すっかり人気の無い街を歩く。
夜になると、この街は見所がないため人が少なくなるが、今はあまりに静かすぎる。
しかも、いつもオレンジカーソルのプレイヤーが入ると追いかけてくるNPCガーディアンも今はいない。
「準備が良すぎるな」
グランザムに高くそびえる、要塞のような建物。
血盟騎士団のギルドホームを見上げながらそうつぶやく。別名『鉄の都』と呼ばれるこの層にあった建物は今は照明が全ての部屋についていて、まるで誰かを誘っているようだ。
番兵のいない入り口を通り、そのまま階段を上り上の階へと行く。
最上階に到達した時、廊下の先に誰かが立っていた。
街中にも関わらずに、物々しい真鍮色の鎧を付け、両手には巨大な十字盾とロングソードが握られている。
「やあ、キリト君。久しいね」
俺を見るなり、声をかけてきたその男の名はヒースクリフ。
トップギルド『血盟騎士団』の団長にして最強プレイヤー。そして、このゲームのラスボスである。
「ようこそ。血盟騎士団のギルドホーム、またの名を魔王城へ」
数刻前、迷宮区にて。
俺は消えかけているPoHにこう言われた。
「このゲームの黒幕。そして最終ボスは血盟騎士団の団長だ」
「本当か」
「ああ。ならおかしいとは思わないか?一度もHPがイエローになったことがない。随分序盤からユニークスキルを保持していた。おまけにトップギルドの団長。疑う要素はたくさんある」
息を荒げながらそう話す。
そして、メニューウインドウを開き俺にメールを送ってきた。
「ここに俺が集めた資料がある。どうするかはお前しだいだ」
その言葉を最後にPoHはポリゴンになり消えた。
しばらく宙に舞うポリゴン片を眺めたあと、PoHから送られてきたメールを見る。
そこにはPoHが調べた情報があった。
イエロー手前で攻撃を何回か受けても、そこから一ドットも減らないHP。
二十五層から使ってきた装備を今までずっと使ってきた異常性。
そして、五十五層が開通した後の行動。
ヒースクリフは開通後すぐに主街区に到達し、ギルドホームを購入した。
まるで、そこにあるのがわかってたようにだ。
それらのことを考えて、PoHが導きだした結論。
『茅場彰彦はプレイヤーとしてこのゲームに参加しており、最強のプレイヤーとして君臨している』
それを見た俺は全ての辻褄が合うのを確信した。
そして、同時に茅場彰彦への怒りもだ。
「意外と早かったようだね」
ヒースクリフは中央にあるイスに座りながら会話を始める。
その間も傍らに剣と盾を置いていることから警戒はしているのであろう。
「アスナ達を刺客に差し向けたのはあんたか?」
「ああ、そうとも。この舞台を用意する時間が必要だったのでね。少々アスナ君たちに時間稼ぎをしてもらったのだよ」
まあ、思ったよりも早く突破されてしまったようだけどね。と語るヒースクリフ。
「ここはどこだ?」
俺はここにきて一番気になった質問をする。
「ここはグランザムの街だよ。まあ、他のプレイヤー達が見えないように細工したんだけどね」
「嘘をつくな。他にもあるだろう」
「まったく、キリト君は鋭いな」
やれやれという感じに両手を上げる。
「外を見たまえ」
ヒースクリフに言われるがままに、窓から外を見る。
窓の外には先ほどまであった五十五層の街並みは無く、ただただ星空が続いているだけだった。
「はっきり言うと、ここはアインクラッドではない」
「どういう意味だ?」
「簡単なことだよ。ここは通常のアインクラッドから隔離された別空間ということだ」
ヒースクリフは椅子から立ち上がり、外を眺める。
「この世界はいわば別の世界。現実でもなくアインクラッドでもない。真なる異世界さ」
「真なる異世界.....」
そう言われると、ここがとても特別な場所のように思えてくる。
「なあ、あんたが茅場彰彦なんだよな?」
「そうだよ。このゲームを作り上げた開発者にしてこの世界の最終ボスでもある」
一切、悪びれもせずそう言ってのける。
だが、俺はヒースクリフのそのどこか儚げな横顔にある感情を見いだしていた。
PoHのような残虐性でもなく、アスナのような決意でもない。
何か別の......。
「私からも質問をしていいかな?」
俺が思念にふけっていると、ヒースクリフがそう言ってきた。
「君は何故、処刑人になったのかな?」
ヒースクリフの問いに、俺は少し考える。
それは俺の償いの原点となる話にして、俺が決別しなければならない過去。
人に話すことでも無いが、今は話さなければならない気がした。
「償いのためだ」
俺は意を決して口を開く。
「今から数ヶ月前、俺はあるギルドに入っていた。俺を入れても六人しかいない、下層の弱小ギルドだった」
今思えば、あの誘いも俺の強さを見込んで頼んできたのかもしれない。
「そのギルドの連中はとてもアットホームで、新人の俺もすぐに仲良くなったんだ。本当に毎日が楽しかった」
だが、と俺は続ける。
「ある日、リーダーが不在の時に俺達だけで狩りに行ったんだ。メンバーの一人が情報屋から宝箱の情報を買って、迷宮区に行った。二十九層の迷宮区は知ってるだろ?」
