青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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後:ボク自身が――になることだ

 

 

 (あっち)の世界には、ヴァンパイア一族という種族がいる。

 こっちで言う「吸血鬼」と……日光のもとでも普通に行動できたり血が絶対に必要ってわけじゃなかったりと、細かな違いはあるけど、だいたい同じような種族と思えばそれで合ってる。

 ボクの知る中では、ヴァンピィさんとヴァイトさんという姉弟(きょうだい)がこのヴァンパイア一族にあたり、団長さんの騎空団に所属している。

 

 さて。

 何で突然こんなことを考えてるかと言えば、それは――自称「吸血鬼の末裔(よるがた)」という黒埼(くろさき)ちとせさんとその(しもべ)だという白雪(しらゆき)千夜(ちよ)さんが、今日の仕事に同行してきているからだ。

 今回のお仕事は「幽体離脱フルボッコちゃん」第四期、「Calamity!!!!」のメインビジュアルの撮影だ。とは言っても合成の都合で一人ひとり別時間に撮影することになるのだけど。

 

 でもスタッフさんってすごいよね。てんでバラバラな写真なのに、いざ合成したら合成したらしい痕跡やそれらしい継ぎ目なんかも残さず自然に仕上げてくれるんだから、プロだよね。

 閑話休題。

 

 

「撮られるだけですか」

 

 

 と、やや冷たいような印象を受ける声音でこちらに問いかけてくる千夜さん。

 千夜さんにとってこれがデフォなんだろう。ボクも冷たそう(精神的に)とか冷たそう(物理的に)とか冷酷そうとか脈無さそうとか人の心が無いとか言われるからなんとなく分かる。断定形にしたの許さんからな晶葉。

 

 

「だけっていうのもちょっと……どうだろ。ボクは、色々考えながらやってるけど」

「そうなんだ。例えばどんなこと?」

「一番は……撮る人が求める自分を演じ抜くことかな」

「もっと自己主張して、自分を見せつけていくものだと思ってたんだけど」

「そういう人もいるし知ってるけど……まだ新人のうちからそれやっちゃうと、相手の人にあんまり良い印象を与えないと思うんだ。ある程度一般に向けたイメージが確立してからにした方がいいと思うよ」

「あらそう。じゃあ、そうしようかな」

 

 

 そこは是非そうしてほしい、とは思うんだけど……ちとせさん、ちょっと周子さんに似てる部分があるからなぁ。その場のノリに任せるところとか線が細いところとか。いきなりノリに身を任せるということも無いとは言い切れない……。

 うーん……気にはなるけど、そこは担当の戸羽Pが考えるべきところか。先輩としてうちのプロデューサーも気にかけるだろうし、それとなく言っとこう。

 

 さて、本題はここからだ。

 ヴァンパイア、と呼ばれてる種族は、普通の人と比べるとやや体組成が異なる。これだけ近づけば、確実に構造解析できるのだけど……。

 

 

(……まあ、それはそうだよね……けど)

 

 

 当然ながら、ちとせさんにそれらしい痕跡は見られなかった。

 いや、そんなのあったらすぐ分かるはずなんだけど。魔力とか、そういうので。

 

 でも、あの容姿だ。クォーターと言うにしては、あまりにも外国の血がよく表れてて――って、度々外国人に見られるボクが言えることじゃないんだけど――あれだけ綺麗な金髪と赤い瞳っていうのは滅多なことじゃありえない。

 やっぱりマジでヴァンパイア一族の血を引いてるんじゃないだろうか。偶然、「こちら」から「あちら」へ行くことになってしまった人は少なくない。逆に「あちら」から「こちら」に来た人がいたとして、その人が偶然ヴァンパイア一族で、帰ることはできなかったけどこちらの世界で家庭を持って……ってことはありうるんじゃないだろうか。

 

 で、それよりもボクが気になったのは……。

 

 

(これ、やっぱりおかしい)

 

 

 こうして改めて解析したことで分かった、ちとせさんの健康状態だ。

 医術は専門じゃないから詳しくは言おうに言えないけど、免疫疾患……かな?

