清滝一門の長男   作:Rokubu0213

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お久しぶりです。
ベルギー戦惜しかったですね〜


王将戦第1局〜1日目〜

玉将戦、スポーツニッポン新聞社及び毎日新聞社主催のタイトル戦だ。その名の通り、駒の「玉将」から命名された。1950年に一般棋戦として創設され、翌1951年にタイトル戦に格上げされた。持ち時間は8時間の2日制。

このタイトルを現在持っている、生石充玉将は名人からこのタイトルを奪取した。

過去タイトル戦で名人に挑戦する事4度、いずれも名人の厚い壁に阻まれた。

5度目の挑戦となった玉将戦で始めて名人を破って玉将になった。

玉将タイトル奪取以降、6期連続で玉将を防衛している。

 

 

「わかっとるか勇気。生石君は玉将戦を知り尽くしてる。相手のペースに呑まれたらあかんで!」

 

「ちょっとお父さん声大きいって、周りに迷惑だから。」

 

 

読んでいた将棋雑誌を置いて勇気君に向かってあれこれ話しているお父さんを注意する。

私とお父さんと勇気君は今、静岡行きの新幹線に乗っていた。

お父さんは朝からずっとこの調子で、目立って仕方がない。

 

 

「はい。心得てます。」

 

 

一方の勇気君も朝からずっとお父さんのアドバイスを真面目に聞き続けている。

こういうところは師弟なんだなぁと今更ながらに思う。

 

 

「桂香さんはわざわざ来なくても良かったのに、次の対局も近いんだから。」

 

「そういうわけにも行かないわよ。私は勇気君の弟子なんだから、私もあいちゃんみたいに師匠のお世話しないと!」

 

「八一のところは少し変わってると思うんだけど……」

 

 

勇気君がごにょごにょと口ごもっている。

照れてるな……

 

 

「いいのよいいのよ。そんな遠慮しなくて。お水いる?出したあげようか?」

 

「それはもう弟子というより、メイドだよ!?」

 

 

お父さんは目を丸くして私と勇気君のやり取りを見ていた。

 

 

「なんやお前ら、師弟っていうよりもう夫婦やな。」

 

 

お父さんがとんでもないことを口走る。そんなこと勇気君の前で言わないでよ!?

 

 

「ちょっとお父さん何言い出すんよ!?」

 

「おい桂香!?痛い痛い!?勇気助けてくれ、ホンマに頼む!!ホ、ン……」

 

「ちょっと桂香さんストップ!!師匠泡吹いてるから!?」

 

 

✳︎

 

 

静岡に着く前から一悶着あったがそれは忘れるとして……。予定通りに静岡に着き対局場がある場所へとなんの問題もなく到着した。

第1局は静岡県の掛川市にある掛川城の二ノ丸茶室で行われる。

この場所は生石さんがタイトルを獲得して以来、毎回第1局が行われており、今や玉将戦の定石となりつつある。

その影響もあってか掛川市には異様に生石さんファンが多かった。本当に何から何までアウェイだな。

和服に身を包みゆっくりと音を立てないように襖を開いて控え室を出た俺は対局場へと向かった。

 

 

「この和服も久しぶりだな。」

 

 

俺は和服を着る時はタイトル戦だけだと決めている。

つまり俺にとっては3年ぶりの和服である。

和服は正直苦手だ。

暑いし、重いし、何よりも体勢を変えるとゴソゴソときぬ擦れの音がして集中をそがれる。

そんなことを考えながら二ノ丸茶室に着く。

背丈の半分しかない扉を開いて、正座をしながら入っていく。

対局室に入ると同時に激しいシャッター音が部屋の中に響き渡る。表情を一切変えずにゆっくり歩みを進め、下手側に座った。

まだ対局室に生石さんの姿は無かった。

シャッターの音が徐々にまばらになり、再び室内に静寂が訪れる。

やっぱり報道陣がいつもよりも多いな。

タイトル戦は他の棋戦に比べて報道陣が多くなるのは当たり前なのだがそれにしても多い。

それだけ注目されてるということなのか。

特にすることもないので、目をつぶり生石さんが来るのを静かに待つ。

 

 

静かだった対局室が再び喧騒に包まれた。

生石さんが入ってきたのだ。

和服姿の生石さんはいつもの髭面と和服がミスマッチで違和感がとてもあった。

フラッシュに目を細めながらダルそうに足を引きずりながら俺の向かい側にまで来て、小さく俺に聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。

 

 

「今日は騒がしいな。」

 

 

驚いて向かい側の生石さんの顔を見る。

生石さんは何事もなかったかのように腰を下ろした。

俯き加減の生石さんの表情を伺うことはできない。

しかし、お互いにこの対局場の異様な雰囲気に少なからず違和感を感じているそれだけは解る。

雑念を振り払うように、駒を決まった順番で並べて行く。

俺の並べ方は大橋流、まず玉を並べてからその周りを固めていく並べ方は、おそらく将棋界で最も一般的な並べ方である。

生石さんも同じく大橋流で並べている。

パチパチと駒音だけが和室に響く。

 

 

全ての準備が終わり、立会人が開始の合図を出す。

 

 

「時間になりましたので、対局を開始します。」

 

 

立会人の声が和室に響き渡る。

 

 

一度目をつぶり、小さく息を吐いて、角道を開ける。

その姿勢のまましばらくの間静止する。

激しいシャッター音に包まれながら、俺の地獄の3ヶ月間が始まった。

 

✳︎

 

 