茅場に問いを投げかける。
さすがは制作者と言うばかりか、迷宮区の特徴と俺の身に起こったことを瞬時に理解したようだ。
「トラップか」
「そうだ。情報屋から買った情報にあった宝箱は実はトラップで、入り口が塞がれかなりの数の敵が入ってきたんだ」
そこからは地獄絵図だった。
まだ適正レベルギリギリだった仲間はすぐに死に、俺もほうほうの体で脱出。
事情をリーダーに話すも、最後に俺を罵倒して外周から身を投げ出し自殺。
俺達のギルドは壊滅した。
「ふむ。それと君の償いに何の関係があるんだね?」
ヒースクリフは納得できずに、再び問う。
「その後、情報を買ったっていう情報屋に詰め寄ったんだ。だが、その情報はそいつは売っていなかった。そして、調べるとその情報をバラまいていたのは」
そこで少し間を置き、殺意を混じらせて言う。
「ラフィンコフィンだった」
そこからは簡単だった。
ラフィンコフィンを探すために、ひたすらレッドプレイヤーを狩りまくり、いつしかPK狩りをするようになった。
それが、『処刑人』キリトの生まれた歴史だ。
「つまり、処刑人になったのは仲間を殺した犯人を殺すためだったのかい?」
「ああ、そういうことだ」
全てを聞いたヒースクリフは納得したように頷く。
「私を殺すことも償いの一つなのかい?」
ヒースクリフはたしなめるように言ってきた。
それに対して俺は首を横に振る。
「PoHを殺した時、俺には達成感も何もなかった。自分が追い求めていた犯人をようやく倒したというのにだ」
「それはなぜだい?」
「簡単さ。犯人はPoHじゃなかった。俺があいつらを殺した犯人だったんだよ」
自嘲気味に笑う。
俺があそこで皆を止めていれば。ケイタは自殺することは無く、皆は今も生き続けていただろう。
俺が 黒猫団に入らなければ皆があの迷宮区に行くことはなかっただろう。
俺は顔を上げ、ヒースクリフを見る。
「ここに来たのは、あんたを倒すためでは無い。俺自身を殺すためだ」
メニューウインドウを操作し、黒と白の剣を装備する。
「やはり、君が持っていたんだね。クリスマス限定ボス、背教者ニコラスのラストアタックボーナス『祈りの剣』」
「ああ。ついでだがな。二刀流のことは気にしないのか?」
「なんとなく、君が持っている気がしたのでね。特に気にはしていないよ」
ヒースクリフも言うことは無いと言うように、剣と盾を装備する。
お互いに剣を構えて、向き合う。
「アンチクリミナルコードと不死属性は解除してある。お互い正々堂々と勝負しようじゃないか」
「なあ、頼みがあるんだ」
俺は剣を構えたまま、頼む。
それが自分にできる精一杯の礼儀とばかりに。
「この戦いで俺が勝ったら、このゲームを終わらせてくれ」
「いいだろう。私の正体を突き止めた報酬だ」
約束が終わると共に、敏捷値全開のダッシュで距離を詰める。
突然の急加速にも驚くことの無いヒースクリフは、盾で受け止めると、もう片方の剣で攻撃してくる。
それを片手の剣で受け、もう片方の剣で突きを放つ。
だが、
「ぐはぁ!」
俺は突き出してきた盾を腹にもろに受けて、吹き飛ばされる。
「攻撃も防御もできる、変幻自在の剣。それが神聖剣だ。覚えておくがいい」
「両手使えるって二刀流かよっ」
二本の剣で猛攻を加えるも、全て盾や剣で弾かれる。
だが、ヒースクリフも防御ばかりで攻撃に手が回らないようだ。
俺はその状況の中で焦ってしまった。
そして、一つの大きな過ちを犯す。
二本の剣に青いライトエフェクトが灯っていく。
そう、俺は焦るあまりソードスキルを発動してしまったのだ。
焦って発動してしまったのは、二刀流ソードスキル<スターバーストストリーム>。
通常の敵ならば、あまりの斬撃の多さにとても対応しきれずに防御が追いつかなくなるであろう、十六連撃の技。
しかし、ソードスキル開発者の茅場彰彦にはそれが全て読まれていた。
軌道、数、斬撃の方向、そして硬直の時間でさえも。
しかし、一度発動したソードスキルは止められない。
無理に止めるとソードスキルが中断され、硬直してしまうからだ。
勝利を確信したヒースクリフは盾で全ての斬撃を受ける。
盾と剣がぶつかり合う度に火花が散り、それが俺の心をどんどん焦らせていく。
そして、十六連撃も残すところあと一回。
その一回に全てを託す。
「うおおおぉぉぉ!!」
最期の一回を打ちこむ白い剣に全ての力を込める。
剣はシステムアシスト通りに盾に吸い込まれていく。
そして、盾と剣が衝突する。
パリィン
剣は盾を突き破ることは叶わなかった。
さらに、剣の先が折れてしまっている。
「さらばだ。キリト君」
硬直を強いられてしまった俺の体は動けない。
絶対に避けることのできない一撃が俺の体に突き刺さった。
その攻撃でHPがゼロになる。
視界が赤く染まり、GAMEOVEARの文字が浮かび上がる。
(終わったんだ)
その時、俺の中にある感情が芽生えた。
長い間求めていた達成感ではない、それは己に対する疑念だった。
(本当にこれで良かったのか?)
