青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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「000 どうして空は蒼いのか Part.III」にて描写された設定を基に独自設定を構築しております。今後、グラブルのストーリーの進展次第で設定上の齟齬が出ることもあるかもしれませんが、この小説ではこうなんだということでご理解いただけるとありがたいです。




60:一年目と二年目の境界

 

 ノルウェーから帰ってきて少ししたある日のこと、ボクは若干の燃え尽き症候群と時差ボケを併発しながらも、どうにかこうにか日々の仕事をこなしていた。

 海外渡航は初めてのことじゃないとはいえ、翌日すぐに仕事というのもなかなか無いことだ。改めて思ったのだけど、これを何事も無いかのようにこなしている幸子さんは本当にすごい。そんなことを思いながら、ボクは楽屋でコーヒーをがぶ飲みしていた。

 アイスばっかり食べてるのにコーヒーまで飲んだら胃が荒れる。それもまあ妥当な指摘だろう。ボクもそう思う。けど、こればっかりは何ともならない。今もまだ眠いんだから相当だ。

 

 

「そういえばなんだがな」

「ふぁえ?」

 

 

 そんなボクに横から晶葉の声がかかる。あんまりにも気の抜けた声を出してしまったけど、晶葉は気にせずそのまま続けた。

 

 

「前にカリオストロと話したのだが、『あちら』で大事件があったらしいじゃないか」

「らしいね。詳しくは知らないけど」

「その時に敵が……何だったか。『境界』だかを破壊すれば世界が滅びるとか何とか」

「らしいね」

「で、キミたちのやってるそれは、境界を弄ってお互いの世界を行き来しようという技術なんじゃないかと思ってだな」

「ああ、なるほど」

 

 

 ボクも具体的なことは知らない。とはいえ大まかには聞いている。

 なんても、変態紳士……? いや、変態堕天紳士……駄天司……ええと。

 ……まあいいや。ちょっと前に、とあるオープンスケベが世界を滅ぼそうとしたんだとか。その時に世界の「境界」というものに穴を穿つことで、触れたものを消滅させる物質を、空の世界にだばだば注ぎ込もうとしたのだという。

 晶葉が危惧しているのは、ボクらがお互いの世界を行き来しようとすることで、それと同じ現象が起きるのでは……ということだろう。

 

 

「あたしもちょっと気になるなー。仮説とか対策とかあるの?」

「んー……何て言うのかな。こっちとあっちは根源的に繋がってて、壊そうとしたのは更に外側の壁で……」

 

 

 さて、どう言ったらうまく説明できるだろうか……と思いつつ、周囲を解析。隠しカメラや監視カメラが無く、まだ誰か近づいて来る気配が無いことを確認して、ボクは小さな空き箱を手元に錬成した。更に仕切りを設け、中の空間を分割する。

 

 

「この箱の中、左側がこっちの世界だと仮定するよ。で、右側があっちの世界」

「うん。それで?」

「ボクらがどうこうしようとしてるのは、この箱の中の仕切り。で、あっちの世界を滅ぼそうとしてた人たちがどうこうしようとしてたのは、こっちの箱そのもの」

 

 

 箱の中央の仕切りを外しても、箱そのものに影響は無い。中身がちょっと混ざるだけだ。

 しかし、箱を壊してしまうと、中身が外に出てしまう。あるいは、外のものが中身に干渉できるようになってしまう。

 簡略化してみたけど、こんな感じだろうか?

 

 

「箱自体を壊したら世界が滅びる……よね」

「だいたい分かった。それで、そうなったらこっちに悪影響はあると思うのだが?」

「仕切りがあるからそこまで影響は出ないと思うよ」

「言っても『そこまで』なんだよね~」

「何せ前例を確認したことが無いからね。どうなっても分からないってのが正直なところ」

 

 

 箱そのものがバラバラになる可能性もあるかもしれないし、そうでもないかもしれない。結局何も分からないのが正直なところだ。

 少なくとも世界一つ滅びることは確実なので、阻止すべき案件なのは間違いないけど。

 

 

「んでもやっぱここの仕切り外しちゃったら、変な話、混ざっちゃうと思うんだけどー?」

「外さないよ。仕切りにドア作るだけだから」

「にゃーる」

 

