ホテルへのチェックインを終えた後、銀子は部屋で休憩をとることに。
そして俺はある人の家を訪ねていた。
名人に負けてから4連敗中。
順位戦B級1組でも2連敗の最悪のスタート。
今年はA級に行ける最初のチャンスだというのに・・・
終わりの見えないトンネルから抜け出すために俺も自分を変えなけれならない。
於鬼頭曜、帝位のタイトルを持つ関東将棋連盟所属のA級棋士。
だがこの人は一度、その地位から転落した。
タイトルもA級の地位も失い、命すらも失いかけた。
そして甦った。
それどころか以前よりも遥かに強くなって。
今の俺は、全てを変えて強くなった於鬼頭帝位の考えが知りたかった。
「指してくれるかなぁ?」
インターホンを押して待っていると、門が開いた。
「どういったご用件で?」
「あの、なんの連絡もなくお宅に来てしまったことをまずはお詫びします。」
「いえ、気になさらずに。」
「早速で恐縮なのですが、今日1日でいいので私と研究会をしていただけませんか?」
「申し訳ありませんがお断りします。」
予想通りに拒否される。
「そこをなんとか。」
「私と研究をしたところで得られるものなどなに一つありませんよ。」
「いえ、そんなことはないです。於鬼頭先生の指し手はコンピューターのように正確です。・・・でも昔の先生の棋風はそうじゃなかった。」
於鬼頭先生の表情が今日始めての変化をした。
最近の於鬼頭先生はコンピューターでの研究をベースに正確な指し回しで勝利するイメージが強くある。
しかし元々於鬼頭先生の将棋は攻め将棋だった。中盤から積極的に仕掛けて相手を攻め倒す。丁度今の俺のように。
「あなたは私のようにはなれない、いえなるべきではありません。」
「一局だけでもお付き合いしてください。よろしくお願いします。」
「・・・まぁでは家の中にお入り下さい。」
於鬼頭先生の家は恐ろしく広い。
しかしそこに生活感は全くなく、俺と於鬼頭先生の足音しかしない。
畳の部屋に案内された。
「お座り下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
俺が座ると向かい側に於鬼頭先生も座った。
於鬼頭先生は無言で駒を並べ始める。
俺も慌ててその後に続くように駒を並べる。
「「よろしくお願いします。」」
於鬼頭先生とのvsが始まった。
於鬼頭先生の指す手は至って普通の手。その指し手からはなんの感情も伝わってこない。
於鬼頭先生は表情一つ変えずに一定のペースで駒を動かす。
まるでコンピューターのように・・・
「負けました。」
俺は全くいいとこなく負けた。
不思議な将棋だった。
於鬼頭先生がなにを考えているか全くわからなかった。
於鬼頭先生に俺の手は読まれていたのか、形成をどう判断していたのか・・・なにもわからなかった。
「将棋は好きですか?」
「え?」
予想外の質問に驚く。
「はい。好きです。」
「私も好きです。」
質問の意図がわからず困惑する。
「ヒトは好きですか?」
「は、はい。」
ますますわからず混乱する。
「私は嫌いです。」
どう反応したらいいのかわからない。
「人はいつかいなくなります。」
一度全てを失った於鬼頭先生だからこそ重みを持つその言葉。
「しかし、盤面真理は不変です。そこには確固たる結論がある。その結論を最も正確に教えてくれるもの、それがコンピューターです。」
於鬼頭先生はここで始めて言葉を一回切った。
そして俺を真っ直ぐ見つめて言った。
「あなたは人と将棋を指しすぎている。」
「!?」
その一言は今まで培ってきた俺の将棋観を根底から覆すものだった。
「将棋とはミスのゲーム。実際にプロの将棋でも勝敗を分けるのはミスです。
あなたのように自分のペースに相手を巻き込んでミスを誘発させるというのはある種合理的な戦術のように思われます。しかし、相手が自分を見ていない最初から勝負していないとしたらどうでしょう。」
「?」
於鬼頭先生の話の意味がわからない。
「相手が盤上真理のみを追い求めている人ならどうでしょう。」
!?
その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは名人。
思い返してみるとあの人は最初から俺と戦っていなかった・・・
ただひたすら盤上真理のみを追い求めていた・・・
「今の戦い方に限界を感じているのなら一度、盤上真理を追い求めて観るのもいいかもしれませんよ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
今日の一局で何かが劇的に変わったわけではない。
でも何かを変えるきっかけは得られた気がする。
於鬼頭先生は原作でほとんど情報がないので半分オリジナルキャラみたいになってるけどご了承下さい。