次の日、俺は将棋会館の前にいた。
目的はただひとつ、年上の妹弟子を待つために。
ドアが開き、目当ての人が将棋会館から出てくる。
その顔は今日も沈んでいる。
「あっ、勇気くん・・・」
桂香さんは俺に気付くと複雑そうな表情を浮かべる。
「桂香さん、俺も今丁度帰りなんだ、一緒に帰ろ?」
桂香さんは俺の目をジッと見つめる。
「ウフフッ、待ってたのバレバレよ。」
桂香さんは弱々しく笑った。
✳︎
「銀子は中々朝起きてくれないんだよ。終いに今日は学校休みだとか言って二度寝しようとするし、ホント大変。」
「・・・」
一緒に帰りながら、勇気くんは色んな話を私にしてくれている。
意図的に将棋の話を避けてくれている。
その気遣いさえも何故か腹立たしくて、私はずっと勇気くんを無視し続ける。
勇気くんにまで八つ当たりしちゃってる・・・
自分のちっぽけさに余計腹が立つ。
勇気くんは私なんかと違って才能があって将棋界でスターで・・・
なのにーー
なんで、なんで、なんで、なんで 私なんかに構うのよ!
その場に立ち止まる。
異変に気付いた彼が立ち止まって振り返る。
「どうしたの桂香さん?」
「帰って。」
「いま、一緒に帰って・・」
「今すぐ私の目の前から消えて!!」
「!?」
勇気くんは一瞬何を言われているのかわからない表情になる。
そして、目に涙が溢れる。
「お、俺は桂香さんの力に少しでも・・・な、り、、たく、て・・・」
「それがお節介だって言ってるの!」
「もう顔も見たくない。」
みるみる勇気くんの顔が悲しみに歪んでいく。
「才能に恵まれた勇気くんに私の何が分かるのよ!!!」
一度放たれたら止まらない、私は自分の負の感情全てを19歳の子にぶつけてしまった。
勇気くんは口をパクパクさせて固まっている。
幻滅しちゃった?これが本当の私なんだよ。
才能に嫉妬して、ひがんで生きていく、そんな汚い人間。
「ご、、、めんな、さい。」
彼はそう言うと私の目の前から静かに去って行った。
あーあやっちゃった。
私は今日のこの行動を後にさらに深く後悔することになる。
✳︎
勇気くんに酷いことを言ってしまった翌日私が将棋会館に行くと研修会の幹事の久留野義経7段に呼び止められる。
Bのことかしら・・・
私は暗い気持ちで久留野先生の元へ行くと予想外のことを言われた。
「桂香くんにお届けものがあるよ。僕から渡した方がいいと思うからって言っていたよ。」
「あ、ありがとうございます。」
私にお届けもの・・・なんだろうそもそも誰からだろう。
茶色の封筒の中を開けてみるとそこには一枚の棋譜が入っていた。
その棋譜には赤いペンで無数の文字が書かれている。
ーーここの攻めは重い気がします、もう少し持ち駒と相談して攻めるタイミング考えてみて下さい
ーーここの同銀は同歩の方がいいと思います。例えばここから・・・
私の昨日の対局の棋譜に大量のアドバイス、読み筋が書いてある。
少し汚いこの字には見覚えがある。
勇気くんの字だ・・・
目から涙がどんどん溢れて止まらなくなる。
あんなに酷いことを言ったのに、勇気くんはまだ私のためにこんなに・・・
見たくないって言ったからわざわざ久留野先生にお願いして・・・
今すぐにでも勇気くんに会って謝りたい、でも今の私に勇気くんに合わせる顔なんてない・・・
✳︎
私はこの気持ちを誰かに聞いて欲しくて銀子ちゃんに相談した。
「兄弟子が・・・」
「うん。私勇気くんにとっても酷いことしちゃってる・・・」
他人に話すと、再び自分のやってしまった事を再認識させられて涙が出てしまう。
「泣かないで、桂香さん。兄弟子が桂香さんの事嫌いになるなんて事ないから。」
「ウン、ゴメンね・・・」
銀子ちゃんにまで慰められている・・・
私はいつからこんなに弱い人間になってしまったんだろう・・・
二人はいつの間にこんなに強くなっていたんだろう。
ーーーやっぱり二人とも将棋が・・・
また嫉妬しそうになっている自分の思考を無理やり遮断する。
いつから私はこんなに汚い人間になってしまったんだろう。
「今はただ、将棋のことだけ考えるべき。それが一番楽だから。」
「うん。そうだね・・・」
心に大きな重りを抱えたまま今日も私は将棋を指す。
強くなっているのかどうかも分からないまま。
それから勇気くんは毎日私の棋譜にアドバイスを書き続けてくれた。
その量は日に日に増えていった。
勇気くんからのアドバイスが始まり一週間が経った日、私は偶然彼に会った。
僕の作品であいちゃんや天衣ちゃんが活躍するのはいつになることやら・・・