I,Sniper   作:ゼミル

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このハイペースをオリジナルの方でも発揮しろよと思う今日この頃……


蘇えるスナイパー(中)

 

 

一応の安全地帯まで退避できたと確認できた魔導師の面々が起こした次のリアクションはもちろん反撃――――ではなく、隊舎に残っている機動6課の人間に通信を繋ぐ事であった。

 

敵狙撃手がどこから狙撃してきているのか発覚していない以上、むやみな反撃はまず無意味。それどころか自分達がどこに潜んでいるのか逆に相手に教えるようなものだ。此処は動けない自分達の代わりに、補助要員として数々の索敵・通信管制をこなしてきたロングアーチ勢の助けが必要である。

 

 

「シャーリー、聞こえる?」

 

『はい、シャーリーですけど。どうしました八神部隊長?』

 

 

すぐさま通信に出たのはシャリオ・フィニーニ。機動6課の通信主任兼、フォワード陣のデバイスの調整・改良を一手に受け持つメカニックも受け持つ二足の草鞋を履いた才女。

 

少し薄暗く配線が見え隠れしている見覚えのある背景から、はやても有事の際には何度も出入りしていた管制室に居るのだと彼女の現在の位置を把握する。

 

好都合だ、とはやては安堵する。

 

しかし期待はすぐに覆される。

 

 

「シャーリー!緊急事態や!今私らシミュレーターん所で狙撃に狙われてて身動きが取れへん!今すぐ隊舎周辺をくまなく捜索して欲しいんや!」

 

『え、ええっ、本当ですか!?でも部隊の解散でこの隊舎からも撤収するって事で、設備とかもう殆ど片付けちゃいましたよ!?』

 

 

半ばひっくり返った裏声からシャーリーも突然の事で酷く慌てているのが如実に伝わってきた。はやての方もそうやった、と一旦は肩を落としたものの、すぐに意識を切り替え混乱中の部下に次善策を提示する。

 

 

「分かった、ほな今すぐシャマルとザフィーラ、ヴァイス君にもこの事を伝えて。それから3人以外の職員は建物の外から出ない、窓の傍にも近づかないよう徹底して欲しい。ええか、絶対やよ!?」

 

『わ、わっかりましたぁ!!』

 

 

素っ頓狂な返事を最後に1度通信が切れる。

 

八神家の一員であるシャマルは医務官でありながら各種補助のスペシャリストでもあり、一時期管理局と敵対していた頃も広域結界の展開や索敵を受け持っていた存在である。同じく八神家のザフィーラは正式な役職にはついておらず普段は飼い犬、いや飼い狼的な立場に甘んじているがその正体はかなりの実力者だ。

 

そして最後の1人、ヴァイスこそが今回の要である――――スナイパーにはスナイパー。対狙撃手戦の鉄則。

 

機動6課始動当初はヘリパイロットとして辣腕を揮っていた青年は、実際には6課唯一にして随一の専門職としての狙撃手であった。その実力は最終決戦において遺憾無く発揮され、救出部隊が<ゆりかご>内部へ突入する為の経路を切り開くのに一役買ってみせた。そんな彼に敵狙撃手の迎撃を任せる。

 

シャマルが索敵、ヴァイスが狙撃。ザフィーラは万が一に備えてのバックアップ。

 

他の職員達を動員せず建物内に留めさせたのは無用な被害を押さえる為。敵狙撃手が心変わりを起こして無差別に狙撃し始める可能性だってあるのだ。非魔導師ではいい的……いや、相手は当時はリミッターで能力が制限されていたとはいえ、フォワード陣でもトップクラスの硬さを誇るなのはの防御を無効化してみせた狙撃手だ。武装局員であっても生半可な戦力では狙われたが最後、あっけなく屠られていく姿しかはやての脳裏には思い浮かばなかった。

 

――――そしてそれはこちらだって同じ事。リミッターのくびきから完全に解き放たれていたシグナムの騎士甲冑も容易く霧散させられた上、再展開まで封じられている。ヴィータに腕を引かれていなかったらはやてもそうなっていた。当たったが最後即座に全裸とか何それ恐ろしい。

