艦隊これくしょん -raison d'etre-:軍艦艇と人間、その境界で生きる   作:AyLsgAtuhc

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3人目の司令官さん - 2

 

「……作戦室からの報告書及び偵察写真には、君は大破した空母ヲ級と接触。その後、応急処置用の備品を受け渡し、離脱したとある」

 

 一枚の報告書を流し目で見ながら話す司令官さんはとても冷たい声色でした。

 何も言わず、ただ俯いている私をしばらく見つめた後、言葉を続けます。

 

「いくら終戦があまり遠くないとは言え、まだ戦争中だ。これは立派な内通行為と言える」

 

 司令官さんは深い溜息を吐きました。

 

「駆逐艦・電、本件について何か言い分は?」

 

 その溜息は、私に対しての失望なのでしょうか。

 それが司令官さんの私に対しての評価なのでしょうか。

 私は今まで生きてきた事の意味が更に無くなったような錯覚を覚えました。

 

 私は無理やり口を開き、司令官さんに返答しました。

 

「ごめんなさい……全て事実なのです……」

「……そうか」

 

 司令官さんはもう一度深い溜息を吐き、書類から目を離し、私に視線を投げかけました。

 その静かな目は、いつもの柔和な目とは違い、まるで海底のように深い眼差しなのでした。

 

「では、何故このような事をした?」

「……それは」

 

 私は答えようとしました。

 

――待ってなのです。

 

 そもそも、私は何故あのような行動をとったのでしょうか。

 

『電ちゃんは「人間」だよ』

『ソレトモ同情カ? ハッ、兵器風情が「人間」ノ真似事ナンテ滑稽ダナ!』

 

 何故、敵を助けたのでしょう。

 これではまるであのヲ級の言うように、「人間」の真似事なのです。

 

――滑稽なのです。

 

『貴様は「兵器」だ』

『貴様ラハ所詮、人間ニ使ワレル「兵器」ニ過ギナイ』

 

 そうなのです。私は「兵器」なのです。

 深海棲艦を倒すのが任務なのです。

 それが、私が今まで生きてきた意味なのです。

 

――ですが、その任務を全うできませんでした。

 

 でも、あの時の私はそれ以外考えられませんでした。

 敵を助ける以外、考えられませんでした。

 

 私のやってきた意味は。

 私が生きてきた意味は。

 

 結局のところ、私の今まで生きてきた意味を、私自身が否定してしまったのです。

 

――こんな私に生きている意味なんて、本当にあるのでしょうか。

 

「……」

「……答えられないのか?」

 

 沈黙は続きます。

 時間が解決してくれればどんなに楽だったでしょうか。

 ですが、司令官さんの海底のような目がそうはさせてくれませんでした。

 

 どう話せば、司令官さんが納得してくれるのか。

 どう話せば、司令官さんに弁明できるのか。

 私は何か話そうとしますが、考えがまとまらず、喉から先、声が出てきませんでした。

 

 司令官さんはそんな私をただ静かに見つめ続けますが、数分の後、諦めたように口を開きます。

 

「……この場合、規定では軍規違反による処罰を与えねばならん。当然、連帯責任で君たち姉妹もだ」

 

 その言葉に私は絶望しました。

 私は青ざめ、震える唇を必死に開き、叫びました。

 

「そんな……! お姉ちゃん達は関係なく、全て私の勝手な判断でやった事なのです……! 処罰でしたら私だけ……!」

 

 理性的な言葉を司令官さんに投げかけ、弁明しようとしますが、月並みな言葉しか浮かばず、やがて感情を吐き出せないもどかしさに下唇を噛み、俯きました。

 そのもどかしさからか、すっーと私の目から涙が零れ落ちました。

 

 私の軽率な行動が、結果としてお姉ちゃん達に迷惑を掛けてしまったのです。

 私は何よりもその事が、一番辛かったのです。

 私は心の中でお姉ちゃん達に謝りました。

 

 ごめんなさい。

 こんなダメな妹でごめんなさい。

 

