俺は今観戦記者の鵠さんの隣で同門の将棋の解説をしている。
「とんでもない新星が現れましたね。」
あいちゃんと旗立朝日女流1級の棋譜を見ながら鵠さんが感嘆の声を上げる。
小学生が女流棋士を30分で瞬殺。そんなマンガみたいなことが今目の前で起こっているのだから。
「あ、天ちゃんも勝った。」
天ちゃんの相手は 67歳のベテラン女流棋士鞨鼓林すゞ女流5段。
角換わりで飛車先の歩を持ちあった形の非常に古い将棋。
天ちゃんは相掛かりから得意の角交換系の将棋に無理やり持ち込んだ。
さすがの狡猾さだ。
「二人とも小学生とは思えませんよね......」
鵠さんは記事を書きながらもその顔は少し焦っているように思う。
「やっぱり万智さんも焦る?」
今はまだ対戦することはないがいずれ、そお遠くない未来にあいちゃんと天ちゃんは女流棋士の舞台に上がってくる。
そして万智さんたち女流5大タイトル保持者たちに牙をむくことになるだろう。
「そいうことを堂々と聞くのはデリカシーがないと思いますよ。」
「あぁ、ごめんね。ちょっと俺も思うところがあって。」
万智さんたちはあいちゃんや天ちゃん達と引退するまで闘わなければいけない。
年下の規格外の天才と一生闘っていく、それは俺も同じこと。俺は引退するまで八一のライバルで居続けることができるのか、弟子ができてからどんどん強くなる八一を見ているとそんな不安がこみ上げてくる。
「正直昔から八一さんに追われているあなたを見ていて、可哀想だなとどこか他人事のように考えていましたが今はもうそんな呑気なことを言ってられないですね。」
いつも飄々としていて掴みどころのない鵠さんが今日は少し近く感じた。
「いち将棋ファンとしては八一さんの将棋が好きですが、一人の人間としてはあなたのことも応援してますよ。」
「ありがとうございます。」
俺の真っすぐ見詰める鵠さんの眼に嘘はなく、とても綺麗だと感じた。
「あっ!勇気さんのお弟子さんも勝ちましたよ。」
「えっ!?本当ですか!?」
急いで桂香さんの棋譜を探す。
「か......完璧だ。」
桂香さんは振り飛車党として有名な女流棋士の四間飛車に対して急戦作戦の『4五歩早仕掛け』で一気に相手の2筋を突破した。
その後は少し美濃囲いの硬さに苦しんではいたもののしっかりと相手玉を詰まし切れていた。
「よかった~」
安心して椅子にもたれかかる。
そんな俺の様子を見て鵠さんが微笑ましそうに笑った。
「本当に大事に思われてるんですね。」
「大事な家族なんで。」
安心したとたんにふと鵠さんに聞かなければならないことがあることを思い出した。
「あっ!そういえば万智さん、燎に桂香さんのこと言っただろ?」
「はい。」
「なんでよりにもよってあいつの言ったんだよ?」
「雑談の一環として。」
鵠さんは平然と言ってのける。
「雑談の一環で爆弾投下しないでよ......」
鵠さんは焦る俺を見て妖しく目を細める。
「お燎に何か後ろめたいことでもあるんですか?」
「いや......別になにも無いけど。」
「......勇気さんは嘘をつくのが下手ですね。そんなことでは浮気なんかできませんよ。」
嘘なのバレてるし......
「う、嘘じゃないし......」
我ながら話せば話すほど嘘っぽいなぁ......
「まぁ私としては楽しいのでこれからも頑張ってください。」
鵠さんはそう言うとまた真面目に記事の編集作業に戻ってしまった。
何を頑張れという意味なんだ....
✳︎
続く一斉予選決勝、勝てば本戦へと駒を進めることができる。
アマチュアの人からしてみれば女流棋士の夢への最後の関門。
会場の緊張感はピークを迎えて異様な雰囲気になっている。
この雰囲気に3人は呑まれていないだろうか?
心配になる。
天ちゃんの相手は鹿路庭珠代女流二段、いくら天ちゃんと言えどもすんなりとは勝てないだろう。
まずはお手並み拝見といこうか。
そしてあいちゃんの相手は予想通り祭神雷。こっちはまったく予想ができない。
祭神とあいちゃん、才能だけなら両者互角といったところだろう。
だが、祭神には経験という大きな武器がある。この差がどこまで埋まるかだろう。
そして桂香さんの相手は……香酔千女流3級。
おそらく昨日桂香さんが言っていた人だろう。
香酔千さんの棋譜を見たが客観的な結論を出すとこの勝負の勝者は……
万智さんとのフラグが立ったように見えますが気のせいです。