 ボクも気管支と肺をやっちゃってるけど、そういう特別な異常があればすぐに浮き彫りになって見える。

 

 

「お嬢様に何か」

「あ、いえ」

 

 

 ――と、じっと見すぎてしまった。千夜さん、怒ってるだろうか。

 いや、これはただの確認だな。ボクのことは危険因子とも脅威とも一切捉えてない感じ。そもそも同僚だし、女性同士だし、何よりボクの貧弱さを思えば何されたとしても何とでもできるという判断だろう。これはボクがあんしんあんぜんであることの何よりの証明じゃないだろうか。ハレゼナさんもニコニコだ。なお侮られているという可能性は考慮しないものとする。

 

 

「質問とかあるかなぁって思って」

「ありません」

「千夜ちゃん、あんまり素っ気なくしないの」

「ですが……」

「実際無いなら大丈夫だよ」

 

 

 これは本当に何も質問が無いやつだ。

 この素っ気なさ、分かるぞ。あまり会う機会の無い相手との距離感を測りかねてるやつだ。去年のボクもそうだったからよく分かる。

 なんだか懐かしいなあ。ボクも大概千夜さんにとってのちとせさんみたく晶葉に世話焼かれてたな……。

 

 

「じゃあ私から聞いてもいーい? 個人的な質問だけど」

「どうぞ」

「氷菓ちゃんってプロフィールの趣味欄に錬金術って書いてあるけど、あれ何? 不老不死とかに興味があるの?」

「(もうできるから)無いよ」

 

 

 引退後はこっちの世界でみんなの子孫を見守ったりあっちの世界でクラリスさんの子孫を見守りながら過ごすのもいいかなーって思ってる。

 

 

「ボクの言ってるのは、医学・薬学・科学・化学(ばけがく)の総体の歴史を調べることって意味……かな」

「そうなんだ。なーんだ、思ったより普通なんだね?」

「(表面的には)普通だよ」

 

 

 なお取材用の答えなのでこれ以上の追及はあんまり受け付けない。

 受け付けないったら受け付けない。アドリブ苦手だから変なところでボロ出ちゃうかもしれないし。

 

 

「ちとせさんはそういうのに興味が?」

「さあ? どうだろうね?」

 

 

 はぐらかすなぁ。まあこのくらいは志希さんも周子さんも奏さんもマキノさんもロゼッタさんもゾーイさんも果ては開祖様もよくやるからいいや。

 改めて思うと何かとはぐらかす人多すぎじゃない? ……ん? 下手したらボクも似たようなことしてるか? いや、まあいいやそれはそれで。溜めて溜めてドーン! なんでしょ? 演出の講座で習った。でもそれって別に日常生活で必要なものじゃあないよねとは思う。

 

 ……こういうのは問いかけてきた内容に核心があるものだ。

 重要なことだからこそ、さもなんでもない風に問いかける。その方が相手の関心を惹きづらく、だからこそ重要なことをポロッと話してくれるかもしれないから。

 つまりちとせさんは、そういう不老不死という分野に小さくない興味があるということじゃないだろうか。

 

 それはやっぱり、体の異常に関係があって……。

 

 

「……詮索は感心しませんよ」

「うん、分かってます」

 

 

 再三の忠告に、ボクは両手を挙げて応じた。

 しかし、何で千夜さんはボクがちとせさんを見てるってことに、こんなに注意を向けてるんだろう?

 

 

「それで、(しもべ)ちゃんは氷菓ちゃんの何がそんなに気に入らないのかな~?」

「……気に入らないというわけでは」

 

 

 視線を追う。当然ながら、その先にはボクがいる。

 けれども見ているのはどうやらボクの顔じゃなくて、どっちかって言うと服だ。

 フルボッコちゃん4期仕様のブランの改造修道服。そんなに変なところあるかな?

 

 

「しかし……お嬢様に危害を加えられないかと」

「する理由が無いんですけど」

「お嬢様は吸血鬼の末裔ですが」

「する理由が無いんですけど!」

 

 

 だから何なの!?

 シスターなのは見た目だけだよ!?

 いやそもそもシスターさんはそういうのがお仕事じゃないよ!? クラリスさんに謝って!