 今回の出来事で、お姉ちゃん達は私に対して失望するかもしれません。

 もしかしたら、笑顔で許してくれるかもしれません。

 

 ですが、どちらにせよお姉ちゃん達に迷惑を掛けてしまった事には変わりありません。

 今はまだいいかもしれませんが、中途半端な私はこの先、お姉ちゃん達に沢山迷惑を掛けてしまうのです。

 

 そしてその結果、お姉ちゃん達が私のせいで、突然居なくなってしまう。

 私はその事がとても怖かったのです。

 

 私はこの時、私にはお姉ちゃん達と一緒に居る資格なんて無いのだと、はっきり分かりました。

 いっその事、これを機にお姉ちゃん達と距離を置こうと思いました。

 その方が、ずっと楽なのです。

 ひとりの方が、誰にも迷惑を掛けないから、ずっと楽なのです。

 

 涙を流す私を、司令官さんは、ただ見据えました。

 司令官さんが口を開いたその瞬間こそ、お姉ちゃん達の別れだと思いました。

 

 そして司令官さんは、口を開きました。

 

「だが、今回の問題はそうした任務や軍規、公についての問題ではない。君の理念について、君自身についての問題だ」

「……え?」

 

 司令官さんの思いがけない返答に私は、泣きながら目を向けます。

 司令官さんは今まで被っていた帽子を脱ぎ、先程よりも、深く輝いた眼差しを私に投げかけました。

 

 その目からは、どこか懐かしい温もりを感じさせられました。

 

「つまり私は、そうしたつまらない建前を抜きにして、君の本心が聞きたいのだよ」

 

――私の本心?

 

 私は司令官さんの言葉の意味を理解する為に、司令官さんの言葉を心の中で反芻しました。

 

「何を考え、何を思い、その行動に出たのか? 君の行動理念はなんだ?」

 

――私の行動理念?

 

「先程の質問に何故、答えられないのか教えよう」

 

 まるで私の心の奥底に優しく触れるような、そんな深く透き通った声で、司令官さんは語りかけます。

 

「それは君自身が君自身の言葉で語ろうとしないからだ。だから、こういう時に上手く言葉が出なくなる」

 

――私自身の言葉?

 

「君は頭がいい、それに慎重派だ。公の場所で本心や感情を吐露して語った時に発生するリスクを理解している。だが、この問題が解決しない以上、君はこの先、同じ行動を何度も取るだろう。だからこそ私は、君自身の言葉を聞いておきたいのだ」

 

 この時、私は私の心の中で何かが外れた音を聞きました。

 

「上手く取り繕うとするな。私を司令官だと思うな。言葉足らずでもいいから、他の誰でもない、君自身の本心を表現してみろ」

 

 司令官さんはその何かを更に外そうと優しく言葉を投げかけます。

 

「君の理念は何だ? 敵を打ち倒す事か? 敵味方問わず手を差し伸べる事か?」

 

 そして司令官さんは、一呼吸の後、私の心に触れるように言いました。

 

「君は艦娘として何故、このような行動を取った?」

 

 まるで濁流のように私の心へと押し寄せる司令官さんの言葉に、私は眩暈を覚えました。

 頭が真っ白になり、顔から血の気が引くのが分かりました。

 足元から床が無くなるような感覚を覚えました。

 胃液がこみあげてくるような感覚を、口を塞いで必死に押さえつけました。

 

 私の行動理念とは一体何なのでしょうか。

 私の生きている意味とは一体何なのでしょうか。

 

 私は――。

 

 私はあまりに「兵器」として生きようとした時間が長すぎました。

 私はあまりに「人間」として生きようとした時間が長すぎました。

 中途半端に生きた時間が、あまりにも長すぎました。

 

 私は私の心の中の感情を必死に探しました。

 私は私の心の中を表現する言葉を必死に探しました。

 

 私は――。

 そう、私は――。

 

