青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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終:From blue sky, Dear to idol.

 

 ――――アイドルって、何だろう。

 

 人によれば、それは憧れ。

 きらきらきらきら輝いて、見るものを魅了する星の輝き。

 

 人によれば、それは希望。

 その姿は見る者の心を突き動し、心に暖かいものをもたらす日向のようなぬくもり。

 

 

 ――――アイドルって、何だろう。

 

 その疑問の答えを、持ち合わせていない人はいない。

 きっと、良くも悪くも、その人なりの答えは持っている。

 けれども、ずっと前のボクにそれは無かった。捉えていたのは言葉だけ。一切の感慨も持たず、ただ――そう。以前のボクにとって、言うなればそれは「アイドル」という文字以上には捉えられなかった。

 

 テレビの画面の中にいる人で、なんだか人気――らしい。注目されている――らしい。

 好奇も、嫌悪も、忌避も、感心も無い。一切の虚無。人づてになんとなく聞いて、ただ漠然とこの世にそういう職業がある、というだけの認識だった。

 

 

 じゃあ、今は。

 

 

 ――――今のボクにとって、アイドルって、何だろう。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「絶対に許さんぞこのクソメンタル!! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!」

「いい゛いい゛いぃやああ゛ああぁぁ~!! 助けてPサマーッ!!」

「がなりたてるなぁ!  喉じゃなくてお腹から声を出すんだよ!!ただ大声を出すんじゃなくてクリアな声を出せぇ!!」

「ああ゛ああああ゛あああああぁ゛ぁ~!!」

「アイドルは人気商売だ! ナメるなよーっ!!」

「宇宙の帝王か王子かどっちデスか」

「今日はいつもの倍くらい怒ってるけど、どうしたんだろう?」

「一ノ瀬サンのサボり癖のこと言ってみたり、さと……はぁとサンのこと引き合いに出して、早く仕事くれって……」

「んご……」

 

 

 四月初旬のレッスンルーム。新人三人の自主レッスンに付き合っていたボクは、かれこれ一時間弱激怒し続けていた。

 

 志希さんがサボってるのは事実だから、まあそこは言われるのもしょうがないと思ってボクも我慢した。

 しかしそこからコンボを繋げてくるとは思いもしなかったよ……「一ノ瀬さんもレッスンあんまりしてないんだし、はぁとさんみたいにガツガツ仕事に行けば人気出るでしょ? それに場数踏むことも大事だと思うんだよね~」? 志希さんは天才だからこそレッスンに多少出なくても問題無いんだよ! 家族との確執や自分の天才性そのものに翻弄された結果、日常の出来事を見て、そうは思いたくないのにふと「つまらない」と一度思ってしまうと興味を失う――ただ失踪してるんじゃない、あれは複雑な内心が常に揺れているからこそ、心の安定を求めて失踪してるんだ!

 そしてしゅがはさんみたいにと言ったがそれもいただけない! しゅがはさんがガツガツしてるのは、本人も言ってる通り「だいぶもう後が無い」からだ! 年齢もあり、タイミングもあり、そして何より、アイドルになるより前から努力を欠かさずしてきて、アイドルになってからも自分を貫き通して、信念を持って自分のキャラを表現しようとしているからこそ、仕事を求めてガツガツしてしまっているんだ。しゅがはさんみたいにやりたいなら努力は最大前提なんだよ!!

 

 りあむさんは自分のことをクソザコメンタルなんて言ってるが、どこがザコだ。そう自称してるだけで絶対に折れないクソメンタルじゃないか!!

 オマケにこのクソメンタル、わざとなのかそうじゃないのか分からないけど、ネットで聞きかじったような知識でめちゃくちゃ煽ってくる! 本人に煽ってるつもりは無いのかもしれないけどさぁ……。

 

 

「でもなんだかんだ言って手を出してないのは褒めていいとこかも」

「じゃなくてほら、手を出しても負けそうんご……」

「………………」

「生暖かい目で見ないでくれないかな」

 

 

 事実そうなんだが。

 あの胸! あの途方もない(ウェイト)のせいで、ボクは実力行使に出たらどうしても押し負ける。

 本気になればなんとでもなる。が、当然だがボクは本気になってはいけない。相手はメンタルはともかく一般人だ。怒っちゃいけない。

 

