよりもサブの方が映えるというのが、FROSTの脚本の方の談。演技であまり自己主張しないのが良いのだとか。

 ……だからこそ、主演というのがちょっと気にかかるわけで。

 

 

「それって、どんな映画?」

「高校のブラスバンド部が舞台の青春映画らしいよ」

「それボクが主演で大丈夫なやつ?」

 

 

 髪を軽く弄りながら問いかける。

 知っての通り、ボクの髪はおよそ日本人らしくない。だからこそ、役としてコオリやブランが上手くハマるようなことがあったわけだけど、それなりに現実に即している……いわゆる学園ものだとか、青春映画とは食い合わせが悪いことだろう。

 

 

「……あ、髪染めりゃいいのか」

「その髪を染めるなんて勿体ない!!」

「うお」

「プロデューサー、声が大きいです」

「あ、ああ、すまない……いやけど、それも含めて白河さんの持ち味だと思うんだ。安易に染めても色を落としても痛むだろうしな……」

「そっか……うん。分かった。けど、だったらあんまり学園ものと合わないと思うよ、ボク」

「ウィッグはどうだい? でも、色味が自然じゃないか?」

「ウィッグ……あ、そっか、その手があるか」

 

 

 そうだ、ウィッグだ。あれなら、ボク自身が錬成すれば自然な色味というのも再現できる。

 モノがモノだけにオーダーメイドしたと言えば、ある程度出所は誤魔化せるだろうし……お父さんが美術会社を経営してまして、という話に持っていけばその辺の信憑性も高まるはずだ。

 

 

「ちょっとおじじに相談してみる。注文とかもできるかも」

「分かった。藤原さんもそうだけど、まだオファー段階だからそこまで具体的な準備はしないようにね。もしかしたら話が流れることもありうるから」

「分かったよ」

「はい」

「で、話の続き。白河さんだけど……海外ロケとか、行けるかい?」

「海外!?」

「唐突ですね。どこになるんですか?」

「『FROST』第二期放送記念、『氷の妖精と行く北欧ツアー』……っていうお題目で、ノルウェー観光の旅に」

「企画した人はアホなの?」

「そこは否定できない」

 

 

 わざわざそのためだけにノルウェーって……。

 いや、ノルウェー自体はいい国なんじゃないかって思うよ? それはそれとして何故ノルウェー。一応日本の妖怪なんだから東北とか北海道がいいんじゃないだろうか……。

 

 

「参加者は?」

「調整中。多分輿水さんは来ると思うけど」

「幸子さんか……」

「幸子ちゃんですか……」

 

 

 この番組ネタ枠だ。

 知ってるぞ。あれだろ。KBYDさんぽとかの企画の一部とかそういうアレだろ。もしくはとときら学園の企画の一部。どっちにしろ幸子さんが何かしらの被害に遭うやつ。

 ……まあ番組として面白くなりそうならそれでもいいけども。

 

 

「何泊?」

「ライブとかもあるから、そこまで長くはならないと思う」

「だよね」

「長くてもせいぜい三泊程度かな?」

「ん、分かった」

 

 

 でも、どっちにしろ楽しみと言えば楽しみだ。海外も久しぶりだし。

 北欧かぁ……思えば今まで行った場所って、エジプトやらインドやら、暑いというかむしろ熱いような場所の方が多かったんだよね。

 まあ、暑いにしろ寒いにしろ、どっちにしろボクは基本弱いわけだけど……ここまでよわよわだと、逆に吹っ切れるからいいね。むしろ対策を万全にして行けるから。

 

 ……まあそんなわけで、次のお仕事が決定。

 いきなりのアイス禁止発言にはだいぶ驚かされた、というか絶望を味わわされたわけだけど、仕事が貰えて結果的にはプラス……いやでもマイナス……プラ…………プラマイゼロってところだな、うん!