 私はふと、私の心の奥底に触れた感覚を覚えます。

 かちり、と何かが噛みあった音が私の頭に響きました。

 

 その音と同時に、世界に色が戻りました。

 足元から伝わる床の感覚が戻りました。

 先程までの吐き気が何処かへ消えていきました。

 

 私は顔を上げ、今まさに、目の前に居る司令官さんを見据えます。

 

「……おかしい……ですか?」

 

 そして、最後に残ったふたつの感情が、私の口から吐き出されました。

 

 

「――――戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?」

 

 

 もういいのです。

 

「私たち兵器が、例え傷ついた敵でも助ける姿は、人間である司令官さんにとっては滑稽なのですかっ!?」

 

 私は生まれて初めて、「司令官さん」に向けて、私の心情を吐き出しました。

 

「人間みたいに振る舞ってはおかしいのですかっ……!?」

 

 司令官さんの言った通り私自身を表現する事に決めました。

 

「兵器としての任務は全うできず……人間としての幸せを願う事もできず……どちらにもなれない中途半端な私はどうすればいいのですかっ!?」

 

 ひとつ、吐き出されたのは、叫びにも近い自己否定の感情でした。

 

「暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃんは……そんな私みたいな、中途半端な妹でも、決して見放さないって言ってくれたのです……外の世界で一緒に暮らそうって言ってくれたのです……」

 

 ふたつ、吐き出されたのは、そんな私を受け入れてくれたお姉ちゃん達への謝罪の感情でした。

 

「ですが……ダメなのです……こんな中途半端な私が、外の世界で生きていけるはずなんてないのです……お姉ちゃん達にたくさん心配を掛けてしまうのです、たくさん迷惑を掛けてしまうのです……」

 

 ごめんなさい、暁ちゃん。

 ごめんなさい、響ちゃん。

 ごめんなさい、雷ちゃん。

 

「こんな私のせいで、大好きなお姉ちゃん達が居なくなってしまうのは、もう嫌なのですっ!!」

 

 こんな私に、お姉ちゃん達の妹で居る資格なんて無いのです。

 こんな私に、お姉ちゃん達と一緒に住む資格なんて無いのです。

 

「私は……この鎮守府の中で兵器として、生きていく自信がありません……鎮守府の外で人間として、生きていく自信がありません……お姉ちゃん達と一緒に、生きていく自信がありません……」

 

 このふたつの感情は、司令官さんに向けられた感情でもあり、私自身に対しても向けられた感情なのでした。

 

「こんな私は……この先、どうやって……生きていけばいいのですかっ……!?」

 

 私の目から涙がぽろぽろと零れ落ち、執務室には私の嗚咽だけが響き渡りました。

 

 私はただ、司令官さんの言葉を待ちました。

 もう疲れたのです。

 これで最後にするのです。

 

 「貴様は兵器だ」と言われたらそう生きる事に決めました。

 鎮守府で一生を過ごそうと決めました。

 

 「君は人間だよ」と言われたらそう生きる事に決めました。

 外の世界で一生を過ごそうと決めました。

 

 私は司令官さんの言葉に従う事に決めました。

 そして、お姉ちゃん達とは別々に生きようと決めました。

 

 その方が、ずっと楽なのです。

 ひとりの方が、誰にも迷惑を掛けないから、ずっと楽なのです。

 お姉ちゃん達が私のせいで居なくならなくて済むのです。

 それが、一番正しい選択のはずなのです。

 

 司令官さんは執務机から立ち上がり、私の目の前までゆっくりと歩み寄ると、私の目線の高さまでしゃがみ込み、涙が零れ落ちる私の目を捉え、口を開きました。

 

 そして、司令官さんの発したその言葉は、私の期待を大きく裏切りました。

 

 

「――――あるがまま生きる事だよ」

 

 

 その声は、何時もの司令官さんのぶっきらぼうな口調ではなく、今まで聴いた事のないような、とても優しく、そして温かい声でした。

 その眼差しは、いつもの柔和な目に加え、先程よりも更に温かいものでした。

 

