青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 ところで某傷ついた悪姫ですが、同時通訳を【】で括って載せています。
 ご了承ください。




8:ブリュンヒルデ討滅戦

 ことわざに、「船頭多くして船山に登る」というものがある。

 リーダーが複数名いると逆に統率が取れず、思いもよらぬ、それこそ意に反した行動を引き起こしてしまう――というような意味合いの言葉である。

 それとは異なり、「三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵」という言葉もある。

 特別に頭の良い者がいなくとも、三人もいればその中の誰かが妙案を思い浮かぶ――そんな意味合いの言葉だ。

 

 ――――では、果たしてボクたちにはどっちの言葉が当てはまるのか?

 

 

「インテリジェンス・クォーシェント……知能指数(IQ)の正式名称じゃないか。これは流石に違うんじゃないの?」

「だからって天才あいどるくんもどうかと思うぞ私は」

 

 

 多分前者だ。

 

 あれから三日ほど経ってからというもの、ボクたちは晶葉の家に行ったり志希さんのマンションに行ったりしながら、ずっと名前を考え続けている。

 しかしながら意見はまとまらず、結局現在になっても良い成果が得られていない。

 有力な候補としては、そのもの「ギフト」か、あるいは「ファイン・ライン」が挙げられた。ファイン・ラインとは、「紙一重」の意味だ。要するに、天才となんとかは紙一重……みたいな。

 しかしボクが思うに天才はなんとかはむしろ完全に向こう岸じゃないかなと思う。これを採用した場合晶葉が登場するたびエレキギターをかき鳴らしてみたり、ギターケース型ロケットランチャーを超スタイリッシュな格好でぶっ放したりドリルだらけの巨大ロボを作ったりしかねない。

 余談だけど、そんな感じでずっと一緒にいたせいか、当人から「『さん』付けは他人行儀で嫌だ」と言われたため、晶葉のことはすっかり呼び捨てになっちゃっている。

 

 

「じゃあ、偉大なる先輩ニュージェネレーションにあやかって、ニューホライズンなどどうだ! 『新たな地平』……どうだ、カッコイイだろう!」

「英語の教科書じゃん……」

「でも語感はかっこいいよね~。あ、そうだ。何か似てるし、ポイズンってどう? こっちもカッコ」

「アイドルなんだから毒はボツ」

「言いたいことも言わせてくれない~……」

 

 

 そんなことを話しながら、三人でスタジオに向かっていく。

 今日はボーカルレッスンの予定が入っている。何もしなくともそれなりに歌ったり踊ったりできるボクだけど、その能力だけで他人のダンスや歌に合わせるということはできない。ユニットでの歌や踊りというのは、一人だけが突出していてはいけない。大事なのは調和だ。パーフェクトハーモニーだ。

 だから、ユニット全員で行うダンスレッスンやボーカルレッスンというのは、最重要事項と言っても過言じゃない。

 

 

「おはようございます」

「あら。おはようございます」

「おはようございますぅ」

「おはようございます!」

「ン」

 

 

 軽く挨拶をしてスタジオ内に入ると、そこには既に四人の女性がいた。

 クラリスさんと、イヴさん。トレーナーの青木明(あおきめい)さんに……あと、何故か美玲さん。

 あれ、と軽く首を傾げる。いや、美玲さんも346プロのアイドルなんだし、別にいてもおかしくはないんだけど……。

 

 

「美玲さん、今日は一人なんだ」

「『一人なんだ』って何だよ。ウチだって一人でレッスンに来ることくらいあるよッ」

「ご、ごめんなさい。なんか、だいたい輝子さんか乃々さんと一緒な気がして」

「んー……それは、そうだけど。ショーコは『カワイイボクと142's』の打ち合わせ、ノノは『ワンステップス』で収録があるんだよ。ウチも明日はイベントでトークとミニライブだし、少し練習しとかないとと思ってさ」

「そうだったんだ……なんだかキツいね」

 

 

 インディヴィジュアルズ自体が元々、高い人気を誇る三人を集めて作ったユニットとも言えるのだとか。

 輝子さんも乃々さんも元々ソロ活動や別のユニットなどで名前が売れていた。インディヴィジュアルズは最近結成されたユニットだから、できるだけ一緒にいて連帯感を深めようという思いが強いらしいが、元々の活動をやめるというわけにはいかないのだろう。

