友人が能天気な紅白饅頭なんだがキレても良いか? 作:オティンティン大明神
「ねぇ……焦凍。学校は楽しい? 」
答えることが出来ない姉さんの言葉に俺はただ無言で返事を返す。クソ親父の訓練があるからと一言だけ言って姉さんから逃げる、本当の事を言えない自分に腹が立つ。
「うん……そっか、困った事があったら何時でも言ってね。お姉ちゃんが何時でも相談に乗るから」
笑顔でそう俺に語りかける姉さん。あの時の俺はきっとクソ親父と同じような顔をしていたんだと思う。自分が嫌っていた存在に近付いていく、それに自分が気付かずに。ただ我武者羅に憎悪と怒りを自分の中に溜め込んで。
「来たか、焦凍」
「お前が呼んだんだろうが」
俺の親父、No.2ヒーローエンデヴァー。コイツは俺にとって不幸しか呼び寄せない男だ。本当なら視界すら入れたくない程憎いし、殺せるならば殺してやりたいとさえ思う。
「そうだ、中学になりお前の身体は成長期に入っている。この時期こそが強い身体を作るに最適なのだ」
「……で。どうしろって言うんだ? 」
また何時ものように血反吐吐くまで訓練するんだろう。と視線で問うとクソ親父はそれを鼻で笑い言葉を続けた。
「いい加減『左』を使え。今まで使わない事を見逃してきたが、この時期から使い始めないと炎をお前では扱いきれなくなるかもしれん」
そろそろ下らぬ反抗期はやめろ。と言葉を纏めたクソ親父の言葉に苛立ちを隠せず舌打ちをする。冗談ではない、誰が『左』を使うものか。
「お前から受け継いだ力を使うつもりはない。俺は母さんから引き継いだ『右』だけでNO.1ヒーローになる」
「焦凍! 」
「……お前の言う通りにNO.1ヒーローにはなってやる。だけどお前の力なんて使うつもりは毛頭ねぇ」
そうだ。クソ親父の力を使わずに、アイツがなりたくて仕方ない存在。NO.1ヒーローに俺はなる、それで俺は初めてこの血に流れている『左』を否定する事が出来る。母が疎み憎んだこの『左』を俺は否定する。
「……強情な。誰に似たのか」
「……少なくともテメェじゃないなら誰でも良い。お前以外なら喜んで受け入れてやる」
「貴様ァ! 親に向かって何だその口の利き方は! 」
クソ親父の炎が俺の頬を掠める。掠めるだけだ、当てないことは分かっていた。俺はクソ親父を無視して『右』の力の訓練を始める。後ろでクソ親父が何をほざこうが知ったことではない。
「分かっているのか焦凍ォ! お前は俺の理想を継ぐために産まれてきたのだ! お前は最強になれる力を秘めている! 全てを歯牙に掛けない程の才を、お前は秘めているのだ! 」
「俺はお前の力を使わねぇ。そのせいで死んでも後悔はない」
死んでも使うつもりはない。そう言い切るとクソ親父は憤慨し、この場を後にする。
「ふん! 今日は好きにしろ! その右で精々頭を冷やすが良い! 」
クソ親父の気配が去った後、俺は訓練を始める。その過程で血反吐を吐こうが苦痛で身体中が悲鳴をあげようが知ったことではない。
「『左』はいらねぇ……ッ! 俺は母さんの力だけで……アイツをッ! 」
その日は結局倒れるまで訓練をした。目が覚めた時には自分の寝床にいたのだが、あの時の俺は何故、自分の寝床にいるのかすら考える余裕がなかった。
「……おはよう焦凍! ごはん……用意してるけど……食べる? 」
「……今日は良い」
「でも……ちゃんと食べないと身体が大きくならないし。成長期なんだし……少しくらいは……ね? 」
成長期。その言葉を聞いて何故か機嫌を悪くした俺は姉さんの言葉を無視して家を出た。
「……焦凍」
後ろから聞こえた声を無視して。
───
昨日の訓練が後を引いていたのか、未だに疲れていた俺は窓の外をぼんやりと眺めていた。それを注意する奴はいない、当然だ。アイツら以外は先生ですら俺にマトモに関わろうともしない。既に俺はこのクラスでいてもいなくても変わらない存在になっていたのだ。
「……じゃあクラス委員長を決めるがなりたい奴は手を上げろー」
クラス委員長、俺には関わりの無いことだと考える。こんな事をする奇特な奴はいないだろうと思いながら空を眺めているとあの不快な声が俺の耳を穿いた。
「はい! 先生はい! 俺! 天下無双の大天才であり全世界イケメンコンテスト優勝予定のこの引合石がクラス委員長に相応しいと自己推薦をします! 」
「よーし……引合しかいないな。それじゃあ……任せても……良いのか?」
引合石、それがアイツの名前らしい。そう言えば初めて将棋をした時に自己紹介をしたなと思った。
思っただけだった。その後、俺はそのまま参加する事無くただぼんやりと空を眺めていただけだった。
そうして1日が過ぎた。何も変わらない一日、何時ものようにカバンを持ち教室を後にしようとして。
「なぁ轟! 今日は将棋をしようか! 」
あの不快な声の持ち主が俺に話しかけきた。
「……お前、引合石だったか? 」
「おっ! ついに名前で呼んでくれたか、いやぁ……ここまで長かった。そろそろ次のステップに進んでも『消えろ』」
長々と話す目の前の男を睨み付ける。邪魔だ、消え失せろ。と視線に乗せて睨み付ければ何奴も此奴も俺の眼前から避けるようになる。