「……あるが……まま?」

 

 私は司令官さんの言葉を反芻しました。

 

「そう感じるのは、君は兵器でもあり人間でもある、艦娘だからなんだよ」

「かん……むす……」

「そうさ。兵器としての電、人間としての電。そして、その中間の艦娘である電。どれも君自身だ」

 

 司令官さんは、優しく頷き、言葉をつなぎます。

 

「兵器として戦う事も出来るし、人間として例え敵でも助ける事が来るんだ。白か黒かではないよ、その中間。言ってしまえば、君はそのどちらでもあると言えるかな」

 

 そう言って司令官さんは、私の目の前で手に持っていた報告書を破り、ポケットの中にしまいました。

 

「だから君の考えは、何もおかしくはないよ」

 

 そうして司令官さんは、私の手を優しく握りました。

 

「いいかい? 『兵器として生きろ』、『人間として生きろ』は、君が出会った者達が勝手に植え付けた君のイメージに過ぎないよ。例え司令官という肩書を持っていたとしても、化けの皮を一枚剥げば、それは只のちっぽけな人間に過ぎない」

 

 その手は昔、軽巡のお姉ちゃんが頭を撫でてくれた手のように温かかったのです。

 

「そんな者達の言葉に惑わされちゃいけない。どちらかにならなければいけないという考えを捨てなさい。それだと、君の世界をより窮屈にしてしまう。艦娘にとっては、どちらも等しく重要な要素なんだ。どちらかを拒絶して、いずれかの極端に縋り付いた先は、何てことはない……限界という名の行き詰まり、つまりは破滅を意味する」

 

 その手は昔、空母のお姉さんが握ってくれた手のように温かかったのです。

 

「問いを深めるのも大切だけど、自分の存在を素直に認める努力をしていく事の方がもっと大切だよ」

 

 その手はさっき、暁ちゃんがそっと抱きしめてくれた手のようにとても温かかったのです。

 

「だから君は、どちらとしても生きていいんだ。少なくとも私が許そう」

 

 私はしゃくりあげたまま、司令官さんに問いを投げかけます。

 

「……こんな中途半端な私でも……いいのですか?」

 

 その問いに、司令官さんは優しく答えます。

 

「むしろ中途半端の方がいい。それは他の誰にもない、すごく大きな強みだ。それは君がどちらにもなれるという事、無限の可能性を秘めているという事だからね」

 

 私はしゃくりあげたまま、司令官さんに更に問いを投げかけます。

 

「……こんな私でも……生きている意味があるのですか?」

 

 その問いに、司令官さんは力強く答えました。

 

「意味があるからこそ、君は今、生きてここに居ると言える。艦娘・電としてね」

 

 私は先程よりも、ずっと大きな声を上げて泣きました。

 

 やっと肩の荷が下りました。

 やっと中途半端な私を認めてくれる人がいました。

 

 私は囚われていました。

 どちらかで生きる必要はない、どちらとしても生きてきた事が大切だったんだと。

 

 やっと私の存在理由が解りました。

 私は今こうやって「艦娘」として、「電」として生きている事こそ、私の生きている意味だったんだと。

 

 

 ……………………… 

 

 

 しばらく泣いた後に、私はふたつめの感情の存在を思い出しました。

 

「ですが……それでも、私はこの先お姉ちゃん達にたくさん迷惑や心配を掛けてしまうです……こんな私のせいで、お姉ちゃん達が居なくなってしまうのは、もう嫌なのです……」

 

 私は影のある表情、けれども期待した目で司令官さんに打ち明けました。

 それでも、司令官さんなら何か教えてくれるのではないかと。

 

――私が今まで生きてきた意味を教えてくれたように、何か答えを示してくれるのではないかと。

 

 その表情を察したのか司令官さんは、私の手を優しく離してから立ち上がると、執務室の扉を一瞥しました。

 

「……もう十二分に、迷惑や心配を掛けてると思うけどね。ほら」

 

 その表情はとても嬉しそうでした。

 