 一人での練習ともなるとちょっとキツいものがある……と思ったのだけど。

 

 

「何が?」

「えっ。いや、お仕事。インディヴィジュアルズのお仕事もあるのに、ミニライブとかトークショーとか……」

「ああ、それか。ウチは別に辛いとか思ったこと無いぞッ」

「ええ?」

「確かにちょっと大変だし疲れるけど、楽しいからなッ!」

 

 

 うおっまぶしっ。

 

 ……そうか、やってて楽しいから、辛いとかキツいとか感じない、のか。

 ボクは……やりたいからやってるんじゃなくって、人に言われたからやってる、って部分が強いんだよな。

 求められた役割である以上は、全力でやり遂げる。そのつもり、なんだけど……。

 

 楽しんでるかどうか、か。

 ボクは――楽しめているのだろうか?

 

 

「あの~ところでなんですけ」

「はい、そろそろレッスン始めましょう! まずはボイトレから。みんな位置について!」

「あっ」

「あっ」

 

 

 と、ふとボクに話しかけてきたイヴさんだけど、トレーナーさんの号令によって話どころじゃなくなってしまった。

 また後でお願いします、と一言伝えると、イヴさんは軽く頷いて返した。

 何だったんだろう――と思うけど、今はレッスンに集中しないと……。

 

 そんなこんなで、発声練習や早口言葉の後に、時々休憩を挟みながら、お昼になるまでボーカルレッスンを行った。

 もう既に疲労困憊な状態だ。他の人はまるでそんな感じも無いけど。いやでも、腹式(ふくしき)呼吸できっちり声出すと疲れるものだよね。

 ……疲れるよね!?

 

 

「ううーむ……やはり私がネックになるか……」

 

 

 一方、割とぴんぴんしてる方の晶葉は、どうやらボクたちとの技量差について悩んでいる風だった。

 普段から割と快活で溌剌とした声をしているから、聞き取りやすいしよく通るんだけど……無調整のボーカロイドか何かと思うくらい抑揚が無い。

 声自体はいいんだけど、技量が足りない。そんな感じだ。

 アイドルもギフテッドな志希さんや、元の職業柄、聖歌をよく歌っていたことでボーカル技術の高いクラリスさん、あと、技能コピーのおかげでどんな歌でも平均以上に歌えるボクも一緒に歌っているんだ。どうしてもこう、差が如実に表れる。

 

 

「こればっかりはね~。志希ちゃんも氷菓ちゃんも色々と規格外だから~♪ ららら~♪」

「ええい見せつけるように歌うな! 見ていろ、すぐに私も追いつくからな!」

 

 

 しかし、それで腐ることなく、めげずに努力をして追いつこうとすることができるのは、間違いなく晶葉の良いところだ。尊いとすら思う。

 そして多分、志希さんにコツを聞くのは何となくプライドが許さないだろうし、何より聞いたところで分からないだろうから、多分後でボクの方に相談に来るんじゃないかな。

 それでもって、できるまでやると言い張って……本当にやってのける。

 ボクたちみたく最初から何でもできるわけじゃないけど、その分伸びしろと吸収力がすごい。

 

 

「あのぉ、ところで氷菓ちゃん、ちょっといいですかぁ?」

「あ、うん。どうしたの、イヴさん?」

 

 

 そういえばレッスンが始まる前、イヴさんに呼び止められてたんだった。何かあったんだろうか?

 

 

「氷菓ちゃんの着てるそのお洋服なんですけど。昨日も、おとといも、もっと言えばその前も前も着てませんでしたか~……?」

 

 

 その瞬間、周囲の空気が凍り付いた。

 エターナルフォースブリザード。空気は死ぬ。

 みんなの視線を独り占め★ なんて言うとアレだけど、要は単なる針の筵である。皆の視線が痛い。特にクラリスさんからのものが痛い。

 

 

「確かに言われてみれば……」

「でも、全然悪い臭いしないんだけど~」

「うひっ!?」

 

 

 やっぱり当然のように嗅ぎにくるけど、そりゃ臭いはしないよ。だってにおい成分は毎日分解(錬金)してるんだから。

 

 

「確かにそれ、昨日もおとといも見たな……」

 

 

