青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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61:ボクのミチシルベ

 

 

 

「アメリカ留学ですか?」

「そうだ」

 

 

 妙に分厚い雲が空を覆っていた日のこと。連絡を受けて専務さんの部屋に向かったボクに、一つ、提案がもちかけられた。

 

 曰く――半年間の芸能留学。

 思いがけないところから発せられた思いがけない提案なだけに、ボクの受けた衝撃は大きい。留学って……そういうのは普通、もっと経験を積んだ人が行くものなんじゃ?

 いや、それだけじゃなくて。こう……言語化がちょっと難しいけど……うん、釈然としない。何でいきなり専務さんは、ボクにこんなことを……?

 

 

「不満か?」

「不満、というか……分からないんです。ボクはまだ、二年目に差し掛かる、かもしれないってくらいのキャリアの新人ですよね。何で留学を……?」

「君の実力に期待しているから、ではダメかな?」

 

 

 そう言われると……まあ、嬉しくないわけがないんだけども。

 

 

「確かに君は新人だ。キャリアも浅く、業界にコネがあるわけでもない。だが実力は本物だ。この一年の活動は上々……おかげでプロジェクトも成功と言っていいだろう。だからこそ、更なるパフォーマンスの向上と……海外にコネクションを持つためにも、しばらく経験を積んできて欲しいと考えている」

「コネですか……」

「『人脈』と言い換えてもいい。ハリウッド、ブロードウェイ……そういった場所に顔を通しておくことは決して悪い経験にはならないはずだ」

「……なる、ほど」

「日本と比べると、アメリカの聴衆はより『完成されたアイドル』……完璧で、手の届かない……星の輝きのような存在を求める傾向にある。私のイメージと合致する君ならあるいは、アメリカの芸能界にも食い込めると考えているのだけど」

 

 

 す……凄まじい評価を受けている気がする。氷菓だけに……。

 いや違う、くだらない駄洒落を言ってる場合じゃない。大事なのは、専務さんがこんなことを持ちかけてきているという事実だ。

 

 元々アメリカにいたらしい専務さんにとって、あの国は特別なものだろう。経営方針だったり価値観だったり、多くを学んで来た土地だ。同時に、アメリカにおけるアイドルの在り方も、専務さんは良く知っているはず。

 その上でボクなら通用する、と言ってくれているのはとても嬉しいことだ。その、はずなんだけど……。

 

 

「あまり納得できていないようだな」

「え、いや、その…………はい、少し」

「理由を聞かせてもらっても?」

「大きな理由は無いんです。なんだか胸の奥で何かつっかえてるみたいで……」

 

 

 ひどく曖昧なボクの言葉を聞いても、専務さんは表情を変えることなく、しっかりとボクの目を見つめて話の続きを促した。

 

 

「嫌だというわけじゃないんです。ただ、なにぶん突然のことなので……今すぐにお返事ができそうにありません。ごめんなさい……」

「構わないわ。こちらも結論を急ぎすぎた。特にあなたくらいの年頃の子供には、考える時間も必要でしょう。ゆっくり考えて、それから結論をくれればそれでいい」

「はい。それで、時期は?」

「予定では9月からになるけれど、どうかしら」

「……検討してみます」

「ええ、よく考えるように」

「すみません。それでは……失礼します」

 

 

 一歩下がって一礼し、部屋を出る。それから少しの間、ボクの頭の中はぐっちゃぐちゃだった。

 あんまりにも突然なアメリカ留学の提案、やたらと褒めてくる専務さん。何の知識も無しに状況だけを見れば何の罠だと思うかもしれないけど、ボクは専務さんが伊達や酔狂や冗談であんなことを言う人じゃないことは知っている。本気でそれがボクや会社の利益になると考えてくれているし、実際その通りになるのだろう。

 

 それでもなぜか、何かが引っ掛かる。

 専務さんに対してじゃない。多分、ボク自身の問題として、何かが。

 

 多分、一年前だったら、こんな風に気にすることもなく、じゃあそれで――ってことで、すぐに話も終わってしまってたと思う。あの頃はそれで困ることも無かったし。

 

 じゃあ、今は?