 

「「突撃っー!!」」

 

 

 突如、かわいい怒声と共に開かれた執務室の扉から姿を現したのは、箒、バール、フライパンでそれぞれ武装した、お姉ちゃん達の姿なのでした。

 

「そこまでよっ!! 電から離れなさい!」

 

 箒を槍の様に上段に構える暁ちゃん。

 

「Ура! 司令官、今すぐ電から離れて。でないと痛い目にあってもらうよ」

 

 バールを二本、下段十字に構える響ちゃん。

 

「電を苛める奴は、例え司令官でもこの雷様が許さないわよ!」

 

 フライパンを剣道の様に中段に構える雷ちゃん。

 

 お姉ちゃん達は、私と司令官さんの間に一瞬にして立ちふさがると、思わず後ずさった司令官さんへと重心を低くして詰め寄ります。

 私は唖然として、その光景を眺めていました。

 

 お姉ちゃん達は最初、戦闘態勢で執務室に突入してきました。

 ですが、司令官さんのニコニコとした表情のせいか、次第に司令官さんへの進撃の速度を弱めていきます。

 

「って、あら? 何か思っていた展開と違うわよね?」

「でも、さっき電の泣き声が聞こえたけど……」

「あれ? これはもしかして、私達……とんでもない勘違いを?」

 

 そしてお姉ちゃん達は、それぞれの構えを解き、三人で円陣を組んで話し合った結果。

 お姉ちゃん達は、自分達の間違いに気付きました。

 

 気が付けば、司令官さんは今まで見たことないような屈託のない笑顔で呵呵大笑していました。

 お姉ちゃん達もその声で余計、困惑しています。

 

「な……なんで……」

 

 その光景とは裏腹に私は言葉を投げかけました。

 お姉ちゃん達はお腹を押さえて笑う司令官さんを余所に、深刻そうな声を出す私に視線を向けました。

 

「普通に考えて執務室に武装して押し入るのは、重罪なのです。タダではすまないのです……」

 

 その時のお姉ちゃん達の目は、信念を持ったように熱を帯び、凛と気高いものなのでした。

 そしてその表情は、とても生き生きとしていました。

 その表情は、在りし日の軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんの表情を思い出させました。

 

「なんで……そんな危険を冒してまで、私の事を……」

 

 その言葉にお姉ちゃん達は、当然じゃないと言わんばかりな表情を浮かべました。

 そして暁ちゃんは、箒を片隅へと投げ捨てて、私の前へと歩み寄り、そっと私を抱きしめました。

 

「言ったじゃないの、電は私たちの大切な妹なんだから……もし司令官が見放しても、例えどんな事があっても……私たちだけは決して電を見放さないわ」

 

 私は今日、何回泣いたのでしょうか。

 その言葉に思わず涙が零れ落ちます。

 

「……迷惑ではないのですか?」

「お姉ちゃんに迷惑かけないで、誰に迷惑かけるってのよ! もっと甘えていいのよっ!」

 

 その言葉に雷ちゃんがニカっと笑って返答し、手に持ったフライパンを隅へと捨ててから、私を抱きしめました。

 

「……みんな居なくならないのですか?」

「どんな事があっても最後まで一緒だ」

 

 その言葉に響ちゃんが静かな頬笑みを浮かべ返答し、手に持ったバールを隅へと捨ててから、私を抱きしめました。

 

 やっと分かりました。

 結局、全て私の思い過ごしだったみたいなのです。

 

 私は間違っていました。

 私はお姉ちゃん達を喪う事を恐れる余り、お姉ちゃん達を拒絶していたのだと思います。

 それよりも、軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さん、そしてお姉ちゃん達やみんなと一緒に生きてきた時間が一番大切だったんだと気付いたのです。

 

 ひとりで勝手に気持ちを抱え込んでいたのです。

 ですが、私はもう、ひとりで気持ちを抱え込まなくていいのです。

 