 フゥー……そう、どこかの蜘蛛の人も言ってるじゃないか。大いなる力には大いなる責任が伴うとかなんとか。多少……こう……私欲のために使うようなことがあっても、私怨のために使っちゃいけない。容易に人が死ぬような力なんだから。

 

 発声を終えたりあむさんは息も絶え絶えだが……まあ、その辺に転がしておけばそのうち復活するだろう。

 

 

「今更だけど、アイドルがレッスンもできるって結構おかしいデスよね」

「まあおかしいよ。他の人に頼んだりしないようにね」

「頼まんデスよ」

「おかしな自覚はあったんだ……」

 

 

 その辺は流石に分かる。ボクの感性は一般的ではないけれど、トレーナーさんたちが人にものを教える時に相当苦労しているのは、見ているだけでも伝わってくるから。

 ボクのラブソングの時もそうだったし、あと……アイドルになったばっかりの頃、体力づくりで相当苦労をかけてしまったし。

 

 で、何でボクができるのかだ。

 教え方というものを理解した……のではない。人に教えるというのは、伝達……つまり、コミュニケーションの一環だ。多少口下手なところのあるボクには向いていない部分もある。

 それでも人に教えられるというのは、言ってみれば解析能力の賜物だ。見るだけで1から10まで理解できるからこそ、それがどういう成り立ちで、どういった理論のもと行うべきなのか、というのが分かる。それをそのまま人に伝えれば、結果として、1から10まで伝わることになるので、トレーナーさんたちと似たようなことができる。あとは理解力の問題だ。

 ……そんな感じのことを(錬金術に関わることを除いて)伝えると、あきらさんはなんとも絶妙な顔でこう言った。

 

 

「言いたいことはわかるけど、何言ってんのか分からんデスよ」

 

 

 えー。

 

 

「そんなことができるのにアイドルやってるのも不思議だよね」

「そこ言う?」

「いやホントに。エリクシアのみんなって何でアイドルになったんデスか? 他の道でも多分成功してたと思うんだけど」

「最初は別にコレって理由があったわけじゃないんだけど」

「えぇ……」

 

 

 いや本当に。

 今思うと、最初は本当にイヤイヤだったな。あの時のボクの態度もあんまり良くはなかった。

 

 

「ボクら三人スカウト組だからね。全員、何かしら強い意欲があったかって言われるとそうでもないし……」

 

 

 ……うん。こう言うとかなりアイドルとしては不良だな。

 実際、当時のことを思い返すと、「できるのだから、やれと言われたらやる」くらいの気持ちしか無かったように思う。問題はあまり起きなかったけど、積極性があるわけでもなかった……なんて、もう深く考えなくても分かるくらい意識低いな!

 

 

「……なんとかうまく噛み合ってくれたおかげで機能してたけど、もしもうちょっと歯車がズレてたらどうなってたんだろうね。志希さんはやる気があんまり出なかったかもしれないし、ボクは今ほど積極的になれなかっただろうね。晶葉は……いや、晶葉は大丈夫か」

「晶葉サン『は』?」

「ボクらの中で、一番精神的に強いのが晶葉なんだよ。仮にエリクシア組んでなかったとしても、晶葉は多分、今とそれほど変わらないんじゃないかな」

「志希サンが一番強いんじゃなく?」

「志希さん、実は繊細な方だから」

 

 

 そういう風に見えるかって言ったら微妙なところだけど、そこは本人の普段の素行のせいと言っておこう。

 普通のものごとに対してはあんまり頓着しないし、興味も持ってないから何が起きても気にしないから、一見するとまるで何事にも動じないように見えるのは間違いない。けど、志希さん自身の内面に触れると、そうも言えなくなる。それを理解できる人は少ないけど。

 

 

「で……えーっと……アイドルになった理由だっけ。っていうか、それなのにアイドルを続けてる理由って言った方がいいのかな」

「どっちでもいいデスけど」

「んー……と……」

 

 

 言っちゃダメ……ってことはないけど、恥ずかしいな。そこまで高尚なものじゃないし……。

 でもクラリスさんに言わせてみれば、こういう時に誤魔化すのがダメって話だっけ? それとこれとは違うか?