 

 それも小さな小さな、人間が一人二人入れる程度のものだ。

 基本的には、ボクか開祖様しか使えないように調整中。これが成功したら、様々な面で利益が生まれることを期待できるはずだ。

 じゃなくても、親しくなった人たちと交流ができ、あっちに行ってしまった人を割合簡単にこちらに戻せるので、作らない理由も無い。

 

 

「んでんで~、何でこっちからあっちに行っちゃう人たちが出てきたの?」

「それな。私も気になっていた」

「えー……それ聞く?」

「なんだ、まだ理論が確立できていないのか?」

「この仕切りが薄かったりして穴空いたところに落っこちた」

「めちゃくちゃあっさりしている……」

「まーそのくらいしか言えないよねー」

「だから今後も起こり得るかもね、としか言いようが無いかな……っと」

 

 

 誰か来た、と言葉にせずに示しつつ、手元の箱を分解する。

 ほどなくして、ノックの後に姿を見せたのは、ボクらがこれから出演する番組のスタッフさんだった。

 

 

「リハ準備できましたので、そろそろお願いします!」

「はい。じゃ、行こっか」

「うむ」

「ほーい♪」

 

 

 ……さて。番組撮影……なんだけど、実を言えば、ボクら三人の衣装はそれぞれ違っている。エリクシアで出るなら、統一感のある服装になるのだけど……その辺は、今日の番組がバラエティ系に近い歌番組だという理由が大きい。

 コーナーのお題は、「アイドル大カラオケ大会」。自分の持ち歌ではなく、カラオケで歌う……他のアイドルの歌を披露する、というコーナーだ。

 厳正な協議の結果、ボクの出番はなんと大トリ……の一つ手前。元々若手や新人の多い番組ではあるけど……そろそろ二年目に突入するとはいえ、一年目のアイドルに対してこの扱いは破格と言っていい。

 当然、ボクも最高に気合が入っている。歌うのは勿論、ボク自身が一番モチベーションの上がる――「こいかぜ」だ。

 刻むぜ爪跡。

 

 

 今回の番組、杏さんが「毒茸伝説」させられたり、芳乃さんが「おんなの道は星の道」してみたりインパクトも抜群。まゆさんが「恋のHamburg♪」を歌ったり、智絵里さんが「エヴリデイドリーム」を歌ったり……と、後日、色々な意味で話題になった人も多い。みんな上手いし……あれだけのインパクトを残したのだから、話題になっても当然というものだろう。

 ……しかし、ネット上のボクへの印象がおおむね「ラスボス」になっていたのはどういうわけだろう。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「あっ! 愛を知って悲しい別れで物語を締めくくる系のラスボスだ!」

「どういうキャラだよ」

 

 

 後日、ちょっと話があるとのことで事務所に向かう最中の道で、晶葉にそんな(いわ)れない言葉をかけられた。

 まことに遺憾である。何でみんなしてラスボスラスボスとイジってくるのだろうか。確かに「こいかぜ」はラスボスめいた演出が特徴だが、ボクだぞ。あそこまでの威風堂々とした感じは無いだろ……って、収録後から言ってるはずなんだけどなぁ……。

 

 

「昨今ラスボスも多様化が進んでいるからな。それだけ雰囲気があったということじゃないか」

「まあそれはそれで別にいいんだけど……」

「それにしては何か微妙な顔をしてるな」

「そっちは別の問題なんだけど」

「じゃあなんなんだ?」

「先生もおじじも、とっくに三月三日は終わったのに、いつまで雛人形飾ってるんだろうって」

「言われるまで飾り続けるんじゃないかあの御仁(ごじん)たちは」

「何でさ」

「雛人形を飾り続けてると嫁ぎ遅れるというジンクスがあるだろう」

「それか……」

 

 

 やっと納得いった。いや、去年もおととしもその前もずっとそんな感じだったからそこまで気にしてなかったけど、どうも釈然としないところはあったんだよね。流石にこどもの日になるまでずっと置いてるのはおかしいと思ったんだ。

 いや、それにしたってそもそも、親が子供が嫁に行かないでほしい、と思うのはいかがなものだろう?

