艦隊これくしょん -apprivoiser-:軍艦・球磨、始まりの海、最果ての空   作:AyLsgAtuhc

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第2節「私は此処に居るよ」

 

『昨晩のアメリカ航空宇宙局、NASAの発表によりますと、3日に行われたアポロ9号地球周回飛行のミッション成功の結果に伴い、予定通り5月には、アポロ10号の月周回飛行。7月には、満を持してアポロ11号の月面着陸を予定して……』

 

「……」

 

――懐かしい夢を見た。

 

 その老人は、ラジオから漏れている報道の音で目を覚ました。

 その老人、在りし日の提督である中将は、退役後、独り東京の郊外で余生を過ごしていた。

 

「……球磨」

 

 中将は懐かしい夢を見た。

 戦前、自身が艦長を務め、戦時中に度々言葉を交わした、あの娘の夢。

 そう、一時たりとも忘れ得なかった、「軍艦・球磨」の夢を見ていた。

 

「結局……答え合わせが出来なかったな」

 

 ふいと、自身の頬に手を触れてみると、涙がすぅと伝っていたのが分かる。

 

「貴様と約束した通り……私はちゃんと答えを見つけておいた」

 

 中将は、一つ悲しみを吐き捨て、誰に語る訳でも無く口を開き、果たされなかった約束の答えを口にした。

 

「確かに戦争には負けたが、私やこの国の者たちはこうして生きている……戦争を否定する者も当然多く居たが、それでも戦った者たちの想いを継ぐ者が現れた。この国の未来を護る為、占領を背負い、全能の権威を持って横暴を振う連合国軍最高司令部(GHQ)と必死に戦った男が居た。いや……敵であろう筈のGHQの人間にだって、日本を愛し、その未来を憂い、陛下をお救いした男が居た」

 

 そう呟きながら中将は、杖を突き、思う様に言う事を聞かなくなった脚を引き摺りながら歩き、扉を開けて、自宅の庭へと出る。

 

「私たちやあの娘の想いは、形は違えど、今でも立派に後世へと引き継がれてる……それだけで、私は満足だ。もう未練はない」

 

 しかし、その中将が呟いた言葉。

 その言葉とは裏腹に浮かべた表情には、一つの後悔の念を孕んでいた。

 

「いや、だが……私の心残りは……ただ……」

 

 中将は庭に備え付けられた椅子に座ると、静かに蒼空を見据えた。

 

 その蒼空は、水平線の果てまで続くであろう、暗雲一つない群青であった。

 温かな陸風が、優しく中将の元へと吹き込んでいた。

 

 

―― そして中将は、吹き行く陸風に心情を語った。 ――

 

 

「ただ……あの娘に『さようなら』と言いたかった……私たちには、さようならを言う機会さえ無かった」

 

 一面に広がる大空が私を包み込んでいる。

 まるであの日、初めてあの娘と言葉を交わしたあの日。

 

「せめて、最後にもう一度だけ傍に居て、話をしたかった……あの娘の声色を聴いていたかった」

 

 そして短い間だが、一緒に駆け抜けた、あの激動の時代、あの海原の様だ。

 

「もう少し、あの娘と一緒にこの時代を生きたかった……あの娘はこの現代の様子を見て、一体何を思うだろうか」

 

 あの時のあの娘は、私たちの想いを乗せ、凛とした姿で勇敢に海原を進んで行った。

 

「だが、それでも……それでも私は、あの娘に私自身の想いを託して、あの娘と共に戦う事が出来た事……あの娘と共に過ごせた事……それだけで、私が生きた意味は十分にあった……十分に、価値があったんだよ……」

 

 涙のせいで太陽が揺らいで見える。

 

 そう、あの太陽。

 あの娘と過ごした輝かしいあの日々は、あの太陽の様に眩かった。

 軍艦・球磨の艦長を務め、想いを託し、共に激動の時代を駆け抜けたあの日々は、今でも誉に思う。

 

「……25年か……随分、長い事待たせてしまったな……」

 

 そして、あの娘との思い出、その清らかな愛情の記憶を胸に秘め、私は空へと還れる。

 

「私は答えを見つけた」

 

 もう一度、あの娘に会える。

 

「今からそっちに行くよ、球磨」

 

 そして再会したらこう言ってやる。

 

 

―― この親不孝者、と。 ――

 

 

 瑠璃色に彩ったこの蒼空の海の向こうに、きっとあの娘が居る。

 中将はそれだけを信じ、静かに、唯眠る様に静かに、軍艦・球磨の夢の続きを見ながら、その生涯に幕を下ろした。

 

 

 ……………………………… 

 ……………………………… 

 

 

――この深い水底から、球磨はもうずっと答えを求め続けていた。

 

