8月のある日、棋士室には燎と万智さんと俺の1998年生まれトリオがいた。
各々自分のしたいことをして特に会話もないまま既に30分が経過していた。
「おい、万智!勇気!」
「なんどす?」
「どうした?」
万智さんはパソコンを閉じて、俺はスマホを電源を切って燎の方を向いて続く言葉に耳を傾ける。
「俺たちもついに今年で卒業の年だ。」
「……どういうこと?」
「こなたは半年前に入学したばかりどす。」
俺も万智さんも訳が分からずに聞き返す。
「
「......」
「......ごめん全然わかんない。」
依然として頭に?マークが出ている俺たちに燎がイライラと頭をかく。
「だから、
「あぁそいうことね。」
「どういうことどす?」
まだ分かっていない万智さんに俺は説明を始める。
「燎が好きな歌手の尾崎豊が19歳、つまり10代最後の年に作った歌が『卒業』って曲なんだよ。」
「それはわかりましたが、それがどうしたんどすか?」
「だから、俺たちも来年で20歳だろ。だからこそ今の内に卒業するんだよ!」
「卒業って......俺も燎も今は学校行ってないし、腐った大人と闘ってもないだろ。」
「はん、わかってねーな。学校って......俺たちにとっちゃここが学校みたいなもんだろ。」
燎は得意げに地面を指す。
「確かに将棋会館は学校みたいなもんかもな......」
悔しいが妙に納得してしまい、頷いてしまった。
「だろだろ。じゃあまずはここの校長の月光会長に殴りこんでついでに、窓ガラス割って回ろう。」
燎はどんどんと調子に乗って、腕をぶんぶんと振り回している。
危ないので慌てて燎を窓側からドア側へと移動させる。
「殴りこみにいくわけないだろ!?」
「会長に殴り込むためにはまず男鹿さんを倒さなければあきまへんなぁ」
万智さんなんで乗り気なの!?
というか提案が妙に現実的で怖いんだけど......
「確かにそうだな......わかった男鹿さんは俺に任せろ!その間に勇気が月光会長に殴り込め。」
「こなたは騒ぎを聞きつけた職員さんの足止めをしとくとしましょう。」
「行かねぇよ!?」
でも燎vs男鹿さん......少し見てみたい気もする。
やっぱり万智さんの提案が現実的すぎる。
自分の中から湧き出てくる好奇心を抑え込みながら、燎の月光会長殴り込み計画を止める。
「仕方ねぇな、じゃあ代わりに今から難波行くぞ。」
「なんでまたいきなり。」
「ピンホールのハイスコア競いに行くんだよ。」
また尾崎ネタかよ!?
「んじゃあ、1時間後に難波駅4番出口前で集合でいいな。」
燎が意気揚々と出て行こうとするのを慌てて止める。
「電車じゃ一時間でいくのは無理だよ。」
「なんだよ、さっきからうっせーな。バイクで来ればいいだろ。」
「持ってない。」
「車で行けばいいどす?」
「持ってない。」
くそ!こいつら俺が無免許なのを知ってて。
「ないなら盗んだバイクで走り出せよ。これこそ
燎のテンションが上がってバンバンと背中を叩かれる。
背骨折れそう……
また尾崎ネタで一人勝手に盛り上がってるよ
「こなたの車でよければ乗っていきはりますか?」
ヤンキーにタバコを勧められてる優等生みたいになってる俺に万智さんが学級委員長の如く助けね来てくれた。
「ありがとう……よろしく頼むよ。」
「勇気はんにそんな度胸はおざりまへんやろうし。」
助けてくれた委員長はまさかの毒舌キャラでした。
二人の女流棋士に振り回されて既にグロッキー状態の俺を引きずりながら二人は将棋会館を出て行った。
燎の尾崎豊ツアーはまだまだ続く。
✳︎
「ピンホールというのは面白いものどすね。」
「……帰んぞ。」
「お、おう。」
大阪難波に到着して、予定通りピンホール大会が開催された。
燎は経験者だけあって、中々の腕前だ。
慣れた手つきでレバーを引っ張り絶妙な力加減で次々と得点を重ねていった。
だがそれ以上にピンボールが上手かったのがまさかの万智さんだった。
ピンボール初挑戦の筈なのに万智さんが打ち出した球は次から次へと高得点を叩き出し得点を伸ばしていき、最終的には30年破られていなかったそのお店のハイスコアを更新した。
俺たちが唖然としてみている横で万智さんは「よくわかないんですがすごいのですか?」と事の凄さを全く把握していなかった。
天然物の天才って怖い……
時刻は既に夜になっていた。
夜の戎橋商店街は仕事終わりのサラリーマンで賑わっていて、大阪ならではの活気があった。
「腹減ったな。なんか美味しいもん食べようぜ。案内してくれ地元民。」
「美味しいもんってなぁ……、そうや、肉まんがあるぞ!」
商店街をずんずんと歩いて行くと、肉まんの美味しそうな匂いが漂ってくる。
大阪の定番5◯1の肉まんを3つ買って燎と万智さんに手渡す。
「うめーな、これ!」
燎は気に入ったのかガツガツと食べ始めた。
本当にワイルドだ。
「本当に美味しいどすね。」
万智さんも初体験みたいだ。
万智さんは一口一口が小さくてモグモグと食べてハムスターみたいで可愛い。
二人の幸せそうな顔を見て俺も肉まんを食べる。
うん、やっぱり美味しい。
肉まんを食べながら商店街を抜けていく。
高校に行ってないからわからないが、これが学校帰りに友達と買い食いをするという感覚なんだろうか、楽しいな。
やがて商店街を抜けて有名なグリコの看板が見えてきた。戎橋である。
「へぇー、ここが阪神が優勝したら飛び込む川か。」
「微妙に間違ってるような気がするけど……」
橋の中央から目の前を流れる道頓堀川を見下ろす。
意外とこの橋高いな。
「飛び降りてみろよ。盤王防衛記念に。」
「もう3ヶ月前の話なんだが……」
「多分
「なら燎が飛び込めよ。」
「あぁ!?なんで俺が入らなきゃなんねぇんだよ。」
燎と俺は押し合う。
まぁお互いに本当に落とそうとはしてないんだけどね。
しかしここで予想外の事が起きた。
「えいっ!!」
一歩後ろで俺たちの茶番を眺めて笑っていた万智さんが突如後ろから俺たちを押したのだ。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ。」
「嘘やろぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
満面の笑みで俺たちを見下ろす万智さんを前に何もできないまま道頓堀川へとダイブした。
八月のある日、阪神が負けた日に戎橋から飛び降りた一組のカップルの映像がSNSに流れた。
この映像はもちろん炎上した。
俺と燎だとバレなかっただけ不幸中の幸いなのかな……
次回、銀子の話を挟んで本編に戻ろうと思います。
新しい作品を書き始めたので時間のある人は是非読みに来てください。