 

 ……よくあることか。ドラマとかでもそういう親よく見るし。

 あ、でも親が親がって思うと嬉しいかも。

 

 

「その締まりのない笑顔は『親がいるっていいなぁ』的なことを思ってるやつだな」

「なぜ分かったし」

「分からいでか。天才だからな!」

「ちなみに晶葉の家って雛人形どうしてるの?」

「一般家庭は飾らないだろう。まあ私の家は飾ったしすぐに片付けたが」

 

 

 何せ雛人形もロボだから勝手に片付いてくれるんだはっはっは、と朗らかに笑う晶葉。そりゃ楽だろうけど、何かが違う気もする。

 ちょっとスマホで由来について調べてみると、どうもこの雛人形を片付けないから――というのは、あくまで「時期に応じて雛人形を片付けないくらいズボラな女には嫁の貰い手が無い」という話らしいということが分かった。

 ……こうなると、晶葉の場合どっちに当てはまるのかいまいち分かんないな……。

 

 

「あ、二人とも、おはよ~」

「ん、おはよう亜子さん」

「おはよう亜子。亜子の家はどうなってる?」

「え、何が……?」

「雛人形どうしてるのかなって話してたんだよ」

「あ~……アタシんとこは別にそういうことは無いなぁ」

「だとさ」

「だよね」

 

 

 さっきも晶葉が言った通り、やっぱり一般家庭じゃ雛人形は飾らないか。

 そもそも、うち……というかあおぞら園の方は、言ってみれば公共施設みたいなものだし、そういうものが置かれていても不自然は無い。おじじは美術会社を経営しているので、その辺の兼ね合いもあって会社に雛人形を置いている……が、やっぱりそれも例外。そもそも一般家庭とも言い辛い。晶葉はなんというかロボを作る過程で雛人形ロボなんていくらでも作ってるだろうし……この中じゃ普通となると亜子さんちくらいか。

 

 

「亜子さんも呼び出し?」

「せやな。今空いてる子だけって言ってたから、他は……いるんやろか?」

「いないだろう。ホワイトボードを見る限り、他のメンバーはだいたい何かしら予定があったぞ」

「覚えてるんか……」

「?」

「??」

「普通全部は覚えられんよ?」

 

 

 そんなことないよ。人間の可能性は無限大だよ。

 きっと誰でもちゃんと覚えられるよ。たぶん。

 

 それから、合流した三人でプロジェクトルームへと向かう。途中、なんとも表現し辛いギラギラとした視線を感じたが、あれは何だったのだろうか。何かこう……光り輝く……何かを感じたような気がしたのだけど。

 

 

「おはようございまーす」

 

 

 挨拶してプロジェクトルームに入ると、そこにはプロデューサーと……見慣れない人が三人、それと、顔見知りが一人いた。

 知らない人のうちの一人は痩せ型で、眼鏡をかけたスーツ姿の男性……こっちは346プロの職員だろうか。もう一人は、素朴な印象を受ける、長髪で制服姿の女の子。

 最後の一人は……ショッキングピンクと言うのだろうか。水色のグラデーションがかかったボブヘアーの、やや特徴的な女性。なんとも言い辛いけど、あえて一言で言うならしゅがはさんっぽい印象も受ける。

 

 知っている一人は――以前、コミケの企業ブースで出会ったAkiraさん。彼女を見ると、どこかほっとした様子でこちらを見返した。

 

 

「やあ、三人とも。ごめんね、休みに」

「や、ええでー。それで、あの人らは?」

「うん、これから紹介するよ。まず、こちら。プロデューサーの戸羽君」

「戸羽です。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

「よろしく頼む」

「よろしく!」

 

 

 まず一人目、プロデューサーの戸羽さんが礼儀正しく……というか、やや正しすぎるくらいに勢いよく、九十度ほど体を折った。

 全体的に堅い雰囲気で、うちのプロデューサーよりもどちらかと言うと武内Pに近いだろうか。お堅いというか、それよりももうちょっと突き抜けて硬質って感じ。印象としてはロボットに近い。見れば、晶葉がわくわくしている時の目をしていた。違う、その人ロボじゃない。

