清滝一門の長男   作:Rokubu0213

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再戦!名人vs盤王

関西将棋会館の対局場へと行くとまだ俺の対局相手は来ていない。

下手へ腰を下ろして対局時間になるのを静かに待つ。

 

 

そこに対戦相手、名人がやって来た。

互いに一言も話さないまま対局時間が近づいてくる。

 

 

盤王戦以来の名人との対局。俺がこの2年間でどれだけ成長したのかを測るのにはこれ以上ない最高の指標である。

盤王戦で勝利したとはいえ、あのタイトル戦で名人に勝ったという感覚は全くなかった。

 

 

「時間になりましたので対局を開始してください。」

 

 

立会人の言葉を聞き、深く深呼吸をしてから飛車先の歩を突く。

名人は6手目飛車を中央に振った。角道を空けた中飛車、通称ゴキゲン中飛車。

現在では生石充玉将の得意戦法として知られている。

 

振り飛車か・・・

名人の手を見て4八銀と銀を前へと進めて超速3七銀戦法を目指す。

 

その後お互いに陣形を整え合い、迎えた35手目4五銀と銀をぶつけてこちらが先に仕掛ける。

 

 

相手の角を引かして邪魔な名人の5筋の銀を取り、こちらのペースに持ち込む。

 

ーー行けるっーー

 

実際は五分、でも攻めてる分感覚的にはこちらが有利。

 

 

さらに勝負の一手、5二銀打で相手に銀をあげるかわりに飛車を釣り出してさらに、ノータイムで4一銀打。

 

ーー決まったーー

 

ここまで思い通りの完璧な指し回し。

銀を使って徐々に自分の持ち駒を増やして行く。

 

 

81手まで進んで、名人の持ち駒は飛車と歩一枚。対する俺は歩4枚に桂馬銀飛車が一枚づつ。

完全に俺のペースだ。

 

相手の囲いを崩すための手を考えようとしたその時だった。

 

 

「!?」

 

 

駒の利きがどんどん見えなくなって行く。

 

 

そんなバカな・・・

 

 

さっきまでは名人と共有できていた感覚が今や完全に失われている。

 

 

さっきまでハッキリと見えていた名人の姿はもう

 

 

ーー見えなくなっていたーー

 

 

攻めの手が見当たらない。

 

動揺した俺は攻めに全く関係のない金を動かした。

 

 

「はぁ。」

 

 

名人の口からため息が漏れた。

 

 

✳︎

 

 

「何が起きたの?」

 

 

テレビで銀子ちゃんと一緒に勇気くんの対局を見ていた私は何が起きたのか全くわからなかった。

 

 

テレビの前では悔しそうに唇を噛む勇気くんの姿が大きく映っている。

 

中盤までは完全に勇気くんのペース、このまま最後まで押し切ると思っていた。

 

しかし勇気くんは負けた。

 

でもハッキリとした悪手があったわけではない。少なくとも私にはそう見えた。

しかし勇気くんは負けた。

 

 

「こ、これが名人の実力・・・」

 

 

何が起きたのかわからない私に銀子ちゃんは説明をしてくれる。

 

 

「直接的な勝因は108手目の8六銀打。あれは詰み形としては極めて稀なケース、完全に読み切らないと指せない手だった。」

「1分将棋の中でそれを読んだの・・・」

 

 

名人の実力の一端を垣間見たようで私は小さく身震いした。

 

 

「でも、兄弟子の攻めもその名人相手に成功していた。終盤も悪い手は一つもなかった。ただ名人が最善手を刺し続けただけ。」

 

 

悪くない手を指しているだけだと負ける・・・

3日前の対局の八一くんといい、勇気くんや名人の人並外れた戦いに言葉を失う。

 

 

「これが将棋星人なのよ。」

 

 

銀子ちゃんは淡々と言った。

 

 

✳︎

 

 

「全くなんつー将棋しやがるんだ。」

 

 

俺と一緒にゴキゲンの湯で兄弟子と名人の将棋を検討していた生石さんは、ため息をついて呟くように言った。

 

 

「これが名人のマジック……」

 

 

兄弟子の中盤の攻めは今までの兄弟子の対局の中でもトップクラスに綺麗に決まり完全に勝利を手にしたと思った。

実際に俺と生石さんの結論も先手勝勢だった。

普通に指していれば負けない局面・・・

 

 

「この負け方は後を引くな。」

 

 

生石さんはどこか同情したように呟いた。

 

 

「そうですね……」

 

 

言葉では肯定しながら、心の中ではどこか兄弟子だったら次の対局からコロッと元に戻って勝つと思っていた・・・

 

 

✳︎

 

 

「いい、銀子ちゃん。勇気くんは今日普通の精神状態じゃないから慰めたりしたらダメよ、絶対にダメだからね。絶対に絶対よ!」

 

 

帰りに桂香さんから入念に注意された。

 

 

時刻はすでに夜の11時過ぎ、いつもならとっくに兄弟子も帰ってきている時間、でも今日はまだ帰ってこない。

 

 

ーーガチャーー

 

 

ドアを開ける音がして急いで振り返るといつも通りの兄弟子がいた。

 

 

「お・・・かえり。」

 

 

なるべくいつも通りに話そうとするけど、うまくいかない。

 

 

「ただいま。」

 

 

意外といつも通りだ。

 

 

「遅くなってごめんね。風呂入ってくるから先寝てていいよ。」

「う、うん。」

 

 

あまりにもいつも通りで逆にこっちが心配してしまう。

 

しかし明日も学校があるので仕方なく布団に入り、眠りに着いた。

 

 

✳︎

 

 

何かを強く叩く音がして私は目を覚ます。

 

 

「?」

 

 

和室の隣の兄弟子が寝てる部屋の電気が点いていることに気が付いた。

 

 

和室から覗くと、兄弟子が将棋盤の前にいた。

 

 

ーー泣いてるーー

 

 

兄弟子は将棋盤の前で泣きながら今日の棋譜を並べている。

 

 

私が兄弟子の涙を見たのは2回目。

 

 

1回目は嬉し涙だった。

 

 

でも今回は・・・

 

 

「クッソ!!」

 

 

兄弟子は将棋盤をもう一度強く殴る。

 

 

こんな兄弟子見たことがない。

 

 

子供のころから兄弟子はいつも優しくて、強くて、悩んでる姿なんか見たことなかった。

 

 

でも兄弟子も一人の人間なんだ。

悔しくないはずがない、腹が立たないはずがない。

 

 

でも私の前ではその姿を見せてこなかっただけだった。

 

 

「おにい……」

 

 

和室を飛び出そうとして直前で止まる。

 

多分兄弟子はこの姿を見られたくないはず・・・

 

 

私は桂香さんにはなれないんだ・・・

 

 

目の前で泣いている兄を慰めることもできない非力な自分が悔しくて、情けない。

 

 

この日から兄弟子は長い長いトンネルの中を彷徨うことになる。




ちょっと気になったんですけど、将棋にもゾーンってあるんでしょうかね?
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