今日で何人目だろうか。
キリトは目の前でポリゴンになっていくプレイヤーを、生気の無い瞳で見ながらそんなことを考えていた。
「くそぉ」「この殺人者め」
文句を残して消えていくプレイヤー。
このプレイヤー達は、プレイヤー達をキルすることを楽しみとする、PKerという種類のプレイヤー。
このゲームでは殺人者、レッドプレイヤーと呼ばれている。
例え、相手が殺人者だろうと最初の頃は殺すのはきつかった。
しかし、今ではそんな感情など湧きもせず、無感情のままただただ殺人を繰り返すだけだ。
そう、俺もこいつらと同じだ。
ウインドウを出し、マップを確認する。
マップにはいくつかのマーカーがついている。
それは全てレッドプレイヤーのアジトだ。
「あと、三つ」
残りのアジトの数を確認して、声を漏らす。
この残りの奴らの中にアイツらに繋がる奴らがいればいいのだが。
それを考えた時に、浮かんだ感情はただならぬ怒りだった。
光も届かない森の中。
一組のパーティが言い争いをしているようだ。
言い争っているのは、赤い髪の女とツインテールの女の子。
それを確認した俺はい隠蔽スキルを解除し、隠れていた木陰から出る。
「おい、誰だお前」
パーティの中の一人が俺に気づいたようだ。
それで気づいた他のパーティメンバーもこちらを見る。
俺は何も返さずに無言で近づいていく。
「名前を名乗れ!」
「これ以上近づいたら斬るぞ!」
警戒心を露わにするメンバー。
俺の目当てはお前らじゃねえよ。
その時、一人のプレイヤーがあることに気づいた。
「おい、こいつカーソルがイエローだぞ」
その言葉につられて他のメンバーも俺の上のカーソルに目がいく。
そこには黄色のカーソルがあった。
黄色のカーソルはプレイヤーに攻撃を加えた者、別名犯罪者プレイヤー。
そんなプレイヤーが近づいているのに、平常心を保てる訳もなく、
「くそ、この野郎!」
一人のメンバーが切りかかってきた。
性別は男、装備は中級、武装はロングソードと盾。
片手のロングソードを俺に向かって突き出してくる。
ロングソードが俺の腹に迫り、そして貫き、
「うおっ!」
はしなかった。
男のロングソードは俺の手刀によって弾かれた。
そして、すれ違い様にもう片方の手を光らせ、鳩尾を殴る。
体術スキル<閃打>
「な、なんだこいつ」
あまりの現象に驚くプレイヤー。
それもそのはず、今の打撃で男のHPは三分の一減ったのだから。
「ただの体術スキルだ。極めればこれぐらいはできる」
突然喋り出した俺に再び驚く。
邪魔が入ったため、少し遅くなったが時間的にはさほど重要じゃないだろう。
俺は再び目的のプレイヤーへ歩みを進める。
他のメンバー達も、今ではこちらを畏怖しているのか誰も攻撃してこない。
数歩歩いて、漸くそのプレイヤーの元に来る。
「な、なによあんた」
目的のプレイヤー、赤い髪の槍使いロザリアは俺が近づいてきたことで動揺する。
「あんたがオレンジギルド『タイタンズハンド』のリーダー、ロザリアだな」
「し、知らないわよ、そんな物騒な集団」
あくまでしらを切り通すロザリア。
そんな彼女に俺は背中から剣を引き抜く。
「わ、私に何をする気!」
「なにもしないよ。おとなしく情報を吐いてくれれば牢獄に連れてってやる。だが吐かないのなら」
剣を首に当たるかギリギリまで押し当てる。
「殺す」
短く、単純な一言はそれだけでロザリアを恐怖させるには十分だった。
「わかった。情報なら言うから」
「剣はしまわない。ウソをつく可能性もあるからな」
俺はそこまであんたを信用できない。
あんただけに限らずレッドプレイヤー全員を。
「じゃあまず、ラフコフとの関係について答えてもらおうか」
「ラフコフとは....」
そこから、俺の質問攻めは十分近く続いた。
漸く質問が終わったあとに、俺はロザリアに回廊結晶を手渡す。
「黒鉄宮の牢獄が指定してある。そこで軍の連中に可愛がってもらえ」
ロザリアは俺から逃げ出せることにほっとしたのか、簡単に牢獄に転移していった。
それを見送った俺は他のメンバーに向き直る。
「いいか。俺を見たことは他には言うな。言ったなら」
感情の一切感じられない声で言った。
「殺してしまうからな」
それに本能的な恐怖を覚えたのか、無言で何度も頷くメンバー。
口封じも終わり、俺は立ち去ろうとする。
「ま、待ってください」
俺を呼び止めたのは先ほど口喧嘩をしていたツインテールの少女、中層では『竜使い』と呼ばれている少女だった。
「あなたは何者なんですか?」
若干震えながら、しかし凛とした声で竜使いは言った。
俺はそちらに振り向かずにこう言った。
「処刑人」
竜使いは何も言わなかった。
俺はそのまま歩みを止めずに、この森を抜けていった。