 ただ、うーん……こういうのはひけらかすようなものでもないしなぁ。

 

 

「逆に聞いてもいい?」

「質問文に質問文で返すのは0点デスよ」

「ボクは国語が苦手なんだ(当社比)」

「なら仕方ないデスね」

 

 

 そういうことになった。

 

 

「あきらさんは何でそんなことを聞いたの?」

「自分もスカウト組なんで。やっぱり、やる意義とか、意味とか。飽きるまでやるつもりだけど、そういうの、他の人はどう思ってるんだろうって」

「ははぁ」

 

 

 なるほど、そういうことか。ある意味、前のボクと似たような状態ってわけだな。

 いや、あきらさんの方が精神状態が健全なのだし、比べたところで……って部分はどうしてもあるけど。

 

 

「じゃあ秘密」

「えっ」

「ここまで言ってそれは無いよ~!」

「ごめんね」

 

 

 でも、これもそれなりに理由はある。

 

 

「でも、ボクが下手なこと言っちゃったらそれが指針になっちゃうでしょ。それって、やっぱり自分だけの目標とか目的を見つける邪魔になっちゃうと思うんだ」

「そんなもんデスか?」

「勿論、人による部分はあると思う。けど……やっぱり、みんなには自分なりの答えを見つけてほしい……なんて、ちょっとクサいかな」

「クサっ」

「テレビの中の『氷菓ちゃん』じゃないから違和感があるんご……」

「やだこういう反応逆に新鮮」

 

 

 普段の行動範囲が事務所と学校と寮、あとは仕事の現場くらいだし……仲のいい相手からは、テレビと同じような態度をしていると違和感がある、とか言われるだけに、こういう反応はなんとも珍しい。

 でも、これは本心だ。ボクの理由なんて正直言って全く参考になるもんじゃない。参考にするようなものでもない。これはあくまで、空っぽだったボクだからこその理由だ。

 あきらさんも、あかりさんも……今はアイドルになる理由なんて無くても、ボクよりも遥かに人間としてちゃんと生きて、ちゃんとした人生経験を積んでいる。だったら、いずれは自分だけの何かを見つけられるはずだ。おぼろげにでもそれが見えてくるまで、ボクのことは話すべきじゃない。

 りあむさんは知らん。あの人はもう既に歪んでてもそれなりの芯があるっぽいし別にいいだろう。チヤホヤされたい、目立ちたいってのもそれはそれで理由だ。それこそが自我を確立させる手段だと言うならそれでもいいんじゃないかな。ただ、それに見合った努力はしてほしいけど。

 

 

「まあボクに対する印象も、アイドルをやる理由も、これから徐々にどうにかしていけばいいよ」

「はあ。まあそういうことなら」

「それじゃあ、自主レッスン再開しよっか。もう時間無いし」

「はーい」

 

 

 ……さて。

 単に自主レッスンすると言うのなら、別にボクが面倒を見る必要は無い。適してるのは確かかもしれないけど……だからってそれこそ、本当なら「必要」は無いんだ。

 けれども、こうしてみんなのレッスンの講師役になっているのは――今度の春フェス、三人にボクらの新曲のバックダンサーになってほしいと頼んだからだ。

 

 随分前に美嘉さんの家に行った時に聞いたのだけど、二年前の春フェス……だったと思うけど、美嘉さんが「TOKIMEKIエスカレート」を歌う時に、ニュージェネの三人がバックダンサーを務めたらしい。その後、ニュージェネ……というか未央さんと武内Pとの間でちょっとひと悶着あったらしいのだけど、それを踏まえた上で、予防策は講じているとのこと。

 それに倣う、というわけじゃないけど……まあ、ボクらも二年目で実質的にはまだまだ新人なのだから、空気を味わうだけでも、ということで今回は三人にバックダンサーを頼んだわけだ。この自主レッスンはそのためのものになる。

 

 三人とも、筋は悪くない……と思う。約一名手を焼いてる人がいるが。

 春フェスまで、あと数日。

 

 歌うのは、友達(リルルさん)に貰った、ボクらの新曲だ。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 春フェスの参加が決まった時、正直に言うとボクはあまりこう、夏ほどの興奮は覚えなかった。

 というのも、去年の春フェスにはボクらスターライトプロジェクトの面々は参加していなくて、どういったものになるかがいまいち想像できなかったからだ。

 でもまあ、夏……よりは若干人の集まりは落ちるようだけど、それでも相当の規模になることには間違いない。その点を言えば、何も感じなかったとは言えないのだけれど。

 

