友人が能天気な紅白饅頭なんだがキレても良いか? 作:オティンティン大明神
荒い呼吸。身体が思考についていけず嫌な汗が背中を伝い、疲労と焦燥感が全身を包み込んでいく。
「イレイザーヘッド。相澤消太、個性『抹消』。見た者の個性を一時的に使用不能とする。制限時間は己の瞳が閉じるまで」
背後からの奇襲を感じ、己の武器である特殊合金を編み込んだマフラーを気配が感じた場所へと放つ。しかし手応えはない、その事実が彼の焦りを増長させた。
「実に強い『個性』だ。だが……対処方法はある」
女の声が大広間に響き渡る、視界の隅に入れば個性の発動を止める事が出来る、その筈なのだ。
「その方法は簡単、視界に入らなければ良い。それだけの話だ」
(化け物が……ッ! )
実現不可能な事を平然と宣い実行する実力。相澤消太は本能で自分と相対する女の実力差を感じ取り、心の中で呻き声をあげた。
「オールマイトが雄英の切り札だとしたら、君は鬼札。ジョーカーと呼べる存在だ」
「……そりゃ嬉しい評価だ。オールマイトさん程とは言わんが俺も自分の実力には自信があるからな」
その鬼札を掌で翻弄するお前は一体なんなのだと思い、相澤は皮肉めいた笑みを浮かべながら返事を返す。
「鍛え抜かれた実力を活かしきれない戦場で一人戦わねばならない。正面きっての大立ち回りなんて君の専門外だろう? 」
確かに大立ち回りは彼の本領を活かせる場所ではない、彼が最も得意とするのは奇襲からの一撃必殺。現状の大立ち回りなんて彼が最も苦手する行為だ。
「しかも実力差が天と地も離れている。なんという不運だろうか、もしもこの場にオールマイトがいたとしたら、君は自分の本懐である奇襲が充分に発揮出来るというのに、彼はこの場にいない」
その言葉と同時に背中、後頭部、腰、手、足の全てが触られた感触を感じる。気配が微塵も感じられなかった。笑う事も出来ない、自分は勝負の土俵にすら立つ事すら出来なかったのだ。
「だからこうなる」
その瞬間、相澤の身体は地面に引き寄せられる。視界が回り真上を見上げる形になる。身体を動かない、正確には動かそうとしてもそれ以上の力で地面に引っ張られているのが正しい表現なのだろうか。
「何故……お前が……この『個性』を……」
相澤はこの個性がなんなのかを知っている。自分が知りうる限り、この個性を持っている者は自分の生徒とその両親だけであり、その両親は『個性』を失っている筈。
彼は彼等から『個性』を奪った存在を知っている。
それは最悪にして災悪のヴィラン。個性が人類に発現した黎明期より存在する闇の王。全てのヴィランを統べる怪物。呼び方は様々あるが、人は畏れを持ってその存在をこう呼んだ。
「……彼等の『個性』を君は知っているのか。成程、彼等の薫陶を受けた者がいるとは知っていたが……まさか君とは」
「オールフォーワン……ッ! 何故お前が……死んだ筈ではッ!? 」
魔王 オールフォーワンと。
「……死の淵より蘇ったのさ。再び魔王として帰り咲く為にね」
(馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何故こいつがここにいる!? 目的はオールマイトか?まさかコイツの目的はオールマイトを殺す事か!? 違う! コイツの実力があればこんな小細工なんて必要ない。散歩をするように雄英に挑みに来れば良い! それだけで事たりる! )
相澤の脳裏で様々な憶測が飛び交う。一体何故この様な行為を?目的はオールマイト? それとも雄英の崩壊? オールマイトを殺害する事によってヒーロー社会を崩壊させようとしている? 考えども考えども思考がまとまらない。
「落ち着くと良い。 君が考えた理由でこの場にいる訳ではない」
(思考を読まれた…ッ!? まさか思考を読む『個性』を持っているのか!?)