 

 

「(なのはちゃん達やシグナムには悪いけどそんなん絶対に勘弁や!……………………でもああやって私も狙われたって事は、私の身体もそれだけ評価されてるって事なんかなぁ?)」

 

 

ふと気になり、はやては背中を桜の木に押し付けて身体が遮蔽物から覗かないように心がけつつも自らの身体を見下ろしてみた。

 

背丈はヴィータやキャロみたいな――前者は外見だけだが――子供を除けば、機動6課の職員の中でもかなり小柄な部類に入る。

 

だからといってスタイルまで小ぢんまりしている訳ではない。そりゃ幼馴染2人みたいに手足が長く均整がとれているとは言い辛いけれど、胸元の突き出具合はなのはやフェイトに負けず劣らずという自負ぐらいは持ち合わせている。

 

この点に関してだけは譲れない、伊達に中学時代ここには居ないアリサやすずかを含めた仲良し5人組の中でおっぱいランク第3位の座を手にしていた訳ではないのだ。

 

 

「身長なんて飾りなんや。偉い人にはそれがわからんのや……!」

 

「何か言いましたか八神二佐?」

 

「う、ううん、何でもないよ」

 

 

気を取り直し、この状況で行える事を模索する事に集中する。6課メンバーで索敵魔法を最も得手とするのはシャマルだがだからといってはやて達も苦手な訳ではない。特になのはを筆頭としたインテリジェントデバイス持ちは高速演算のリソースを割く事でかなりの範囲を独自に捜索出来る。

 

スカリエッティや戦闘機人の姉妹達の証言ではトゥレディの装備は使用者が生成したエネルギーを数種類の効果を付与した弾頭として構築し発射する大型ライフルと、透明化できる上あらゆる索敵も欺瞞可能なフード付の外套。

 

特に厄介なのが光学迷彩付の外套だ。透明化した彼を発見するのがどれだけ困難なのかは、地上本部でトゥレディと直接ぶつかり合ったなのはとティアナがよく知っている。それでもやらないよりはマシなので、はやては各自サーチャーを展開するよう命じる事にした。

 

丁度その時、口を開こうとしたはやてを遮る形でティアナが発言した。

 

 

『あの、もしかすると相手の狙撃地点が分かるかもしれません』

 

『本当なのティアナ!?』

 

『はい。ですけど最初に撃ってきた場所が分かっても、もう移動してしまっている可能性が……』

 

「かまへん。この際どんな意見でも大歓迎や」

 

 

これは聞き逃せない。通信を聞いている魔導師全員が耳をそばだて、ティアナの次の発言に耳を傾ける。

 

 

『――――分かりました。クロスミラージュ、狙撃の瞬間の映像を皆に流して』

 

『Yes sir』

 

 

電子音声と共に、狙撃前後の原っぱでのやり取りを記録した映像が全員の顔の前に映し出された。

 

デバイスという存在は単なる魔法発動の補助としての用途のみならず記録媒体としての側面も持ち合わせている。記録された映像は犯罪者を罰する際や有事に於いて何らかの不備がなかったか確認する為の法的証拠となり、若き局員達に共同を行う際の参考資料となり、個人的な思い出の1つにもなり――――ともかく用途は様々だ。

 

もしくはこうして、事件発生当時見落としてしまった手がかりを探す場合にも活用される。

 

低高度からの俯瞰映像には、それぞれ横一列の隊形でデバイスを構え睨み合うティアナ達元ルーキー勢と隊長・副隊長勢の姿が映し出されていた。映像では隊舎側から見てティアナ達が右、隊長勢は左側に陣取っている。審判役のはやて、単なる見物人のギンガとヴィヴィオは列よりも奥、位置的には睨み合う両者の中間だ。

 

狙撃が行われたのははやてが試合開始の合図を行った瞬間。片刃剣型デバイスをやや半身となって両手で構えたシグナムの上半身でパッと何かが炸裂した一瞬後には、彼女の騎士甲冑がまるで氷像から立ち昇る水蒸気の如く瞬く間に蒸発して消え去っていた。