そう思った。
俺は本当に死にたかったのか?それが俺が望んだ結末なのか?
いや、違う。
俺が望んでいたのは......。
『キリト!』
声が聞こえる。
俺を呼ぶ声が。
(そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない)
手に力を込める。
もう既に手の感覚はないのに不思議と剣を握った感覚がある。
その剣は俺が先ほど折ってしまった『祈りの剣』。
不思議なことにその剣は治っていた。
俺は剣を動かす。
体に焼かれるような痛みが生じるが、今は気にしてはいられない。
そのまま、ヒースクリフの胸元まで剣を動かしていく。
『うおおおおおぉぉぉぉ!!!』
雄叫びと共に、剣を突き刺す。
ヒースクリフは何が起こったのかわからなかったように立ち尽くしていたが。
やがて、ポリゴン片となり爆散した。
最後に見えた表情は笑顔だったのだろうか。
目を覚ますと、俺は知らない場所にいた。
辺りには大きな雲と、夕焼け。
そして、崩壊していく浮遊城の姿があった。
「絶景だろう?」
後ろから話しかけられる。
そこにいたのは、このゲームの創造者茅場彰彦だった。
先ほど死闘を繰り広げたヒースクリフの姿ではなく、白衣を着ている。
「これはなんだ?」
「比喩的表現というべきかな。今、アーガス本社地下五階に設置されたSAOサーバーの初期化作業が行われているところだ。後少しでこの世界は無くなってしまう」
「あそこにいた人達はどうなったんだ?」
慌てて、茅場に問いかける。
茅場は安心しろとばかりに微笑みを浮かべる。
「つい先ほど、生き残っていた全プレイヤー。7283人のログアウトが完了したところだ」
とりあえず、ほっと胸をなで下ろす。
しかし、自分はつい先ほどの戦いで死んだ。
恐らく、現実には帰還できないだろう。
俺は目の前の光景を見ながら、ふと思いついたことを茅場に問いかける。
「なんでこんなことしたんだ?」
茅場はその質問にどこか遠くを見つめながら答える。
「私は昔から、ある夢を見ていてね。雲の上へ空を飛んでいくと、鋼鉄の城がある。そこには様々な生物や地形があるんだ。夢を見る度にそこへ行けた。だが、年を重ねていく内にその城は私から遠ざかっていったんだ」
そして、俺の方を儚げな目で見つめる。
「私はね、キリト君。あの城が現実に存在していると信じているんだ。今も昔もね」
俺はその言葉に、対して素直な言葉が一つ浮かんできた。
「あるといいな」
俺の言葉を受けて、茅場は微笑む。
そして、白衣のポケットから何かを取り出す。
「これを君に託そう」
茅場が渡してきたのは、一粒の種だった。
「これは?」
「世界の種子だ。それがあればこの仮想世界は永久に存続するだろう」
どう使うかは君次第だと言いながら、再び崩壊する浮遊城に目を落とす。
それを達成感の感じられるような瞳で少しの間眺めてから、どこかに歩いていく。
「あと少しで初期化作業が終わる。それまで楽しんでくれたまえ」
茅場は夕焼けの彼方に消えていった。
一人取り残された俺は考える。
本当にこれで良かったのかと。
だが、今回は先ほどのように否定は浮かんでこなかった。ただ、肯定もできない。
まだあの時こうしていればとの、未練はある。
その未練や後悔をこれからどうしていくかが、本当の償いなのではないかと俺は思う。
「そうだよな。サチ」
幻聴かもしれないが、少女の微笑みが聞こえたような気がした。
耳障りな機械音で目を覚ます。
目を開けた先には白い天井。
今まで仰いでいた暗い洞窟の天井などではない。
俺はゆっくりと体を起こす。
それだけでも苦痛を感じる体におかしいと思って見てみると、体はガリガリにやせ細り、ほぼ皮と骨だけの状態だ。
よく見ると、髪も伸びており後少しで目に届きそうだ。
「ここはどこだ?」
辺りを見回すと、白い壁に大量のプラグと機械。
そして、添えられてある花があった。
その下には、何枚もの手紙がある。
俺はそれを見て、再びベッドに倒れ込む。
そして、涙を流す。
「終わったんだ。何もかも、終わったんだ」
しわがれた声で呻きながら、俺はベッドの上で泣き続けた。
これにて本編終了です。
明日、後日談を投稿しますのでお楽しみに。