艦隊これくしょん -apprivoiser-:軍艦・球磨、始まりの海、最果ての空   作:AyLsgAtuhc

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第4節「自己受容」

 

――――0550、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。

 

「……不思議な気分だ」

「……不思議な気分だクマ」

 

 夜の静寂、月の光、そして星の瞬き。

 海風を戦ぎ、邂逅するは、二つの影。

 

「まさか私の自己像幻視と出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れている」

「まさか球磨のドッペルゲンガーと出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れているクマ」

 

 冬の星空、無数の想いが生まれ、そして散って星屑となったその跡地。

 その最果ての空と海に映る無数の星々、その天象儀に抱かれた、二つの影。

 

「お前もそう思うか?」

「常々そう思うクマ」

 

 其処には、海面に映る月光の道を境に、一つで二つの存在、「軍艦・球磨」と「艦娘・球磨」が相対していた。

 形は違えど、同じ「魂」を持つ者同士が邂逅し、旧知の友人と久闊を叙する様に、言葉を交わしていた。

 

「……それにしても、一人で来るとは良い心がけだ」

「そう言う癖にお前は、えらく可愛い前哨を配置してたクマ」

「……なんだと?」

「駆逐イ級が一隻、球磨の目の前に立ち塞がったクマ。まぁ……どうやらお前のその様子だと、お前自身も知らなかったようだクマ」

「……あの馬鹿者」

 

 もう一人の自分の言葉を聞いた軍艦・球磨は、物思いに沈み、悲しみを吐き出す様に吐息を一つ洩らす。

 そして顔を上げ、静かな、でも何処か悲しげな顔でもう一人の自分を見据え、尋ねた。

 

「お前は……アイツを沈めたのか?」

 

 その言葉に、優しげな頬笑みを浮かべた艦娘・球磨は穏やかに答えた。

 

「安心しろ、沈めてないクマ。戦いはしたけど、素直に通して欲しいって言ったら、ちゃんと通してくれたクマ。お前は本当、良い部下を持ったクマ」

「そうか……」

 

 自身の不安が杞憂に終わった軍艦・球磨は、安堵と感謝の表情をもう一人の自分へと投げかけた。

 

「……ありがとう。アイツの事だ、例えお前と刺し違えてでも止めてただろう」

「気にするなクマ。お前が命を投げ出してまで、球磨の妹たちに手心を加えて戦ってくれたのと一緒だクマ」

「……流石にバレてたか」

 

 二人は気恥ずかしげな表情を浮かべ、更に言葉を紡いだ。

 

「多摩にはバレバレだったクマ。途中で北上と大井も気付いたクマ。木曾も普段だったら直ぐに気付いたクマ」

「……だが、最後まで気付かなかった」

「それだけ、頭に血が上っていたという事だクマ」

「……本当、お前は良い妹を持ったな。正直、羨ましい」

 

 軍艦・球磨は、決して自分には届かないであろう、悠久とも言える程の距離感を感じていた。

 冬空の窓の外から一人、別れた家族の面影を眺める様な疎外感に襲われていた。

 

「お前の妹でもあるクマ」

 

 それに気付いたもう一人の自分が、内側からその窓を開けてやって、そっと呼びかけた。

 

「……ありがとう。そう言ってくれると、本当、嬉しい」

 

 艦娘・球磨はニコリと笑い、あっ、と思い出した様に、もう一人の自分に対して口を開いた。

 

「……そう言えば、木曾に一撃食らったと聞いてたクマ。だけどその様子だと、どうやら気遣いは無用みたいだクマ」

「そうだな、気遣いは無用だ。こっちにだって高速修復材ぐらいある。見ての通り、準備は万全だ」

「……それを聞いて安心したクマ。出来ればお前とは双方、万全の態勢で戦いたかったクマ」

「私もだ」

 

 ふと、二人が気が付くと、先程まで二人を包んでいた星の煌きは、輝きを潜めていた。

 そして東の空は、うっすらと白み始め、完全な闇は消えかけていた。

 

