清滝一門の長男   作:Rokubu0213

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盤王目覚めの時

師匠の家の居間で俺は弟子のあいと一緒にテレビを見ている。

目的はただ兄弟子の対局を見るためだ。

見るだけなら自分の家でも見れるんだけど、今日は何となく師匠の家で見たかった。

一週間前の出来事が俺を師匠の家へと引きつけているのかもしれない。

とにかく今は姉弟子や桂香さん、師匠の近くにいたかった。

 

 

「八一いたの?」

 

 

姉弟子が驚いたように、居間にやって来る。

確かに俺が日中にいるのが珍しいのか、固まっている。

 

 

「兄弟子の対局を見たくて。」

 

「そう。」

 

一言だけそう答えると、姉弟子は盤を挟んで向かい側に座る。

 

 

「あれから兄弟子に会いました?」

 

「会ってない。」

 

 

兄弟子に会ってから一週間が経過していた。

あの日以来、俺も姉弟子も兄弟子に会えていない。

それどころか、将棋連盟での目撃情報や街での目撃情報もない。

一週間が一度も家から出ていないようで、事情を知らないあいが突然死亡説を唱え出して、清滝一門が大騒ぎした事件も起こった。

 

 

「あっ、対局室に入ってきた!」

 

 

テレビに映し出される一週間ぶりの兄弟子の姿を見てホッと一安心する。

隣の姉弟子も安心して、ホッと胸をなでおろしている。

 

 

「酷いこと言っちゃったなぁ。」

 

 

ポツリと呟く。

 

 

「大丈夫よ。兄弟子はきっと許してくれる。大丈夫、大丈夫。」

 

 

姉弟子の優しい言葉に涙が出そうになる。

俺はあの日、大事な兄弟子の人生を否定してしまったのだ。

怒鳴るでもなく、ただ静かに睨む兄弟子の目を見て、俺は自分の言ったことの恐ろしさに気づいてしまった。

 

 

「あ、おじさんです!生きてますよ、ししょう!」

 

「あら、小童もいたのね。あと勝手に兄弟子を殺さないで。」

 

 

姉弟子がギロリとあいを睨みつける。

泣いてる暇はない、これは早急に対処しなければ。

 

 

「あ!歩夢もきたよ。」

 

 

テレビに映る歩夢の姿を見て強引に話題を変える。

 

 

「あ、マントの人です!」

 

 

あいは歩夢を見て興奮している。

あいの中ではまだその認識なのね。

 

 

「時間です始めてください。」

 

 

時間になり、振り駒が行われる。

 

 

「歩が5枚です。」

 

 

兄弟子が後手となった。

 

歩夢は優雅な手つきでまず角道を開ける。

続く2手目は、

 

 

「8四歩!?」

 

 

『王者の手』

居飛車党の本格派が好む手で、『自分の方針を定めて、相手の様子を見る』という意味がある。

序盤の戦型を巡る駆け引きが得意な兄弟子がおよそ指しそうにない手だ。

 

 

「変えてきたね。」

 

「はい。」

 

 

しかし、兄弟子はこの後さらに俺たちを驚かせる手を放った。

 

 

ここから歩夢は得意の矢倉に組む意思を見せ、兄弟子もそれに応じる。

淡々と駒組みが進み18手目、兄弟子は銀を掴んで真っ直ぐ進めた。

 

 

「左美濃……」

 

 

姉弟子が驚いたように呟いた。

一年以上前から水面下で研究されてきた戦法、居角左美濃。

しかし、ソフトを使えば誰もが知って居る筋であるため、多くのプロ棋士が避けてきた戦法でもある。

ましてや歩夢は矢倉党、居角左美濃を知らないはずがない。

 

 

その後も駒組みが続く両者。

歩夢は矢倉を完成させて、攻撃の準備に取り掛かっている。

一方の兄弟子は、歩をドンドンと進めて相手にプレッシャーをかけている。

歩夢が33手目を指して、進行が止まった。

兄弟子がこの日始めての長考に入った。

 

 

「仕掛けるのかしら?」

 

 

姉弟子が目の前の将棋盤に駒を並べて、局面を再現する。

 

 

「この状況だと、9四歩で端をついて力を蓄えるか、6五歩で開戦するか、7五歩で突き捨てるかの三択ですかね?」

 

「端付くのは、神鍋流を警戒してないんじゃない?」

 

「でも、兄弟子の棋風的に、相手の得意な形に飛び込むかもしれませんよ。」

 

「7五歩が無難じゃないの?」

 

「でも兄弟子がそれで満足するか……」

 

 

盤上であれでもないこれでもないと兄弟子の手を予想する。

昔の頃に戻ったみたいだ。

兄弟子がプロ棋士になった直後は公式戦がある度にこうやって盤を挟んで姉弟子と二人で兄弟子の手を予想していた。

あの時はまるで兄弟子と一緒に戦ってる気がして嬉しかった。

 

 

「懐かしいね。」

 

子供の時みたいに敬語なしで話しかけてしまう。

 

 

「そうね。」

 

 

姉弟子は嬉しそうにクスッと笑った。

 

 

✳︎

 

 

「山橋八段持ち時間を使い果たしたので一分将棋になります。」

 

 

記録係の声が耳に入る。

手数はまだ33手で止まっていた。

 

 

次の一手が戦局を大きく左右する。

俺の大局観がそう告げていた。

チラリと神鍋君の方を見ると、既に盤上没我の状態だ。

流石だ。

相手が序盤戦で時間を使い切る異常事態を受けても動揺一つない。

 

