昨日の惨劇から一夜明けて俺は今、福島の家に一人でポツンといる。
「一人だと寂しいなぁ。」
銀子が来てから基本家に一人ということがなかった。
つい最近までは家で一人なんて当たり前だったが何故か今日は無性に寂しい。
銀子は、今日は『女流名跡』釈迦堂里奈先生の元へ研究会に行っている。
八一も釈迦堂先生の弟子の神鍋歩夢と研究会しに行くらしいから、俺も行きたいと言ったんだが、銀子に断固拒否された。
なんでだろう……?
八一も一緒とはいえ、銀子は大丈夫だろうか?また人の波にさらわれていないだろうか?
次から次へと心配事が浮かぶ。
なんでこんなに銀子のことばっかり考えてるんだろう。
知らない内に銀子の存在が俺の中で大きくなってるなぁ……
一人でいても寂しいし、棋士室でも行こうかな。
ーーーピンポーンーーー
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。
「誰ですかー?」
急いでドアに向かう。
「あの、おじさん!開けてください。あいです。」
「あいちゃん?」
意外な訪問者に驚きながらドアを開ける。
「天衣ちゃんまでどうしたの?」
「お願い事があって来ました。」
「私はその付き添いよ。」
天衣ちゃんが両手を組んで反論するとあいちゃんが慌てて怒る。
「違うでしょ。天ちゃんも一緒にお願いしなきゃダメだよ。」
「だから私はこの男の力を借りなくても大丈夫だと言ってるでしょ。」
「昨日は教えて欲しいって言ってたじゃんか〜。」
「あの二人とも喧嘩するのはいいけど……まずは家に入って。」
俺の家の前でいつまでも幼女が喧嘩するのは変な噂が立ちそうで怖い。
「あ、すいません。お邪魔します。」
「……勘違いしないでね。私は教えて欲しいなんて一言も言ってないから!!」
「だからなんの話だよ?」
二人を居間に通す。
「二人ともお茶でいい?」
「はい。」
「なんでもいいわ。」
どう言う用事で来たのか分からないがとりあえずお茶を出すため準備をする。
お菓子はどうしよう……
そういえば和室に銀子の買い置きの和菓子があった気がするな。
ちょっと拝借してこようかな。
和室から和菓子を持って帰ってくる。
「ジーッ。」
この時の俺はあいちゃんが和室を覗き込んでいたことに気付いていなかった。
「二人ともどうぞ。」
「ありがとうございます!」
「どうも。」
無邪気にお礼を言うあいちゃんと、落ち着き払っている天衣ちゃん、本当にこの二人は正反対の二人だなぁ。
「それで、今日はどうしてここに来たの?」
改めて要件を聞く。
「あっ、その私達は次のマイナビオープンで絶対に勝たなきゃいけないんです!」
天衣ちゃんも頷く。
二人の真剣な表情からこのマイナビオープンにかける思いの強さが伝わってくる。
その気持ちには単なる始めての大会以上のものがあるように思える。
「始めての大会だから気合が入るのはわかるけど、そんなに勝ちにこだわらなくてもいいんじゃ……」
「ダメなんです!!」
あいちゃんが声を荒げて俺の言葉を遮った。
「勝たないと、師匠が安心して竜王戦の準備できないから……」
「あいちゃん……」
なんて健気な弟子なんだろうか。
自分が強くなるよりも、師匠を安心させたい、その一心で勝ちたいと思うなんて……
「だから!今日だけでいいので私達に稽古をつけて下さい。」
「いいんだけど、俺が教えてもそんなすぐに強くなることはないと思うんだけど。」
「おじさんじゃなきゃダメなんです。師匠はいつもどこかで手加減があるんです……」
あぁ、八一はなんだかんだで優しい奴だから、盤を挟んであいちゃんを威圧するようなことはしないんだろうなぁ。
その点俺は、天衣ちゃんを泣かしたくらい手加減なしで指し合う。
「あのババアが強くなったのは明らかにあんたの指導が原因だから、あなたの指導力だけは評価してあげるわ。」
「はぁ、どうも……」
口は悪いが一応褒めてくれてるんだよね……?
というかいい加減、桂香さんをババアって呼ぶのやめてくれない!?
「わかった。でも俺の稽古は厳しいよ。」
「はい!よろしくお願いします。」
「望むところよ。」
こうやって俺主催の臨時JS研が開催されることとなった。
✳︎
「グスッ……まだ……もう一回、グスッ……お願いしま……す。」
「まだよ!!もう一回指しなさいっ!!」
臨時JS研開始から半日がたち、目の前には涙でできた水溜りと、目を真っ赤にしている幼女が二人いる。
「流石に二人とも一回休もう。体調崩して一斉予選出れないなんてなったら元も子もないじゃんか。」
「あんたはまだまだ余裕なんでしょ!なら指しなさい!」
こうなると負けず嫌いのお嬢様は聞く耳を持たなくなる。
やっぱりまだまだ子供なんだなぁ。
この半日で二人が高い才能を持っていることを改めて認識した。
おそらく彼女達なら雷も倒せるかもしれない。
そう思わせるほどに二人の成長速度は異常に早い。
「これは言おうかどうか迷っていたんだけど言うね。」
「「?」」
「二人はメチャクチャ強い。それは俺が保証する。一斉予選でもほとんどの敵相手になら勝てると思う。」
「ほとんど……?」
天衣ちゃんがすかさず言葉尻を掴む。
「うん。ほとんどの相手にはね。」
「誰よ?」
天衣ちゃんが急かしてくる。
「祭神雷。」
「ふぇ?」
「ふーん。」
二人ともそれぞれの反応を示す。
「順調に行けばあいちゃんが決勝で当たることになる。」
「はいっ!」
あいちゃんの表情が引き締まる。
「あいつは強いよ。」
「「……」」
「あいつは女流棋士の中で間違いなく最高峰の才能を持っている。」
「「……」」
二人は黙って俺の言葉に耳を傾ける。
「でも、女性であることに変わりはない。女性の感性で将棋を指している点はあいちゃんや天ちゃんと同じだ。だからこそ男の俺や八一では教えられないことがある。そこで!今度八一が対局でいない日に特別講師を招いてもう一度研究会をしたいと思う。」
「臨時講師ですか?」
「誰よそれ?」
「まぁそれは会ってからのお楽しみだよ。」
今言ったら絶対二人ともに来ないだろうからな。
「それに八一の弟子のあいちゃんや天ちゃんには特に……」
ここまで言って慌てて口を塞ぐ。
そういえばこれは八一から口止めされてるんだった。
「ちょっと待って下さい、なんでそこで師匠の名前が出るんですか?」
今まで真面目に話を聞いていたあいちゃんの目から光が消えた。
「教えて下さい。今何か言うのやめましたよね。」
あいちゃんがまるで人形のようなぎこちない動きでこちらに向かってくる。
なにこれメッチャ怖い!?
「正直に言って下さい。おじさんに手荒な真似はしたくないので。」
本当にこの子小学生だよね!?
「な、なんでもないです。」
なんで俺小学生に敬語使ってるの?
「嘘です。真実を語って下さい。それとも痛いのが好きなんですか?」
誰か助けて〜
この後恐怖に負けて八一と祭神の話をしてしまった。
ごめんなさい、八一……
予想外に長くなったな……
臨時講師が誰なのか、まぁなんとなく予想はつきそうですけど次回までのお楽しみという事で。