 

何という呆気無さか。こうも容易く魔導師必須のバリアジャケットを無効化されてしまう現実に、改めて一同の背筋を冷たい電流が駆け上る。

 

 

『シグナム副隊長が狙撃された瞬間をもう1度、今度はスローモーションで再生して』

 

 

再度流される着弾の瞬間。今度は砂の塊をぶつけられたかのように細かい粒子が飛散する様子がよりハッキリと映し出される。この時点でシグナムから見て右方向から弾丸が飛来したのがハッキリと判別できた。つまり反対方向の左側、海がある方角からではなく陸地方向から撃たれたのは明白だ。

 

細かく巻き戻させては更に再生速度を遅くしてを数回繰り返した頃には、まさに着弾する寸前のエネルギー弾の姿がハッキリと映し出されていた。外観としてはほのかに発光するエネルギー体で構築している点を除けば、まさに質量兵器に用いられる大口径ライフル弾そっくりな松葉型の形状をしていた。

 

術者ごとに特徴的な色彩を帯びる魔力で構築された魔力弾は、最低でもサイズはテニスボール大で魔力そのものが発光している為にとにかく目立つ。

 

一方主に歩兵用の質量兵器が用いる金属製の質量弾は1cmにも満たない大きさの弾頭を亜音速から音速の数倍という速度で発射される。特殊な弾頭でもない限り肉眼でその軌道を追いかけるのはまず不可能だ。

 

 

 

 

――――だが肉眼で捉える事が出来ないほど速い攻撃と、そもそも見る事が出来ない不可視の攻撃は似ているようで大きく違う。

 

超音速で飛翔する弾丸も、こうして加工を行えばその姿を捉える事が可能となるのだ。

 

 

 

 

明確に捉えられたエネルギー弾は地面と水平に映っているのではなく僅かながら下向きの角度を取っていた。これが示すのは狙撃が行われたのははやて達が今居るシミュレーターよりも高い場所から見下ろす形で撃たれたという事。

 

また頭上から見た場合の弾丸の角度から、シグナムに対しほぼ真横方向から飛び込んできた事も読み取れる。仮に隊舎の屋上から狙撃された場合は弾丸の角度がもっと急、シグナムの背中側から飛び込む形になる筈だ。

 

――――ここからが本番。

 

 

『それじゃあ次はこの弾丸が着弾した時の角度から逆算してどんな軌道で飛来したのか、弾道をシミュレートできるかしら?』

 

『Okey,I do』

 

 

クロスミラージュの心臓部たるコアが発光し、自慢のAIが持ち前の演算能力を発揮し始めた。エネルギー弾の形状を分析し飛び込んできた方角と角度を一瞬で数値化、僅か数秒で弾道の軌跡を描いたシミュレーション映像が再生される。

 

エネルギー弾の底部から線が伸びた。少しずつ高度を上げながらどんどん延長されていった線は、虚構の桜で構成された桃色の森の頭上を飛び越え、次にシミュレーターと陸地の間に広がる海面上を通過。やがて防波堤に達し……そこで止まる。

 

弾き出された狙撃地点は、シミュレーターのほぼ真横部分に位置する防波堤上。海上に張り出したシミュレーターへ続く通路へ下りる為の階段のすぐ近くだ。

 

 

 

 

――――戦闘機人のスナイパーはそこに居る!

 

 

 

 

「(まさか本当に役立つ日が来るなんてね)」

 

 

万が一また件のスナイパーか彼に近い戦法を駆使してくる敵が現れてきた時に備えて考えていた手だったが……嫌な予感ばっかりね、とティアナは唇を動かさずに独りごちた。これが直射型ではなく誘導制御型の魔力弾であればこのやり方はまず通用しないが、トゥレディの攻撃が直射型のエネルギー弾に限定されている事はこれまでの調査や尋問で実証済みだった。

 

もちろんこれは最初の狙撃が行われた当時のデータから導き出したに過ぎず、既に相手は移動しているか、もしくは逃亡を図っている可能性もありえるが……その可能性は低いとティアナは予想した。

 