 

 

「で、こっちの三人なんだけど……彼女たちは、この春から立ち上げる新規プロジェクトのメンバーとしてスカウトした三人だ。君たちから見たら、直接の後輩になるね」

「ってことはプロデューサー、あの後スカウトしに行ったのか……」

「行った」

 

 

 いやに素直に白状したな。いやいいけど。事実なんだろうし。それが上手くいって、お互いに納得ずくなら文句はないよぼかぁ。

 

 

「戸羽君にはそのプロジェクトの担当になってもらう予定なんだ」

「ちなみにそれって何人いるん?」

「7人だよ」

「17人の間違いじゃなくてか?」

「担当してる俺が言うのもなんだけど、流石にそれは無理が出るからね」

 

 

 実際、根津Pの目元には薄く隈ができている。仮にもアイドルプロデューサーらしく、メイクや何やには造詣が深いこともあって、上手く隠してはいるんだけど……まあ、無理があるよね……常識的に考えて。

 話を聞いて、うちのプロデューサーが17人を担当しているということを察したのか、三人はややヒいたようだ。そりゃそうだ。ボクらだってヒく。もっと休め。

 

 

「じゃあ、それぞれ自己紹介してもらおうかな。白河さんから」

「ボクかよ……こほん。白河氷菓です。一応は一年ほど先輩になりますが……まだボクも未熟ですので、どうかあまり気にせずに話しかけてくれると嬉しいです。それじゃあ次晶葉」

「うむ。天才・池袋晶葉だ。趣味はロボット作り、特技もロボット作り! 肉体改造したくなったら私を呼ぶといい! なんとかしてやろう、物理的にな!!」

「晶葉ステイ」

 

 

 三人が呆気にとられている。と同時に、ボクも一年前のことを思い出して少し苦笑した。そういえばあの頃も、こんな自己紹介されて戸惑ってたな……。

 

 

「静岡出身の土屋亜子やでー。よろしくね!」

「……関西弁?」

「おっ、いいとこツッコんでくれるなぁ。親が関西出身でね、アタシにもうつったわけよ!」

「はあ、なるほど……」

「じゃあ、次は新人さんの方をお願いしようかな。戸羽君」

「はい。砂塚さん、お願いします」

「あ……はい。砂塚あきらデス。配信とか……SNSとか、よくやってます。どうぞよろしく……デス」

 

 

 Akiraさん……もとい、砂塚あきらさん。よし、覚えた。

 前に会った時にも思ったけど、配信しているって割に大人しい雰囲気だよね。そこがまた独特というか、いい味出てると思うんだけど。

 前回と違ってマスクは外してるけど、喋る時にちょいちょい口元を隠してるようだ。見たところ、歯が尖ってるのを気にしてるのかな? 輝子さんもそういうとこあるし、特に気にすること無いと思うんだけど。

 

 

「はいっ! 辻野あかり! あかりんごって呼ばれてますんご! 皆さん、よろしくお願いしますんご!!」

 

 

 ………………。

 ちょっと待ってもらおう。一年前に感じたものを再びボクは味わっている気がする。

 んご? ンゴ? つまりアレか? ろくちゃんのアレか? いやいやそんなことは……?

 

 

「晶葉」

「女子高生の間でLINEなんかで付けるのが流行ってるらしいと聞いたことはある。二年前くらいに」

「把握」

「二年ご!?」

 

 

 思わず混ざっちゃってるけどもしかして使い慣れちゃったのかあかりさん。

 

 

「だからそれはちょっとって言ったのに……」

「友達から都会で流行ってるって聞いたのに……おかしいんご……」

 

 

 誰だよ吹き込んだ友達は。可愛いから許されてる部分はあるけど色んな意味でこう……人によっては取り返しがつかないぞ。

 ……さて、問題は最後の一人、なんだが……。

 

 

「ヤバい……うぅわ何コレマジのアイドルがいる……あああ……輝きに打ちひしがれる……やむ……」

「夢見さん」

「外見だけはくっそ健康に見えるかもだけど心はガラスのギリ10代! 学校辞めたい人生詰んでる! そんなぼくがりあむちゃんだよ! よろしくパイセン!! 新人だから優しく優しくしてねッ!!」

