清滝一門の長男   作:Rokubu0213

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いつの間にかアニメに追いつかれそうで焦っています。


決戦前夜

「おはよう、銀子。」

「おはよう。」

 

 

お兄ちゃんに恥ずかしいところを見せてしまってから一週間が経ち、微妙な空気だった私たちの仲もようやく元通りになってきていた。

 

 

「これ何?」

「これか?新しいパソコン買ったんだ。」

 

 

お兄ちゃんは居間で説明書片手にデスクトップのパソコンの設営をしていた。

 

 

「何に使うの?」

 

 

お兄ちゃんはこういうハイテクな物とは無縁の人だと思っていた。

 

 

「ソフトを使って研究をやってみようと思ってね。」

「そ、ソフト?兄弟子は人の考え方に触れたいからっていつも研究は人とやってたじゃない。」

「まぁそうだったんだけどね。最近調子悪いから、思い切って新しいことに挑戦してみようかなって思ったんだ。」

「そ、そうなの……」

 

嬉しそうにパソコンを組み立てるお兄ちゃんを見て、私の心の中に急に胸騒ぎがする。

お兄ちゃんが遠くに行ってしまうように感じた。

 

 

行かないで!!

 

 

この感覚は久しぶりに味わう、あの盤王戦の時以来の感覚だ。

悲しい、寂しい、折角一緒に住んでまた昔みたいに仲良くなれたのに、また遠くに行っちゃう……

 

 

「が、頑張って。」

 

 

震える声で辛うじて言って、私は逃げるように和室に戻った。

 

 

✳︎

 

 

今日はパソコンの設営に四苦八苦して1日が過ぎてしまった。

 

明日は桂香さんたちのマイナビ一斉予選がある。

俺も桂香さんの応援をするために一緒に行くことになっている。

朝一の新幹線で東京に行くので今日はもう寝よう。大会に出ない俺が遅刻なんてしたら大問題だからな。

布団を敷いて、眠りにつこうとする。

…………

 

 

寝れない!!!

 

 

俺は対局しないのに、緊張で全然寝れない。

寧ろ自分の対局前より緊張して寝れない。

 

 

ーーートゥルルルル

 

 

「!?」

 

 

深夜にいきなり電話がなって驚く。

慌てて名前を見る、桂香さんだった。

対局しない俺も寝れてないんだから、桂香さんもねれてないんだろうなぁ。

そんなことを呑気に考えてるうちにもケータイのバイブ音が鳴り続けている。

俺は一度ベランダに出てから電話に出た。

 

 

ーーー

「はい。山橋です。」

「あっ、勇気くん。ゴメンね寝てたよね?」

 

 

桂香さんが電話越しでも分かるくらいに固い声で話している。

 

 

「それが全く寝れてなかったんだよ。」

「そうなの?……実は私も寝れてなくて。」

「そうだと思ったよ。……緊張してる?」

 

 

俺が質問すると桂香さんは少し沈黙した。

俺は黙って桂香さんの返事を待つ。

夏の夜風は優しく俺の顔を撫でてくれる。

 

 

「うん。正直逃げ出したいくらい怖い。不安。」

 

 

桂香さんは一段と声が小さくなり今にも消え入りそうな声で答えた。

 

 

「……そうだよね。」

「明日ね、私が本戦に出るためにはね、千ちゃんを倒さなきゃいけないの……」

「千ちゃん?」

 

 

始めて聞く名前だ。

誰だろう。桂香さんの友達という時点で嫌な予感しかしないのだが……

 

 

「私の友達。27歳で女流三級なの。」

「うん。」

 

 

27歳で女流三級。

その意味は将棋の世界においては非常に重い。

つまりこの人にとってこの大会が本当にラストチャンスなのである。

この大会で勝たなければ女流棋士への夢が絶たれる。

つまり、桂香さんが首切り役になるということだ。

 

 

桂香さんはとても優しい人、でも勝負の世界ではその優しさは時に桂香さん自身の足を引っ張ることになる。

ここは先生として、心を鬼にして桂香さんを激励するしかない。

 

 

「……じゃあ桂香さんはその人のためにわざと負けてあげるの?」

「まさかっ!?そんなことするわけないじゃない!!」

 

 

桂香さんが声を荒げる。

 

 

「そうだよね。……そうするしかないよね。」

 

 

電話越しに鼻をすする音が聞こえる。

『止めていいよ』って言ってあげたい。苦しんで欲しくない。

でもその言葉を桂香さんは望んでいない。

桂香さんが俺に望んでいる言葉はそれじゃない。

 

 

「まだ泣いちゃダメ。桂香さんも他人の心配している余裕はないんだよ。泣くのは女流棋士になってから、それまでは絶対に泣いちゃダメ。勝つことだけ考えて。」

 

 

なんて残酷なことを言っているんだろう。

自分の夢を叶えるために友達を蹴落とせ。

そんなこと俺も桂香さんにさせたくない。

 

 

「……桂香さんには夢を叶えて欲しい。もし、その過程で桂香さんがどんな心の傷を負ったとしても俺が責任を持って受け止めてあげるよ。」

 

 

「勇気くん……。」

 

 

桂香さんは自分に言い聞かせるように繰り返し繰り返し話す。

 

 

「そうだね。夢を叶えるには勝つしかない……。そうだね……。」

 

 

「俺はいつでも桂香さんの味方だからね。」

 

 

こんな言葉しかかけられない自分が情けない。

 

 

「ありがとう。勇気くん、ちょっと吹っ切れたわ。もう寝るわね。こんな深夜にごめんなさい。」

「俺も眠れてなかったからいいよ。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

ーーー

 

 

俺は桂香さんの挑戦がどんな結末になっても最後まで見届る、そう心に誓った。

 




もっとテンポよく進んだ方がええんかなぁ?
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