艦隊これくしょん -apprivoiser-:軍艦・球磨、始まりの海、最果ての空   作:AyLsgAtuhc

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第3節「蒼玉石を抱きし者」

 

 この世界に居る深海棲艦の中で、最も最凶最悪な敵、「姫級」。

 熟練部隊でも退けるのがやっとの敵であり、姫級との遭遇時における海軍全体での第一命令は、「即刻撤退」であった。

 

 何故なら、艦娘も無限に存在している訳ではない為、その運用リソースも限られている。

 いくら倒すべき敵とはいえ、大規模作戦を除き、本来目標として通常任務に組み込まれるべきではない敵である以上、悪戯に戦力を減らす必要は無いのである。

 

「分かっているクマ。そうしたいのは山々だクマ。でも、完全に奴の射程内だクマ」

 

 それは最高練度を極めた球磨に限らず、出来れば一人で相手したくない敵であった。

 

『……既に近場を航行している鎮守府主力部隊に応援要請を出している。こちらの部隊にも戻る様に命令してある。援軍到着まで約15分。それまで持ちこたえられるか?』

 

「まぁ、何とかしてみせるクマー」

 

『……了解した。海霧で上空から殆どモニタリング出来ない。よって無線はオンライン状態を維持。もし援軍到着までに撤退可能であれば、即刻撤退せよ』

 

「了解クマ」

 

 球磨は無線に言葉を投げかけた後、全ての兵装が何時でも使用可能な事を確認する。

 そうして球磨は、姫との距離を遠距離に保ちながら、姫の周りをゆっくりと航行し、「さて、どう倒そうか」と考えを巡らせ、姫の出方を待った。

 

「……」

 

 姫はその場に突っ立っているだけに見えるが、球磨同様、何ひとつ身体に無駄な力が入っていないのが、球磨には分かった。

 戦場でこれだけ脱力した敵と相見えるのは、球磨も初めてだった。

 

 以上の事から姫は、兵装含め、球磨と同等、或いはそれ以上の手練れであると窺える。

 

「クマー!!」

 

 均衡を崩したのは、艦娘・球磨の開幕魚雷攻撃からであった。

 それと同時に球磨は、姫を中心点に、円を描く様に航行しながら、主砲を発射した。

 次いで、姫の逃げ場を無くす為、更に雷撃を行い、後を追う形で風を頼りに弾着修正射撃を行った。

 

「……」

 

 しかし姫は、外套をはためかせながら、球磨の砲弾と魚雷を最低限の動きで回避する。

 そして球磨と同様、逆に球磨の逃げ場を無くす様に魚雷をばら撒き、主砲を連射した。

 球磨も、姫の主砲と雷撃を避けつつ、カウンター気味に遠距離から砲弾を叩き込むが、姫は球磨と同じく、始めからその場に居なかった様に、砲弾を躱していった。

 

 つまるところの膠着状態である。

 球磨と姫、一手間違えば決着が付くこの状況で、両者共に決定打が打てずにいた。

 

「くっ……!」

 

――遠距離では埒が明かない。

 

 そう考えた球磨は、周回運動を止め、之字運動を行いながら、姫に対して「接近」を試みた。

 

 しかし何故、「接近」という行動に出たのか、その時の球磨には分からなかった。

 15分程度で援軍が到着するなら、このまま近からず遠からずの距離を保っておけばいいだけの話だ。

 そして姫が、こちらへと過度な攻撃を仕掛ける気配がないと判明した以上、砲弾の雨を掻い潜りながら、提督の命令通り、上手く逃げればいいだけの話だ。

 

 その事を理解しておきながら、あえて球磨は、姫へと「接近」した。

 何故なら、この時の球磨は、「何が何でもこの姫を倒さなければならない」という、名状しがたい感情に駆られていたからだ。

 

 遠距離から副砲で牽制しながら近付くが、所詮は豆鉄砲の為、大したダメージにはならない。

 一撃で勝負を決めるに至る魚雷も、最低限の動きで簡単に避けられる。

 

 だが副砲や当たらない魚雷は、あくまで敵に対する牽制や自身の次の攻撃へと繋げる為の布石(ジャブ)に過ぎない。

 言うまでもなく目的は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう超近距離からの、主砲砲撃による一撃必殺攻撃(ストレート)である。