 軍艦・球磨は、何かを掴みたくて手を伸ばそうとする。

 沈み行く意識に抗い、この深い海底から必死に手を伸ばした。

 澱み、蝕み、そして儚く散っていく意識に負けない様に、軍艦・球磨は想いを繋ぎとめていた。

 

 沈められた敵に対しての憎しみからではない。

 「答えを得たい」という、その想いから。

 

 この戦いに、この想いに、自分やあの人が生きた意味に、どれだけの価値があったのかを。

 

 その答えを得る為に。

 提督との約束を果たす為に。

 軍艦・球磨は答えを求め続けた。

 

 しかし軍艦・球磨には、その最後の願いすら許されなかった。

 

 

 ……………………………… 

 ……………………………… 

 

 

――私は……何年、何十年、此処で過ごしたのだろうか。

 

 軍艦・球磨は何時しか、答えを得るのを諦めていた。

 軍艦・球磨は、そう心変わりする程の時間。

 余りにも長い時間を、独りこの海底で過ごした。

 

 それでも軍艦・球磨は、この閉ざした世界で、在りし日の提督や共に戦った人達と過ごした、あの輝かしい日々の夢の続きを見ていた。

 何時までも忘れない様に、消えない様に、失わない様に、必死に記憶を心へと手繰り寄せ、必死にかき集めた。

 

――私に想いを託してくれた、提督の想い。

――私と運命を共にした、あの人達の想い。

 

 それだけが、軍艦・球磨の慰めだった。

 それだけが、軍艦・球磨の心の在り処だった。

 

 想いを馳せた、遠い遠いあの日々。

 それだけが、軍艦・球磨の全てを優しく受け入れてくれた。

 それだけが、軍艦・球磨の脆弱な心を優しく満たしてくれた。

 

――提督。

 

 そしてそれでもなお、暗く透明な揺り籠に抱かれながら、軍艦・球磨はいつも夢見ていた。

 軍艦・球磨は、在りし日の提督に貰った軍帽を抱き、ずっと待ち続けた。

 

 いつか答えを抱いて、提督の元へとゆける日が来る事を。

 

――でも……独りは寂しいよ……。

――でも……独りは切ないよ……。

 

 軍艦・球磨は孤独に抗えず、独りずっと泣いていた。

 

 

―― そうして軍艦・球磨は、朧気な意識の儘、此処からでは決して届かぬであろう声が届く事を願う様に、在りし日の提督の幻影へと、心の中で語りかけた。 ――

 

 

 提督。

 お前はまだ、この世界の何処かに居るのだろうか。

 

 あの日、お前にそっと撫でられた、あの温もりが忘れられない。

 お前やあの人達が私に託してくれた、あの熱い想いが忘れられない。

 

 提督、私は此処に居るよ。

 

 光さえも届かない。

 誰も来る事がない、悠久なる深淵の闇。

 

 

―― この深海の淵に、私は居る。 ――

 

 

 ……………………………… 

 ……………………………… 

 

 

『おい……さっさと引き揚げようぜ……最近は軍の連中が煩くて……』

『馬鹿野郎っ! お上が怖くて、サルベージ業者が勤まるかよ!!』

 

 ふと、軍艦・球磨は何かに身体を引きちぎられる感覚を覚えた。

 魚に啄まれる様に、軍艦・球磨の身体は、徐々に感覚を失う。

 

――誰かが、私の身体を引き千切っている。

 

『あ……? なんだ、この船は? 露助の船か?』

 

――露助?

 

『大方、大戦時にJepun(ジュプン)の軍人にでもやられたんじゃないか?』

 

――Jepun(ジュプン)?

――大日本帝国……?

 

 そう男達が話している間にも、軍艦・球磨の身体は、肉塊へと変わり、肉魂が鋼鉄へと変わり、やがて鋼鉄が鉄屑へと変わる。

 

『この鉄屑で1トンあたり600リンギット(2万円)か……チッ……シケてんなぁ、おい』

 

 そうして軍艦・球磨は、身体の感覚を失った。

 

 

―― 軍艦・球磨は穏やかに悟った。 ――

 

 

 ああ、そうか。

 これが私の「最期」か。

 

 我ながら惨めだ。

 でも、全てのモノは等しく形を変える。

 変わらないモノなんて、この世に存在しない。

 

 なら、あるがまま受け入れるだけだろう。

 

 それに、私は待つのに疲れた。

 私はもう何十年も待ち続けた。

 

 結局私は、あれだけの強言を吐いておきながら、「答え」を見つけられなかった。

 でも向こうでお前に「答え」を聞いても、お前なら流石に笑って許してくれるだろう。

  

 

―― もう、いいか。 ――

 

 

 軍艦・球磨は静かに意識を落とそうとする。

 

『それにしても、くだらねぇよなぁ。「戦争」なんて殺したがりの馬鹿がやるこった』

 

 しかし、一人の違法サルベージ業者の男が発したその言葉が、軍艦・球磨の意識を強く目覚めさせた。

 

――今何て言った?