 

 ……全く思い当たらないってワケじゃない。

 ボクだって、これでもそれなりには成長してるつもりだ。その過程で、無くしたくないものや離れがたい人ができた。執着心が生まれた、とも、心が俗世に染まった、とも言えるけれど……どっちにしても、ボクにとってそれらは受け入れるべき変化。成長の一種だ。多少変な方向に進んでることは気にしない。

 何にせよ、そこにあるのは「あまり行きたくない」という気持ちには違いない。

 

 じゃあ行かなければいいんじゃないかと言うと、それも違う。行きたい気持ちはあるんだ。専務さんから直接言われたことだし、海外に興味が無いわけじゃない。期待をかけられているのは間違いないようだし、期待されているからには応えたい気持ちはある。

 日本には無い表現技法を学ぶ機会も増えるだろうし、それによって今後、ドラマや映画を撮る時の助けにもなる。コネって部分で言えば、今後の活動の幅を広げたり、おじじの会社を発展させるのに役立つだろう。

 だから、「行きたい」という思いがあるのも、間違いない。

 

 

「矛盾してるよ……」

 

 

 自嘲するように、吐息が漏れる。

 人間の心はそういうものだ、っていう感覚はあるけれど、やっぱり、頭の中を整理しれきれてないと苦しい。

 思えばボクは、ずっとそういう痛みからも逃げてきたんだよな……いや逃げてきたっていうか、単にただ知らなかっただけだけど。それが良いか悪いかで言えば……いや、良いとも悪いとも言えなくて、あえて表現するなら「マズい」っていうか。善悪の二元論で語り切れるものではない気がする。

 

 ……参ったな。

 今までならもうちょっと、結論だけは早めに出せてたはずなんだ。道筋をどうするか、ってところを迷ってはいたけれど。

 けど、現状はちょっと勝手が違う。道筋を立ててくれてるけど、そこを歩いていこうという決心が湧かない。今までとは真逆だ。ボクはいったい、どうしたらいいんだろう?

 

 染み一つ無い綺麗な天井を眺めながら、レッスンルームへ向かう。

 春フェスも近いし、練習もしなきゃいけない。念願のエリクシアでの新曲だ。絶対に成功させたいし、成功させなきゃならない。だというのに……。

 

 

「あ゛――――――……」

 

 

 この日は、結局その後も悩み続けて、ちょくちょくゾンビのようなうめき声をあげるハメになってしまった。

 レッスンは完璧に終えた。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 後日、ボクは自分の部屋の机に突っ伏していた。

 口からは声とも何ともつかない謎の音が漏れている。昨日はいつもなら八本は入るはずのアイスも五本しか食べられなかった。

 鬱だ。いや違うか。何にしろ、いまだかつてないレベルで悩んでる。

 ……とはいえ、いつまでも悩み続けてるわけにもいかない。なので、今日はある人たちを部屋に呼んでいた。クラリスさんとしゅがはさんだ。

 

 

「いつまでもその調子では事態は動きませんよ」

「分かってるよぉ~……」

 

 

 当然っちゃ当然なんだけど、クラリスさん、いつもと比べてちょっと厳しい。

 ここまで情けない姿を見せたのは初めてだ。失望されるかもと思ってはいたけど、正直、こういうときに頼れる相手と考えてパッと思いつくのはクラリスさんとかしゅがはさんくらいだ。

 勿論、晶葉も志希さんも大事な友達で、頼りがいのある相手だし、能力も持ち合わせてるんだけど……二人と話してると結局話が脱線するだろうし、今のボクじゃまともに言語化もできないだろうから、先に大人に話を聞いてもらいたかったというのがある。

 

 

「はぁとならとっとと行くけどなっ☆」

「そうなの?」

「そそ。だってアメリカだよ? ハリウッド! ブロードウェイ! コネ作るのにうってつけでしょ☆ そりゃあ行くでしょっていうか代わろ?」

「いけませんよはぁとさん」

「ういーっす」

「……そうだよね……そういうチャンス、だもんね……」

 

