身体が動かない。それは魔法とか、魔力とか、あるいは首にかかる刀とか、そういったものじゃない。もっと根本的な、死への恐怖。
おそらく、蛇に睨まれたカエルとはこのようなことを言うのだろう。目の前のその男は、膨大な魔力を持つドラゴンでもなければ、怪力を有するオークでもない。だが、その体から放たれる死の気配は、確実に俺を捉えていた。
「かぐや姫は捉えた。ドラゴンの子供もな。君もこれ以上の抵抗はやめることを勧めておく。まだ君に理性が残っているのならね。」
フッドの語気に敵意や、殺意は感じられない。だが、高瀬にはそれこそがひどく怖いものに感じた。この男はおそらく、殺すことに躊躇いはない。息をするように、命の花を摘み取るのだろう。
体よりも、心がこの男との戦闘を拒絶した。うちわの効果を解き、白雪姫から離れる。
「無傷とは言え、君は王女に手を出したのだ。無罪放免、とは行かないね。」
フッドからは冷たい声が掛かる。ただ、もう何か言う気力はなかった。
「…私に怪我はありません。別に構わないでしょう。」
「勘弁してくださいよ、これも仕事です。たかだか市民ひとりを逃したとなれば俺の信用に関わるんすよ。てことで、死んでください。」
刀を突きつけられた。だが、もういいかもしれない。
「悪運尽きたな。死んでもらうぞ。」
フッドの刀が振り上げられる。勢いよく振り下ろされた白刃は高瀬の首に、
「そうでもないぞ。」
しかし衝撃はいつまでたっても来なかった。かわりに顔に浴びたのは微風と、感じた程のない魔力。
恐る恐る目を開くと、フッドの刀は振り上げられたまま、彼に止められていた。中性的な顔立ちに、琥珀色の逆立つ髪とダイヤのような透明の目、鋼の肉体を刺々しい赤いコートで包むその姿は、伝承にあるとおりだった。
見ただけで、直感する。目の前に立つ、この男こそが、この街の英雄、神竜その人だ。
「な、なぜ、あなたがここに?」
さすがのフッドも彼が出てくるとは思っていなかったようで面食らった表情を浮かべていた。それに対して神竜はつまらなさそうに彼を一瞥すると、かぶりをふる。
「貴様ら、此処が余の敷地だということを忘れたのか。人の庭で暴れられてはこちらが困るというもの。」
「…っ。申し訳ございません。すぐに、原因を排除します。」
「ふん。そんなもの、つまらん。もっと余を興じさせよ。」
「…と、いいますと。」
そこで初めて、神竜は高瀬に目を向けた。フッドに追いつかれてからは、もはや生きた心地はしていなかったが、ここで1度蘇ったあとでまた殺された気がした。
フッドから感じたのが死神のそれなら、神竜から感じたのは神気とでもいうべき、神々しいオーラだった。
「先程から見ていたが、その男なかなかに見どころがある。しかも、戦いになる前からかなりの魔力を消費していた。これでは面白くない。」
「はぁ。それで具体的に何を?」
「ふむ、ま、ここはひとつ、ゲームとしよう。ここらで王都から腕の立つ盗賊達が降りて来たらしくてな、苦情が多いのだ。その首領を先に余の下へ持ってきたものが勝ちだ。」
盗賊、という言葉に白雪姫とフッドが反応した。なにか思い当たる節でもあるのだろうか。
「それで、勝った側には何を得られるのです?」
「そうさな。ま、ともかく、そこのうちわ職人は白雪姫への無礼の無効化と、かぐや姫とやらの所有権を余の権限で認めてやろう。」
「な、そんな勝手にっ!?」
「文句があるか小僧。言っておくがお前の国王と余が交わしたのは五分の盃。賢いお前なら、この意味を理解できんとは言うまい。」
「…しかし、こちらにはメリットはありますまい。」
「確かにメリットはあまりないかもしれない、せいぜいこの街の希少な産業品をくれてやるぐらいか。だが、デメリットはある。この勝負、受けねば貴様らとは手を切りこの街は独立する。」
「なっ…!?」
「権力とはそう使うものだ、と教えたはずだが。」
「…いいでしょう。その勝負、受けましょう。」
「姫様!」
「下がりなさいフッド。一介の兵が決めることではないでしょう。」
「では決行は明日だな。」
…うん、話に完全に俺置いていかれた。
「は?お姉様とフッドと競走?勝てるわけないじゃない。」
開口一番、かぐやからは冷たい声が掛かる。アリシアは疲れて寝てしまった。
「そうは言うがな、あの状況で俺空気だったぞ?」
「まぁ、そうかもしれないわね。」
「それよりも、フッド、あいつの魔法はなんだ?早いだけの魔法じゃないぞ、あれは。」
てっきり雷魔法かなにかだと思っていたが、本気をぶつけられてわかった。あれはそんなものではない。
「…姉様の魔法が最優の魔法と呼ばれていること入ったわよね?」
「…ああ。」
「なぜ、最強の魔法と呼ばれていないのか。その理由が彼。最強の魔法・進化魔法こそが彼の魔法。」
「進化…魔法?」
「姉様の魔法が幾千の魔法を持つのに対して、彼はその魔法ただ一つ、自身の肉体の強化のみ。早かったのに難しいものはない。ただ、足が速いだけ。壁を砕いたのはただ力が強いだけ。だけどね、それを極限まで鍛えた彼の体は光の速度を持ち、すべての魔法を一刀のもとに切り伏せる。」
きいて、改めて対峙したものの大きさを知る。つまり奴は生身で魔法を凌駕するのか。本当に人間なのだろうか。
「その気になれば姉様は探索の精霊を使えば盗賊なんて1発よ。」
「それなんだが、相手は妖精族らしくてな、探知系の魔法を無効化する魔法があるらしいぞ。だから神竜様も手を焼いてるんだとよ。」
「ふうん。じゃ、たぶんフッドが走り回るわね。やつなら街ひとつなんて半日あれば隅々片付くわ。なにか作戦はあるの?」
「…ま、なくもないが…。」
「なによ?まさかとは思うけど、うちわで勝てる相手じゃないわよ?」
「そのまさかだ。俺にはこれしかない。ただ、お前の見たことないやつだな。」
「あの京うちわってやつ?」
「いや、房州うちわだ。」
神竜の登場の仕方で違和感を抱かれた方がいたら、その方は正しいと言っておきます。うん、ワンピースのドラゴン初登場シーンを意識してますね、確実に。パクリだろとか、ワンピースを汚すなとか誹謗中傷を受けても仕方ないレベルだと自覚しております。ただ、作者の脳内で、強いドラゴンの登場っていうとこれしか出てこないんですよね…。