 美玲さんはお隣さんだけあって、よく分かってるようだ。

 そうだよね。朝はしょっちゅう会うもんね。分かるに決まってるよね。

 

 

「氷菓さん」

「はい」

 

 

 ……そして案の定と言うべきだろうか。この事実に一番反応を示したのは、他ならぬクラリスさんだった。

 

 

「悲しいことです。やはり他の服を持っていなかったのですね……」

「あ、う。いや、ほら、その、『家』に迷惑がかかっちゃうし!」

「倹約や清貧は結構なことですが、度が過ぎれば意味はありません。それにあなたはまだ子供なのですから、もっと我儘を言ってもいいのですよ? 園……『お父様』も常々そのようにおっしゃっていますでしょう?」

 

 

 弱った。

 クラリスさんは、ボクの事情についてよく知っている。だからってみだりにこの「事情」について吹聴することは無いんだけど……だからこそって言うべきなのか、妙にボクに対して世話を焼きたがる。

 子供というのは自分の欲求に素直な生き物だけど、ボクはだいたい他の子よりも一歩か二歩ほど退いたところにいて、しかも我儘をあまり言わないわ他の子ばかり優先させるわ、と見ていて不安になるくらい、だという話を聞いた。

 手間がかからないんだからいいじゃんとも思うんだけど、やっぱり異常なことは異常らしい。でも仕方ないじゃん。やりたいこと、っていうのもそんなに無いんだから……。

 

 

「氷菓、参考までに聞きたいんだが、服は何着持っているんだ……?」

 

 

 晶葉が恐る恐る、と言った様子で聞いてくるけど……何着、って言われてもな。

 制服と、学校指定のジャージと、寝間着で……。

 

 

「三着」

 

 

 その時、みんながドン引きしたのがよく分かった。

 ……でも、だからってどうしようもないじゃん。お金無いんだから。

 

 

「それは……女としてってよりも、人間としてヤバいぞ……」

「そ、そうかな……? に、臭いとか、ほつれとかには、気を遣ってるし……」

「いいや、駄目だね」

「!?」

「!?」

 

 

 と、不意にスタジオの入り口付近から、声が聞こえた。

 そこにいたのは、一人の少女だ。壁際にもたれかかって腕を組み、涼しげな表情でこちらを見つめている。

 しかしあの特徴的なエクステ、346プロの中で一度見たことがあるような……。

 

 

「お、お前らはッ!」

 

 

 ややげんなりした様子で、美玲さんが顔を歪めた。

 やがて、先にこちらに姿を見せていた一人の後ろから、妙にスタイリッシュなポーズで片目を隠した子が姿を現してくる。

 

 知ってるぞ。少なくともこっちは確実に知っている。あの銀髪ツインテールに、やけに自信満々な立ち居振る舞いは……!

 

 

 

「闇に飲まれよ!!」

【お疲れ様でーす!】

 

 

 シンデレラプロジェクトの先輩、神崎蘭子(かんざきらんこ)さんである。

 つまり、その隣にいるのは蘭子さんとデュオユニットを組んでいる、二宮飛鳥(にのみやあすか)さんか!

 

 ……ナンデ!?

 

 

「な、何しに来たんだよッ」

「我らが(わだち)を踏む者たちとの邂逅の時ぞ……!」

【後輩の子たちに挨拶にきちゃいました!】

「ああ、そう……」

 

 

 え、今なんて?

 

 

「ボクたちも、ダークイルミネイトのライブが控えていてね、午後からレッスンスタジオを使う予定だったのさ」

 

 

 ……あ、そこは普通なんですね。

 良かった。流石にこう何度も解析不能の言語を使われるとボクの心がもたない。

 

 

「改めて、ボクは二宮飛鳥。好きなように呼んでくれ。この出会いが、新たな『ナニカ』のきっかけになるかもね……」

 

 

 ――――――んん!?

 

 

「我が真名は神崎蘭子! 今こそ創世の時!」

【神崎蘭子です! これからよろしくね♪】

 

 

 げんごの ほうそくが みだれる !!

 

 

 何なのだこれは! どうすればよいのだ!?

 解析……でき、できない!! 既存の言語体系のそれじゃあない!

 理解不能! 理解不能! 理解不能!

 

 

「けふっ」

「氷菓しっかりしろ!」

 

 

 こ……ここはどこ……? ファータ・グランデ……? 古戦場……?