「いや……これは技術だ。発汗、眼の動き、顔色。それらを見て導き出したに過ぎない……が、どうやら正解のようだね」
この程度の児戯。個性を使うまでもないと言わんばかりにオールフォーワンは思考を読み、言葉を続けた。
「僕がこの場所に来た理由は簡単だよ。あの子がここから離れたからだ」
「……あの子? 一体誰の事を言っている」
相澤の疑問に答えずオールフォーワンは独白を続ける。誰に語り掛けるのでもなく、ただ独り言を呟くように。
「雄英体育祭まで会うつもりはなかったんだ。今回の一件は死柄木弔が自らの意思を持ってオールマイトを殺すと宣言し、自分から計画を立てたから見守っていただけに過ぎない」
「もしも計画が失敗すれば牢屋まで彼を迎えに行くつもりだった。どうせあの子には劣る。失敗は目に見えていた。だから……失敗をバネに憎悪を蓄え、更なる成長の糧にして欲しい。そう『僕』達は結論を付けた」
「まさか……糧にする間もなく瞬殺されるとは思わなかったけどね。人生は長い、こんな経験は初めてだ」
静かな大広間にオールフォーワンの笑い声が木霊する。溌剌とした女性の笑い声だが、今となれば吐き気を催す邪悪の下卑た声に感じる。
「あの子……とは誰だ? 」
「君に教える意味が感じられない」
「答えろッ! 」
相澤の怒号を無視してオールフォーワンは話を続ける。誰かと話している訳でもなく。ただ、独り言のように。
「あの子と今、会うのは好ましくないんだ。まだ時期じゃない、僕が正体を現すのはもう少し先」
「だからこそ……相澤消太。君が全員を避難させてくれたお陰で僕がこの場に現れる事が出来た」
「君のお陰であの子に試練を与える事が出来る。君には礼を言わなくてはならない」
「ありがとう。君は僕のヒーローだ」
姿が見えなくても分かる。この存在は今、愉悦で歪んだ笑みで自分に礼を言っている。そして、自分が最善と思った行動のせいで目の前の魔王が現れたのだと。
だが、このお陰で理解した。
あの子とはつまり
「1-Aの生徒の誰かか……ッ! 」
「さて……お話は終了だ」
オールフォーワンはそう告げると相澤の視界が黒に染まる、何か布状のものを顔に被せられた。そう理解すると同時にオールフォーワン以外の声が大広間に響き渡る。
「申し訳ございません! 彼を所定の位置に転送するのは成功したのですが……一人、生徒をここから逃がしてしまいました! 」
その声は先程の黒い靄を纏ったヴィラン。オールフォーワンから黒霧と呼ばれていた者だった。恐怖で声を震わす黒霧に、オールフォーワンは優しい声色で語り掛ける。
「構わないさ。その子がオールマイトを連れて来てくれる、このページを読んでみると良い」
「はっ……はぁ……『オールマイト、僅か1時間で三件の事件を解決』ですか」
「オールマイトがいない理由、理解出来たかい? 」
「……活動限界、ですか?」
「そうだ。彼は『僕』と戦ってからかなり消耗したみたいだね。まさか授業に参加出来ない程とは」
「だが……これで準備は整った。オールマイトは救けを呼ぶ声から逃れる事は出来ない。絶対にこの場に駆け付けてくる、その行いが自分の生命を削る事になると理解しててもね」
確信に満ちた声色だった、オールマイトがこの場所に来る。それは、太陽が昇った後には月が登るのと同じくらい当たり前の事だ、と言わんばかりに。
「あの子はオールマイトを神聖視している部分が見られる。『オールマイトこそ最も強く、最も偉大である』と勘違いしているあの子に現実を見せ付けてやるのさ」
「自分は三体の脳無を倒したのに、たった一体の脳無に苦戦するオールマイトを見てあの子はきっとこう思うだろう『なんだ、オールマイトって実は大した事ないんだな』と」
その言葉と同時に顔面に掛けられた布が外される。その瞬間、相澤は己の個性を発動しこの状況を打破しようとした。
「君にも紹介しておくよ。これが『対・平和の象徴』改人脳無。これからオールマイトを苦しめる存在だ」
視界に映ったのは、黒鉄を彷彿とさせる黒く盛り上がった肉体を持ち、脳を露出したおぞましい怪物。脳無と呼ばれた怪物が相澤の腕を持ち上げ、まるで玩具を壊すかのように捻り潰す。
「───ッ!! ガァッ! 」
「さて、その目も邪魔だな……閉じて貰おう」
そう言い、オールフォーワンは相澤の両目の上瞼と下瞼を触る。その瞬間、上下から圧力がかかったように瞼が開かなくなる。
何も見えない暗闇の中。再び自分が地面に引っ張られる感覚に感じながら、相澤は思考の渦の中へと身を委ねた。
(逃げろ13号……1人でも多く生徒達を連れてこの場から逃げるんだ。勝ち目なんてない、敵はあのオールフォーワン。教師が束になったところで勝てる敵ではない)
「──来い、オールマイト。僕はここにいるぞ」
魔王、顕現す。
変な女性はオールフォーワンだったらしいですよ!
黒髪の美人さんらしいですよ!オールフォーワン!