――くだらないだと? 馬鹿だと?

 

『あー。実は俺さ、何年か前にJepun(ジュプン)に行った事があるんだ』

『マジかっ!? どうだったよ?』

 

 そして男達は、話を続けた。

 

『あの国は平和かもしれんが、あの国の連中は鳥籠の鳥と同じさ。自分だけの周りを見て、それを世界の全てだと信じ、その外側や過去を見ようともしねぇ。本当、滑稽ったらありゃしねえよ!』

『おいおいっ! そりゃあマジかよ! 病んでるってレベルじゃねえなあ』

 

 その話は、誰かを護る為に戦った軍艦・球磨にとって、耳を塞ぎたくなる、決して聞きたくなかったであろう話。

 

『その時会った日本のガキなんて、ビデオゲームで大戦時の自分の国の兵士を殺してもヘラヘラ笑っているんだぜ? どういう脳みそしてんだよ、あの国のガキはっ!』

 

 現代日本の血も涙も無い大衆論であった。

 

『笑っちまうのわさ、だってあの国、軍部の人間に無理やり戦わされたとか、侵略戦争とかほざいて、その戦争を腫物の様に扱って、まるで見向きもしねえ』

『へぇー』

 

 男達は、下賤な出で立ちで、クスクスと冷笑した。

 

『時々、街に蔓延っている政治団体だ、政治家だが言及してはいたが、結局はてめえらの私腹を肥やしたいだけじゃねえのかよ! 脳みそ空っぽで否定している方が、儲かるもんな、御為ごかしめ!』

『ははっ! 違ぇねえな、おい!』

 

 男達は、下衆な笑みで、ヘラヘラとニヤけた。

 

『本当、馬鹿な奴らだよ』

 

 男達は、下卑た響きで、ゲラゲラと嘲笑う。

 そしてある男が、やれやれと両手を広げ、嘲りの顔を浮かべて言い切った。

 

『結局あの国の人間は、そんな昔の事なんて、過去の軍人が馬鹿やった程度にしか思っちゃいないのさ』

 

 その身が没してもなお、世界の悪意に曝される軍艦・球磨。

 

 

―― 軍艦・球磨は黒くのたうち回る感情を心の中で言葉に変え、叫んだ。 ――

 

 

 なんだこれは。

 あの人達が必死になって護ろうとした、対価がこれか?

 あの人達が必死になって護ろうとした、結果がこれか?

 

 あの人達が必死になって護ろうとした事が、くだらないだと?

 そんなにあの人達の想いが可笑しい事なのか?

 

 あの人達が護ろうとした世界。

 

 

―― あの人達が必死になって護ろうとした、その想いはどうなった。 ――

 

 

 軍艦・球磨の心に、ある感情が芽生え、どす黒く支配した。

 軍艦・球磨は衝動の儘、その感情を、想いを、心を形造り、そして黄泉の国から蘇った。

 

『うわっ!? 何だコイツはっ!?』

 

 黄泉比良坂でイザナミの想いを否定して逃げたイザナギを殺す為に。

 イザナミはこれから毎日、貴方の治める国の1000人の人間の首を絞め殺してやると言った。

 するとイザナギは、お前がそう言うならば、私は一日に1500人産ませようと言った。

 

『銃が全く効かねえ……!!』

 

――1500人も殺す必要はない。

――1000人殺せれば十分だ。

 

『やめろっ……!! こっちに来るな、化け物め……!!』

 

 

―― 軍艦・球磨は慟哭し、憎しみを混じえながら狼煙を上げ、心の中で謳った。 ――

 

 

『人ノ想イヲ、平気デ踏ミ躙ル……!! 人デナシ共メ……!!』

 

 これは人間達に対する虐殺でも、ましてや駆逐などという、そんなツマらない事ではない。

 

『深海ヘ……沈メ……!!』

 

 あの時代を否定した者達への、あの人達の想いを否定した者達への、あの人達の心を嘲笑った者達への復讐。

 私の存在理由を、生きる意味を否定した者達への復讐。

 

 

―― 血も涙も温かみも優しさも無い、冷徹無慈悲なこの世界に対しての「戦い」だ。 ――

 

 

 ……………………………… 

 ……………………………… 

 

 

 この瞬間、世界は分岐した。

 この瞬間、「深海棲艦」は生まれた。

 

 そして、暫くして、「艦娘」が生まれた。

 

 

 ……………………………… 

 ……………………………… 

 

 

「――――畜生っ!! ふざけるなっ!!」

 

 僕はそこで飛び起き、頭が割れそうな程の怒りと悲しみを抱えながら、悟った。

 

「なぁ、神さまよ……こんな……こんな酷い話が……あってたまるかっ!!」

 

 そう、これは……。

 

 

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