カラフル・Eyes ~モノクロ~   作:個人情報の流出

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話す。

「待ちやがれぇ! こんのクソヤロォ!」

 

 後ろから届く怒号、罵声。後ろは振り返らない。声の距離からして、多分手の届かないギリギリの所に奴はいる。

 計算外。全くの計算外だ。まさか2日連続、こうしてこの店主に追っかけられる事になろうとは。

 今日のこいつはいつにもましてしつこい。それに鋭い。昨日も相当だったが、今日はそれを上回っている。

 障害物でかく乱しても、隠れても、すぐに見つかる。そのせいでいつもは易々と逃げ切れるところを、こんな捕まる手前まで追いつめられている、というわけだ。

 とはいえ、俺も何も考えていないわけではない。ちゃんと、俺はしゃがむと自分の体がまるまる隠れる大きな倒木のあるところに向かっている。そこまで行ってしまえば、『秘策』を使って逃げ切れる。

 

「待てゴルァ! クソ坊主が! 止まれってんだよ!」

 

「止まれって言われて止まる奴がいるかよクソじじい」

 

「んだとコラァ!」

 

 今のうちに煽れるだけ煽っておく。こいつから判断力を奪う。俺の秘策は判断力でどうこうなる物じゃないが、今日のこいつの鋭さを考えると、やはり冷静さは奪っておいた方が良い。

 そうこうしているうちに、俺が目指していた大きな倒木が視線の先に見えた。一瞬だけ後ろを見て、距離を確認する。うん。問題は無いだろう。

 俺は温存していた体力を使って、一気に走るスピードを上げた。無事に倒木までたどり着き、そこに身を隠した。

 

「それで隠れたつもりかテメェ! 捕まえたぞクソ坊主……!」

 

 追いついたらしい店主が倒木の裏、俺の隠れている場所に向かって足を振りかぶる。おいおい、アイツ俺のこと蹴るつもりかよ。本当に頭に血が上ってんだな。……それとも、最初から攻撃して動きを止めるつもりだったのか。まあ、どちらでもいい。

 だって、その倒木の裏にはもう俺は居ないんだから。

 

「あぁ!?」

 

 店主も気づいたらしい。そこに俺がいないことに。しかし、既に蹴るモーションに入ってしまった店主には途中で攻撃をやめることは出来なかったようだ。

 そこにいない俺を狙った蹴りは盛大に空を切り、バランスを崩した店主はすってんころりん。大きな音を立てて転んでしまった。衝撃で舞い上がった木の葉が数枚、店主の上に落ちていく。

 それがまた店主の神経を逆なでしたのだろうか、キレやすい中年であろう店主は顔を真っ赤にしてプルプルと震え始め、

 

「どぉこ行きやがった、クソ坊主ー!」

 

 と。爆弾みたいな勢いで叫ぶのだった。

 

 

 店主の目を盗んでなんとか逃げ切った俺は、しばらくどこかに身を隠せないかと手頃な障害物とか、山小屋とか、洞窟がないかと森の中を歩いていた。

 マズかったのが、ねぐらの逆方向に逃げてきてしまったこと。まだ店主がいるかも知れない所に戻ってねぐらまで帰るなんて、そんな面倒くさいことはしたくない。

 そうして歩いていると……ちょうど、洞窟を見つけた。

 

「ここって……あいつのいる洞窟じゃねえか」

 

 まさかこんな所まで来ていたとは思ってもいなかった。不覚だ。もう、ここには2度と来ないと思っていたのだが。

 まあ、ここまで来たところで、洞窟内に入らなければどうって事はない。こんな所に捕まってるガキなんかと関わったらきっとろくな事にならない。さっさと別の隠れ場所を見つけるかぁ、なんて考えていて……ふと。あいつ、今日は飯を食えたんだろうか、なんて考えが頭によぎった。よぎってしまった。

 

「……馬鹿だなぁ、俺」

 

 ひとつ、ため息をついて。俺はあいつの様子を見るために、洞窟の中に入っていった。

 

 

 洞窟の中は相変わらずひんやりとして暗かった。懐中電灯くらい持ってくるんだったな、と思ったが、無いものねだりをしても仕方がない。大人しく、暗闇に目が慣れるのを待つことにしよう。