初めからこうすれば良かったんだ。と思いながら俺は目の前の男の側を通り過ぎようとして。
「……ふーん。へー。ほー……なるほどなるほど。つまりお前はそういう奴なのか」
男が俺の前に出てきて、じっと俺の目を見詰めてきた。何秒か分からないが俺の目をじっと見詰め、笑った。
「……迷惑だったな、ごめんな。じゃあまた明日学校で! 明日こそ将棋やろう! 」
突然の変わり身に驚くも男は笑いながら教室を出る。一体なんだったのか、そう思いながら俺は教室を後にした。
……その次の日からだった、アイツは一日中、俺に構うようになった。
朝も
「おはよう轟! 今日も良い天気だな。あっ今日は体育があるからな、ちゃんと体操服持ってきてるか? 」
昼も
「へー……轟って弁当なのか。美味そうなの入れてるな」
放課後も
「将棋やろうぜ! 因みに拒否権はない」
毎日毎日。学校にいる間はいつも構われるようになり、俺の機嫌は悪くなる一方だった。
「あー……こうなると思ったがやっぱこうなったか。予想ついてたわ正直」
あの不快な声の持ち主といつも一緒にいる存在が俺に話し掛けてきた。
「俺の事は大和と呼べ。後輩」
「……同級生だろうが」
誰が後輩だ。馬鹿馬鹿しいと思い横を過ぎようとすると、大和と名乗った男は俺に聞かせるように話し出した。
「いんや……ある意味、馬鹿に『救われる』であろう後輩に経験者である俺が話してやろうって言うんだ。感謝しろよ」
「アイツがこうやって深く接している奴は……基本的に終わりかけている奴が多い。俺もそうだった」
足が止まった。
「アイツは案外人思いでな。困った奴がいたら手を貸す奴なんだよ」
「……騙されたと思って今日、アイツとゆっくり話してみろ。良いことあるぜ」
何をとまでは言わず、この場を後にした男の背中をただ見詰める。下らない、そう一蹴する事は出来た筈だった。
「おう……轟か。すまん今先生から雑用任されてしまってなぁ……将棋は少し待ってくれないか? 」
気付けば俺は何故かアイツの元に向かっていた。
「あぁ。待つ」
俺の言葉にアイツは目を丸くすると。
「……そっか。よっしゃ! 先に将棋するか! 」
と、雑用を机の中にしまい込み。折り畳み型の将棋盤を出した。
──パチリ。夕焼けが入り込む教室に小さな音が鳴る。
「……で。どうしたんだ? 」
「……どうしたも何もお前が呼んだんだろうが」
「……そうだったか? 」
記憶にないと笑いながらアイツは駒を進めた。それに俺は対応するように駒を進め返事を返す。
パチリ。パチリ。パチリ。パチリ。
「……俺の顔を見て何か思わねぇか? 」
何故か俺の口はそんな事を口走っていた。何故なのかさっぱり理解出来ない、だが……俺の口は確かにそう言っていたのだ。
「……イケメンにはなんでも似合うとは思うが……それ以上に何を言って欲しいんだ? 」
何を言って欲しい……俺はコイツに何を望んでいる? 何故あんな事を口走ってた?
「……俺の父親はNo.2ヒーロー。エンデヴァーだ」
やめろ、これ以上話すな。
「そうか」
パチリ、盤面が動く。
「……俺の父親は人として、屑同然の男だ。母はそんな父親のせいで狂った」
「そうか」
パチリ、盤面が動く。
「母は俺に煮え湯を浴びせた『お前の左側が憎い』そんな理由だった」
やめろ、もう止まれ。
「そうか」
パチリ、盤面が動く。
「俺は母さんから離され、母さんは病院へと叩き込まれた」
「そうか」
止まってくれ。
盤面はまた進んだ、パチリパチリパチリパチリパチリ。盤面はどんどん進んでいく。止まらない、俺の口も止まってくれない。一度吐き出した言葉は盤面に連鎖するように止まらなかった。
「俺はクソ親父が憎い」
盤面が遂に止まった。
「それと同じくらい俺の左側が憎い。母さんを苦しめた自分自身が憎くて仕方ない」
「姉さんを苦しめた自分が憎い」
「「俺は俺自身が憎い」」
言葉が重なり合った、条件反射で俺はアイツの顔を見る。
「自分を憎むな。お前は悪くない」
笑っていた、俺は直感的にこの笑みがなんなのかを理解した。
『……困った事があったらお姉ちゃんに相談してね? 』
それは姉さんの笑みと同じだった。
『───焦凍。良いのよ、貴方は……』
■さんの笑みと
「……取り敢えず。大体分かった」
アイツはそう言うと将棋盤を片付け、俺としっかりと向き合う。思わず視線を逸らしてしまうが、その度にアイツは俺を見てこう言った。
「逃げるな。俺を見ろ」
「大丈夫だ、お前の■はお前を恨んではいない。お前の姉はお前に愛想を尽かさない」
「家族の絆は絶対に壊れない」
「だから、大丈夫だ」
今日はお姉さんとゆっくり話した方が良い。自分の思いを少しでも良いから出しておけ
アイツはそう言うと帰り支度を始める。
「おい……まて……」
「また明日。学校でな!」
何時ものような笑顔でアイツはこの場を後にする。残ったのは震える右手を虚空に突き出す俺だけ。
「何を話せば良いんだよ……ッ! それだけは教えてくれても良いだろうが! 」
俺はアイツがいた場所にそう言うしか出来なかった。