「夜明け前が一番暗い。だけど、日の出ももう近いクマ」

 

 ブルーモーメント。

 太陽の光と月夜の闇、その二つの世界が重なり、溶け合い、そして儚く消える蒼の時間帯。

 

 二人は暫しの時間、薄明の東の空を眺めながら、物思いに耽っていた。

 二人は透きとおった瑠璃色を、唯ひっそりと抱き締めていた。

 

「……昔、軍艦として初めて海に出た日の事を思い出した。激動と混沌の時代……中々の暗黒時代に私は産み落とされたと思った」

「……球磨も昔、艦娘として初めて海に出た日の事を思い出したクマ。動乱と混迷の時代……神さまは中々酷い世界を考える奴だと思ったクマ」

 

 そしてぽつりと、軍艦・球磨から言葉が漏れ、艦娘・球磨はそれに合わせる様に言葉を重ねた。

 その二人の表情には、「運命」に抗う事は出来ないという諦観が含まれていた。

 

「それでも……初めて海の上で朝を迎えて拝んだ、あの暁の水平線はとても美しかった」

「それでも……初めて海の上で朝を迎えて拝んだ、東の御空を抱くあの暁光はとても輝かしかったクマ」

 

 だが二人は、太陽の様な眩しげな笑顔を浮かべ。

 

「軍艦として生きるのも、悪くないと思った」

「艦娘として生きるのも、悪くないと思ったクマ」

 

 己が境遇、己が「運命」を誇った。

 

 そして、蒼玉石の瞳と琥珀石の瞳。

 柔和ながらも強い信念を含んだ、二人の目線が絡み合った。

 

「……気付けばお互い、随分と遠くへ来てしまったな」

「……でも、此処が最果てクマ」

 

 そう、誰も居ない世界の果てまで来てしまったという寂寥感を二人は覚えていた。

 

 しかし、其々が抱いているたった一つの想い。

 それだけが、たった一つの世界の燈火として、二人の深淵を照らしていた。

 

「名残惜しいが……」

「……そろそろ始めるかクマ」

 

 清らかに対照した二人は、すう、と優しく息を吸い込む。

 そして二人は、心の中の燈火を凛と鮮やかに燃やした。

 

「……行くぞっ!!」

「……望む所だクマっ!!」

 

 誰も知らない世界の中心で。

 後の世の誰もが知りえぬ場所で。

 

 二発の砲弾音が水界に響き渡り、黎明を迎える鐘の音を轟かせた。

 

 時交えず、二人は砲雷撃の篠突く雨をお互いに降らせた。

 魚雷の波浪、副砲の豪雨、主砲の迅雷。

 暁闇の月下、緩急を付け、雷雨を潜り、二人はお互いの弾幕を躱していく。

 ステップを踏み、身体を回転させ、海風を切り裂いて滑り、鉄弾を躱していった。

 

 二本の平行線を描く様に飛沫を上げる二人は、同航戦のまま撃ち、相見える。

 

 着弾した水面には、波紋が広がる。

 二人は響く波紋の間隔を感じながら、神経を研ぎ澄ました。

 水界線上を玉彩絢爛たる閃光が揺らめく。

 

 二人は仲を裂く様に左右へと移動方向を切り替え、同航戦から反航戦に移行する。

 

 二人は寸秒に一度のペースで、繰り返し、繰り返し、水面を鮮麗な火花で彩った。

 鮮やかに海面を彩る火花、その一滴一滴が煌めき、一瞬を生きた大輪の花火の様に、海の暗闇と空の白明に溶けて沈んでいった。

 決して潮流に遡行せず、流れの儘、二人は華奢でしなやかな身体を揺り動かした。

 

 二人は呼吸を合わせ、合わせ鏡の様に、丁字での優位を得る為に踊った。

 

 月下に咲く花火の下、円舞曲を踊る様に、水界の舞台をくるくると踊った。

 驚くほど親密で、そして驚くほど悠遠の距離を二人は踊った。

 退廃と混沌の海を、秩序づける様に、二人は規則的に舞った。

 海世界で二人は踊り、唯、命を燃やしていた。

 