「助手、佐藤を呼んでこい」

「残念ながら京都ロケだよ」

「菜々さんを」

「残念ながら京都ロケだよ」

 

 

 そうか……しゅがしゅが☆み~んで京都ロケか……。

 そうか……。

 

 

「ま、まあそういうことでだ。俺たちは今後の打ち合わせをしてくる。少ししたら戻ってくるから、その間みんなで交流しててくれるかな?」

「そういうことなら任されよう」

「ボクお茶淹れてくるよ」

「あ、手伝いますんご!」

「いいよいいよ。みんなは座ってて」

 

 

 こういう時のお茶汲みはボクの仕事だ。何せどんなお茶であろうとコーヒー豆であろうと、最適かつ最良の淹れ方ができるのだから。

 折角先輩になるんだしね。やっぱり良いところ見せたいし、カッコよく見せたい。いつかは仕事を奪い合うライバルって立場になるのかもしれないけど、だからって仲良くしちゃいけないことはない。これから同僚になるんだから、仲は良いほうがいいに決まってるだろう。

 

 プロジェクトルームに置いてあるものはだいたい分かっている。給湯室の端の紅茶を手に取り、最適の淹れ方を確認。お湯を沸騰させることまではそう時間はかからないけど、ポットに注いだ後の「蒸らし」に数分ほど時間がかかる……けどいいや。どうせ誰も見てないし錬成(ショートカット)しちゃえ。

 そして最適な状態になったことを確認したら、お茶菓子を持ってみんなのところに戻る。こんな風にボクがお茶を淹れたりするのはいつものことだと知っている二人はいつも通りにしてたけど、あきらさんたちはちょっと意外そうな面持ちだった。

 

 

「どうかしましたか?」

「なんとなく意外」

「番組とかではたまにやってるの見るけど、本当にやってるんだぁって思っちゃう……というかテレビの有名人と話してるんご……」

「ふふ。これでも料理くらいはできますよ」

 

 

 カップにお茶を注ぐと、アールグレイの柑橘系のにおいがぱっと部屋に広がった。

 今回の御茶請けはフルーツ系のタルト。イチゴが満遍なく散らされているけど、これはアリスさんのためにボクが作ったものの名残だ。1/4ほどを渡した残りをお茶請け用にと置いておいたのだけど、ちゃんと振る舞える場面があって良かった。

 ……と思っていると、晶葉が苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見ていた。何なんだろう。

 

 

「何?」

「いつもの喋り方と違いすぎて据わりが悪い……」

「外部の人と話すときいつもこうだよ……」

 

 

 例えば番組ゲストで出演してる時とかラジオの時とか……確かに事務所にいる時にわざわざ余所行きの喋り方にはしないけど、聞き慣れないってほどじゃあるまいし。

 

 

「いつもの喋り方?」

「うむ。まあ、普段はもっと砕けてるというだけだ」

「砕けすぎやけどね」

「え、うそ……氷菓ちゃんってキャラ作ってたの……? やむ……」

「そこまで作ってるわけじゃないんですけど……」

 

 

 そもそも、本当の意味での……何て言うんだろ。こう……プライベートな部分って、それこそ寮なんかでしか見せるようなものじゃないと思うんだけど。

 あきらさんとは一応会ったことはあるけど、それでも殆ど面識はないに等しい。丁寧に応対する必要もあるし、別にボクは間違ったことしてないんじゃないだろうか。

 

 

「アイドルって、やっぱり夢を売るお仕事ですから」

「すっごいプロ感んご……」

「これが普段アベレージ一日アイス五本食べてる女の発言とは思えんな亜子」

「せやな」

「#アイス狂発見」

「ちょっとちょっとちょっとぉ、もしかしてこの事務所そんなに甘やかしてくれるの!? 褒めて伸ばしてくれるタイプ!?」

「…………晶葉」

 

 

 余計なことは言わなくていい、と視線で訴えると、「まあ待て」とそのまま視線で語り掛けてきた。

 ……事実とはいえ、これがまかり通ってしまうとそれはそれでマズいと思うんだけど、何を考えてるんだろう?