 だって、こうやって何時でも心配してくれる強いお姉ちゃん達が居るのです。

 どんな事があっても助けに来てくれる強いお姉ちゃん達が居るのです。

 こんなにも優しくて強いお姉ちゃん達が居るのです。

 

 私はそれだけで、幸せなのでした。

 それに今まで気付けなかった私は、ダメな妹なのです。

 

「いい姉さん達じゃないか」

 

 くつくつと好々爺のように笑いながら、空気を読んで話を聴いていた司令官さんが、私たちに言葉を投げかけました。

 

「君の姉さん達は、君の事が、君と同じくらい大好きだから、迷惑とか打算とか、そんなくだらない利害関係を抜きにして、こうやって身を挺してやってきたんだ。こうした繋がりはこの世のどんなものよりも大切なんだよ」

 

 そう言って私たちに歩み寄る司令官さん。

 

「だから迷惑とか考えずに、さっき私にぶつけたように、姉さん達にも色々感情をぶつけてごらん。もちろん最初はぎくしゃくするさ。けれども、最後にはきっと丸く収まるよ」

 

 その表情はとても穏やかな表情なのでした。

 

「残念だけど、どんなに離れたくなくても、生きている以上はいつか別れの時は訪れる。けど、今ではないよ。もし、近々そんな状況に陥ったとしても、君たちならきっと乗り越えて行けるよ」

 

 そうして司令官さんは、先程とは打って変わって、凛とした声を発しました。

 

「さて、駆逐艦・暁、響、雷。執務室にいきなり、しかも、武装して押し入ってきた訳だが……無論、電も連帯責任だ。君たち、覚悟は出来ているだろうな?」

 

 私たちはその言葉に、一列に並びます。

 しかし、お姉ちゃん達の目は先程と同じく、信念を持ったように熱を帯び、凛と気高い目で司令官さんを見据えました。

 

「ええ、出来てるわ」

「ああ、何時でも」

「どんときなさい」

「……なのです!」

 

 私もお姉ちゃん達と同じ目をしていたと思います。

 とても生き生きとした表情を浮かべていたと思います。

 

 お姉ちゃん達となら、どんな困難でもきっと乗り越えられる。

 そんな、私たちの自信の表れなのでした。

 

 それを見た司令官さんは、今までに見た事のないような、生き生きとした、とても嬉しそうな表情を投げかけました。

 

「処罰だが……駆逐艦・暁、響、雷。これからも姉妹艦として駆逐艦・電の力になって上げなさい。駆逐艦・電はその好意を素直に受け入れる事。私からは以上だ」

 

 その答えを聞いたお姉ちゃん達は、何を当たり前な事を、と言わんばかりの表情なのです。

 

「そんなの当然よ!」

「だってね」

「そうよ、私たちは」

 

 ありがとうなのです。お姉ちゃん達。

 この時のお姉ちゃん達のこの言葉に、私はどれだけ救われたのでしょうか。

 

「「電のお姉ちゃんだからねっ!」」

 

 

 ………………………  

 

 

『日本国政府と深海棲艦との間に正式な停戦協定が結ばれ、早1か月となりました。これにより双方の関係は回復傾向にありますが、依然として戦時中の爪痕が……』

 

「ふむ……確かに駆逐艦・電、並びに暁、響、雷の解体申請を受理した」

 

 こうして、深海棲艦と正式な停戦協定が結ばれた事により、私たちの戦争は終わりました。

 

「各種申請がある関係上、30日間の猶予期間の後、艤装の解体作業を行う。解体後は退役艦保障の元、一般人として生きる事になる。当然、軍事機密漏洩防止の為、君たちが艦娘だった事は秘匿される」

 

 司令官さんの顔つきは、戦時中のまるで死人のような顔つきではなく、憑き物が落ちたかのような、歳相応の表情を浮かべていました。

 

「随分、簡単に申請が通ったのです……」

「戦時中ならこんな簡単に申請は通せない」

 

