耳障りな目覚ましの音で目を覚ます。
目覚まし時計を止めて、ベッドから起き上がる。
目に映るのは、見慣れた自分の部屋。
PCデスクとベッドが大半を占めているこの部屋は、必要最低限のものしかない。
俺は部屋にかけてある、制服を見て、呟く。
「今日も、学校か」
SAO事件が終わり、プレイヤーは現実に帰還した。
その事を俺は病院に訪ねてきた、公務員より知らされた。
どうやら、俺の位置情報はゲームが終わる数十分前から紛失していたようだ。
そのため、一番怪しいと見た俺に話を聞きにきたらしい。
公務員に俺は茅場との戦いと、最後の会話を話した。
それを聞いた公務員はこういった。
「茅場彰彦は現在も、行方を眩ませている。もしかしたらその城を今も探しているのかもしれないね」
まあ、推測だけどね、と付け加える公務員。
その後、公務員はSAOの外で起こったことを話してくれた。
SAO事件によって、蒸発したアーガス社。
その後、サーバーを引き取ったレクトが、裏取引発覚で破産。
今は別の会社が管理をしているということだ。
公務員達はSAOからの生還者の社会復帰を手助けするようで、その一環として学校を作ることを決定したらしい。
そのため、俺にも学校に来て欲しいということだったが、
「はあ」
俺は大きな溜め息を吐く。
そう、俺が憂鬱なのは学校のことだ。
その学校にはSAOからの生還者、通称SAOサバイバーが通うことになっている。
そして、SAOの中での処刑人キリトの評判はとてもじゃないが、善いとは言えない。
そのため、周りとの溝が深まるのも当たり前だろう。
教室のドアを開けて、中に入る。
俺を見た生徒達がヒソヒソと話す声を強める。
「あいつって」「まさかあの処刑人?!」「なんでこんなところに」「先生呼んできたほうがいいんじゃないか?」
よく見ると、俺が犯罪者から助けたプレイヤーもいるが、恐らくあいつらも俺の事を揶揄しているのだろう。
そんな声を聞き流しながら、俺は自問自答する。
本当にあれで良かったのか?
ああ、良かったんだ。
あんな奴ら助ける意味あったのか?
あいつらを助けるためじゃない。あくまで俺の償いのためだ。
そんなことを考えていると休み時間が終わり、入学式が始まる。
校長の長い話に、眠くなりながらもとりあえず話を聞いておく。
「君達は、あの過酷なゲームから生き延びました。時には辛いことや悲しいこともあったかもしれません。しかし、それを乗り越えて君達はここまできたのです」
俺はその話を聞いて、考える。
俺は本当にあの過去を乗り越えたのか?
その考えが胸に突き刺さる。
償いなんてことをやっても、それはただの自己満足じゃないのか?何も変わってないんじゃないのか?
俺はその自分からの問いに答えることができなかった。
入学式が終わり、それから自己紹介と試験があった。
俺の自己紹介のときはやはり、拍手も少なかったのだが、それで良かったんだ。
だって、俺は人殺しなのだから。
賞賛されるべきではない。それがどんなに多くの人を助けたとしても、人を殺めたという事実は変わらない。
下校のチャイムが鳴り、俺は学校からの帰路につく。
「待って」
突然、後ろから話しかけられた。
話しかけてきたのは、アスナだった。
俺は心底嫌そうな返事をする。
「なんだよ」
「ちょっとあなたに付き合って欲しいところがあるの」
「断る。一人で行ってこい」
突き放すように言う。
せっかく、自分を気にしてくれている人がいるというのにだ。
だが、
「ほら、早く行くよ」
無理やり手を引っ張られる。
手を引き離そうとするも、もやしっ子の俺には不可能でどんどん引っ張られていく。
「え、あれって」「ナンパ?」「アスナさんが引っ張ってるように見えるけど?」
周りからの視線が痛い。
そのまま、引っ張られて車に乗せられる。
「おい、下ろせよ」
「ダメ。絶対連れて行くから」
出発してくださいと、アスナがドライバーに言う。
「待てって。俺は行くなんて一言も」
「まったく、素直になれよ、キリの字」
ドライバーから言葉が投げかけられる。
聞き覚えのあるその声にそちらを向くと。
「クライン.....」
「よう!久しぶりだな」
どういうことだ、とアスナに視線で訴える。
アスナはさあね、という感じに無言だった。
その後も、車は進んでいき一軒の店の前で止まった。
「おし、到着!」
車から下ろされる。
そして、『ダイシーカフェ』と書いてある店に入っていく。
「いらっしゃい」
店に入ると出迎えてくれたのは、チョコレート色のスキンヘッドの店主。
「エギル...」
攻略組の斧使いエギルだった。
店をやっていると、小耳に挟んだことがあったが現実でもやっていたのか。
「どうしてここに連れてきたんだ?」
アスナは俺をまっすぐ見てから答える。
「実はね、キリト君の様子がおかしくなってから考えていたの」
「なにを?」
「キリト君を元に戻す方法」
「でも、俺は」
「クラインさんから全部聞いたわ」
アスナが俯く。
「キリト君が過去にあったことも、数ヶ月何をやっていたかもね。そして、最後にキリト君が言った言葉。それで思ったの」
顔を上げて、こちらを向く。
その頬には一筋の涙があった。
「キリト君は本当は優しい人なんだって」
瞬間、俺に衝撃が走る。
そんなことを言われたのは、いつ以来だろうか。
「それで、エギルさんが現実でカフェをやってるって聞いたから、クラインさんにも連絡を取ってもらってこうして集まったの」
「俺のためにか?」
「そうに決まってんだろ。なに水臭いこと言ってんだ」
エギルが口に微笑みを浮かべて言う。
「アスナさんに聞いたぜ。キリトがラフコフのPoHを倒してくれたんだろ?そして、あの幹部二人を牢獄に送った。お前美味しいところばっかり持っていきやがんな」
ニシシと笑うクライン。
その笑みは本心からの物だとよくわかった。
「キリト君は確かにたくさんの人を殺したのかもしれない」
でもね、と続ける。
「キリト君に救われた人もいるんだよ」
嘘だ。
俺はただの人殺しだ。
「私もあの一層の迷宮区でキリト君に助けてもらった」
「俺もお前にレクチャーして貰わなかったら正直死んでたぜ」
「お前のおかげで俺達は現実に戻ってこれたんだ。そう自分を責めるな」
三人が励ましてくれる。
たけど、俺は、
「キリト君に救われた人達がたくさんいる」
違う、違うんだ。
俺はただ、
「お前を必要としている奴らもたくさんいる」
そうじゃない。
俺がいなくたって、
「お前さんが殺した奴らのためにも」
「「「生きろ」」」
三人の声が心に染み渡っていく。
それはあの日以来無くしたはずの喜びの感情。
嬉しさ、温もりの正の感情。
「俺は許されてもいいのか?」
泣き出しそうになりながらも、問いかける。
「許されてもいいに決まってんじゃねえか」
クラインが笑う。
「今更なに言ってるんだ。俺達はもうお前を許してるぜ」
エギルが笑う。
「例え皆が許さなかったとしても、私は君を許すよ」
アスナが笑う。
その笑みが心に染みていく。
今までの暗い感情を溶かしていくように。
凍った心を溶かしていくように。
俺はその場に泣き崩れた。
今まで溜まっていた涙を全て流すように。
過去への未練や後悔を押し流していくように。
キリト君を癒やしてくれたのは一人の美女と二人のおじさんでした(笑)