 

 

「氷菓は特例みたいなものだぞ。そうしても構わないだけの経歴と実績があるからこそ許されているんだ」

「経歴とか実績って、どんなデスか?」

「仕事にだけは絶対に影響を出したことが無いんだ」

「あと、体形も体形だからむしろ食べられるもの食べたほうがええって言われとってねー。そのおかげで体重増えてるとこもあるもん。ね、氷菓ちゃん」

「ん、まあ……そうだね」

「太る必要あるかな……?」

「お医者さんに『あんた十年後には骨粗鬆症と糖尿病でぽっくり死ぬわよ』って言われたら流石に気になって……」

「#突然の死亡宣告」

 

 

 プロダクションに所属した当初の健診で言われたことである。だからあれだけ基礎体力と筋力をつけて、体重を増やそうとしている理由でもあるんだけど。

 なので、プロデューサーはあまり例外は作りたがらないらしいんだけど、これはこれで仕方ないということで一応黙認はしてくれている。時々禁止されてるのはアレだ。月に2~3回は訪れる突発的な衝動で、つい食べ過ぎてしまうせいだ。特に他県にロケに行ったりなんかで、滅多に食べられないであろうアイスを見つけた時にこの病気は発症する。ノルウェーで他のみんなが気付かないうちにアイスを五本買って来た時のアレだ。あの時は、時差ボケのせいとはいえ我ながらいつにもまして酷かった。我慢した後の反動も酷かった。

 

 

「あとな……昔のことがことだけに、あまり周りからも強く言えなくてな……」

「あー……」

「んご……」

「ぼくだって毎日つらくて死にそうだから特例に当てはまるよね?」

「話聞いてたのかキサマ」

 

 

 大変だ、晶葉がまた( ‘ᾥ’ )←あんな顔になっている。

 数か月ぶりに見たけどこの状態はマズい。とりあえず、ボクは気にしてないと主張して落ち着かせる。

 

 実際、個人的にはそこまで気にしてない。多分晶葉はボクの前世のことまで含めて知ってるから、どうしても感情移入しちゃう部分があるんだろう。そういう視点で見てくれるのは嬉しいんだけど、客観的に見ればそういうこと言われても仕方ない部分はあるんだ。

 人の幸・不幸というものは、結局のところ各々の価値観でしか計れない。クラリスさんみたく心に余裕を持って、常に奉仕の心で、色々な人に分け隔てなく接することができるような人は、不幸に対して人一倍敏感になるだろう。それが理想的だと思うし、ボク個人も将来的にはそういう人間になりたいと思う。けど、そうじゃない人にまでそれを求めるのはお門違いだ。人は自分のことで精いっぱいな人が殆どなんだから。

 

 

「とりあえずこの話はここで一旦終わりや! はい、三人ともなんか質問とか疑問とかある?」

「あ、じゃあはい」

「はいあきらちゃん!」

「レッスンとかどうなってるんデスか? まだ来たばっかりで、分かってないんだけど」

「専門のトレーナーさんたちがおって、その人らに教えてもらうのが基本かな。ボーカル、ダンス、ビジュアル……演技力とか表現力とかね? あと、トークなんかのレッスンもあるよ。レッスン入れる日はトレーナーさんたちと相談して決めるかたちかな。アタシは基本は週四」

「私は基本週五だ」

「氷菓ちゃんはどうなんですか? んご?」

「仕事次第になるけど、週三かな? 基本的に、体力トレーニングメインですけど……」

 

 

 あと、あかりさんは無理して「んご」を付けない方がいいのではないだろうか。

 確かに強烈なキャラにはなるけど、同時にその印象ばかりが先行してしまうし……。

 

 

「#レッスン #把握」

「でも、アイドルのレッスンかぁ……楽しみだなぁ。あは♪」

「……あかりさん、レッスンはナメてかからない方がいいよ」

「え? やっぱりきついんご……?」

「吐きました」

「えっ」

「初日に吐きました」

「ああ、あったなぁ……今となっては懐かしい」

「あんときは本当にどうしようかと思ったよね」

「ほんとほんと。ボクもあんなに体力が無かったとは思わなかったよ」

 