 い、いったい何がどういうことなんだ……? 誰か説明してくれよぉ!

 

 

「ん?」

 

 

 そんな混乱の真っただ中、ふとした拍子に蘭子らんがボクの方を見た。その表情には驚きが含まれていて――。

 

 

「あ、蒼の少女!?」

【る、ルリアちゃ……!?】

「は?」

「あっ違っ……わ、我を惑わすとは小癪なことよ……ふふ、アハハハ……」

【ご、ごめんなさい。間違えちゃった~!】

 

 

 誰か、知り合いと似ている人がいるんだろうか。

 蒼……って言うと渋谷凛さん?

 てんで違うと思うんだけどな、見た目。

 

 

「で、結局何しにウチらの方に話しかけてきたんだ?」

「堕天使の翼を彩る花弁は、盛大であるほどに美しい……」

【アイドルなんだから、お洋服はもっと持っておいた方が良いと思って!】

 

 

 まるで意味がわからんぞ!!

 

 

「多分、服はもっと持っといた方が良いって言ってるな」

「そんな意味なの!?」

「ちなみにそれはウチもそう思うぞッ」

 

 

 美玲さんの言葉が正しいことを示すように、蘭子さんはむふーっと鼻息を荒くしながら何度も頷いていた。

 しかし、服かぁ……お金も無いし、まだお給料がもらえる身分じゃないし、別に今は必要な――――

 

 

「ともあれ、良い機会ですし」

「ここはひとつ~」

「んん?」

 

 

 と。唐突に、イヴさんとクラリスさんに腕を掴まれる。

 あれれ~? おかしいぞ。これ、拘束されてない?

 

 

「いざ、飛翔の時!」

【外に行っちゃいましょー!】

「え、え、え!? どこへ!?」

「外、街、何でも好きに呼ぶといい。煌びやかなセカイに行こう」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って! レッスンは!? お昼ご飯は!?」

「トレーナーさんの許可は取ってきたぞッ! ランコとアスカは二時間延期だってさ」

「嘘だ! ボクを騙そうとしている!!」

「プロデューサーも『構わん、やれ』だそうだ」

「ぬあああああああああ!!」

「さ、れんこー♪」

 

 

 必死の抵抗もむなしく、ボクのクソザコ腕力では一切勝ることができない。

 結局ボクは、街にある衣料品店へと連行されていくのであった……。

 

 何故トレーナーさんとプロデューサーが許可を出したのか、これが分からない。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 一時間後の、スターライトプロジェクトのプロジェクトルーム。ここでは、悪夢の饗宴(蘭子さんの影響)が行われていた。

 

 それ即ち――――疑似ファッションショーである。

 

 皆の選んだ服をボクに着せ、その出来栄えについて語っていく。趣旨としてはそんなところだ。

 ちくしょう、いったいボクが何をしたっていうんだ。服買ってないだけじゃないか。

 ……ダメか。ダメだな。うん。客観的に、かつ率直に言ってダメダメだ。ズボラにしたって程がある。

 

 

「うぅ……」

 

 

 ……うう。制服でもないのにスカートを穿くことになるなんて。

 普段ならスパッツでも穿いて誤魔化してるんだけど、みんな許してくれないんだもんなあ……。

 足元が心許ないよう。

 

 

「まだかー」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

 うう、晶葉が呼びに来てしまった。

 流石にこれ以上時間稼ぎも無理か……。

 

 そりゃ当然、これから先ヒラヒラしたアイドル衣装くらい着なきゃいけないんだよなぁと漠然とした覚悟くらいはあったけど、だからってプライベートでもだなんてボク聞いてない。

 

 

「よ、よし」

 

 

 これは仕事。これは仕事。これは仕事。

 自己暗示で無理やり心を奮い立たせて立ち上がる。そして、皆が待つ方へと向かってカーテンを開いて――――!