近くで声が聞こえる。
悲鳴、嘲笑、呻き声、断末魔、そしてポリゴンの音。
木陰からそちらを伺うと、そこには五人のプレイヤー。
その内三人は目深にフードを被っており、顔はよく見えない。
残りの二人は片方が男で片方が女、どちらもフードの男に剣を向けられ動けないでいる。
「シュウシュウシュウ、次は誰かな?」
フードの男の奇妙な笑い声が辺りに響く。
殺しを楽しみ、完全に油断しきっているようだ。
すぐ後ろの俺に気づかないぐらいに。
「ぐはっ!」
後ろからナイフを刺されて、倒れる男。
手から二人に向けていた剣、エストックがこぼれ落ちて地面に転がる。
「ここから逃げろ。後ろは振り向かずに」
残りの二人に退出を促す。
二人は森から走って逃げ出した。
二人が見えなくなったぐらいで、もう一人の男が口を開く。
「これは随分なことをしてくれたなぁ、黒の剣士ぃ」
「今はそんな名前じゃない」
若干、怒気をはらんだ声で返す。
その期待通りの反応に男は笑う。
「おっとそうだったな。最近PK狩りをしている謎のプレイヤー。たしか処刑人だったか?」
「覚えてくれてなによりだよ。冥土の土産が必要なくなったみたいだからな」
「クックックッ、お前が俺を冥土に行かせてくれるのか?」
「さあな、だがお前の側近はここで行かせてやるよ」
と言って、ストレージから一本の槍を出す。
血のように赤い刀身を持つその槍は、所々にギザギザとエッジがついている。
「この槍の名は『ギルティソーン』。製作者はグリムロック。この名前に聞き覚えあるか?」
「さあな。一万人もプレイヤーはいるんだからそんなに覚えてらんねえよ」
嘲笑する男。
「そうか、このプレイヤーはこの現場を見に来ててな。今では監獄でグッスリしているよ」
「へぇそうかい。涼しくていいだろうなぁ」
そこで、少し言葉を強めにする男。
「で、それを出してどうするんだ?」
男の質問に俺は行動で答える。
槍を逆手に持って、未だに地面に倒れている男ではなく、
「ぐはぁ!」
後ろでナイフを構えていた男に突き刺した。
突然刺されたことで、後ろの男は動揺する。
「くっ、なんで気づいた!」
「その程度の隠蔽スキルで俺の索敵を誤魔化せると思うな」
そう喋っている間にも男のHPはどんどん減っていく。
この槍には、継続的ダメージを与える効果があり、それが男を蝕んでいるのだ。
「おっと、ばれちまったなジョニー。どうやらお前はここまでのようだな」
「待ってくれよ、ヘッド!」
ヘッドと呼ばれた男はポケットから青い結晶を取り出す。
「じゃあな黒の剣士、いや処刑人キリト!お前に殺される日を楽しみに待ってるぜ!」
そのまま、青い光に包まれて男、レッドギルド『ラフィンコフィン』リーダーPoHは消えていった。
残された部下達はひっそりと何も喋ろうとしない。
ジョニーと呼ばれた男はもうHPがイエローになってきている。
地面に伏せている男も、ナイフにかかっていた麻痺のせいで満足に動けまい。
俺はそんな二人に提案をした。
「ここで死ぬか。それとも情報を洗いざらい吐いて牢獄に行くか。どちらがいい?」
倒れていた男が答える。
「情報を吐いてやるよ」
「ザザ!正気か!」
「うるせえ、ジョニー。ここで終わる訳にはいかねえ」
うっすらと笑みを浮かべて、ザザは答える。
「なら、欲しい情報はなんだ?」
俺は欲しい情報をザザに聞いた。
「なんだそれだけか?一つ目は教えても意味がねえだろうな。たが、二つ目は.....」
その後の二人に情報を吐かせ、回廊結晶で牢獄に送った。
転移するときに、ジョニーに刺さっていた武器が落ちる。
その武器を拾い上げ、感慨深く見つめる。
「ギルティソーン、『罪の茨』か」
ポツリと放った一言は人のいない森の中でとてもよく響いた。
「グックックッ、さあ殺し合え」
フードを被った男が下の惨状を見ている。
下では攻略組と呼ばれるプレイヤーと、ラフィンコフィンの構成員が激しく争いあっていた。
状況は少し攻略組が上のように見える。
「こんな所で高見の見物か。趣味が悪いな」
「おっと、これはこれは」
俺の姿を見て、男が歓喜する。
この男は、ラフィンコフィンのリーダーPoH。
下で部下達が戦っている中で一人見物をしていた。
「リーダーが戦わなくていいのか?」
「リーダーは指示を出すものだろ?最前線で戦う奴らも同じじゃねえのか?」
確かにこの場に攻略組のリーダー、血盟騎士団の団長は来ていない。
「じゃあ、聞くが。お前は何をしにきたんだ?」
PoHがこちらをたしなめるように聞いてくる。
俺は背中から剣を抜き、構える。
「決まっている。お前を殺しにだ」
「そうかい。じゃあ、ショータイムと行こうか!」
PoHが包丁で切りかかってくる。