 四月初旬。春フェスの始まりを目前にして、ボクらは自分たちの楽屋で軽く話し合いの席を設けていた。

 議題は、今回歌うことになっている一曲。また、それを提供してくれたある友人についてのことだ。

 

 

「そもそもおかしくはないか? リルルが『コレ』のことを知ったからアイドルを志したのであって、本当なら歌の方が先に無ければいけないはずだ」

「とは限らないんじゃないかなぁ」

 

 

 リルルさん。空の世界に暮らす、「アイドル」を目指しているハーヴィンの女の子。

 彼女はある曲――今回ボクらが歌うことになっている曲を聞き、「アイドル」のパフォーマンスを目にすることでアイドルを志すことになった。

 しかしおかしなことに、その歌っていた当人……ヴィーラさんやマリーさんと言った人たちは、そんな曲を歌ったり踊ったりしたようなことは無いという。

 

 あちらの世界でアイドルの概念が生まれたのは、凛さんたちが「あちら」に行ってからのこと。それも局所的なものだ。

 全空にアイドルの概念は浸透しきってないし、リルルさんのいるような田舎ならばなおのこと。そもそも彼女がアイドルという存在を知覚していること自体がおかしいのだが――これはそのお話だ。

 

 

「にゃんでー?」

「歌っていうのは神様に奉じるものであって、歌手は巫女の一種と捉えることもできるでしょ。あっちの世界の巫女さんって基本、超能力を持ってるものだよね」

「まあそうだな……そうかな?」

「そうなんだよ」

 

 

 少なからずそういう部分はある。

 例えばディアンサさんとか、ペトラさん、サラちゃん。そういう人たちは強い魔法の力を持っていて、時によっては本人の意図しないところで超常現象が起きたり、あるいは何らかの力の作用で、起きる超常現象に指向性を持たせたりもできる。力の大元になるのが星晶獣のものなら、彼らと心を交わすことでそれを成し得ているということもあるだろう。

 何にせよ、巫女というものは大なり小なりふしぎなことを起こせるものだ。

 

 

「例えばさ、そういうフシギ能力を無意識的に使って予知夢を見たとしたらどうだろ。ボクらが歌ったものが流行って、あっちの世界から開祖様たちが来られるようになったりしてさ。で、グランサイファーでアイドルってものが流行ったりして、更にその後……みたいな」

「んーまあ筋は通ってるけど、ちょっとパンチが足りなくなーい?」

「これでも既に荒唐無稽すぎて割かしパンチききすぎてない?」

「いやまだ何か突っ込める余地はあるだろう。そうだな……幻の最後のメンバーは氷菓とか」

「ンなアホな」

「分からんぞ。そういう荒唐無稽なことがあり得る世界だ」

「それならボクら三人全員とかいっそあっち行ったことある人全員とかにしようよ」

「それもいいねー」

 

 

 まあ常識的に考えれば新団員とかなんだろうけど。

 あの騎空団だいぶ規模大きいし、そういう目的で入団する人がいてもおかしくないんじゃないかな。

 

 

「だが、幻聴や幻覚だと断じるにはあまりにも状況が整いすぎているな」

「でしょ? 元々ハーヴィンの人たちって魔法力強い人が多いらしくてさ……予言ができたり予見ができたり、じゃあそういうのも、ありえなくはないかと思って」

「夢があるねー♪」

「そだね」

 

 

 確実なこと何も無いけどね。

 何事も言うだけならタダだ。というか、今この時点で「あちら」に渡る方法が無い以上、状況証拠から推測する以上の何事もできない。推測の精度自体は高いと思うけど。

 交信はできるのだから、この予測は既に伝えてある。あちらとしても他に判断材料が無いとのことなので、まだそれ以上の話には発展してないけど。そもそもそれ以外のことで死ぬほど忙しいらしいし。

 具体的な原因究明も、最低限あっちとこっちの行き来ができるようになってからじゃないかな。

 

 

「じゃ、ちょっと話変えるけど~……何であのコたちバックダンサーにスカウトしたの?」

「何か理由要るかな?」

「要るだろ」

「……毎年毎年、どころか去年もおととしも年二、三回はあっちに行っちゃう人いるじゃん。今年の最有力候補はあの三人を含めたプロジェクトのメンバーだと思うんだよ。何かしらであっちに行くようなことがあったら、気にかけてあげられるかなあって……」