 司令官さんはつまらなそうに言葉を吐き捨てました。

 最近知ったのですが、司令官さんは何か苛立ちを覚えている時によく、つまらなそうな表情を浮かべるのです。

 恐らく、戦時中ずっと仏頂面だったのは、こんな簡単な申請さえも通さなかった軍部への苛立ちからきた表情なのでしょう。

 

「停戦協定も結ばれたし、まず軍縮は免れない。大本営からもなるべく、個人の解体申請は受理するよう指令が降りてきている」

 

 そうなのです。

 司令官さんは私たちが思っている以上に優しい人なのです。

 

 いつも司令官さんは軍部に対して、怒りを抱いていました。

 それを他の艦娘たちに悟られない為、心配を掛けさせない為、あえて表情を隠していたのです。

 それでも時々、軍部への、そして司令官として艦娘たちに接せねばならない自分自身への怒りを、溜息という形で露にしていたのです。

 

「あの……私の秘書艦業務の方は大丈夫なのですか?」

「君の他にも秘書艦業務が出来る子は居る。その子はまだ居るって言っているから、その辺は安心するといい」

「そうなのですか……」

 

 私はそれだけが心残りでしたが、これで心置きなく鎮守府を去れます。

 しかし以前、吹っ切れたとは言え、まだ私の中に蟠りが残っていました。

 

「……まだ、今後どうするか決めかねているのかい?」

 

 それを察してか、司令官さんは帽子を脱ぎ、私に優しい声で問いかけました。

 これが、司令官さんの素の姿なのです。

 

「はい、なのです……でも……」

 

 ですが、ひとつだけ心に決めた事があります。

 

「とりあえずはお姉ちゃん達と一緒に暮らす事にしましたのです」

「そうか、それが一番いいよ」

 

 私の答えに、司令官さんも微笑を浮かべて返答してくれました。

 

「あの……司令官さんはこの先どうするのですか?」

 

 ふと私は、司令官さんは戦争が終わってからどうするのだろうかと気になり、尋ねました。

 

「そうだな……」

 

 司令官さんはしばらく考えた後、以前私に投げかけた、海底のように深く鋭い目で答えました。

 昔は怖かったこの眼差しですが、司令官さんの心の内幕を知った今では、その眼差しが心地よくも感じられました。

 

「戦後処理で追われるだろうから、当分はここの司令官として過ごすよ……その後は、立ち居地はどうあれ、贖罪の旅に出かけるつもりだ」

「贖罪の旅、なのですか……?」

 

 贖罪という言葉を口にした司令官さんの目に、迷いはありませんでした。

 

「そうさ。流れのままなったとはいえ、気が付けば、私は君たちを使って彼女たちと戦うように命令したんだ。これを罪と言わなくて何て言う?」

「それでしたら……」

 

 命令されてやったとはいえ、実際にやったのは私たちなのです。

 私もお供した方がよろしいのでしょうかと、言おうとしたのです。

 

 しかし司令官さんは、私の言葉を手で遮り、言葉をつなげました。

 

「いや、君は兵器としてこの戦争に参加したんだ。それを使ったのは私たち人間だよ」

「ずいぶん都合のいい所で私たちを兵器扱いするのですね」

 

 私はいたずらな笑みを浮かべて、司令官さんに言いました。

 それを見た司令官さんもいたずらな笑みを浮かべます。

 

「まぁ、そう言う事にしておきなさい。君たち兵器の罪は、それを使った私たち人間の罪だ。仮に君たちに罪があるとすれば、それはすべて私が引き受けよう」

「分かりましたのです。司令官さんはそう言うのでしたら、私は何も言わないのです」

「ありがとう」

 

 司令官さんはそう言った後、執務机から立ち上がると、執務室の窓へと近付き、外を一瞥しました。

 

「敵味方問わず、君みたいに悩んでる子達がたくさんいるんだ。咎人はどんな形であれ、一生を捨てて彼女たちの為に贖罪せねばなるまい。それが殺し、殺されるように仕向けた司令官の罪で、私の生きる意味なのさ」