第1目標――――シグナムの狙撃には成功したが続く第2目標――――はやての狙撃には失敗している。

 

ここまで悉く機動6課に所属する魔導師達の狙撃に成功してきた人物が、ここに来て1度狙撃に失敗しただけで簡単に諦めるとは思えない。わざわざリミッターの枷から解放された隊長陣が一堂に会したこのタイミングで狙撃を敢行してきた辺りに相手の自信が透けて見えている。その自信を逆手に取らせてもらう。

 

 

「ナイスやティアナ!そのデータを今すぐシャマルとヴァイス君達に送って!」

 

『既に送信済みです!』

 

 

頼りになる自分の家族やヴァイスならティアナが導き出したデータを十分に活用してくれるに違いない。

 

だが大まかな狙撃地点が割れたからといっても、有利なのは未だ相手の方だ。

 

敵狙撃手――――トゥレディの武器はあらゆる目を誤魔化す光学迷彩と、彼が潜んでいると思しき狙撃地点からティアナ達が身を隠している場所との間に広がる果てしない距離。

 

 

『これで潜んでいそうな場所は把握できましたけど……ここからが厄介ですよ』

 

「そやな、やな場所に陣取られとる。ここから向こうに当てようおもたら――――」

 

『向こうに届くだけ強力な魔法を使ったら、シャーリー達や他の職員皆が居る隊舎まで巻き込む形になっちゃう……!』

 

 

距離にして約500m。生半可な射撃魔法では当てるどころか防護壁まで届くかどうかも難しく、砲撃魔法や広域攻撃魔法で対抗しようと思えばチャージから照準を合わせるまで長時間遮蔽物から身を晒さねばならない。何より厭らしいのはトゥレディが陣取っている方角で、砲撃魔法を放とうものなら彼の後方に位置している建物、多くの職員が未だ残っている機動6課隊舎を巻き込んでしまう方角であった。

 

つまりはやて達が余計な被害を出さずにトゥレディへ反撃を行う為には、最低でも射撃魔法の射程距離まで接近しなくてはならないのだ。

 

 

『でもあれから撃ってこないところを見ると、今は向こうからもこっちの姿が見えていないみたいだね』

 

 

現在機動6課のメンバーが其々隠れているのは満開に花開いた桜の木の根元。

 

立派に伸びた枝葉と大量の桜に、彼女達の姿は覆い隠されている。彼女達からは桜色の天井に遮られてトゥレディが陣取っているであろう防波堤が見えない状態だが、それはトゥレディにとっても同じ事。

 

ならば向こうからこちらの姿が見えていない間に距離を詰める以外に、今はやて達が取れる有効な手段は残されていない。はやては腹を括った。下手に隠れ場所から出ていくのはリスクも相応だが、このまま何もかもヴァイス任せにして縮こまっているのははやても、そしてなのはやフェイトやヴィータやフォワード陣も耐えられまい。

 

 

「シグナムは気絶してるエリオと一緒にここに残って。他は全員ここから移動するよ。こっちの攻撃が届く距離まで、出来る限り近付くんや。シグナムもええな?エリオの事頼むで」

 

『分かりました……申し訳ありません、主はやて』

 

「そんな気にせんでもええよ。何たって相手はなのはちゃんやフェイトちゃんまで手玉に取るような相手やもん」

 

 

シグナムの声は蚊が鳴く様に小さく力が無かった。何時もはヴォルケンリッターのリーダーとして凛々しく芯が通った声色を響かせてきた彼女も、真っ先に狙撃されて一糸纏わぬ姿を強制的に晒された挙句戦線離脱させられたとあって、相応にショックを受けているのだろう。

 

はやての慰めの言葉にも「はい……」と消沈した空返事しか返さない始末――――これは重傷やな、とはやてはヴィータと顔を見合わせた。

 

ともかく行動開始だ。

 

 

『スバル、シグナム副隊長の所までエリオを連れてくわよ』

 

『分かったよティア――――』

 

 

唐突に地面――――シミュレーターが震えた。

 