中華包丁に似ているその剣は、包丁とは比べ者にならない厚みがあった。
まともに受けたらおそらく、致命的だろう包丁を剣でいなす。
しかし、それも読んでいたようでいなされた体勢のまま蹴りを放ってくる。
予想外の攻撃に俺は吹き飛ばされた。
「おっと、人に体術使ってるわりには自分が受けるのには慣れてないんだなぁ」
肉厚な包丁を肩に乗せながら笑う。
それを嫌みな目線でみて、立ち上がる。
「まともに話す気はねえよ。こっちも本気でいく」
今度は、こちらから仕掛ける。
剣をソードスキルの体勢で構え、剣に赤い光を持たせる。
「ふん、俺は本気を出してないんだがな。まあ、遊んでやるか!」
PoHも包丁を赤く光らせて、こちらに駆けてくる。
駆けているうちに、ソードスキルの効果なのか分身が増えていく。
少し予想外な事態に混乱するも、すぐに体勢を整えてソードスキルを放つ。
片手剣直剣用ソードスキル<デッドリーシンズ>
七連撃のこの技はその分、硬直時間も長い。
よって、これで決着を付ける。
PoHもその気なのか、二体の分身とともにこちらに攻めてくる。
PoHの包丁と俺の剣がぶつかり、火花とともに大きな金属音を立てる。
その現象が三回続いた。
(くっ、このままじゃ負ける)
PoHのソードスキルは何連撃かわからない。
今の所分身も含め、一回ずつ攻撃しているので、恐らく九回か六回。
六回ならば、勝機はあるが九回ならば恐らく俺が負ける。そして、負けは俺の死を意味する。
少しの期待を込めて剣を振るう。
四連撃、五連撃目と続き、そして六連撃目。
これで、終われば俺の勝ちだ。
だが、俺の期待は大きく裏切られた。
六連撃目を終えたPoHの包丁はまだ、血のように赤いライトエフェクトを帯びていた。
そして、俺の最後の七連撃目とぶつかりあう。
「終わりだ、キリト!」
俺の剣から光が消えたことを確認したPoHは勝ちを確信し、俺を包丁で斬りつける。
俺に向かって振り下ろされる包丁がやけに遅く感じる。
(ああ、これが走馬灯って奴か)
頭に思い浮かぶのは、これまでの日々。
始まりの街でのクラインとの出会い。
第一層攻略でのディアベルに託された想い。
二十五層ボス戦後のアスナとの別れ。
そして、黒猫団の皆との日々。
そうだ、俺はこんな所で負ける訳にはいかない!
俺は剣を握っていないもう片方の手にを握りしめる。
指定の動きをした俺の腕をシステムが認識し、黒いライトエフェクトが腕を覆う。
その漆黒のように黒く、闇のように深い黒は俺の想いを乗せていた。
体術スキル<黒拳>
黒い拳と、赤い包丁がぶつかりあう。
勝利を確信していたPoHは俺の行動に仰天するも、口に笑みを浮かべる。
「それでこそ俺の宿敵だ。さあ、最後の踊りと行こうぜ!」
剣と拳がぶつかりあう。
そこで生じた火花はこれまでの比ではなく、鍔迫り合いになった。
「うおおおおおぉぉぉ!!!」
最後の気合いで拳を突き出す。
すると、どんどん剣が押し返されていく。
「fack!」
PoHが驚いたように声を上げる。
やがて、剣は弾かれて俺の拳がPoHの顔にめり込む。
俺の高い筋力と、システムアシストによっと上乗せされたダメージは今までの戦いで、徐々に減少していたPoHのHPを余すことなく吹き飛ばした。
「ふはははは、負けたぜキリト」
死にかけながらも、笑うPoH。
その顔には何故か心からの喜びが感じられた。
「何故笑っていられるんだ」
「そんなの決まってるだろう。この満足感で笑っていられないわけがない」
PoHの異常な精神に俺は少し恐怖を覚えた。
「俺を倒した後、お前はどうするつもりだ?」
PoHが問いかけてくる。
俺は手に持った剣を見る。
「俺はお前を倒すことだけが、目標だった。今まで殺してきた罪を償うためにも俺は死ぬ」
「そうか。それが償いか」
PoHは苦笑する。
もう、体の大半はポリゴンになっており、後少しでこの世界から退場するだろう。
「なら、俺にも償いをさせてくれ」
ポリゴンになっていく中そんなことを言ってきた。
「俺が一つ目星を付けたラスボスの場所。それをお前に教えてやる」
「どういうことだ?」
「もう時間がない。だから、聞け」
PoHは心から嬉しそうな声で言った。
それは先ほど、下で戦う攻略組を見ている時と同じ顔だった。
PoHの言葉を聞いた俺は驚く。
「それは本当か?」
「ああ、間違いないぜ。そこに俺が集めた資料がある。どうするかはお前次第だがな」
最後にそう言い残し、PoHは消えていった。
俺はしばらくそこに座りこみ考えていた。
そして、意を決して立ち上がる。
「待ってろよ、茅場彰彦。お前は俺が殺してやる」
どこかで、創造者が笑っているような気がした。
後編に続く