 

 生きる意味、という言葉に私はドキリとさせられました。

 

「司令官さん」

「なんだい?」

 

 そして、私は前々から疑問に思っていた事を司令官さんへと投げかけました。

 

「司令官さんは今、生きる意味と言いましたが……結局、私たちが生きたあの戦争には何の意味があったのですか?」

 

 それを聞いた司令官さんは、執務室の窓を開け、私を手招きしました。

 私は、とてとてと窓へ近付きました。

 司令官さんは窓の外に見える海を指さします。

 

 その海は、ちょっと前まで戦争があったとは思えないほど、とても穏やかな波を立てていました。

 水平線の果てまで続く蒼空が広がっていました。

 そして、穏やかな海風が執務室に流れ込み、私たちの頬を撫でたのです。

 

 季節はもうじき春なのです。

 

「戦争自体に意味なんて無いよ。あの波と一緒さ。それは自然に発生した一つの時代のうねりに過ぎない。もしあるとすれば、この戦争は君や私にとって一つの通過点に過ぎないって事かな」

「通過点?」

「そうさ。君はまだ年端も行かない少女なんだ。そう考えると、この戦争は君にとっては人生の最序盤の出来事に過ぎないよ。そして、この戦争が終わり、新たに一つの始まりを迎えようとしている」

 

 窓際に居る私たちに気が付いたのか、窓の外では他の艦娘たちが遠くから手を振っています。

 司令官さんは微笑を浮かべて、手を振りかえしました。

 

「大切なのは、この戦争中に兵器の電として生きた事でもなく、人間の電として生きた事でもないよ。その境界、艦娘である電として生きた事が大切なんだよ。そして、戦争が終わった以上は、その艦娘でもない、あるがままの電として、生きる意味を探す必要があるかな」

「それが見つかるのは……当分先になりそうなのです」

「……これは誰にでも言える事だが、あるがままの自分、そして生きる意味を見つけるには並大抵ではない努力と時間が必要だ。中には一生掛かっても見つからずに人生を棒に振る者も居る」

 

 私はその言葉を聞き、少し影を落とした表情のまま、海を眺めました。

 司令官さんも海を眺めつつ、しばらくの後、柔らかな微笑を浮かべました。

 

「なぁに、自ずから然るさ。大切なのはどんな形であれ、自分自身の無理のないペースで、少しずつでも流れ続ける事だ。何事も焦ってはいけない」

「あ……」

 

 そうなのです。

 司令官さんのこの言葉で、私はやっと解ったのです。

 

「流れに身を任せ、何事も精一杯行動する」

 

 この司令官さんは、軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんと同じ様な生き方をしていたのです。

 

「人生にはどうしても自分の力では対処出来ない事が多々ある。運命とも呼べるかな。だけど、その流れに逆らってはいけない、上手く流れのまま進まなくてはいけない。その流れ……現実に目を背けてはいけない。これが簡単に見えて一番難しい事だ。その境界を見極めない者は、いつか自分を見失い、壊れてしまうからね」

 

 だから、あの時の私は、司令官さんと仲良くなろうと話しかけたのです。

 

「その流れの中で、あるがままの君を表現する為には、精一杯行動する事が大切なんだよ」

 

 だから、司令官さんに私の本心を吐き出せたのです。

 

「……辛く苦しい時もあるだろうが、君にはとても心強い姉さん達が居る、もし何かあればすぐに頼りなさい。そうした関係こそ、この世で一番尊いんだ」

 

――ありがとうなのです。司令官さん。

 

「でも、忘れちゃいけないよ。君の歩く道を最後に決めるのは、私でも姉さん達でもない。君自身だよ」

 

――ありがとうなのです。軽巡のお姉ちゃん、空母のお姉さん。

 

「そうやって長い目で見て、精一杯流れ続ければ、君が考えているよりももっとずっと遠くへ行ける。そうやって流れ着いた果てに、きっと答えが見つかるよ」

 

――私はもう迷わないのです。

 

 

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