 二人は、お互いの海世界を、己が極彩色で塗り潰し、二人だけの世界を創り上げていく。

 そうしてお互いの長い髪が靡き、掠め、着弾点誤差数ミリの攻防戦が展開される。

 

「左舷斉射クマっ!!」

「甘いっ!!」

 

 軍艦・球磨は、砲撃を避ける為、外套をその華奢な身に絡ませ、拍子良く中空へと身体を舞わせた。

 

「食らえっ!!」

「させるかクマっ!!」

 

 艦娘・球磨は、雷撃を避ける為、己が身をしなやかなに反らせ、水切って魚雷を飛び越えた。

 

「ぐぅ……!」

「くっ……!」

 

 丁字有利を互いに取れぬ儘、二人は反航戦へと戻る。

 

 二人は、擦れ違い様、主砲及び雷撃にて迎え撃つ。

 二人は、水柱と魚雷の間を縫う様にすり抜け、お互いの側面を通過した。

 お互い身体を反転させ、二人は同航戦へと移行。

 

 そして再び、お互いが正対した。

 その二人の距離は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう、超近距離であった。

 

「魚雷発射っ!!」

「魚雷発射クマっ!!」

 

 その距離の儘、刹那、二人の号令が交わり。

 

「避けられるものなら……!!」

「……避けてみろクマっ!!」

 

 二人は、手投げと脚艤装の魚雷を、全て発射した。

 そして辺り一面に氷柱が降り注ぎ、その鋭利さ故、二人は身を裂き、紅血を散らせた。

 

 

 ……………………………… 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 痛みに耐え、呼吸を洩らす二人。

 お互いの視線が静かに絡む一瞬。

 二人には、その一瞬が永遠とも思えた。

 

 先瞬、お互い捨て身の雷撃を浴びた、軍艦・球磨と艦娘・球磨は、大破していた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 二人はお互いを見据え、絶え絶えに白銀の息を漏らし、寒冷の海に凍らせていた。

 二人はお互いを見据え、主砲塔と魚雷兵装を静かに確認した。

 

――これで撃ち止めか。

 

 既に二人の主砲塔は折れ、魚雷は尽きた。

 以前の時とは違い、お互いの主砲と魚雷が死んだ状態である。

 艦娘と深海棲艦、その主武装たる主砲と魚雷が使えない以上、両者が矛を交えられる筈も無かった。

 

 これ以上は、もう戦えない。

 

――だが、それが何だって言うんだ?

 

「なめるなぁあああ!!」

「なめるなクマぁあああ!!」

 

 軍艦・球磨は右脚艤装の出力を上げ、もう一人の自分の頭を捉えた右回し蹴りを放った。

 艦娘・球磨は咄嗟に左腕で頭を覆い、前のめりになって右回し蹴りを防御し、そのまま肘を立て、もう一人の自分の懐へと突っ込み、かち上げる様に顎を捉えた肘打ちを叩き込むと、続けて右掌底打ちを放つ。

 軍艦・球磨は瞬時に左脚で海面を蹴り、もう一人の自分の肘打ちを回避し、更に後ろに下がりながら、右ストレートを放つ。

 刹那、軍艦・球磨の右ストレートと艦娘・球磨の右掌底打ちが左右で交差し、お互いの顎を掠め、空を切った。

 

 もう二人が武器と言えるモノは、脚に装備した艤装と己の拳のみだった。

 

「何故だクマっ!? お前は誰かを護り、そしてその先の平和を願う想いを乗せて、戦っていた筈だクマ!」

 

 艦娘・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

 

「そんなお前が、どうしてこの国の平和を乱そうとするクマっ!?」

 

 艦娘・球磨は、脚艤装の出力を上げ、後ろに下がったもう一人の自分へと肉薄し、追撃の右掌底を放つ。

 軍艦・球磨は、もう一人の自分の右掌底を左手で払い除け、そのまま右下段蹴りを叩き込む。

 艦娘・球磨は、もう一人の自分の脚を掬い上げる様に左手を振い、蹴り脚をずらす事により、攻撃を回避した。

 