 

 うん。それは分かってる。話を受けた時に、それはすぐに思った。そういう部分では間違いなくチャンスだって。

 でもなぁ……でもなぁー……。

 

 

「なーにが嫌なわけ? ほら、あいすちゃんに期待してるってことじゃん☆」

「何が……うーん……うん、そこがちょっと、言葉にしづらくって……」

「では、少し順序立てて話して参りましょうか。今回のお話で、良いと思ったところはどういった部分ですか?」

「歌とか、ダンスとか、演技とか……そういうレベルの高い技術を直接目で見て学べること。将来の仕事のためにもなるし、コネが作れる。おじじとか、専務さんとか、色んな人のためにもなる……」

「では、留学しないことで、どういった良いことがあるでしょうか?」

「みんなと一緒にいられて……仕事も途切れない。後輩になるみんなとも交流ができる……」

「でもそれ半年くらいなら誤差じゃん?」

「うー…………」

 

 

 ……誤差、かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 中学生の……思春期における「半年」っていうのは、そこそこ大きなものだ。それだけの時期離れてたら、みんなから忘れられてしまうんじゃないかって不安だし、これが原因で嫌われたらそれもどうしようって不安だし、でもみんなならそんなことないんじゃないかって思いもあるし……。

 考えがまとまらない。机の上で頭がごろごろ動き回っていく。話を聞く中で何やら考えをまとめているらしいクラリスさんとは対照的に、しゅがはさんはシロをモフっていた。

 

 

「客観的に見て、一時的なものなら留学の方に利がありますね」

「……そうかなぁ」

「ええ、そうです。結局のところ、氷菓さんは『みんな』から離れたくないだけのようですから」

「え」

「あー、そんな感じするよね。あいすちゃん友達大好きすぎるし☆」

「え」

「違うん……?」

 

 

 え。

 あ、いや、その、そういう気持ちが無いって言ったら嘘になるし、否定……するわけにもいかないんだけど。ボクそこまで友達大好き! な人間じゃ……じゃ……。

 

 ……いや。違うだろ。そうじゃない。そこを否定するのはダメだ。

 分かってる。自分自身のことだ。どうとかこうとか言う以前に――――こんなのただの照れ隠しでしかないって。

 そうだ、ただの照れ隠しなんだよ。その程度のことで素直になれなくて、心がきしんで、焦って、どうしたらいいか分からない。

 だからこんなに悩んでるんだ。こんなにも分かりやすいことで、こんなにもどうしようもなく……。

 

 

「すっ……きら、いじゃない……し……」

「もっとはっきりと」

「……大好きです。今度は嘘じゃないっす」

「茶化さずに」

「うー…………好きだよ! 大好きです! みんなのことが好きだから離れたくないんです! ……何のお山ぁ!!?」

 

 

 顔が真っ赤になっているのが分かるくらい熱い――のを感じるのと共に、見れば、すぐ目の前にしゅがはさんの胸。わ、と声を上げる間も無く、そのまま抱き締められてしまった。

 

 

「あ゛-っもういじらしいこと言っちゃってー! くのくのーっ☆」

「むむーきゅっ!? むーっ!?」

「心さん。氷菓さんの息が」

「あっべっ」

「げほっ!!」

 

 

 あ……危なかった。幸せそうな死に方をするところだった……蘇生するけど……。

 いやこれ蘇生してもまたすぐ死ぬな。物理的な問題で。息吸えないし。いや吸えるけどそれしたら人間として死ぬな。

 ……変なところで変な弱点が判明してしまった。いや、肺に直接空気を錬成すれば死にはしないんだけど。

 

 

「あーんもう連れて帰ってよっちゃんと一緒に妹にしたーい☆ お姉ちゃんって何度でも呼んで☆ 呼べ☆」

「助けてクラリスさん! 姉を名乗る不審者が!」

「半分は自分のせいだと言っておきましょう」

 

 