 

 あははあはは……と、そもそも談笑するような内容じゃあないけれども。

 あかりさんは元よりあきらさんの顔もちょっと青くなってるのが分かる。りあむさんは相変わらず「やむ……」と呟いて俯くばかり。気にしてないのだろうか。

 

 

「当時の氷菓の体力がミジンコにも劣るレベルだったせいだから気にするな。普通の人間ならそこまではならないさ」

「無駄に辛辣」

「事実やからね……」

「事実んご!?」

「過去形ですけど」

「そんな氷菓ちゃんがここまでなれるってことはつまりクソザコのぼくもトップアイドルになれるんじゃね……!?」

「すごい調子に乗ってるぞこの女大丈夫か!?」

「明らかにだいぶダメなやつデスよ」

「おまえらぼくに優しくしろよ! クソザコメンタルなんだから優しく優しくすこれ! よ!」

「うっぜ!!」

 

 

 何なのだろう、りあむさんのこの……未だかつてない感覚と間合いは。あの晶葉が押されている。

 そして晶葉は晶葉で、話の腰を折られ続けて見るからにやさぐれつつある。そろそろ( ‘ᾥ’ )←あの顔で固定されそうだ。

 亜子さんは……若干引いてる程度か。それはそれで強いな。

 

 気を取り直す……というか、もういっそあからさまなくらいに話題を変えるべく、あかりさんが手を挙げた。

 

 

「ど、どのくらいでデビューとか! できますか?」

「レッスンの進み具合にもよるけど、目安としては四月末から五月末にかけて。夏フェスが最初の大舞台になると思います」

「夏か……熱中症とか大丈夫かな……」

「自己管理の範疇だが、基本的にうちの事務所はそのあたりの対策はしているようだ。安心するといい」

「暑いことは暑いけどな。あはは」

「暑いくらいなら木々のお世話で慣れてるんご!」

 

 

 なんと、あかりさんは農業経験者なのか。家のお手伝いとかだろうか。

 言われて見てみれば、体幹にブレが無い。これならダンスはすぐに習得できるかもしれない。

 アイドルになる前までの経験も、大事な財産なんだよね…………ボクは殆ど積み立てが無かったがな!

 

 

「進み具合次第ってことは、やっぱり難航する人もいるってことデスよね」

「人によるからね。アタシも歌うのは得意なんやけど、なんか見せ方が良くなくて……とかあったよ」

「……#不安の種」

「でもでも、他のユニットメンバーから遅れててもデビューはさせてもらえるかもだよね!?」

「何でそう思ったんですか?」

「だってエリクシアのデビューの時晶葉ちゃん他の二人に比べてあんまり上手くなかっ」

「取り消してくれるかな……今の言葉……」

「落ち着け氷菓! 表情が完全に抜け落ちてるぞ!」

「落ち着いてるよ。ボクは冷静だ」

「クールっていうかコールドな方になってるから落ち着いて、な!?」

 

 

 あいつ晶葉を馬鹿にしやがった……!

 初対面だぞ。付き合いの長いボクらがネタにするならまだしも――オマケに曲がりなりにもアイドルになろうかって人間が、観客目線で勝手に評論しやがった!

 そこに愛があるかと言われれば絶対にノウだ。晶葉の努力をずっと間近で見てきたボクが、天才を謳うからには、ってずっと理想と現実のギャップを埋めようと努力してきた晶葉の頑張りをコケにする発言を許しておけるか!

 

 

「大丈夫だ……ボクは冷静だ。ボクは、冷静だ。メルクリウス*1一発で済ませる」

「新奥義出すくらいキレてるぞ!?」

「奥義って何や!?」

「たすけてPサマ! 後輩いびりされてるよぉ!」

「#炎上芸 #自業自得」

「こ……こわいんご……」

 

 

 落ち着け。ボクは冷静だ。冷静になれ。エリクシアの良心と言われる自分を思い出すんだ。

 自分を落ち着けようと、震える手先で眼鏡を取る。あまりの怒りに目頭が熱くなってくるが堪えよう。堪え……堪え……チクショウめぇぇ――――っ!!