 

 

「どうだ、これが私のコーディネートだ!!」

「普通だにゃー」

「普通だなッ」

「普通に可愛い印象かと」

「何故だッ!!」

 

 

 ――そして、割と微妙な評価をいただいた。

 いや、でも、うん。正直、妥当なとこだと思う。

 

 

「そりゃ、ねえ。殆ど晶葉の格好だもん」

「いいだろう、由緒ある科学者スタイルだ」

 

 

 ……と言っても、晶葉の着てるのとだいたい似てるし。

 しいて違うところを挙げるなら、暖色系じゃなくって寒色系にしてるってところくらいか。白衣を除けばごく普通の「女の子」な格好である。だからボクもちょっと恥ずかしいんだけど。

 制服ばっかり着てたボクだから新鮮味はあるだろうけど、やっぱりちょっとなぁ。晶葉ので見慣れすぎたとも言う。

 

 

 

 

「はいはーい、じゃあ次は志希ちゃんセレークトだよー♪ ヘイカモンカモーン」

「う、うん」

 

 

 続いて、恥ずかしいながらも表に姿を見せると、小さく「おっ」という声が聞こえた。

 今回は、白のワンピースにジャケットを羽織ったような格好だ。ややアンバランスではあるけど、時々志希さんがこんな感じの格好で出歩いているのを見かけることがある。

 なんでも、「パッと着られてパッと脱げる」から、だそうだ。それでいて似合ってるんだからまたスゴい。本人のスペックというものを思い知らされる。私生活はボクよりズボラな感じだけど。

 

 

「清純と野趣(やしゅ)のアンビバレンツ――と言ったところかな。こういうのも悪くはない」

「でも、なんだかお兄さんのジャケットを借りた妹さん、みたいな感じもしますね~」

「にゃはっ、そういう解釈もアリだね! んふふふー♪」

 

 

 ボクで変な妄想するのやめてくれない?

 確かにちょっと袖が余り気味だけどさ。

 ……いつもやや脱ぎ気味な志希さんと同じような感じになってるけどさ!

 

 

 

 

「では、次は私が選んだ服になります。氷菓さん、どうぞ」

「はいはい……」

 

 

 次は、クラリスさんの選んだ清楚な服だ。かなりこう、ヒラヒラしていて落ち着かない。

 けど、まだロングスカートなだけあって、足元が心許ないってことが無いだけマシかな……。

 

 ……と、思っていたら。

 

 

「にゃっはっはっはっは! お嬢様みたーい!」

「くふふ……ふ、い、いや、笑っては失礼だろう。いや、似合っているぞ氷菓……ふふふ」

「喧嘩売ってんのか」

 

 

 不評である。

 いや、分からんでもない。ボクの印象とはまるで逆だ。貧乏だし。お嬢様って風じゃない。

 

 

「薔薇はどのような色に染まろうとも、薔薇であることを変えないもの……よ」

【雰囲気は違うけど、似合ってるよ♪】

「フフ。ボクも同意見さ。何も人間の示す可能性、カタチというのは一つだけじゃなくっていい。新しいセカイを構築することもまた、偶像にとって必要と言えるものなのだからね……」

「よーするに、見た感じ似合ってるって言ってるぞッ」

 

 

 サンキュー美玲さん。でもベタ褒めされてもそれはそれで気恥ずかしい。

 というかこの服の何があの二人の琴線に触れたんだろう。それが分からない。

 

 

 

 

「次は私ですよ~。それじゃあ氷菓ちゃん、お願いしますぅ!」

「はーい」

 

 

 合図に合わせて出て行く、と――思った通り、と言っていいんだろうか。皆の反応はなんというか、ごく普通、というか。

 ボク自身もそれほど抵抗なく出ていけたのもあるけど……なんというか、一言で言うと。

 

 

「普通だ」

「普通でいいじゃないですかぁー!」

「普通でいいよ!!」

 

 

 君らは人のファッションに対して何を期待してるんだ!!

 ネタ性はいらないから普通の服にしてよせめて!!

 

 ……ちなみに、イヴさんが選んだのは、ショートパンツと暖かそうな白いもふもふの上着――である。春先にこの格好もどうだと思うけど、暖かいし、着やすいし、スカートじゃないし。これ、結構好きだ。

 

 

「こうやって見ると、君たちは姉妹っぽくもあるな」

「……そう……?」

「ですかぁ?」

 

 

 思わず、イヴさんと顔を見合わせた。

 確かにボクもイヴさんもストレートな髪質だし北欧系の顔立ちだけど、姉妹じゃあないだろう。髪色も違うし。眼の色も違うし。ちょっと似てるかもってとこは否めない。

 

 