 

 

「千夜ちゃん、あなたこないだ見た資料用のフルボッコちゃんの演技を真に受けているの……?」

「あまりに真に迫った演技だったもので……」

「フィクションです」

 

 

 多少おかしなモノ(超巨大ぴにゃこら太)と戦ったことはあるかもしれないけど。

 

 

「千夜ちゃん、ちょっと娯楽に触れなさすぎたかしらね」

「影響受けちゃったかー……」

 

 

 分かる。すごく分かる。娯楽が無かったところから急に娯楽に触れたらドハマりするよね。ボクもそうだった。

 千夜さんの場合は年齢が年齢だから、ボクよりもハマり方が深刻な方向に行くかもしれない。

 ……しかも三期は一時的に厨二バトル方向に舵を切ってるから、ハマり方によればこう……うん……。

 

 

「……そのうち、演技(ビジュアル)レッスンも付き合うよ」

「その時は千夜ちゃんのこと、よろしくね?」

「できる限りは……」

 

 

 ……案外千夜さん役に入り込むタイプの人だったりしないかな。ちとせさんは割り切った上で楽しみそうなところがあるけど。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 ――そして後日、ちとせさんは清良さんに連行されていった。

 

 

「いやいやいやいやいや」

「何か問題でも?」

「何でその話の流れでそういうことになる」

「そりゃあ……会社の方で持病の有無を理解しておかないと、何かクリティカルなことしたら問題になるでしょ?」

 

 

 そんなこんなあって寮の自室。二人で並んでゲームしてる最中なのだけど、今日も晶葉の追及が濃い。

 でも免疫系だと問題だよ。病気を併発したらそれだけで命に関わっちゃう。冬場のロケとかも厳しいかもしれないし、人の多い場所だとどうしても飛沫感染や空気感染を気にしなきゃいけない。

 

 

「本人も寿命を気にしてる口ぶりだったし、絶対何かあるじゃないか。まあちょっぴりこうキュッと弄って死にはしないようにはしてるけど」

「本人の了承くらい取れ」

「今からちとせさんの体組織弄ってもうちょっと病気に強くしますよーとか言える?」

「志希なら言える」

「ボクは言えない」

 

 

 はい、この話はここまで。

 そもそもボクは志希さんみたくお薬作って……みたいに行動できるわけじゃないから。

 

 

「キミも表立って行動できる何かがあればできることも増えるだろうに」

「そうなんだよねぇ……」

「いっそ医師免許でも取ったらどうだ。スーパードクターH。なんてな、はっはっは」

「それだ」

「……うん?」

 

 

 


 

 

 

≪白河氷菓ちゃんを見守護るスレ その□□□≫

 

16 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

白河氷菓「医師免許の取得を目指しています」

9月より一部活動を休止しアメリカ留学を発表していた白河氷菓(14)さんが本日、アメリカにて医師免許を取得する意向を発表した。

白河さんは「自分にできることを探していました。知り合いが難病に罹っているのを知って踏ん切りがついた。早期に取得できるよう、私自身が『elixir(※)』になれるよう頑張ります」とのコメントを残している。

 

(※)飲めば不老不死になれる、万病を治療できると言われる万能薬。

 

26 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

お前は何を言っているんだ(AA略)

 

32 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

言っている意味が分からない…イカれているのか?この状況で…

 

44 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

おっ平常運転やな(白目)

 

60 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

これでエリクシア三人が資格面でも並び立つわけか

 

66 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

志希にゃんとタメ張ってるなら行けそうな気がする

 

91 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

これ帰ってくるまでの日伸びたりしない?

 

113 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

>>91

分からん…

 

137 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

でも友達思いじゃない?

それって尊くない?

 

225 会員番号774番目  20XX/XX/XX ID:***

やることのスケールがおかしすぎるんですけお

 

 

 








10/15 レス番号修正


〇本編にはそこまで寄与しない(独自)設定

・氷菓の病気
→気管支肺異形成症
乳児期にコインロッカーに長時間放置されたことで肺炎を罹患。
通常、成長に伴って自然治癒するが、氷菓の場合は栄養状態が思わしくなく、肺の損傷部位が正しく塞がらなかった。
現在は栄養状態の好転及び日々の成長と共に治療傾向にあり、体力もちゃんとつくようになっている。


・ちとせの病気
→免疫異常
氷菓の見立てでは「『こちら』に流れてきてしまったヴァンパイア一族と人間種との混血によって生じた疾患」であるという。通常、血液譲渡によって眷属=血族を増やしていくヴァンパイア一族が、自然交配によって「人間の子孫」を増やしていったことで生じたバグのようなもの……だとか。
なお、あくまでその場でそれとなく考えた氷菓の推論なので信憑性には欠ける。
(※本作独自の設定なので真に受けないでください)



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