いつ俺が変わったのか、その答えは案外簡単なところにあった。

盤王になったからだ。

タイトル保持者になって俺は負けられないという信念を持つようになった。

それはいつしか俺の将棋の目的そのものを変えてしまっていた。

 

 

ー俺は勝つために将棋を指してたんじゃない、将棋を指したいから将棋を指していたんだ。ー

 

 

「50秒、1、2、3……」

 

秒読みが始まる。

一つ深呼吸をしてこの先の展開を読みきった俺はニヤリと笑って、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

 

「神鍋流の歴史を終わらせよう。」

 

 

✳︎

 

 

いつまでたっても兄弟子は次の一手を指さなかった。

 

 

『山橋八段持ち時間を使い果たしたので一分将棋になります。』

 

 

テレビから記録係りの声が聞こえてくる。

 

 

「おじさん、どうしちゃったんですか?」

 

 

あいが心配そうに聞いてくる。

 

 

「そこまで悩むような盤面じゃない気がするんですけど……」

 

「そうだよね。俺たちからしてみたらそう思う。でも……」

 

「兄弟子にはそう見えていない。」

 

「?」

 

 

俺と姉弟子の言葉の意味がわからずあいは頭の上に?マークを浮かべている。

 

 

「これが兄弟子の大局観なんだよ。」

 

「どんな将棋にも重要な分岐点となる部分が必ず存在する。兄弟子はその分岐点に対する嗅覚が異常に優れてるんだ。」

 

「そして、兄弟子の局地的な読みの深さは世界一なのよ。」

 

 

兄弟子の口元が何か言葉を紡いだ。

俺は自分の弟子に誇らしげに言う。

 

 

「あい、よく見とくんだ。これが兄弟子の将棋だよ。」

 

 

その先の兄弟子の将棋はまさに俺が憧れた兄弟子の将棋そのものだった。

ほぼノータイムで次から次へと手を指していく。

桂馬が奇襲をかけ、できた隙にすかさず銀が突っ込む。

歩夢の矢倉は一枚一枚囲いから引き剥がされていく、まるで魔法のように。

手数が進むにつれて歩夢の手が止まるようになる。

 

とうとう70手を超えたところで歩夢も持ち時間を使い果たして、一分将棋になった。

 

 

「ついに終盤戦ね。」

 

 

姉弟子とテレビに釘付けになっていた。

目を輝かせてテレビを見つめる姉弟子の顔は昔の銀子ちゃんになっていた。

 

 

「でもさすが、歩夢だ。押し込まれながらそこまで離されていない。」

 

 

どんどんと駒を進出して攻勢を強めていた兄弟子だが、歩夢もしぶとく受けて、既に入玉の足掛かりまで作っている。

 

 

「入玉されるとやっかいね。」

 

「そうだね。どう止めるべきか。」

 

 

俺と銀子ちゃんが今後の展開を考えている脇でずっと、テレビを見ていたあいが衝撃の一言を俺たちに言い放った。

 

 

「こうこうこうこうこうこうこうこう、こう。すごいです。おじさんの勝ちですよ!!」

 

 

✳︎

 

 

「負けました。」

 

 

目の前のマントを被った少年は静かに駒台に手を置いた。

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

神鍋君は暫く押し黙って何も喋らなくなる。

記録係が席を立ち、記者達が中へと押し寄せてくる。

将棋界注目の若手対決という事で、それなりの数の報道陣が来ていた。

シャッター音が鳴り止まないまま感想戦が始まる。

 

 

「一つ聞いて良いか、グランドマスターよ?」

 

「何ですか?」

 

「いつから気付いてた?」

 

「詰みの事ですか?」

 

「いや、この展開をだ。」

 

 

神鍋君の声はいつものように芝居がかっておらず、少し声が震えている。

正直答えるのは酷なので可哀想だが、嘘もつけないので真実を口にする。

 

 

「9四歩の時です。」

 

 

9四歩で神鍋流を誘った時点でこちらの勝利は読めていた。

この一局は神鍋流の対策として今後注目されることになるだろう。

これで神鍋流の対策は急速に進むことになる。

つまり俺が一つの戦法を滅ぼしたということになっちゃうのかな。

 

 

俺の言葉を聞くと神鍋君は顔を伏せてしまう。

あれ!?また泣かせちゃった?

 

 

「ふ、ふ、はははは。壁はまだ高く遠いか。」

 

「あの?」

 

「待っていろグランドマスターよ。我は新たな槍を持って必ず貴様を討つ!」

 

 

神鍋君はいつも通りなにかオサレなポーズを決めて堂々と宣言して来た。

 

 

「はい。いつでも待ってます。」

 

 

後々俺と神鍋君は何度も矢倉戦を行いその度に新手を発明したことから、『神鍋と山橋が指せば矢倉の歴史が1000年進む』と言われて将棋ファンに期待されることになる。

 

感想戦も終わり一人将棋会館を後にして、今日の対局の余韻にひたる。

まずは一勝、ここで終わったわけじゃない。

 

次は『玉将戦挑戦者決定戦』相手は於鬼頭曜帝位。

 

今の俺にもう敗北の恐怖は無かった。

今の俺にあるのは、ただただ誰かと指したいという思いだけだ。




兄弟子覚醒!!

原作の雰囲気を破壊しない。
それがとても難しい……
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