私は今、関西将棋会館の1階に居る。
目的はお兄ちゃん……いや勇気に会うため。
「あれ、銀子?」
彼が私に気付いて駆け寄ってくる。
「ここで何してるんだ?」
「丁度いま対局終わって帰るところだったの。」
「そうなんだ。」
嘘。本当は自分の対局が終わってから1時間くらいここで待ってた。
「じゃあ一緒に帰ろうぜ。」
勇気が歩き出した。
私もその半歩後ろを着いていく。
将棋会館を出て一つ目の角を過ぎたあたりで勇気の手を捕まえる。
彼の手は一瞬強張ったがすぐに私の手を握り返してくれた。
冬の外気は凍えるほど寒いけど、繋がれた右手と顔だけは熱かった。
私と勇気が付き合ってから3週間が経った。
今までは頼もしいお兄ちゃんだった勇気も恋に関してはダメダメで私も素直になれないタイプだからあまり、カップルらしいことはできていない。
あと、私達が付き合ってることは清滝一門の人以外には秘密にしているから外ではあまり会えない、それも私達の進展を妨げる大きな障害になっていた。
私としては勇気の周りに群がる女子達に取られないためにも公表したいんだけど……
「何処か寄っていくか?」
「うん。」
彼は私に優しく笑いかけてくれる。
子供の頃から何度も私に向けてくれる笑顔。
「すいませーん、山橋盤王。ちょっと先程の対局について聞きたいことが。」
スーツ姿の記者が走ってやってきた。
この人の名前は金田聡美。勇気がプロ棋士になってからずっと勇気の将棋の記事を書き続けている人。
「金田さんこんにちは。」
彼は優しい笑顔で金田さんに挨拶した。
その笑顔はさっきまで私だけのものだったのに……
私は知らない内に彼の背後に隠れるように下がった。
「そうですね、どの部分でしょうか?」
金田さんのインタビューが始まる。
金田さんは悔しいけど同姓の私から見ても魅力的な女性だと思う。
大人の落ち着いた雰囲気がありながら、愛想の良さもあるし、胸も大きいし……
勇気がどうかは知らないけど男の人は胸の大きい人の方が好きっていうし……
将棋しか取り柄のない私より金田さんの方が何倍も魅力的で……
心の中がモヤモヤする。
繋いでいる右手に力が入る。
「あの局面はあんまり……銀子?」
彼が私の変化に気づいて見てくる。
そんな心配そうな顔しないでよ……
「すいません。また今度話すので今日はこれで。」
「えっ!?後ちょっとだけでいいので……待ってくださーい。」
彼は私の手を強く握り返してくれて、金田さんから逃げるように走り出した。
駅まで一気に走って列車に飛び乗る。
「ハァハァ。」
普段ほとんど運動しない私には堪える……
「いきなり走り出してゴメン。大丈夫?」
彼はまた心配そうに私の顔を見てくる。
「もう大丈夫。」
「そうか。」
彼はこんなに私を大事にしてくれるのに、私は少し他の女と話すだけで嫉妬して……
自己嫌悪に陥って沈黙する。
それきり二人とも何も喋らなくなる。
✳︎
福島駅に着きアパートへ向けて歩き出す。
位置はさっきと同じ、そしてさっきと同じ様に手を繋ぐ。
「俺は銀子のこといつも一番に考えてるんだからな。」
彼が突然口を開く。
彼の言葉がとても嬉しくてにやけそうになる。
「いきなりどうしたのよ。」
でも私は素直になれないから無愛想に答えてしまう。
「さっき金田さんと話してる時今にも泣き出しそうな顔してたぞ。」
彼はそう言うと笑い出す。
私そんな顔してたの……!?
「いや、そ、それは。」
なんとか言い訳を探そうとする。
「ごめんね。銀子のことほったらかしちゃってたもんね。」
彼はそう言うと謝ってくる。
なんでこんなに彼は優しいんだろう。
「私こそごめんね。チョットしたことですぐ嫉妬して……面倒臭いよね。」
「いや。俺は愛されてる感じがして嬉しいよ。」
そう言って笑う彼の笑顔に見惚れる。
いつまでもその笑顔が見ていたい、ずっと私だけに向けて欲しいと思ってしまう。
ごめんね勇気、私やっぱり面倒臭い女だ。
「今年もチョコ作ってみたから帰ったら食べてみて。」
「また手作りしたの!?」
「またって何よ。嫌だったの?」
「嫌っていうか前も一回作って……」
「味はいいって言ってたじゃない。」
「味は良くてもあのアメーバみたいな見た目は……」
「あの時そんな風に思ってたの!?」
「ごめんごめん。」
こうやって何気ないことを話しているのが楽しい。
関係は全く進展しないし、心配事は増えるばかりだけど……
いつまでも一緒にいてね。
バレンタイン関係ないじゃんとか言われそうですね……
ちなみに金田さんは今後本編に出る……かも?