「あー……」

「……思うだけじゃダメだし、位置を探知できるように探査素子くっつけて」

「キミはホント変なところで用意が良いな……」

「奇跡は何度も続かないんだよ」

 

 

 今までに死傷者が出てないこと自体が奇跡に近い。なので、次にあちらに行く人が出てきた時のためにも、本人に気付かれないよう、魔力的な探査素子をくっつけてたりもしている。

 これで空の世界に行っても、開祖様たちがすぐに気づいてくれる……はず。そうじゃなくても、こちらの世界にいないことにボクがすぐに気付ける。リスクは減らしておかないとね。

 

 

「でもそれだけじゃないだろキミは」

「後輩にいいカッコしたいんだよね~?」

「うぐ」

「やっぱりか」

「でもいいと思うよー♪ 前ならそんなこと全然考えなかったでしょ。にゃはは♪」

「見栄を張ることも考えられるようになったということだな。いいことじゃないか」

「見栄っ張りになるのは良いことかなぁ……?」

「それも遊び心というものだ。余計なことを考えないよりよっぽど人間らしい」

 

 

 そういうもんかなぁ。

 人間らしさの定義ってものはいまいち分からないし、そういう風に思ってくれるならそれはそれでいいけど。

 

 

「そんなことより、今日ボクらの衣装合わせだけじゃないんだから。あきらさんたちのも見に行かないと」

「ん? ああ、そういえばそうか。仕方ない、志希、行くぞ」

「えーまだ眠たーい……」

「今ペラッペラ喋ってたじゃん」

 

 

 渋る志希さんを引っ張って、三人で衣装室へ向かうと、部屋の外で待機している戸羽Pを見かけた。どうやら室内で衣装合わせをしているようだ。

 軽く挨拶をして部屋の中に入る――と、水色と青、白という、空の色を思わせるような衣装に身を包んだ三人の姿が見えた。

 

 

「お疲れ様。衣装合わせは終わったみたいだね」

「あ、うん。これでいいデスか?」

 

 

 と、服の裾をつまんだり、肩越しに自分の背中の方を見ようと、あきらさんが身じろぎする。

 見たところ、数か所、ちょっと見栄えの良くない部分が散見される。装飾が曲がっていたり、スカートのすそがちょっと折れていたり……ええと、いちいち指摘するのも面倒だな。

 

 

「こことこことここ、ちょっと直した方がいいかな。待ってて」

「あ、いや、自分で……」

「自分じゃ意外に見えないもんだよ。ちょっと待って」

 

 

 ちょっとだけ強引かな? と思いつつも、目についた個所をそれとなく正していく。裾に襟……ダンスの最中激しく動くことになるのだから、少々大丈夫、見えない「だろう」……というのは通用しない。ちょっとのことでも人はつい目に留めてしまうものだ。場合によっては、それで全体の印象が悪くなることもありうる。

 アイドル……に限った話じゃないけれど、アイドルになってからは「見栄を大事に」とはしょっちゅう言われることだ。ボクがだらしなくしてると、ユニットを組んでる相手もだらしなく見られかねない。時によっては、そんな体たらくでも許される346プロ全体が……ともなりかねない。

 ……いや、まあ、その。できてるかって言われたらちょっとあれだけど。

 

 ともかく、衣装はこれでよし。

 

 

「うん、できた。いい感じ」

「……ありがとございますデス」

「にゅっふふふーおーおー世話を焼く焼くー」

「何さ」

「こうやって見ると氷菓も実は姉キャラなのだなぁという話だ」

「レアでしょ」

「いや……レアかって言われるとそこまで大したものでは……」

 

 

 ちくせう。

 

 

「いいかあきら。今の氷菓は割と先輩風吹かそうとして躍起になっているだけだからな。多分ひと月もたないぞあれは」

「そうなんデスか」

「晶葉はすぐ水を差すよね!」

「水を差されるような隙だらけのキミが悪い」

「すごい勝手な理屈んご……」

「でもその通りだ……」

「認めるんデスか」

 

 

 ボクらの中ではそういうことになっている。実際、破綻の無い理論を示すのが一番いいんだよ。

 アイドルは、常に自分の発言に注意しておくべきだ。そういう意図が無いのだとしても、どんな恣意的な編集をされるとも分からない……それは去年、ボクの家庭環境について放送された時に嫌と言うほど思い知っている。