 

 数分ほどをかけて、晶葉の説得のもとどうにか落ち着いた。

 ボクもボクで、もう少し沸点を上げるべきかもしれない。大概沸点は高い方だと思ってたんだけど、身内、特に志希さんとか晶葉とか、ないしは家族のことを引き合いに出されると、どうしても一瞬で沸騰してしまうらしい。

 

 

「そもそも、ライブパフォーマンスに関しては志希たちがおかしいだけだ。私は一般天才だからな」

「一文で矛盾を引き起こしとるで」

「やかましい。私はAクラスの天才、志希たちはSクラスの天才と覚えておけばいい。そもそも直観像記憶とか反則だろう」

「そのくらいできないとやってけないデスか……」

「そんなことできないアタシとかがいるから大丈夫やって」

「できない人の方が圧倒的に多いんご……」

「そういうわけだから四月末は例外と思ってくれ。通常は五月初めから終わりにかけてくらいが目安だな」

 

 

 ……ボクら例外だったのか。

 いや……改めて考えると例外っちゃ例外だけどさ……こずえちゃんとか、芳乃さんとか、志希さんとか……。

 聖ちゃんも何事もなくついていけてたし、晶葉はあれに食らいついてたし、そうか……よく考えると例外って言われてもしょうがないか……。

 

 その後、小打ち合わせを終えてプロデューサーたちが戻ってきたことに内心感謝しつつ、りあむさんの炎上芸というか煽り芸というか……そういう部分をもうちょっとなんとかするように戸羽Pに頼んで、今日のところは解散になった。

 

 なった。のだけれど。

 

 

「そうか、二人は寮なんですね」

「そうですんご! 山形から出てきたので……」

「自分は新潟デスから……氷菓サンはどこから?」

「施設」

 

 

 寮への帰り道の車の中、ふとした瞬間に放った一言によって空気が死んだ。

 夕焼けに染まる、どこか寂寥感を覚えるような色合いの空が、今のみんなの心境を表しているようだ。

 ……しまったなぁと思いつつも、しかし、同僚になるんなら言っておかないとなぁ、とも感じはする。

 

 

「あれ、あの……あれ。ニュースとかで言ってたのって……」

「半分嘘。本当はあの直前に養子に入ったんです。だから本名は白河じゃなくて古宮氷菓」

「き、聞いでよいっけの……?」

「346プロに入ってアイドルになるならいずれは知る話だろうし、ボク自身は気にしませんから」

 

 

 むしろここで知っておかないと、変に歪んだ情報を仕入れてしまう可能性もある。

 ボク自身のことなら何とも思わなくても、例えば先生に対して何か誤解されてしまうのは避けたいし……多少は仕方ない。

 さて、言うべきことは言ったし、ちょっと話は変えよう。

 

 

「それで……転入は新学期から?」

「はい。なんか後輩で同級生っていうのも、変な感じだけど。よろしくお願いしますデス」

「私も私もっ。よろしくお願いしま~す!」

「うん、改めて、よろしくお願いします」

 

 

 色々とあったけれども、まあ、初めてのことだ。距離感が分からなかったり、接し方が分からなかったりするのも致し方ないこと。

 これから色々学んで、色々と経験する中でそういったことを理解していく……はず、だと信じたい。

 ボクらもそろそろ新人と呼ばれる時期は終わる。日々、学ぶことは尽きないけれども、それでも一つの区切りだ。学んだことを活かして、後を歩く人たちに伝える立場になっていく。そのことに不安を感じないわけじゃない。でも同時に、高揚感もあった。今までずっと後ろから先輩たちについていく立場だったからこそ、だろう。

 

 ――この日、ボクは初めての後輩を持った。

 

 

 

*1
闇属性ダメージ(特大)/味方全体に吸収効果





 戸羽Pの名前の由来は蝙蝠→バットから。
 また、黒埼ちとせちゃん(吸血鬼の末裔)から連想。
 サイボーグっぽい人なのでちとせちゃんあたりに忠誠を誓い始めるかもしれません。

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