 

 中距離まで近付いたところで、之字運動で接近する球磨の姿を精確に捉えた姫が、魚雷を発射する。

 球磨は、魚雷と魚雷の合間を縫う様に避け、姫と同様に、最低限の動きでそれを回避する。

 

「……」

 

 だがその刹那、脚艤装の反動回避の一瞬の隙を見抜いた姫から、回避不可の予測砲撃が行われた。

 

「ぐあっ……!」

 

 姫の砲塔から発射された砲弾は、球磨の右脇腹を抉り、球磨は大破した。

 

「……まだだクマっ!!」

 

 軋む痛みにより、一層、闘志が湧き上がった球磨。

 その心を反映するかの如く、球磨は主砲から砲弾を続け様に姫へと放った。

 

 まず一発目、姫に向けて直撃弾を放つ。

 

「……!」

 

 予想通り、姫は砲弾を避けた。

 

「そこだクマぁあああ!!」

 

 次いで球磨は、間髪入れずに二発目を射出する。

 そして球磨が二発目に予測射撃で狙うのは、姫の背中に抱えた主砲塔であった。

 

 先程から球磨は、姫に対してずっと直撃狙いの砲撃を続けていた。

 その為、僅かに直撃から狙いがずれた、主砲塔狙いの砲撃は、姫の虚を突く攻撃。

 姫に直撃させるよりかは、命中する確率が高かった。

 

 当然、姫の主砲塔に砲弾を叩き込んだぐらいでは、致命傷はおろか姫級の頑丈な艤装が壊れる筈もない。

 だが、いくら頑丈とは言え、背中に背負った主砲塔に砲弾が着弾した際の衝撃は計り知れない。

 

――果たしてお前は、平然としていられるのか。

 

「……ッ!?」

 

 答えは否である。

 球磨の予測通り、砲弾で主砲塔を弾かれた姫はバランスを崩しかけた。

 

――これで道が開けた。

 

 球磨は之字運動を止め、脚艤装の出力を「最大戦速」に切り替え、姫へと至る道を直線距離で駆け抜ける。

 姫は直ぐに態勢を立て直し、近距離まで直線的に押し迫った球磨に対し、主砲を放った。

 

「なめるなクマぁあああ!!」

 

 それに対して球磨は、海面を勢いよく蹴りつけ、身体を中空へと投げ出し、重心を右脚から左脚へと移動させる様に身体を回転させ、左脚で着地するバタフライジャンプで、その砲弾を回避した。

 

――奴さんの主砲再装填前に、ケリをつけてやる。

 

 そして球磨は、姫との距離、数メートル手前、波が悲鳴を上げるのを聞きながら、急停止した。

 球磨の目が捉えた先に居る姫の距離は、敵である姫の表情がよく観察できる距離。

 

――この距離なら、まず外さない。

 

 球磨は、姫の超近距離まで肉薄する。

 

「これで……終わりだクマっ!」

 

 左肩から覗く主砲ターレットを姫へと向け、球磨はこの瞬間、勝利を確信した。

 

「……」

 

 だが、その様な状況にも関わらず姫は、静かに微笑を浮かべると、蒼玉色に輝く目で逆に球磨を捉えた。

 その姫の会心の笑いに、球磨の身体に戦慄が走った。

 

――しまった、この距離は!

 

 球磨は心の中で叫んだ。

 

 球磨は感じていた。

 自身の焦燥による、自分が犯した決定的な過ちを。

 艦娘として長らく、海での戦闘経験を積んでいた事が仇となった事を。

 

 この姫の艤装は、他の深海棲艦が装備している様な、ゴテゴテとした艤装ではない。

 この姫の艤装は、球磨と同じく、己が動きを最大限に生かす事が出来る軽装甲艤装である。

 動きを最大限に生かせるという事は、己の身が許す可動域内で、どんな動きにも移す事が出来るという事に他ならない。

 

 既に球磨の砲弾は、砲塔薬室へと運ばれ、装填が完了し、装薬にはバチバチと火花が走っている。

 今まさに、コンマ秒後に砲弾を敵前へと吐き出さんとしている砲塔の様子を、球磨は感じていた。

 だがコンマ秒は、姫にとっては十二分過ぎる時間であった。

 

