「才能に恵まれた勇気くんに私の何がわかるの!!!」
桂香さんと別れた後自分が現実にいるのか夢を見ているのかもわからない状態でフラフラと歩く。
「才能か……」
気がつくと福島のアパートの前に来ていた。
先週から八一とあいちゃんは【捌きのマエストロ】生石充9段の経営している『ゴキゲンの湯』へ行き、振り飛車を習っているらしく、最近は福島のアパートにはほとんどいない。
今日もゴキゲンの湯に行っているようだ。
「ただいま。」
「おかえり。」
家に帰るといつものように銀子が一人で棋譜並べをしている。
俺は銀子の向かい側へと腰を下ろす。
「どうしたの?」
銀子は目線は盤面のまま俺に聞く。
「あのさ銀子。桂香さんのことだけど……」
「将棋星人にはどうしようもできないこと。今はそっとしてあげて。」
銀子は無愛想に言った。
駒音だけが悲しく響く。
「俺はみんなの兄なんだけどな……」
銀子は不思議そうに俺を見てきた。
「ごめん今のは忘れてくれ。」
風呂に入りながら考える。
俺が桂香さんにしてあげられること・・・。
結局知恵を絞っても一つしか案は思い浮かばない。
「これしかないか……」
俺には将棋でしか桂香さんを助けることができない。
だって俺は生まれてから将棋しかしてこなかったから……
次の日から俺は桂香さんの棋譜をもらうことが日課になった。
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「っ負けました……」
目の前で山刀伐八段を下した俺は、感想戦を開始する。
「あなたの激しい攻め、ゾクゾクしたわよ。」
感想戦をしながら背中に寒気を感じる。
「あ、有難うございます。この局面どうだったんですかね。」
その後も感想戦は白熱し、時間も結構たってしまった。
「あなたとの感想戦は楽しいわ。今夜一緒に私の家で研究会しない?」
「いえ、すいません遠慮しておきます。」
なんの研究会をするつもりなんだ!?
「そう、残念だわ。……次の相手は名人ね。私も楽しみにしてるわ。」
「っはい!頑張ります。」
✳︎
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竜王戦トーナメント準々決勝
3組優勝の山橋勇気盤王と1組4位の山刀伐八段の対局は山橋盤王が終始攻め続け山刀伐八段を下した。
これにより竜王戦トーナメント準決勝は盤王と名人の対局が実現することになった。
名人と盤王の対局は2年ぶりとなる。
永世7冠がかかっている名人と勝ち抜けば弟弟子に挑戦できることになる両者の対局は非常に激しいものになると予想される。
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勇気くんはすごいな・・・
竜王戦の記事を読みながら私は一人歩き続ける。
私が向かっているのは八一くんと勇気くんが住んでいるアパートの近くにある神社。
将棋に勝てない私は神にすがるしかなく、神社にお参りに行こうとしている。
鳥居を通って境内に入り本殿へと向かうとそこには見覚えのある男の子がいた。
「……」
対局の時のスーツ姿のままで彼は目を瞑り一心不乱に何かを願っている。
「あ、桂香さん……」
私に気付いた勇気くんは気まずそうに目を逸らす。
私は勇気くんにここまで気を遣わせてしまっていたのだ。
それが申し訳なくて、自分に無性に腹が立つ。
「おめでとう勇気くん。今日も勝ったんだってね。」
私は頑張って優しいお姉さんに戻ろうとする。
「グスッ、ウッ、ウッ……」
気がつくと涙が流れていた。
なんでまた泣いてるんだろう・・・。
そうだわかった。
「そんなに抱え込まないで。俺に会いたくなかったら会わなくてもいい。俺がイヤなら違う棋士紹介するから。だから桂香さん、そんなに……一人で悩まないで。」
「ご、ごめん・・・ね。」
勇気くんはどこまでも優し過ぎるのよ。
どんなに酷いこと言って突き放しても、ずっと私のことを考えてくれてる。
「私焦ってて、勇気くんにも酷いこと言っちゃって・・・ごめんね・・・。」
「いいよそんなこと。だって家族だもん、俺たち。」
そうか・・・。勇気くんはあの夜の誓いを今も必死に果たそうとしてるんだ。
自分の戦いもあるのにみんなのことにまで気にかけている。
ホントにどこまで強く成長したんだろうか。
「あの、勇気くん・・・ちょっと痛いかな。」
「あ!ご、ごめんなさい……」
勇気くんは顔を真っ赤にして私から離れる。
この辺はまだまだ子供みたいね。
勇気くんのおかげでわたしの心は知らない内に軽くなっていた。
今なら素直に言える。
「勇気くん、いや先生、私に将棋を教えてください。」
「桂香さん、先生呼びはダメだよ。だって俺たち家族なんだし。」
そう言って笑う彼は今までで一番頼もしく見えた。
銀子って月夜見坂燎のことどう呼んでましたっけ?
知ってる人いたら教えて下さい。