「プレゼントでもなんでも、普通なのが一番ですぅ。特に氷菓ちゃんは、普通の服を持っていませんから~」

「うん。ボクも今のところこれが一番好き」

「やりましたー!」

「そうだぞアキハ。本人が喜ぶのが一番だぞッ」

「私のも別に悪いものじゃないだろう」

「白衣は普段使いしにくいけどね~」

「馬鹿な!?」

 

 

 ……いや、白衣は普段使うものじゃないでしょ。

 

 

 

「さて、次はボクのコーディネートを見てもらおうかな」

 

 

 真打登場――とは言わないけど、次はこの企画の事実上の主催者である飛鳥さんの選んだ服だ。

 彼女自身はその、正直……あんな感じだし。どうしたものかなぁと、正直ちょっと思ってはいたんだけど――――。

 

 

「ん、やや派手で退廃的な印象もありますが、これはなかなか……」

「うーん、確かにこれは、悪くないかにゃ?」

「なるほど、これもいいなアスカ!」

「ふふふ、そうまで言うことも無いよ。ボクはココロが向くまま、ただ氷菓というキャンバスに載せてカタチにしただけだからね」

 

 

 飛鳥さんが選んだのは、ほぼ黒一色でまとめた――パンクファッション、と言うのだろうか。ダメージ加工されていたり、着崩した格好のやや派手めな格好だった。

 一見した限りでの印象がかなり強いのだけど、実際のところ作りもしっかりしていてそこまでやたらめったと肌を露出してるわけでもない。

 それから、考えようによっては、ボク自身の元々の見た目というのが派手めで、むしろこれを着ていた方が街の中じゃ目立たない、とすら思うくらいだ。

 

 

「むふー!」

 

 

 蘭子さんは、友人の手腕が褒められたからか、妙に嬉しそうだ。

 

 

「お気に召したかな?」

「あ、はい。いいと、思います」

「なら良かったよ。でも、キミのセカイは何度でも再構築する余地があるね」

 

 

 ありがたい……ありがたいし、すごくいい人たちなんだって分かるんだけど、やっぱり何言ってるのか分かんねえ……!

 この世界においておよそ万能の力を持つ錬金術師だなんてのぼせ上ってるなボクは。実のところ全然全くこれっぽっちも力が及ばないところがあるというのに……!

 

 ……そもそも理解するべき領域なのかどうかは知らない。

 

 

 

 

「さぁて、ウチの番だな。ヒョウカー、準備はいいかッ!?」

「うん、大丈夫」

 

 

 さて、次は美玲さんだな。

 元々美玲さんはファッション自体は分かりやすい人なんだ。「Girls(ガールズ)&Monsters(モンスターズ)」で徹底的に固めてるし。

 ボクの服装に対してもそんな感じだろうな―とは思ってたけど、やっぱりそうみたいだ。

 

 

「ウチが選んだのはコレだ!」

 

 

 実のところ、傾向自体は先の飛鳥さんのそれと似ていると言えば似ている。同じパンクファッションに近いものだからだろう。

 ただ、飛鳥さんのものがクールにまとめてあるのと比べて、美玲さんのものはややカワイさがある。

 空色のネコミミフードパーカーに、黒と朱色で彩られたアンダー。下はゆるいフリルのスカートだけど、今回はスパッツを穿くのを許してもらえてる。

 ツメは、あったり無かったり、というか着脱式だったりする。そこは配慮がなんとなく見え隠れしていた。

 

 

「クール系の氷菓ちゃんにはどうかなと思いましたけど、意外とこれはこれでカワイイですね~」

「かわっ……」

「そうだな、カワイイぞ!」

「カワイイカワイイ」

「カワイイ!」

「カワイイ!」

「カワイイ!!」

「う、うお……おぅ、あう」

 

 

 そんなにカワイイ連呼しないでよ!

 ボクの中身を知らないからそんなこと言えるんじゃないか! 知ったらそんなこと言ってられないよ!!

 ふぎいいいいいいいいい!!