関西将棋連盟の棋士室には多くのプロ棋士が詰め寄り、異様な盛り上がりを見せていた。

その棋士室の右端の机だけは異様に平均年齢が低い席になっていた。

 

 

「今日はとても人が多いですね。」

 

「間違いなく関西の2強の対局だからな。」

 

「2強じゃなくて3強です!」

 

 

創多が食い気味に言った。

そう言ってくれるのは創多くらいだよ……

生石さんが飛車を中央に振ったのを見て、姉弟子も目の前の盤の飛車をつまんで中央に持って行った。

 

 

「生石先生はゴキゲン中飛車ね。」

 

「そうですね。」

 

「兄弟子と生石さんって対戦したことあったっけ?」

 

 

ふと疑問に思ったことを口にする。

その言葉を聞いて鵠さんがカチャカチャとパソコンをいじる。

 

 

「公式でも、非公式でもありませんね。」

 

「そうなんですか。」

 

「まずは無難に生石さんが得意な戦法をぶつけて来た感じですね」

 

 

ここまでは一般的な中飛車と居飛車の進行だった。

この次の一手で兄弟子が持久戦か急戦を望むかがはっきりする。

兄弟子はほとんど考える間なく角に手を伸ばした。

 

 

「2二角成……?」

 

「角交換するのね。」

 

 

生石さんも素早く馬を銀でとり、角交換が成立した。

この進行自体は別に何もおかしくない。現に1()0()()()()()には流行していた戦法だ。

 

 

「どうして山橋先生は角交換したんだろう?これは振り飛車に有力な対抗策があるのに。」

 

 

俺たちの疑問を端的に創多がまとめた。

確かにそうだ、この戦法は振り飛車側に有効な対抗策が発見されて、今はほとんど指されていない。

しかも、その対策を発明したのは生石さん本人だ。

 

 

「何か策があるんだろう。」

 

 

兄弟子の次の一手に注目が集まる。

従来通りに4八銀と指してしまえば、振り飛車優勢の状況まで一直線に進んでしまう。

変化させるとしたらここしかない。

 

 

「なに指すの……。」

 

 

姉弟子は画面に釘付けになり、兄弟子の次の一手を今か今かと待ち構えている。

 

 

「端歩……!?」

 

「評価値変化しません。」

 

 

兄弟子の指したのは端歩。一見特に強い意味は持たないように思われる一手だ。

その後は生石さんも端歩を突き返して、なおも進行する。気付くと盤上には中飛車対居飛車のの見本のような盤面が現れた。

 

 

「これじゃあ、何も変わらない。さっきの端歩はただの時間稼ぎじゃないですか!?」

 

「いや……これは。」

 

 

生石さんが飛車先の歩を進めた。その瞬間だった。

 

 

「評価値振れました。」

 

「「え!?」」

 

 

姉弟子と創太が同時に驚く。

 

 

「今の手の何が……。」

 

 

生石さんが指したのはごく普通の手、100人の棋士に聞けば100人が自然と答えるようなそんな手。

 

 

「あっ、どっちに!?」

 

 

姉弟子が珍しく声を大にする。

 

 

「+200、先手……居飛車側です!」

 

「そんな馬鹿な……あり得ない。」

 

 

創多は信じられないという表情で盤面を見て変化を読む。

コンピューターを駆使し、符号で全てを処理する創太には到底理解できない感覚だろう。

 

 

「八一さんはどう思います?」

 

「んーそうだな。……」

 

 

頭の中の将棋盤が急速にクリアになり、思考が純化されて行く。

いつの間にか目の前から姉弟子と創多が消えていた。

 

 

「凄い……ここまでの展開を読んで、さらに誘導できると確信してこの手を選んだのか……。でもこの変化なら振り飛車良しのはず……」

 

「や、い、ち……。」

 

 

いつの間にか時刻は夕方になっていた。

中継を見ると丁度封じ手を生石さんが渡したところであった。

周りを見渡すとポツポツと棋士室から人が減っていた。

その中で興奮で顔を真っ赤にしながら狂ったように盤面を見てあれこれとこの先の展開を考えている創太と、顔を真っ青にして化け物を見るような目でこちらを見ている姉弟子だけが妙に浮いていた。

 

 

「また、やっちゃいました……?」

 

「う、うん。生石さんの時よりももっと凄かった……」

 

「そうですか……。」

 

「ねぇ……。八一はさ……。」

 

 

姉弟子が怯えたような目をこちらに向けておどおどと何かを言おうとしている。

 

 

「兄弟子と……戦うの?」

 

 

姉弟子の言葉を受けてここ最近、自分の中にあったモヤモヤがどんどん整理されて行く。

名人と戦ってから異様に手を読めるようになった。

それ以来兄弟子の将棋を見ると不思議な感覚になる。評価値的に言うと好手とは言えない手が後々効いてくる。

感覚で言うと序盤に置いた時限爆弾が突如爆発する感じだ。

兄弟子は俺や創多とは全く違う感覚で将棋を指している。そう感じるようになった。そしてその棋風を純粋に尊敬すると同時に自分とは相容れないものだと敵対視する自分もいるのだ。

俺は兄弟子と同じ道には進まない。俺は自分の正しいと思う将棋で貫く。

 

 

なぜなら俺は竜王だからーー

 

 

「はい。いつか兄弟子を超えたい……絶対に超えます。」

 




次回も少し時間がかかるかもしれません。

《プチ解説》
⚪︎今回勇気君が指したのは丸山ワクチンの佐藤新手です
⚪︎冒頭の生石さんの話はおそらくモデルであろう久保王将のお話を使わせてもらいました

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