俺と燎の出会いは突然訪れた。
正直俺の第一印象は良くなかった、寧ろ苦手なタイプだとさえ思った。
「俺と毎日将棋を指せ!」
小学生名人戦の決勝で八一を下して優勝した俺は表彰式が終わり、八一たちと合流しようと、会場を出ようとしていた。
その途中で赤髪の女の子に呼び止められた。
その子は人差し指をビシッと俺の方に向けて、睨むように見ながら話しかけてきた。
「えっと……誰?」
「ああん!?俺を知らねーのか!?」
「え、す、すいません。」
その人は怒鳴って俺の胸ぐらを掴んでくる。
この人本当に女の子だよね……
学校の男子より凶暴な気がする。
怒鳴り声に会場に残っていた運営の人や記者の人が一斉にこちらを向く。
一斉に注目されて、その人は気まずそうに手を離して、俺を無理やり会場の外に連れ出した。
「小学生名人戦ベスト4の月夜見坂燎だ。」
周りに人がいないことを確認して、燎さんは何故か得意気に胸を張り、自己紹介した。
俺は自分の記憶の中から月夜見坂燎の情報を検索する。
ヒットしたのは一件。
「えーと……あぁ八一に負けた人だ!」
「お前喧嘩売ってんのか!?」
燎さんがまた怒って胸ぐらを掴んできた。
八一との将棋も相当激しかったけど、棋風通り性格も激しいなぁ。
「ご、ごめん。そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……っていうか苦しいから離して!!」
燎さんは落ち着いて離れる。
なんだかこの人怖いなぁ……
「んで、返事は?」
「何のですか?」
「だから、俺に将棋を教えろってこと。」
そういえば、さっきも会場でそんな事を言ってたような気がする。
「んーと……ごめんなさい。」
「はぁ!?なんでだよ。」
「まだ俺、人に将棋を教えられるほど強くないし、プロになるためにもっともっと強くならなきゃいけないから。」
これは俺の本心。
決勝で八一に勝てたのは早指しだったから。
あいつは感想戦で俺の読みを超えてきた。しかもそれが、その局面での最善手だった……
あいつの才能に比べれば俺の才能なんて……
「優勝してまだ強くないか……わかった!じゃあ明日朝の10時に関西将棋会館の道場に来い、私と一局指せ!」
「いや、行くとは……行っちゃったよ。」
そう言い放つと燎さんは俺の返事も聞かずに立ち去って行った。
なんなんだあの人。
✳︎
小学生名人戦から一夜明けて俺は関西将棋会館の前にいた。
ちなみに、現在時刻は10時27分、完全に遅刻。
でも俺のせいじゃないんだよ!
将棋会館行ってくるって言ったら、銀子が
『私も行く。』
って言って着いて来ようとしてきたから、それをなだめるのに手間取った。
最終的には銀子が号泣して、騒ぎを聞きつけた桂香さんが様子を見にきて銀子を慰めている間に隙を見て抜け出してきた。
後で絶対怒られるよね……。
その上燎さんも待たせてるし、あの人のことだから絶対怒られる。
足取り重く道場に行くと既に燎さんは将棋盤を一つ独占して待っていた。
「ごめんなさい、燎さん。」
「おせーな!ちゃっちゃと始めるぞ。」
「はい。」
意外と胸ぐらは掴まれなかった。
燎さんはせっせと駒を並べて準備を開始する。
「早く準備しろよ。」
燎さんに促されるままに駒を並べて対局を開始する。
「「よろしくお願いします。」」
✳︎
「……負けました」
結果は俺の勝利。
さすが小学生名人戦のベスト4だけあって完勝というわけではなく、結構ギリギリの戦いになった。
盤上には相手の駒に周りを囲まれて剥き出しの王が二人いた。
お互いに守らず、自らの肉を切って骨を断とうとする戦いはヒリヒリとした緊張感があってとても楽しかった。
重要な局面になるごとに燎さんは一番激しい変化を選択してきた。
それに触発されるように俺も敢えて先の見えない激しい変化に突入する。
独創的な駒組をする八一や、相手を押さえつける正統派な銀子との対局も楽しいけど、お互いに攻めが好きな燎さんとの対局はひと味違ってとても楽しかった。
性格的には苦手だけど、将棋の相性は今まであった人の中で最も良いかもしれない。
「なんだお前。見た目によらず、なかなか熱いやつだな。」
燎さんも同じ事を感じたのか満面の笑みを浮かべた。
始めて見る燎さんの笑顔。
会ってから怒った表情しか見てこなかったからそのギャップに不覚にもドキッとしてしまう。
「おいっ!!」
「はいっ!?」
ヤバい、なんか怒らせるようなことしてしまっただろうか。
今までの経験から反射的に身構えてしまう。
「俺は奨励会に入る。」
「はぁ!?」
予想外すぎる言葉に思わず声を出して驚いてしまった。
「俺は八一にリベンジするんだよ。だから奨励会に入る。」
「奨励会に入るって……」
俺が言葉を濁していると燎さん突如怒り出す。
「テメェ俺が女だからって下に見てんなら許さねぇからな。」
「イヤ、そんなこと思ってないよ。」
女流棋士がプロ棋士より弱いというのは事実としてある。
しかし将棋で女性が男性に勝てないというわけではない。
少なくとも俺はそう思っている。
例えば銀子なら……苦戦はすれど男性とも互角それ以上に戦えると思う。
しかしそれは銀子のような規格外の存在の話。
目の前の燎さんは確かに強い、でも……
「今の俺じゃ追い付けない。それはわかってる。あいつに追いつくには八一より強い奴から学ぶしかないんだよ。」
「……」
燎さんの顔をじっと見る。
正直にいうべきか、それとも……
そもそも俺はまだ将棋を教えられる程の人間じゃない。
その上俺は八一より強くもない。
「将棋を教えるというか、研究会はどう?」
「研究会?」
「燎さんは関東に住んでるから直接教えることは難しいよね。だからネットで毎週vsをやって感想戦をSkypeでやる。これならお互いにとっていいと思うんだけど。」
俺には人に将棋を教えるなんて覚悟は出来ない。
俺が選択したのは逃げの一手だった。
「うーん、今はまぁそれで良いだろう。」
「よかった。じゃあこれからよろしくお願いします。」
俺は燎さんに手を差し出す。
燎さんはその手をじっと見てから握り返してきた。
「じゃあ早速もう一局やるぞ!」
この研究会は俺がプロ棋士になるまでの4年間続いた。
今回は燎とオリ主の出会いを書きました。
別れはまた違う機会に書きます。