「ふざけるなぁあああ!!」

 

 軍艦・球磨は、もう一人の自分に対して、右ストレートを放った。

 艦娘・球磨は、左手で円を作る様な軌道を描き、もう一人の自分の右ストレートを散らし、ガードが空いたもう一人の自分の顎に掌底打ちを叩き込む為、腕を振るう。

 軍艦・球磨は、飛んできた掌底打ちの方向へと右肩を入れ、もう一人の掌底打ちを潜る様に、避けた。

 

「誰かを護る為にその身を捧げたあの人達の想いを否定して、何が平和だっ!?」

 

 軍艦・球磨は、右、左、右と続け様に、もう一人の自分へと拳を打ち込む。

 艦娘・球磨は、一発目、二発目を左手で払い、そして三発目を払うと、拳を引くタイミングを狙い、踏み込み、もう一人の自分の右手を両手で掴み、捻って、海面へと叩きつけようとする。

 軍艦・球磨は、倒される一瞬、掴まれた手を軸に、弧を描く様に空中へと身体を投げ出す、側宙でもう一人の自分の拘束から逃れた。

 

「あの人達の想いを踏み躙り、蔑ろにしてまで得た平和に、一体何の価値があるんだっ!?」

 

 軍艦・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

 

「まるで腫物を扱う様に、私たちの戦いの時代を、闇に葬ろうとした人間が何人居たっ!?」

 

 軍艦・球磨は、ぽろぽろと清らかな涙を零しながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

 

「あの人達が行った戦いを、あの人達の想いを利用しようとした政治家や活動家が何人居たっ!?」

 

 軍艦・球磨は美しく泣きながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

 

「私たち深海棲艦とお前ら艦娘が現れるまで、大戦の事なんて過去の話だと見向きもしなかった人間が何人居たっ!? 言ってみろっ!!」

 

 善と悪、善悪正邪、勧善懲悪。

 そんな二項対立構造では決して言い表せない、理論思考や政治的概念さえも超越した、荒々しくも温かく、粘着ながらも清らかな想いのぶつかり合いが其処にはあった。

 過去から引き継がれた想い、現在から引き継がれた想いのぶつかり合いが唯、其処にはあった。

 

「アイツらは、あの人達の想いを否定したっ!!」

 

 軍艦・球磨は、過去の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。

 

「分かるかお前にっ!! 私に想いを託し、私と運命を共にした、あの人達の悲しみがっ!! 存在理由を否定された、私自身の恐怖と苦しみがっ!!」

 

 艦娘・球磨は、その想いに応えるべく、現在の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。

 

 既にこの戦いは「体」の優劣の戦いでも、ましてや「技」の習熟度の戦いでもなかった。

 どちらの「想い」が強いかという、「心」の戦いであった。

 

 刹那、軍艦・球磨の放った右フックが、艦娘・球磨のこめかみを捉えた。

 咄嗟に腕を上げて艦娘・球磨は攻撃を防御したが、その衝撃はガード越しからでも計り知れず。

 艦娘・球磨の視界を白く染め、そしてよろめいた。

 

「……分かるクマ」

 

 それでもなお、艦娘・球磨はもう一人の自分の蒼玉石の瞳を見据え続ける。

 艦娘・球磨は、ぶらんと腕を下げ、構えを解いた。

 それを見た軍艦・球磨は、思わず攻撃の手を止め、後ろに飛び退いた。

 

「お前は『球磨』自身だ」

 

 艦娘・球磨は、もう一人の自分の言葉を優しく受け止めた。

 すう、と一粒の温かな涙を落としながら、もう一人の自分へと囁いた。

 

「だから、もういいんだクマ」

 

 艦娘・球磨は慈愛の笑みを浮かべ、もう一人の自分へと赦しの祈りを捧げた。

 

 艦娘・球磨は知っていた。

 もう一人の自分、軍艦・球磨が何故、この様な凶行に走ったのか。

 