魔法技術の結晶であるこの陸戦シミュレーターは砲撃魔法や広域攻撃魔法が飛び交う大規模な戦闘訓練にも対応出来る特性上、海上に設置されていながらそれこそ嵐でも襲おうが小揺るぎ1つ起こさずに水平を保ち続ける事が出来る。それほど強固な作りの人工的な陸地が今、ほんの一瞬水面に小さな波紋を作り出す程度の規模ながら確かに振動したのだ。

 

同時、鈍くくぐもった爆発音と水面を大量の水が叩く音がはやて達の所まで届いてくる。

 

あの方向と位置は確か……防波堤とシミュレーターを繋ぐ通路がある辺りでは?

 

 

『な、何ですかぁ今の!?』

 

『爆発?でも一体何が――――』

 

 

 

 

――――口々に仲間の口から飛び出した疑問は新たな驚愕に塗り潰される。

 

満開の桜が、これまで魔導師達を敵の照準から覆い隠してくれていた薄桃色の壁と立派な木々の輪郭が僅かに揺らいだかと思うと、唐突に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――どこまでリアルに再現しようが結局は虚構だ。

 

魔法技術によって一目では本物と見分けがつかない……もしくは本物以上にリアルに、しかも実際に触れる事が出来てその手触りも本物と全く同じであっても、シミュレーターで再現された存在は一時的に構築された人工的な作り物でしかない。要は実体を得たホログラムそのものだ。

 

廃棄都市区画数ブロック分という広大な範囲を再現するに止まらず、荒廃したビルや看板、整備されず凸凹になった路面の質感やアスファルトの染みの1つ1つまで描写してみせる機動6課の陸戦シミュレーター。極限までリアルな状況を再現可能な豪華な設備だが、その規模と性能に比例して消費するエネルギー量も膨大である。

 

逆に言えば、相応のエネルギーが供給されない限りその高性能が発揮できなくなるどころか起動すらおぼつかなくなる。規模は桁違いでも要は家電製品と同じなのだ。コンセントからコードを引っこ抜かれれば、即座に邪魔な置物へと変貌する。

 

 

 

 

――――森に隠れているのならば森そのものを消滅させればいい。

 

まるで敵ごと森を爆撃で焼き尽くし、更には枯葉剤までばら撒いて敵よりも味方に多く被害を与えた挙句敗戦した地球の大国みたいな考えだが、遠慮無く行う

 

 

 

 

 

シミュレーターを起動する為の動力源は、敷地の地下深くを走る何本ものケーブルを通って供給される仕組みだ。隊舎地下を通過した件のケーブルはシミュレーターと防波堤を接続している海上通路、その内部を通っている。

 

トゥレディは予め海上通路の裏側に遠隔起爆式の爆弾を設置しておいた。海に潜って調べない限りまず発見できない――――それをたった今起爆させたのだ。

 

海底火山が爆発したかのような盛大な水柱が、海上通路の一部を包み隠すように生じた。爆弾が設置されていた部分は半壊し、パックリと開いた亀裂の中では断裂したケーブルが打ち上げ花火の如く盛大な火花を散らす。巻き上がった大量の海水がケーブルの断面に触れると一際激しく火花が荒れ狂った。

 

すぐさま変化が生じた。群青色の海上に生じた桃色の絨毯が唐突に消え去る。虚構の桜は一瞬だけ発光してから唐突に溶けるように消失し、本来の姿――――正六角形のパーツ同士を組み合わせた、蜂の巣の断面のような外観の、人工的で無機質な浮島の全貌が衆目に曝された。

 

フィールドを構築する為の動力を失い、化けの皮を剥がされた陸戦シミュレーター……だだっ広くまっ平らな鋼鉄色の浮島。鏡の如きその表面部にはフィールド構築の邪魔になりそうな余計な物体など何一つ存在していない。

 

トゥレディが起爆する寸前まで桜の木々に身を隠し続けていた筈の標的達の動揺している様子が、彼の元にまでありありと伝わってくる。『リリカルなのは』シリーズという物語の主人公達とその仲間として数々の事件を解決してきたうら若き美女美少女達は、今や360度見回しても遮蔽物が皆無の広大な浮島に唐突に放り出されて狼狽しきりな様子だ。

 

まさに俎板の上の鯉、樽の中の魚。逃げ場も隠れる場所も皆無。唯一シミュレーターへの動力源を立った張本人であるトゥレディだけがまったく動揺する事無く、ライフルをしっかりと構え狙撃の準備を整えていた。

 

第2標的――――はやての姿を十字線の中心に捉える。まだ同様が抜け切れていない、焦燥した表情でその場に立ち尽くしている。おいおいそれじゃあ良い的だぜ?