 

 なお、「カワイイ」の単語を聞きつけて輿水幸子(こしみずさちこ)さんが一度顔を出してきたんだけど、それはまったくの余談として置いておく。

 

 

 

 

 

「フフフ――――真打、来たり!!」

【最後は私だね!】

 

 

 と――最後の最後に、大トリを務めるのは、誰あろう蘭子さん。

 彼女の普段のゴスロリ風ファッションを思うと、やや気が重かったけど……買って来たのを見た時、割と普通っぽい見た目の服だから驚いて、安心した。

 

 ――――今は、驚きの方がまだ勝っている。

 

 徐々に徐々にではあるけど、彼女の購入した服について、分かってきた。

 外からはボクを呼ぶ声が聞こえてくるけれど、今は頭に入らない。

 だって、この服は。

 

 この服は。

 

 

 ――――ヘルメス派の錬金術師に支給される制式の衣服と、よく似ていて。

 

 

「う、ぐ」

 

 

 こみ上げるものを必死で抑え込む。胃の内容物を「分解」し、吐いてしまわないようにギリギリのところで踏みとどまる。

 大丈夫。大丈夫。似ているだけだ。蘭子さんは、独自の世界観を持った人。ファンタジー風の世界を夢見て、それに近しい外見のボクがいたから、ふとそういう衣装を着せたがっていたとしても、問題無い。

 ただの過剰反応だ。ボクは戻ってきてなんていない。ボクは依然、「白河氷菓」のままだ――――。

 

 

「魂が……ヴァルハラへと旅立ったよう、ね?」

【あの~、起きてますか?】

「あ――ご、めんなさい。今行きます」

 

 

 カーテンを開き、姿を晒す。と同時、皆の視線がボクに集中するのが感じられた。

 

 

「おおっ!? これはまたなかなか……ん? どうしたんだ氷菓?」

「う、ううん。何でもないよ」

 

 

 務めて、何でもない風を装う。

 そう、何でもない。何でもないんだ。皆にとっては何も関係ない。

 こんなのは結局ボクだけの問題なんだ。気取られちゃいけない。

 

 

「見た目がなんか元々ファンタジーって感じだから、ファンタジーな服も似合ってるよね~♪」

「これも悪くないな! 普段使いはできないだろうけど。ウチ、もうちょっとゴッスゴスな感じで来るかと思ってたぞッ!」

「フフフ、これもまた先導者の務めよ。我らが翼は決して折れぬ!」

【先輩として、張り切って選んじゃった! いつでも着てくれるようにと思って♪】

 

 

 皆からは意外と好感触だ。けど、ボクの心には軽く影が落ちていた。

 ダメだって分かってるんだけど、なぁ。

 思った以上に、昔のことはボクにとってトラウマらしい。錬金術に対してじゃなくて、「あの人」を思い起こさせるものに対して――か。

 ……思ったより、深刻だな。

 

 

「……あの、でもボク、こんなに払えませんよ」

「心配しなくていいさ。これは先輩から後輩への贈り物だからね」

「え?」

「禁断の扉の先へ踏み込むためには、渾沌の外套(がいとう)が必要なのよ……」

【アイドルの世界は、お洋服が無いと困っちゃうから!】

「先を行く者は後に続く者のために動くものなのさ。元々ボクはファッションの勉強もしてたんだけど、そうして得た技能が後輩のためになるなら、惜しむことの方が罪だよ。きっとね。いずれはキミたちも――とは思うけど、まあ、強要はしないさ」

 

 

 言って、飛鳥さんは軽く目を伏せた。

 

 

「あと、流石に同情するからね……」

 

 

 ……そういえばこの人たち、話聞いてたんだったな。

 

 同情されて、しかも服まで貰った。

 この人たちは天使か何かか。いや堕天使だ。本人がそういう風に喩えたんだからそういうことにした方がきっと喜ぶだろう。

 

 ……ボクも後輩ができたら、彼女たちみたいによくしてあげよう。

 その頃には流石にもっとお金もあるだろうし。きっと。

 

 

「良かったなッ」

「……うん」

 

 

 美玲さんに軽く肩を叩かれる。

 うん。本当に――いい先輩を持ったと思う。

 

 

 ……それはそれとして、あの服は流石にしばらく封印しておかないと、ボクの心がもちそうにないや。

 

 

 




 Q.氷菓とルリアって似てるの?
 A.パッと見、髪が同じ蒼なのでちょっと勘違いしちゃっただけです。
髪型等々色々違いますが、顔立ちが似てる……かも。くらいには考えていただいても結構です。

 Q.夢じゃなかったっけ? 忘れてないの?
 A.本作では実際に体ごと行っていたという設定として執筆しておりますのでご了承ください。


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