 勝手な話だし、怖い話だ。でもこの道を選んだ以上は徹底するべきだと思う。そうすることが自分の、ひいては自分の周囲の人を守ることにもつながるのだから。

 

 

「ぼくのイメージとちがう……やむ……氷菓ちゃんって究極の妹キャラみたいなとこあるぢゃん……」

「だーいぶ勝手なイメージ押し付けられてるけどいーのかにゃーん?」

「いいよ別に。そのうち補正されるでしょ」

「そもそも妹キャラであることも事実だからな」

「それな」

 

 

 忘れてもらっちゃ困るが、旧ボクんち……というかあおぞら園は児童養護施設である。入所している人間の入れ替わりはそれなりに多く、ボクより年上の「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」は数多くいた。なので、姉でも妹でも間違ってないというのが実際のところだ。

 まあ、その話は今はいいや。三人が集まってる今だからこそしなきゃいけない話もあるし。

 軽く咳払いして、晶葉たちに合図を送る。

 

 

「無駄話はこのくらいにしよっか。三人は今日初めてステージに立つわけだけど、一つ忘れないでほしいことがあるんだ」

「それは……?」

「チヤホヤされる秘訣……!?」

「りあむサンちょっと鬱陶しいんで黙ってください」

「えっひどい」

「まあ、そうだとも言うがな」

「言うんご!?」

「結果的にはそうなるよね~」

 

 

 志希さんがそう言うと、あきらさんたちは互いに顔を見合わせた。こういう話がボクらの口から出ることが意外だったのだろうか。

 

 

「何度も言ってるけど、アイドルは人気商売だから。最終的には、りあむさんの言う『ちやほや』されなきゃいけない面もある。それは確かなことだよ」

「だがそれは結果だ。それ以前に、ライブを成功させなければ結果もついてこない。それだけは分かってほしい」

 

 

 多少ならず、三人の間に緊張が走った。相変わらずやむやむ言ってる人がいるがあれはそういうルーティーンだということにしてほっとこう。

 けど、とボクらの言葉を引き継ぐように、志希さんが続けた。

 

 

「それよりも更にそれ以前にね、ライブを楽しんでほしいんだよね~。それが、あたしたちがプロデューサーから教わった最初のこと♪」

「楽しむ……」

「へ、へーい!?」

「単にそう言うのとはちょっと違うかな……」

 

 

 それで楽しくなるんだったらそれでもいいけど。いや、それも、仲のいい相手とだったら、楽しいか。

 

 

「アイドルのみんなが楽しんでライブをしてたら、お客さんも楽しくなってくるんだよ。みんな一体になって(ボルテージ)を上げて上げて、化学反応を起こして大爆発! それがあたしたちのライブ♪」

「みんなにはみんなのやり方はあるだろうけど、こういうやり方もあるんだよっていうことだけでも、今日は覚えていってくれると嬉しいな」

「もっとも、私たちも存在そのものが346プロ最大の誤算くらいに言われているのだ。ライブパフォーマンスも含めて記憶に残るようにはしてみせるとも」

「ごめん晶葉その前評判完全に初耳なんだけど」

「言われててもおかしくないと思わないか?」

「……かも」

 

 

 それはまあちょっぴり思う。

 でも、それによって思いがけぬ結果が得られたという意味では、化学反応と言い換えられもする。何事に関しても、世の中、そういう「誤算」に溢れているものだ。

 ボクらのことはある程度プロデューサーたちの勘定に入ってるとしても……例えばミラ・ケーティ。あれも色んな意味で化学反応が起きた組み合わせだと言える。今この場で言っても、あきらさん、あかりさん、りあむさんのユニットと言うと、流石にちょっと冗談か何かを疑うくらいだ。

 

 けれどそのくらいの方が、それこそ志希さんの言う「爆発的な化学反応」が起きる可能性だってある。

 勿論、そうなってほしいし、そうなるのが一番いい。このライブの経験がその起爆剤になったら最高だ。

 

 

「ま、いっか。それじゃ、リハ行こうか!」

「投げたな」

「投げたね」

「うっさい」

 

 