 

小さく吸って、すぐに止める。酸素を消費し切らない内に引き金を絞らねばならない。何倍にも拡大された視界の中では、ようやく動揺から回復したはやてが回避行動を起こそうと腰を落として下半身に力を蓄えていく様子が妙にスローモーションに映って見えた。

 

引き金にゆっくりと力を加えていく――――

 

だが、今度の引き金はそのまま引かれなかった。

 

唐突に電子音が思考の中に飛び込んできて、極限まで張り詰めていた集中の糸が邪魔が入ったせいで呆気なく緩んでしまった。突然の物音に飛び上がった新兵宜しく全身が1度だけ大きく痙攣したが、身に染み付いた習性は暴発を防ごうと引き金にかけた人差し指をすぐさま伸ばし直した。

 

絶好のチャンスを遮ったのは、トゥレディ自身が機動6課隊舎の屋上の出入り口に仕掛けたセンサーからの警告音。

 

はやてが要請した援軍、シャマル、ヴァイス、ザフィーラが隊舎の屋上に姿を現したのだ――――トゥレディの予測通りに。

 

 

 

 

シャマルは索敵要員……そしてシグナム、はやてに続く第3目標として。

 

ヴァイスは機動6課の中でトゥレディと互角に対抗できるであろう、唯一のスナイパーとして。

 

ザフィーラについては……特に思う所は無い。美女でもスナイパーでもない相手に興味は無いのである。

 

 

 

 

彼らの出現は予想よりも少々行動が早かったが大差は無い。大差は無いのだが……

 

 

「(どうする?このまま撃つか?)」

 

 

ほんの僅かな時間、トゥレディは逡巡した。

 

己の相棒たる専用ライフルはkm単位の長射程と高ランク魔導師の魔力障壁すらも貫く高威力を両立してみせている代償に、発射した際ペットボトルのように太い銃口から噴き出す轟音を伴う衝撃波とマズルフラッシュが相応な規模で発生する。衝撃波に関しては狙撃地点が乾いた土の上ではなくコンクリートの防波堤上なので、衝撃波で巻き上がった砂埃によって位置が発覚する危険は極めて低い。

 

問題はマズルフラッシュ。今撃てば発砲の瞬きを屋上に居る者達に目撃されて、狙撃地点を悟られてしまうのでは?

 

いや、<インビジブル・コート>の光学迷彩は正常に機能しているから、このまま撃っても周囲から見えるのはマズルフラッシュのほんの僅かな閃きだけで、閃光の正体が狙撃である事を見抜くのは極めて困難な筈だ。透明人間と化したスナイパーがそこに居るのだとすぐさま気付ける人物も滅多に居まい。

 

それに、今回の狙撃に於ける最大の危険要素であるヴァイスは屋上に飛び出してきたばかりで、全速力で階段を駆け昇ってきた為かその呼吸は荒く、彼専用のライフル型デバイス――――ストームレイダーを横抱きに抱えている。素早く射撃姿勢を取って正確に撃てるようには見えない状態だ。

 

ここまでずっと<インビジブル・コート>に助けられてきたのだ。その性能を信頼しているし、長年使ってきた事で愛着も湧いている。愛用の装備の性能と実績を信じてトゥレディはこのままはやてへの狙撃を敢行する事に決めた。

 

ヴァイスとシャマルの存在を思考の端へと押し込め、再びはやてに集中する。狙うは面積の大きい胸部。手足に当たってもそこからバリアジャケット崩壊プログラムが標的の全身を侵食していくが、やはり出来る限り面積が広い部分を狙った方が確実だ。