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 その日の夜、ボクは自分の部屋で机に向かっていた。

 机の上には改造中の交信端末。あちらの世界とこちらの世界を繋ぐ鍵だ。

 これまでは、スマホに形を似せただけの板切れ同然のものだった。しかし、いつまでもそのままでいていいわけがない。最終的な目標は、今年度内に世界と世界を行き来できるようにすることだからだ。

 

 端末の一部を分解し、側面に端子を錬成。それを小型モニタに繋いだ上で、特殊な結晶をはめ込んで……と。

 

 

「よし、どうかな……」

 

 

 計画通りなら、既にあちらでも同じようなことを実行に移しているはず。そう考えて呼び出しをかけると、すぐに応答があり――――数秒ほどして、「あちら」の情景がモニタに映し出された。

 

 

「こんばんは、氷菓です。実験成功ですね」

『そうだな。こいつでようやく第二段階だ』

 

 

 そう言って、開祖様は端正な顔を歪めた。

 計画の第二段階、映像の送受信。ジョヤの出現などのおかげで検証材料が揃っていたこともあり、成功することは目に見えてはいたけど……こうして実験が成功したことは、やっぱり嬉しく思う。

 

 

『次は物質転送だが……さぁて、どうしたもんか』

「一足飛びに生物検証でもいいのでは? 意思の無い小型ホムンクルス程度なら作れますし」

『いーや、人の意思が介在することで実験結果が変わることもありうる。仮にやるとしてもオレ様たち自身が実験台になった方が確実だ』

「なるほど、仰る通りですね。ボクの方から行った方がいいですか?」

『どうだろうな。そっちとこっちじゃ条件が違いすぎる。まずこっちからそっちに行った人間が滅多にいねえ』

「こっちに帰ってきた人はそこそこいますけど……そうですね、また条件が変わってきます」

『その辺りのデータを採るためにも順序を飛ばすわけにはいかないな。ま、気長にやればいいさ』

 

 

 開祖様の時間感覚からすると「気長に」という表現は、それこそ年単位はかかりそうな気もするけど……今回はそういうつもりは無いだろう。ジョヤの件もあって、今年中には……という話はしてるし。

 

 

『で、話は変わるがな、リルルは知ってるな?』

「? ええ、アイドル志望のハーヴィンの子ですよね。あの子が一体……?」

『何でも、お前ら本場のアイドル……? ってのに歌ってほしい曲があるとかでな、ま、今度何かのついでに聞いてくれ』

「分かりました。それで、その曲っていうのは?」

 

 

 リルルちゃん……凛さんたちが持ち込んだ「アイドル」という概念に強く影響を受けたハーヴィンの子だ。

 元々、空の世界にはアイドルという存在は無かった。いや、正確にはアイドルに酷似している、ショロトル島の「巫女」……という仕事があるそうなんだけど、それとは違って本当に「アイドル」という存在に憧れて、団長さんたちの騎空団に加入した子。

 

 なんでも、ルリアさんやヴィーラさんたちが歌っていた歌に衝撃を受けて、アイドルを志したという話だけど……どうも、ルリアさんたちはそういったことをした覚えは無いという。

 じゃあ、彼女は一体何を見たのか? ということが団内では噂されてるみたいだけど……。

 

 

『それはアイツに聞け。オレ様はそこまで面倒見切れねえよ』

「あはは、すみません」

 

 

 ……まあ、その話は今は置いておこう。後で本人に聞けばいいだろうし。

 さて、連絡事項はだいたい伝え終わったし……と思いながら、視線を横にずらしていく。

 そこには、随分と何かを悩んでいる様子のクラリスさん(錬)がいた。

 

 

「……で、クラリスさんはまた団長さんに?」

『「またね! 今度ね! そのうちねっ☆」だと』

「オトす気あるんです?」

『ば、バレンタインで攻勢かけるし……!』

 

 

 どうでもいいことだけど、空の世界にもバレンタインというイベントは存在する。

 こっちの世界と違って、聖ウァレンティヌスの記念日だとかそういうものじゃないようだから、単にどこかのハーヴィンのお姉さんが考えた行事と考えられるけど……あっちでも、親愛の情を示すためにチョコを贈るという文化は変わりない。

 

 さて。そんなバレンタインを目前に、ある意味親戚とも言えるクラリスさんは臆しているようだった。

 原因は、多分……。

 

 

「何年前でしたっけ? 『マメな男はモテるよ~☆』って言ってたの」

『去年だったか……いや、二年前だったか……まあ、何にせよありゃダメだ。最悪の選択肢だったな』

『う゛ぅぅ~~~!! だ、だって雑誌に「ちょっと素っ気ないフリをして相手に追いかけてもらおう!」って書いてあってぇぇ~!』

「それって気のある人に限る話だよね?」

『それな。そもそも距離感そこまで近くない時期にやるこっちゃねえ』

『ししょーたちがいぢめるぅぅ~!!』

 