「この世界は冷徹だクマ。他人の想いなんて、これっぽっちも気に留めない無情の輩が蔓延っている世界だクマ。そうした想いを否定する人間が多数を占める世界だクマ」

 

 それでもなお、艦娘・球磨は敢えて問いを投げかけた。

 

「だけど……過去の想いを語り、未来へと受け継ぐ人間も中には居るクマ」

 

 もう一人の自分がどれだけ世界に対して絶望していたのか。

 どれだけ一人で苦しんできたのか。

 どんな信念で戦ってきたのか。

 

「そして……その想いを引き継ぐ人間も、現在には居るクマ」

 

 その想いを直接、その口から聞いておきたかったからだ。

 

「お前の悲しみは全て……お前自身である球磨が引き継ぐクマ。だからもう、その責任を下ろすクマ」

「……!」

 

 その言葉に、軍艦・球磨の心が微かに揺らいだ。

 そして艦娘・球磨は、琥珀石に燃える瞳で、軍艦・球磨を見据えると。

 

「それで球磨は、『球磨』自身を……救ってみせるクマぁあああ!!」

 

 手をぶらりと下げた儘、脚艤装から黒煙と火花を噴き上げながら、爆発的に加速した。

 

「……やってみろぉおおお!!」

 

 軍艦・球磨は、迎え撃つべく渾身の右ストレートを、神速で接近するもう一人の自分へと放った。

 軍艦・球磨の拳が当たるその一瞬、艦娘・球磨は膝を沈め、身体を横に捻り、もう一人の自分の腕を潜り、皮一枚でその拳を躱した。

 極力の一撃を潜り抜けた艦娘・球磨は、脱力からの一瞬、軍艦・球磨の胸元へと、引き付けられる様に腕を伸ばす。

 そうして艦娘・球磨は、掌が触れる一弾指、腰を返し、腕を捻った。

 

 刹那、軍艦・球磨の胸元に、主砲を撃ち込まれた様な衝撃が走った。

 それは、艤装の限界突破出力による踏み込み、爆発的な力の転換、技の発動タイミング、その全てが合わさった、艦娘・球磨の掌底突きだった。

 

 そして直撃弾を喰らった様な衝撃を受けた軍艦・球磨。

 その衝撃は、軍艦・球磨の身体を、軽々と空中へと舞わせる程であった。

 

 直後、太陽柱が水平線に浮き上がり、辺り一面、東の空から輝く暁光に包まれた。

 そうして、二人の影は橙色に滲み溶け、混ざり合った。

 

 日出る海空にその身を優しく抱かれた軍艦・球磨。

 その意識が遠のく寸前、軍艦・球磨の脳裏に浮かんだのは。

 

『――大佐だ。よろしく頼むよ、球磨』

 

 在りし日の提督の笑顔であった。

 

 

 ……………………………… 

 

 

『球磨』

 

 軍艦・球磨は、懐かしい声を聴いた気がした。

 

『すまなかった。私の身勝手な約束のせいで、貴様には随分と面倒を掛けた』

 

 一面に輝く白銀の光の中。

 

『もう約束に縛られて苦しまなくていい』

 

 鮮やかに蘇る記憶の中。

 

『それに貴様の想いが負けた以上、貴様に残された時間はあと僅かだろう』

 

 軍艦・球磨は、懐かしいあの人の声を聴いた気がした。

 

『だが貴様にはまだ、やる事があるようだな』

 

 そして、大きな海風が軍艦・球磨を揺り起した。

 

『貴様に面倒を掛けた分、私は幾らでも待つ。私は何時でも、貴様の事を待っている』

 

――おい! 君、大丈夫かいっ!? ……おい!

 

『それに「もう一人の私」が貴様の事を呼んでいるようだ』

 

 次第に遠のいていく懐かしい声。

 徐々に覚醒していく意識の中。

 

『球磨。大変だろうけど、もう一寸だけ頑張れるか?』

 

 軍艦・球磨はその声へと静かに告げた。

 

 

「――――提督。球磨、もう一寸だけ頑張る」

 

 

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