 確かにこの状況、言ってみれば、ボクが普段からあまり自分の想いを表に出さないせいで起きてしまったことだとも言える。

 けど、だからって助けてくれないのはいかがなもんだろうか。そりゃ抜け出そうと思えば抜け出せるけど……。

 

 

「……偉そうに言いはしてみましたが、あくまでそれは氷菓さんの一側面に過ぎません。あなた自身のことはあなたしか分かりませんし、必ずしもその気持ちの通りにするべきとは限りません」

「え? ……あれ? じゃあ今言わせた意味は?」

「それを自覚した上で、決めてほしかったのです。氷菓さんは自分のことになると途端に疎くなりますから」

「……そうだね。さんざん言われたから知ってる」

 

 

 ……知ってるからって何か自分で対策が打てるわけじゃないけど。だからこれも、ある意味では強がりと言える。

 それをよく分かっているせいか、クラリスさんの笑顔はどことなく生暖かい。自分でどうにかなると思ってないからだろう。実際どうもこうもならないからどうしようもない。その上でアドバイスしてくれてるのだから、感謝に堪えないのだけど。

 

 

「どのような選択でも、いずれ後悔はするでしょう。勿論後悔しないことが最善ですが……人間とはそういうものです。あの時ああしていたら、と。たとえそれが後から見つめ直さなければ気付けないことであろうとも、後悔する。人間は完璧な存在ではありませんから」

 

 

 居住まいを正して、クラリスさんの言葉を静かに聞く。クラリスさんもまだ二十歳という若い年齢ではあるのだけれど、その言葉には不思議と経験から来る重みが感じられた。

 むしろ、そう感じているのはボクの人生経験の軽さのせいだろうか。前世と今生で合計三十年弱。まともに人間として暮らしたのはこっちに来てからだ。それだって、あちらでの出来事を引きずってたせいで、大した感慨も抱いてなかったと思う。

 

 でも、思い返してみれば、アイドルになってからは色んな経験をして――そう、今思い返すと、後悔は多い。

 ドラマだって、最初から脚本や演技をより良くするための方法を提案できたかもしれない。ラジオでも口下手だっただろう。バラエティは未だに苦手だし、歌番組でもトークは他のメンバーが主にやってて、ボクはあまり喋らなかった。

 表面的には完璧だったかもしれない。けれど、一皮むけば改善点なんていくらでも出てくる。

 

 

「ですからどうか、自分で決めて、色々な経験をしてください。一度海外へ短期留学するのも良いと思います。日本に残って、もっと仕事をするというのも良いと思います。そして、後悔も、反省もして……楽しんでください。今の氷菓さんなら、それができるはずですよ」

「うん……なんか、恥ずかしいね。こういうこと言われると」

「まっすぐだからねー。はぁとも感激☆ あとちょっと耳に痛い☆」

「何か心当たりでもあるの?」

「後悔はしてたけど反省はしてたっけなぁって、さ……」

 

 

 よし、この話にはこれ以上踏み込むまい。しゅがはさんの経歴から考えると推測もできてしまいそうだけど、ちょっとこう……人生の重みがのしかかってきて押しつぶされそうだから、ボクが突っ込んじゃいけないやつだ。知ってる。

 

 

「……うん。ボク、ちょっと明日色んな人に相談してみる。それから、結論を出すよ」

「そうしてください。一人で悩んでいても、きっと納得のいく結果は出ませんから」

 

 

 さしあたっては、まずおじじと先生。それから姉。スターライトプロジェクトのみんなと、先輩たちと……。

 ……うん、できるだけ話を聞いていこう。それから判断しても、何も遅くない。専務さんも、それを見越して時間をくれている……はずだと思う。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 なんだかんだあって、また後日、ボクはあちこち走り回って、色んな人に色んな意見を求めた。

 ニュージェネの三人には……卯月さんが特にそうだったらしいのだけど、過去、三人でい続けること――ニュージェネであることに拘り続けた結果、悪循環のスパイラルに陥ってしまったらしい。そういう経験も踏まえ、環境を変えることも一つの道だというアドバイスを貰った。