 ……そんなこんなありつつ、六人で揃って会場の方に行くと、既にある程度の準備が整っていた。

 今回の曲は、床下から飛び出すポップアップなどの大掛かりな仕掛けは使わない。純粋に、磨き上げた歌と踊りだけを披露することになる。

 これはただ、自分のためだけに歌う曲じゃない。友達のために歌う曲でもある。気合の入り方も、いつも以上だ。けれど頭脳は冷静に。最高のパフォーマンスには、最適な動きがあるのだから。

 

 

「テスト入りまーす!」

「わ、すごい」

 

 

 スタッフさんの掛け声に合わせて、スクリーンに次々と映像が浮かぶ。船、空、手紙、それから星空。曲のテーマになぞらえた映像は、流石に晶葉も調整に一役買っただけあって寸分の狂いも無い。

 それを見て、あきらさんたちは自分たちが「そういう」会場にいて、自分たちがライブを作り上げる側になったのだと、今改めて自覚したようだった。普段は少しだけぼんやりとしている表情が堅く見える。

 

 

「緊張してる?」

「まあ……しないことは、ないデスよ」

「だよね。ボクも最初そうだった」

「そういう時、どうしてるんデスか?」

「そうだな……」

 

 

 初ライブから一年。まだ今でも緊張はする。けれどもあの頃と比べると、むしろ緊張するからこそ、それを、心を奮い立たせるための材料にできるようにもなった。

 あきらさんに言われて改めて考えると、あの頃から、ボクが緊張を和らげる方法はあまり変わってない。

 

 

「笑顔かな」

「笑顔」

「自然にライブを楽しんで、笑顔になる。ボクにとっては、これが一番大事なことかな」

 

 

 不器用なあの頃と違って、今は自然な笑顔を作ることができる。いや――自然に、笑顔になることができる。

 それでも今は笑い方がいまいち分からないだろうあきらさんに向けて、あえて指で軽く頬を持ち上げて笑顔を「作って」見せた。

 

 同じように、不器用に作った笑顔が返される。その瞬間、見上げたスクリーンに新曲の題名が踊った。

 

 

 ――――「キミとボクのミライ」、と。

 

 

「さ、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 

 

 

 ――――今のボクにとって、アイドルって、何だろう。

 

 

 それは、「自由」を表現するための手段。

 かつて、ボクが持ち得ていなかった「自由」の概念を伝えるためのもの。歌で、踊りで、表情で。あらゆる表現で示すことができるもの。

 

 それは、憧れに近づくための手段。

 かつて空虚だったボクが、こうありたいと想った人に追いついて、追い抜いて、こんなにも成長できたんだと示すためのもの。

 傲慢かもしれない。自信過剰なのかもしれない。けれど、そう在りたいと願ったからには――そういう風に、生きていきたい。

 

 

 それは、ボクにとっての、一番の絆。

 友達に出会った。親友ができた。通り過ぎたものを振り返った。暖かく見守ってくれた。導いてくれた。生きていく意味をくれた。

 アイドルになったから、沢山の人と出会えた。中には良い出会いじゃなかったこともある。けれどもそれも、過ぎて見れば、今のボクを構成する一要素の一つだ。

 大好きな友達ができた。大好きな人たちのことを、もう一度見つめ直すことができた。生きていくことが、好きになった。

 

 

 それこそが、今のボクにとっての「アイドル」だと、胸を張って言える。

 それこそが、一年という時間の中で、ボクが得たものだって。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 陽の光が差す部屋の中、携帯端末が音も無く一枚の便箋を吐き出した。

 きらきらと、輝きを纏って現れるその紙は、どこか幻想的な雰囲気を纏っていて、現実味に欠ける。

 

 その光景を見た者がいれば、自分の目を疑うことだろう。

 部屋の主がそれを見たとしても、しばらくは自らの見たものが真実かどうか、疑うはずだ。

 

 けれども確かな研究の成果として、それは成った。

 

 

 一枚の便箋。星の輝きを纏って現れた、青空のような色味の手紙(レター)

 その書き出しには、こうあった。

 

 空の世界より(From blue sky,)アイドルへ(Dear to Idol)――――――。

 

 

 













 本作は一旦これにて完結とさせていただきます。
 一年強、ご愛読ありがとうございました。
 本編の方は完結とさせていただきますが、完結後も時々「続」として更新を行う予定です。

 詳細なあとがきは活動報告に載せておきますので、お時間があればそちらの方もご覧ください。


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