 球磨は後悔した。

 自身の攻撃中止が行えないこの状況を。

 

 そして球磨は失念していた。

 この姫との距離は、航空戦でも砲雷撃戦でも無い、「徒手格闘」の距離だという事を。

 

 姫は脚艤装の出力を全開にし、破裂する様な勢いで球磨の懐へと詰め寄った。

 球磨は防御の為、咄嗟に両手を眼前に構える。

 しかしそれを見た姫は、円を描く様に手で球磨のガードを払い除けると、そのまま球磨の砲塔を右手刀でかち上げ、強引に球磨の砲口をずらす。

 刹那、砲塔から発射された砲弾は、姫の頭の上を掠める事なく、弧を描いて海に落ちた。

 

 そして姫は、詰め寄った自身の勢いを利用して、球磨の胸元へと左拳を叩きこみ、球磨を突き飛ばすと、逆に己が主砲を球磨へと向けた。

 

「ナメルナ」

 

 そして再装填が完了した姫の砲塔から放たれる、必殺の一撃。

 バランスを崩していた球磨にその攻撃を避けられる筈もなく、球磨は直撃弾のカウンターをその身に叩きこまれた。

 

 

 ………………………………

 

 

――これが運命か。

 

 どんよりと白濁した意識の中、球磨は自身の艤装や身体へと意識を向けた。

 主砲、副砲、魚雷はおろか、脚艤装さえもまともに動かない状態である。

 半身が水に浸かり、仰向けのまま海に浮かんでいるのがやっとの状態である。

 

 そしてバシャバシャと水音を立て、その状態の球磨に近付いてくる者が居る。

 それが誰なのかは、球磨には分かり切っていた。

 

「……終ワリダ」

 

 白銀色の長髪を揺らし、蒼玉色に輝く目で、姫は球磨を見下ろした。

 死の宣告を告げる為に、姫は球磨を見下ろしていた。

 

 姫の背中に担がれた主砲塔から再装填を告げる金属音が、球磨の耳へと鮮明に響いた。

 

――この球磨をもってしても……ここまで、か。

 

 自身の死を悟った球磨は、ゆっくりと目を閉じた。

 そして姫は、再装填が完了した主砲砲口を球磨に対して向け、球磨にトドメを刺す為、トリガーを引き絞った。

 

『軽巡洋艦・球磨っ! 繰り返す、応答せよ! 軽巡洋艦・球磨っ!』

 

 そして、その一瞬、無線から提督の声が漏れた。

 

『軽巡洋艦・球磨っ! 一体、何があったっ!? 返事をしろっ! おい、球磨!!』

 

 球磨は目を瞑りながら考えた。

 

――手向けが提督の声になるとはな。

 

 だが、今この状況、自分が死ぬ運命が捻じ曲げられないこの状況で、提督の呼び掛けは何も意味を成さなかった。

 

――皆、すまない。

 

 球磨は心の中で提督と基地の皆、そして妹たちに謝り、姫から下される審判の時を待った。

 

「……?」

 

 しかし、いくら球磨が待っても、その時は訪れなかった。

 球磨は不思議に思い、目を開き、眼前に居るであろう姫を一瞥した。

 

「……!?」

 

 そして球磨は、驚愕した。

 

「……ソンナ……事ッテ……」

 

 何故ならその時、球磨の目に映ったのは、球磨の顔を見据え、そして唯々動揺している姫の姿だったからだ。

 

 背中に抱えた砲口が、微かに震えているのが分かる。

 もごもごと口を開こうとする姫の様は、球磨に対して何か言いたげであった。

 しかし、それが上手く言葉に出来ないと言った様子である。

 

 球磨からしてみれば、敵である姫の態度は、唯々不気味であった。

 

 それから数十秒の後、意を決した様に姫は、そのまごついた口を開いた。

 

「……オ前ノ名前……球磨……ト言ウノカ?」

「……」

 

 姫は海底から唸る様な掠れた声で、球磨にそう尋ねた。

 その姫の問いかけを受け、球磨に一つの疑問が生じる。

 

――何故、コイツは球磨の名前を知っているんだ?

