「すごい……」
「ですね……」
俺も姉弟子もテレビで歩夢と感想戦をする兄弟子から目が離せない。
笑顔だけど疲労の色を隠せない兄弟子の姿は昔憧れた兄弟子の姿そのものだ。
「兄弟子許してくれるかな……」
改めて自分が言ったことに対する後悔の念が俺の心を蝕む。
もしこのまま、兄弟子と喧嘩別れすることになったら……
そんな嫌な想像をしていると、無意識に両膝に置かれた手に力がこもってしまう。
「大丈夫よ、おにいちゃんなら。」
姉弟子が手を添えて優しく言ってくれる。
「そうかな?本当に許してくれるかな?」
「あの兄弟子よ。許してくれないはずないじゃない。」
まるで昔にみたいに姉弟子に話しかけてしまう。
俺たちの空気から対局が終わったことを悟ったのか、桂香さん襖をちょっと開けて顔だけ出して、話しかけてくる。
「八一くんと銀子ちゃん、今電車乗ったみたいだから、勇気くん迎えに行ってきて。私はご飯作っとくから、今日は久しぶりにみんなで夜ご飯食べましょ。」
多分気を利かせてくれてるんだろうな。
「そうですよ、ししょー。おじさんとても疲れてましたし、お迎えに行ってあげて下さい。お一人で!!」
「あ、うん。ありがとう、あい。」
弟子も俺の背中を押してくれる。
兄弟水入らずで二人きりで話せってことか、あいは人間ができてるなぁ。
「また余計なこと言って。八一私も行くわ!やっぱり、弟弟子と妹弟子が迎えに行くべきよ。」
「確かにそうですね。」
姉弟子はやっぱりブラコンだな。
あの面倒臭がりの姉弟子がわざわざ外に迎えに行くなんて。
「むー。じゃああいも行きます!」
あいは何故か不機嫌になり身支度を始めた。
「来てくれるのはありがたいし……。姉弟子もいいですよね?」
「……」
いたたたた!?
姉弟子は俺の膝を思いっきり踏みながら立ち上がる。
「重い、重いですよ姉弟子!?」
あまりの痛みに口から悲鳴が漏れた。
そして気づいてしまう、姉弟子の顔がみるみる険しくなっていること、そして右手が強く握りしめられていることに。
「頓死しろクズ!!」
みぞおちに激しいフックを決まられてうずくまる俺の横を足音大きく通り過ぎて行く姉弟子。
「早く行かないと勇気くん帰って来ちゃうわよ〜。」
「は、はい……」
桂香さんに急かされて地を這いながら玄関に向かう俺なのであった。
✳︎
夕方の野田駅は会社帰りのサラリーマン、学校帰りの学生でごった返していた。
いつもはうんざりするその人混みの中を今日は足取り軽く進む。
対局後こんなにいい気分で帰れるのは久しぶりだ。
乗り換えのホームへ向かっていると人混みの中からよく知っているシルエットを見つける。
「あ、いた。おじさんですよー。」
あいちゃんが俺に気付いて駆け寄ってくる。
「おじさん、凄かったです!」
突進してくるあいちゃんを受け止めると、キラキラした瞳で見上げてくる。
この子は本当に天使だなぁ。
あいちゃんの可愛さを堪能して、夢の世界へ飛んでいた俺は腹部への強烈な痛みを感じて、現実に引き戻される。
「こら小童。八一だけで飽き足らず兄弟子までロリコンに堕とそうとするな。」
「いや、俺ロリコンじゃ……」
八一の腹に銀子の拳がめり込んでる。
その光景に身震いしながらあいちゃんから距離を取る。
冤罪が一番怖いからね。
「ただいま。」
いつもみたいに笑顔で3人に話しかける。
「お帰りなさい!」
「お疲れ様兄弟子。」
あいちゃんは元気よく、銀子は少しホッとした表情で返してくれる。
「あの、兄弟子……」
八一だけは気まずそうに俯いている。
気使わせてるな……兄なのに情けない。
「ありがとうな八一。」
「え?」
「やっぱり将棋は楽しいな。」
意識して満面の笑みで言う。
その顔を見てようやく八一の顔に笑顔が浮かんだ。
「はいっ!」
よかった。
これでいつもの俺たちだ。
将棋で繋がった関係、時には衝突することもあるかもしれないでも俺たちが築いて来た関係はちょっとやそっとじゃ壊れない、壊れて欲しくない。
「ところで3人とも何でいるんだ?」
「あっ!そうです。桂香さんがおじいちゃんせんせーの家でご飯食べようって言ってました。」
「それで私たちが迎えに来たの。」
「なるほど。じゃあ行こうか。」
人でごった返している野田駅を4人で歩いて行く。
「おじさんずっと会えなくて寂しかったです。」
「そうなの?ゴメンね。」
「あの、ちょっと耳を貸して下さい。」
「ん、何?」
屈んであいちゃんに近づく、あいちゃんは俺にだけ聞こえる声で天使のような顔で言った。
「早くおばさんを引き取って下さい。」
あいちゃんはさっと離れて八一の右腕に抱きついた。
「兄弟子、顔真っ青ですけど大丈夫ですか!?」
「う、うん。大丈夫、大丈夫……」
「小童に何言われたの?教えなさいよ。」
「何でもないから、気にしないで。」
「きっとおじさん、疲れてるんですよ。早く帰りましょっ、ししょー。」
あいちゃんは八一の右手を独占してルンルンで帰って行く。
俺はその後ろで銀子のしつこい質問をかわしながら家へ帰った。
勇気くんも覚醒したことですし、この作品もそろそろ折り返し地点を過ぎました。
書いた当初はここまで長く続けられると思ってませんでした。
読者の皆さんの存在がモチベーションの源です、本当にありがとうございます。
さて次回は一話で5巻の話を終わらせましょう。(嫌な予感)