 

 嘆く前に自分の手落ちをまずは反省してはいかがだろうか。

 いや、反省してるからこそ嘆いてるんだろうけど。

 

 

『お前はとりあえず真正面からアタックしろ』

「あと逃げちゃダメだよ。何かしたかって勘違いされちゃう」

『う、うん……』

「とりあえず開祖様、何とかして退路を塞ぐ方向がいいと思うんですけど」

『オレ様も毎年陰から見ててうんざりしてるからな……そろそろ強硬手段に』

『も、もうちょっとイージーにさぁ! うちの心に優しく! お願いします!』

 

 

 これだからクラリスさんは……。

 同じ名前だっていうのに、こっちのクラリスさん(聖)とは胆の据わり方がまるで違う。

 そこは人生経験の差とも言えるけど、もうちょっとこう……クラリスさん(破)も苦労してはきたんだからさぁ……。

 

 

「とりあえず、見た目を変えてみるところからどうかな」

『そりゃアリだな。普段と違う服装や髪型にオトコのコはドキッとしたりしちゃうからねっ☆』

『え、そうなの?』

「ボクはファッションセンスは無いらしいけど、ファッション誌なら……あ、あったあった。これなんてどう?」

『ほー……へー……そっちのファッションってこんな感じなんだ……』

『ほう……普段よりも若干露出度は抑えめに……髪は二つ結びか。しかしちょっと頭のてっぺんが寂しいな』

「普段はリボンで結んでますからね。なら、こんな感じでリボンをカチューシャ型にして……」

 

 

 お互いに意見を出し合い、それとなくアドバイスを贈る。あちらでできること、チョコの味、時にはこちらの知識も使った上で。

 個人的にも、血縁……は、今はちょっと途絶えちゃったけど……親戚みたいなものであるところのクラリスさんには、頑張ってもらいたい気持ちがある。そもそも彼女、団長争奪戦のスタート地点にすら立ててないような感があるし……。

 

 

『うう~……緊張するぅ。恥ずかしい~……』

「頑張ってよクラリスさん。ボクなんかそんなチャンスすら無かったんだからね!」

『あっははははははは! ふぐっ、そ、そりゃそうだ……くくっ』

『重いよぉ!?』

「あれ。ウケない」

『ウケるわけないじゃん! 不謹慎すぎるよ!?』

「ボク自身の生き死にのことなのに……うーん……ボクは面白いと思ってたんですけど。開祖様はどう思います?」

『最高。何でお前らこれが分からないんだ?』

『うわダメだこの人たち死生観ズレてる』

 

 

 うーん……この辺のズレが、いつものドン引きに繋がってるんだろうか。

 ボク自身、スペアボディくらいすぐ作れるし、殺してもそうそう死なないし……倫理観というか死生観は開祖様に近い部分がある。

 

 

「でもあんな死に方するってそう二度も三度もあることじゃないんだし、『まだ言ってるよ(笑)』くらいに思って笑いに昇華してくれた方が、個人的には嬉しいよ?」

『難易度高すぎるよ……』

「あ、でも親に捨てられたのは実質二回目か。あっはっは」

『ぶはっ』

『勘弁してよぉ……』

 

 

 クラリスさんがギャグに対してドン引きし通しなので、今日はもう言わないことにした。

 晶葉や、場合によっては志希さんにも度々ドン引きされるんだけど……うーん……控えた方がいいのかなぁ。面白いと思ったんだけどなぁ、コレ……。

 

 ともかく、その後もクラリスさんへのアドバイスをしながら退路を断つ方向で背中を押し続け、気付いたら深夜遅く。

 「うち頑張るよ!」という言葉に(だからそろそろ解放して……)というニュアンスが混じるようになったころ、ようやくこの交信も終了した。

 あれだけ恋焦がれる人がいるっていうのもいいなあ、と思う。ボク自身がそうなるかは別だけど。

 

 ともあれ。

 恋する女の子のバレンタインの結果は――神のみぞ知る、ということで。

 

 





 クラリス出なかったです(おこ)

 氷菓のバレンタインについては活動報告(2018/2/14分)にて。


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