清滝一門の長男   作:Rokubu0213

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伝説が誕生した夜

俺と姉弟子は将棋会館で盤王戦の中継を見ていた。

 

 

今回の盤王戦第5局は将棋にしては異例の盛り上がりを見せていた。将棋界の神である名人に対して若干16歳のプロ棋士が挑戦している。それだけでも十分すごいことだがその少年は名人と互角以上の熱戦を続けて2勝2敗のイーブンで最終戦まで持ち込んだのである。

 

第5局は中盤に兄弟子が大きなリードを奪い勝勢だと思われたが終盤、名人のマジックが発動しみるみる差は縮まっている。

 

名人と指している兄弟子は目が充血しフラフラになりながらも盤面から決して目を離さずに手を読み続ける。

苦しそうな息遣い、お茶を飲む仕草、着物の右裾をギュッと握る姿、ひとつひとつがとても格好良く見えた。

俺もあの舞台に行きたい、兄弟子と同じ世界を見て見たい、14歳の八一は兄弟子に純粋な憧れを抱いていた。

 

 

 

✳︎

 

 

 

名人の指し手ひとつひとつに将棋会館の観戦者から歓声が上がる。将棋会館は指し手が一つ進むごとに悲鳴や兄弟子への激励がとんでとても騒がしい。

その中で私は静かに必死に大好きなお兄ちゃんの勝利を願って応援し続ける。

もはや私には二人の指し手の意図など全くわからない。

『頑張れ』そう心の中で応援することしかできない。

応援しながら私はお兄ちゃんがどんどん遠くへ行ってしまうような感覚に陥り、悲しくなる。

この感情はお兄ちゃんがプロ棋士になって一人暮らしを始めた時以来久し振りに感じたものだ。

 

 

「行かないで」

 

 

私は声にならないほどのか細い声で画面の向こうの兄弟子に話しかける。

私はこの時、隣で憧れの眼差しで画面を見る弟弟子にも近い将来置いて行かれてしまうだろうことを薄々悟っていた。

 

 

さっきまでも十分騒がしかった将棋会館がさらに盛り上がる。

 

 

「山橋の勝ちや!」

「新しい盤王の誕生や!」

 

 

 

盛り上がる将棋会館の中で私は複雑な気持ちでお兄ちゃんに拍手を送った。

 

✳︎

 

盤王戦第5局、目の前の神から将棋指しがこの世で最も聞きたい言葉を聞いた。

記者が対局室に詰めかけて自分にたくさんの質問をしてくる、俺はそれを無意識に答えていく。

全ての対局後の公務を終えて、対局の宿に来ていた師匠の笑顔を見て、俺の意識は途切れた。

 

 

気がつくと見慣れた、だけど久し振りに見る天井がある。

記憶がハッキリとしない、盤王戦で名人と戦い、だんだん劣勢になり、心が折れかけてそして……

 

 

「あ、気がついた?大丈夫?」

 

 

桂香さんが襖を開けて部屋に入ってきた。

 

 

「あ、桂香さん。」

 

 

とても久し振りに桂香さんに会えた気がする。

 

 

「おめでとう、山橋盤王。」

 

 

桂香さんから祝福の声を聞いてようやく記憶が戻ってくる。そうだ勝ったんだ、いつまでも後ろから俺を追いかけてくる強大な魔物からついに逃げ切れたんだ。

 

 

「勝ったんだ。」

 

 

気付いたら泣いていた。我慢しても我慢しても、とめどなく涙が溢れて来る。昔と同じように桂香さんは隣で優しく寄り添ってくれる。

 

 

「おめでとう。」

 

 

桂香さんは優しく俺の頭を撫でてくれる。

 

 

「俺、勝ったよ。あの名人に勝ったよ!」

 

「うん。見てたよ。すごいかったよ。」

 

 

昔みたいに桂香さんの膝に顔を埋めて自慢する。

桂香さんは笑いながら、それを褒めてくれる。

幸せな時間だ。このままいつまでも桂香さんと二人でいたいとさえ思った。

 