 

 最もその問題の答えは、直ぐに見つかった。

 

『球磨っ!! 頼む、返事をしてくれっ!! 聞えないのかっ!?』

 

――ああ、そうか……提督の無線か。

 

 その実、先程の姫の直撃弾、その衝撃によって球磨の無線機が故障していた。

 故に、普段だったら決して聞こえないであろう提督の声が、無線機を通し、辺り一面に響き渡っていた。

 そして現に提督は、無線機越し、何度も何度も球磨の名前を叫んでいる。

 そう、提督の呼び掛けは、敵である姫にも聞こえていたのである。

 

 球磨は心の中で苦笑した。

 

――今から殺す敵の名前を改めて聞くなんて、中々良い趣味をしている。

 

 球磨は捨て台詞の一つでも殴りつけようとするが、ダメージが大きすぎて思う様に口が開けない。

 

――殺るならさっさと殺れ。

 

 そう球磨は思えど、姫は一向に球磨に対してトドメを刺す様子を見せなかった。

 

 姫は唯、自身の蒼玉色の瞳を、球磨の琥珀色の瞳に重ね合わせていた。

 

「……オ前ノ、ソノ目……」

 

 それから姫は、一言、球磨に対して言葉を投げかけた。

 その刹那。

 

「――――球磨姉ぇえええ!!」

 

 閃光一閃、刀光が姫の佇んでいた場所を鋭く切り裂いた。

 

「……!」

 

 その刀光剣影を姫は、大きく後退する事によって躱した。

 そして其処には、軍刀を片手に構え、球磨の隣に屹立する影が一つ。

 

「……よう、三下奴。うちの球磨姉が世話になったな」

 

 怒りに燃え、姉の盾となり、己が刃を持って姉を護らんとする妹。

 艦娘・木曾の姿が其処にはあった。

 

「北上さんっ!」

「いくよ、大井っち!」

 

 間髪いれず、後続の北上と大井から放たれた魚雷群の軌跡が、タペストリーの如く海原に編み込まれ、敷かれていった。

 そのタペストリーは、大破した球磨、姫と対面する木曾の傍を掠め、姫へと撃来する。

 姫は後退しつつ、そのタペストリーの編み糸を解く様に魚雷を躱していき、魚雷群を全て避けきった。 

 

 しかし、距離は取れた。

 

「煙幕展張にゃ!」

 

 殿を務めていた多摩は、煙幕弾を射出し、すぐさま姫の視界を遮った。

 海面を切り裂いて球磨に近付くと、容態を確認しながら、無線機越しに言葉を投げかけた。

 

「こちら軽巡洋艦・多摩っ! 作戦司令室、聞こえるか!」

 

 多摩は球磨の身体を抱きかかえ、己が感覚を頼りに、姫の居る方向へと指を示し続ける。

 木曾、北上、大井は、多摩が指差した煙幕で視界が遮られた方向、姫が居るであろう方向に、ありったけの砲弾を叩き込んでいた。

 

『多摩っ! 一体そっちはどうなってるんだっ!? 球磨は無事なのかいっ!?』

 

「提督、説明は後にゃ! 球磨ちゃんは、見た感じ傷は酷いけど致命傷ではないにゃー! 直ぐに離脱するにゃー!」

 

『そうか……よかった……!! 直ぐに救護班を手配するよ! 至急、近くを航行する鎮守府主力部隊と合流、その護衛と共に帰投してくれ!』

 

「了解にゃ! 各員、砲撃しながら後退にゃ!」

 

 その言葉を皮切りに、球磨を担いだ多摩が筆頭、次いで壁となる様に北上と大井、そして木曾を殿に、姫の方向に対して引き撃ちしながら後退を始める。

 姫の姿は、煙幕が晴れる頃には霧中で視認出来ない程の距離にあり、十二分に逃げ切れる距離まで広がっていた。

 

『オ前ノ、ソノ目……』

 

 そして撤退の際中、多摩に担がれた球磨であるが。

 球磨は薄れ行く意識の中、木曾が援護に入る直前、姫が球磨に対して投げかけた言葉を、唯々心の中で反芻していた。

 

『……未だ、誰かの想いを胸に抱いて戦っているという訳か……その想いが、踏み躙られたとも知らずに』

 

 

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