 あるいはクローネ。奏さんは「二年目でもまだ地盤を安定させる時期だと思うけれど」という、至極まっとうな助言をくれた。ボクの背景事情を知る美嘉さんたちは、そこから更に一歩踏み込んで、もうちょっと精神的に安定してから、ということも言っていた。

 

 どれもこれも正しいことだと思う。どれも尊重すべき大切な意見だ……けれど、それに拘って自縄自縛に陥ることだけはしてはいけない。それでは昔の、自由すら知らない時のボクと同じだ。

 聞いたことをよく吟味して、これから先必要なことを考える。多角的に考えて、最終的に納得のいく結論を出す。

 

 ……そのために、最後に話を聞こうと思っていたのは、いつもの二人。晶葉と、志希さんだ。

 いつものことのように、先の、専務さんに留学を打診された件を語り出す。二人はまるきりいつものようにだらっとリラックスした雰囲気で聞いて――やがて、こう答えた。

 

 

「「留学ってそれ意味ある?」」

「えっ」

 

 

 意味。

 意味と来た。意味。

 ……いやちょっと待てよ!?

 

 

「意味ならあるでしょ!?」

「アメリカだよね~? で、そこの技術とか学んでくるんでしょ? ひょーかちゃん別にいらなくなーい?」

「見れば覚えるだろキミは。表現技法だの何だのを一々学びに行かなくても、その映像なり何なりを見ればすぐコピーできるじゃないか」

「……あっ」

 

 

 ……盲点だったわ。

 そう、そもそもボクは構造解析や映像記憶能力で、一度見たものは忘れずに即座に再現できる。たとえそれがどれほど難しくとも。人体の構造を無視してるとかでもなければ。

 今までずっとそうしてきたし、それで何の問題も無かった。模倣を基により良い表現を模索もしているし、時にはそれぞれのコピーを組み合わせるなりなんなりして更に良いものを創り上げようとしている。

 

 で。そうなると、海外の特殊な技術だろうが、魅せ方だろうが、VTRなりDVDなりを見れば即模倣できるということだ。脚本のノウハウやメイクの方法なんかもそう違いは無いだろうし、実質的に「学びに行く」という目的は無くても問題無いような……。

 仮にあっちでしか学べないことがあるとしても、半年も必要無い。それこそ目の前で見せてさえもらえれば五分ででもできる。

 ここにきてのこれである。構造解析は日常にてマジ万能。

 

 

「うわぁ……自分のことながら何で忘れるんだよボク……」

「それに、別にアメリカの学校も楽しいものじゃないしね? こっちいた方がいいよ~♪」

「そうだぞ。それにまだ作ってない発明品もあるじゃないか!」

「別に今すぐ行くわけじゃないんだからそっちは問題無いでしょ……」

「う、うるさい。ド忘れしてただけだ!」

 

 

 晶葉がそう言うならそうなんだろう。晶葉ン中ではな。

 しかしなー……これ、どうしよう? 別に何もかもダメってワケじゃないんだ。例えばコネ作りだって趣旨の一つなんだから。

 ……なんだけど、うーん……。

 

 

「……やっぱり問題は、期間がちょっと長すぎるってところなんだよね。九月から半年だから、中学卒業しちゃうし」

「うむ。下手すると文化祭も卒業式も出られんな」

「それがちょっとキツい。割り切る分には割り切れるんだけど」

「大事な大事な思い出だもんね~」

「かと言って行かないってのもね……さて」

「じゃあ期間を短くするよう直談判してみたらどうだ?」

「それいいね。で、どうやって?」

「おくすり嗅いでもらってー、ぼんやりしてるところにどーん! ってカンジ?」

「悪の組織か何かのやり方か」

 

 

 それは流石にマズい。というか下手したら何も覚えてないってこともありうる。契約関係が絡む以上、前後不覚にして……っていうのは悪手だよ。

 そもそもこの時の話覚えてなかったら、先方に連絡するってこともできないし。

 

 