 

「いつ行きます姉弟子?」

 

「私、行かない、勝手にすれば。」

 

「エエッ!?、さっきは姉弟子もお祝いしに行きたいって言ってたじゃないですか。なんで急に不機嫌になってるんですか!?」

 

 

桂香さんに泣き崩れていると、襖の後ろに人影があるような雰囲気を感じた。

 

 

「八一と銀子もいるの?」

 

 

俺が呼びかけると二人はゆっくりと襖を開けて部屋に入ってきた。

一人暮らしを始めて今まで一度も清滝亭には帰らなかったため、いつも様子を見にきてくれた桂香さんとは何度かあっていたが、八一と銀子に会うのは2年ぶりのことである。

二人も久し振りに会う俺に少し緊張しているように思う。

 

 

「ただいま。」

 

 

俺は満面の笑顔で二人に言った。

二人の顔が昔のような笑顔に変わる。ちょっと見ないうちに大きくなったな。

八一はもう立派な青年の顔つきをしている。

銀子もやはり美人に成長している、多分学校でも人気あるんだろうな、まぁ銀子が将棋以外の話を他人とできるとは思えないけどな。

そう思うと思わず笑いが漏れそうになる。

俺がくすりと笑うと銀子が目ざとく見つける。

 

 

「今兄弟子失礼なこと考えた。」

 

「え!?何も考えてないよ。」

 

 

俺と桂香さんを見て鋭い眼光で言った。

 

 

「私たちは邪魔だったみたいだしね。」

 

 

昔よりもトゲがあるような気がする、しかも呼び方もお兄ちゃんから兄弟子になってるし、反抗期なのか?反抗期なのか!?

 

 

「おめでとう、兄弟子!あの名人に勝っちゃうなんてホントにスゴイよ。俺もね、あと1勝でプロ棋士になれるんだ。」

 

 

八一が嬉しそうに俺の隣にやってくる。八一は昔とあまり変わってない。

 

 

「そしてね、中学校を卒業したら俺も一人暮らしする。」

 

「「「!?」」」

 

 

突然の八一の宣言に俺と銀子と桂香さんは一斉に驚く。

 

 

「なんで、一人暮らしするんだ?」

 

「だって、プロになったら一人で戦わないといけないし助けてくれる仲間はいなくなるから。」

 

「そうか……」

 

 

八一もしっかり成長していたようだ、それも俺が予想するよりも早い速度で。

 

 

「……」

 

 

銀子が何か言いたそうにしているが何も言えずに俯いている。

 

 

「銀子……」

 

 

何か言ってやりたいが、銀子が言いたいことがわからず話しかけることができない。

代わりに昔みたいに頭を撫でてあげる。

 

 

「おに……あ。子供扱いしないで!」

 

 

銀子は一瞬嬉しそうに微笑したが、突然ボッと赤面して距離を取られた。

難しいお年頃なんだな。

 

 

「ヴォー、勇気よくやったー。」

 

 

俺が目覚めたことを知った師匠がドタドタと騒がしく部屋に入ってくる。

 

 

「ちょっとお父さん、まだ目覚めたばかりだから静かにして。」

 

「わしの勇気がわしの勇気が盤王になったんやー。」

 

 

あんなに喜んでくれる師匠を見るのは初めてな気がする。ちょっと恩返しできたかな……

でも凄い酒臭いな……

 

 

「あははは。」

 

 

相変わらずな清滝一門のみんなに思わず笑ってしまう。

そんな俺を見て、八一と銀子は一度顔を見合わせて嬉しそうに頷いた。

 

 

「兄弟子、一局指そうよ!」

 

「え!?さすがに今は疲れたよ。」

 

「えー。」

 

「私も私も。」

 

 

昔みたいに二人に将棋を迫られる。

そんな何気無いことが無性に嬉しかった。

 

 

盤王になったことで相手からの研究も厳しくなりより苦しい戦いが増えると思うが、これからも頑張っていこうとそう誓った。

 




次からようやく原作の一巻の話になります。
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