 

今度こそ、完全に引き金を絞り切る。

 

いつも通りの反動、いつも通りの銃声。イメージ通りの弾道でもって一直線に飛翔するエネルギー弾。

 

そして、いつも通りにエネルギー弾が設定された効果を発動させる。

 

 

「(――――うん、95点)」

 

 

なのはにフェイト、スバルにティアナの様に普段から外で動き回っていないイメージのはやての裸身は、前線組ほどスラリと引き締まってはいない。特に同年代のなのはとフェイトと比べると二の腕やお腹周りに僅かながら余分な肉が付いているのが見て取れる。

 

が、しかし。その量も些末なものだし、逆に指で少しだけ摘まめる程度の肉が付いている事でふにふにと何時までも触っていたくなりそうな魅力的な柔らかさを秘めたウエストを、ムチムチと肉感的な太股を演出していた。尻肉のラインも極めて上々文句無し。

 

そして肝心要の胸部装甲はといえば、女性としても元々小柄な体格だけあって余計にそのサイズが際立って見える。なのはとフェイトが『ぼんきゅっぼん』ならはやては『ぼんすらむちっぼん』。ちょっと擬音のテンポが悪いが実際そんな感じで、見た目でしか今は判断できないが揉み応えとしてはむしろはやての方が幼馴染2人よりも上質そうだ。出来れば実際に確かめて見たかったけれど、そこはグッと我慢。

 

スポーティな巨乳も大好物だが、トゥレディはむしろムチムチ派なのである。彼の姉妹達で例えればトーレやセッテよりもウーノやクアットロが好みなのだ。もちろん記録は忘れない。秒速16連射どころか秒速3桁に到達しようかというCIWSばりの連射速度ではやての裸体を撮影完了。

 

……いかん、笑うな自分。今から笑うのはまだ速過ぎ――――

 

 

 

 

 

 

「…………………………何、だと」

 

 

 

 

 

 

その時、ある事に気づいてしまって。

 

トゥレディは思わず、呆けた声を漏らしてしまった。

 

 

『―――――――ッッッッ!!!!?』

 

 

己が強制脱衣させられた現実を自覚してしまったはやての絶叫が、陸地へと吹きつける潮風に乗って耳に届いた段になってようやく、トゥレディは自分が決定的な隙を晒している事を理解した。

 

次に屋上に注意を向けた時にはヴァイスが片膝を突き、射撃教本の見本写真として掲載されていてもおかしくない位見事な膝射の姿勢でもってストームレイダーを構えていた。ライフル型デバイスを支える肉体も、長く突き出た銃身も、全力疾走で狙撃地点に滑り込んできた直後にもかかわらず毛先ほど微動だにしていない。

 

いや、だが正確な場所は見抜かれていない筈。しかし念の為すぐに別の狙撃地点へ移るべきだ。

 

早く動け、と本能が急かす。焦って動けば動揺の気配を悟られるぞ、と理性が宥める。相反する意見をがなり立てる2人の自分自身に突き動かされつつ、俯せの姿勢から身体を持ち上げ、ライフルを引っ掴もうと前屈みの姿勢になる。

 

 

 

 

――――『自分を撃った銃声は聞こえない』

 

誰かが言った至言通り、己の身体に弾丸が直撃した時の銃声は、トゥレディは全く聞こえなかった。

 

腰骨部分を襲った凄まじい衝撃によって身体の中心線が異様な角度に折れ曲がるのを自覚しつつ、カチカチに固められたコンクリートの地面に激突する寸前、トゥレディの脳裏を埋め尽くしたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――パイ○ンは予想外……だっ…た………」

 

 

具体的に何処とは言わないが、ケモノっぽいあだ名を与えられている割にはやてはつんつるてんだったようである。

 

 

 

 

 




はやてをパ○パンにした理由:他にどうオチを付けようか他に思い浮かばなかったから。あと趣味。

上下編で終わる予定だったのがどうしてこんなに長くなってるんでしょうかねぇ?(滝汗
何事も油断は大敵なんです。



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