「ちょっとその辺も含めて、できるだけ短い期間にならないかって交渉してみるよ。あと、行事ごとに戻って来られないかも確認する」

「そうだな、それがいい……が、氷菓にできるかぁ?」

「口ベタだもんね~♪」

「失敬な。ボクだってやればできるさ」

 

 

 過去にやったことがあるとは言っていない。

 ……でもまあ、やりようは分かる。その辺の実践と思えばなんてことはないさ。

 

 

 

 

 

「というわけで、留学の期間一週間くらいにしてほしいんです!」

「キミは少し頭の調子が悪いのかな?」

「失礼な」

 

 

 決断したら即行動。というわけで専務さんにアポ取って適当な時間に要求を伝えてみると、一発で突っぱねられた。

 というかまず頭の調子を心配してくるなんて、専務さんもだいぶボクの扱いについて学んできたな。自分で言っててなんだけど。

 

 

「留学の件なんですけど」

「一週間では流石に短期留学というよりただの旅行だ。それだけの時間で全て学んでこられるわけがないでしょう?」

「映像記憶できるので大丈夫です!」

「……まあそれはそれとして。その短期間ではそれ以外のことができなくなる」

「関係各社への面通しとコネクションの構築とかですか」

「そういうことになる」

 

 

 うん、だいたい想定通りの回答だ。

 けど、それだって半年かけなきゃどうしようもないことというわけではない……はず。勿論親密な付き合いをするに越したことは無いけど、仕事をお願いする程度であれば、多分そう。

 

 

「しばらく考えたんですけど、ボクはやっぱり……一緒にアイドルやってるみんなや、会社の人たち、プロデューサーに専務さんも、みんなが好きだから、アイドルをできてるんだって、思ったんです。できれば長く離れたくない……っていう思いは、汲んでほしいんですけど……」

 

 

 そう言うと、専務さんは何やら考えるように口元を手で覆った。

 そうして数秒ほどの沈黙の末、返答を告げる。

 

 

「……五か月はどうだ?」

「一か月……」

「四か月」

「一か月半で」

「………………三か月」

「あ、じゃあそれで」

「……粘っていたのにあっさりと受け入れたな!?」

「ボクとしても、色々相談した結果そこが妥協点かなと思ってましたので」

 

 

 それこそさっきの話の続きだ。仕事をお願いしたりする程度のコネクションであれば、三か月もあれば十分じゃないか、とおじじは言っていた。そして、社員……この場合、アイドルか。そういう、あくまで被雇用者の立場にある人間が他社とコネクションを持てたとしても、それを活かすことは難しい。繋がりをより強固なものにしていくのは、あくまで会社の上層部であっていち社員ではない、とも。

 

 

「九月から数えて三か月なら、二学期丸々……程度で済みますし、入試や卒業式にも行けますから、ちょうどいいかなあと」

「そうか……本気で言っているのかと思って肝を冷やしたよ」

 

 

 ……まあ、できればもうちょっと短くなんないかなぁと思わないでもないけど、それは口にしないことにした。さっきも言ったけど、ここが妥協点だ。

 ボクも、専務さんも、ギリギリで納得できる場所。これより長期だと長すぎるし、これ未満だと短すぎる。

 

 

「ちなみにですけど、もし断っていたらどうしていたんですか?」

「より意欲の高い者に行ってもらおうと思っていたよ」

「なるほど。ちなみにどなたを?」

「ヘレンだ」

 

 

 納得の人選だった。

 そうか……ヘレンさんか……。何でだろう。途轍もなくしっくりくるし、妥当だと思えてしまう。

 アメリカの風土がそうさせるのだろうか。だとしても何故あの人はこんなにも違和感を喪失させてしまうのか。ヘーイ、と、アメリカンな呼び声が頭の中でこだまする。

 ……え、ええと。ともかく、いざ行くからには、行けなかった人の分まで頑張ってこよう……。

 

 

 







 余談

「専務さん、なんだかきげんがいいでごぜーますよ!」
「そう見えるか?」
「見えるでごぜーます!」
「そうか……ふふ。確かに、人から好きだと言われたのなら、少しくらいは機嫌が良くなるかもしれないな」

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