 

「誰かいるの?」

 

 希望は、昨日と同じようにこちらに問いかけた。違ったところと言えば、その言葉に、少し驚きが混じっていたところくらいか。

 

「ああ。いるよ。昨日ぶりだな」

 

「えっ……? お兄さん!? どうして……?」

 

 希望は俺の姿を確認するやいなや、物凄い勢いで格子の前までやってきた。

 

「もう2度と来ないんじゃなかったの? お兄さん」

 

「たまたまだよ。たまたま、この辺に来たから寄っただけだ。それとも何か? お前は俺がここに来るのが嫌なのか?」

 

「ううん! そんなことない、そんなことない! すっごく嬉しいよ! お兄さんが来てくれて!」

 

「そうか。……お前、少し落ち着けよ」

 

 希望は格子をガッチリと掴んで、ひたすらぴょんぴょんと飛び跳ねている。なんだ、どんだけ喜んでるんだこいつ。犬かよ。

 

「で、さ。お前、あれから飯食えたのか?」

 

 本題に入る。そもそも俺はこいつが飯を食えていなかったらいや……しんぱ……哀れだなと思ったからここにいるんだ。この話だけしてとっとと帰る。

 

「……食べたよ!」

 

 希望の返事には間があった。こいつ、嘘ついてないか?

 

「本当に食ったのか?」

 

「本当だよ! 嘘なんてつかないよ!」

 

「本当か?」

 

「本当!」

 

「本当に本当か?」

 

「本当に本当!」

 

「本当に本当に本当か?」

 

「本当に本当に本当!」

 

「本当に本当に本当にほんっとうに本当か?」

 

「本当に本当に本当にほんっとうにぃ……あっ」

 

 その時、洞窟内に盛大にお腹の音が鳴り響いた。……勿論、俺は朝昼ちゃんと食っている。店主と大運動会をしたとはいえ、まだ日が落ちる前だから腹は減っていない。

 

「……本当に食ったのか?」

 

「……嘘つきました。食べてないです」 

 

 希望は泣きそうな声になってそう言った。

 

「ったく、食ってねぇなら最初からそう言えっての……」

 

 俺はぼやきながら、背負っている荷物を降ろし、中身を探る。今日もいくつか食料を盗ってきているから、適当に見繕うためだ。

 

「……お兄さん? なにやってるの?」

 

「捜し物だよ」

 

「捜し物?」

 

「ああ……あった」

 

 俺が鞄から取り出したのは、1枚の板チョコレート。本当はパンとかの方がよかったんだろうが、生憎と今日は持ち合わせがなかった。甘い物が嫌いな女なんて居ないだろうし、まあ、これで喜ぶだろう。

 

「ほれ、食えよ」

 

「食べ物、くれるの?」

 

「ああ」

 

「でも、お兄さん食べ物くれる人じゃないって」

 

「いらねぇなら帰るぞ」

 

「待って、いる! いるー!」

 

 体を格子にぴったりつけて、手を限界いっぱいまで格子の間から外に伸ばす希望。その姿は、なんというか……面白かった。このまま放置してみたらどうなるだろうと考えるくらいは面白い光景だ。

 まあ、このまま放置してたらまた騒ぎ出して無駄な体力を使うだろうし、素直にチョコレートを手渡す。受け取った希望は、チョコレートを色んな角度からまじまじと見つめ始めた。……食わねぇのか?

 

「……お兄さん」

 

「なんだよ」

 

「コレ、何」

 

「……はぁ?」

 

 急に何を言いだしたんだこのガキは。どこからどう見てもチョコレートだろ。……もしかして。

 

「まさか、お前板チョコ見たこと無いとか? まあ、チョコレートは色んな種類あるから見たことないって奴もいるかもしれないけど……流石に板チョコ見たこと無いってのは」

 

「ちょこれえと? 何それ?」

 

「……マジかよ」

 

 この反応。もしかしてこいつ……チョコを知らない? お菓子の代名詞であるチョコレートを知らないのか? マジで?

 

「お前、お菓子とか食ったことないのか? ずっと前からここにいるって言ってたけど、まさかここから外に出たことないとかじゃねえよな?」

 

「んーん。お菓子は食べたことあるよ。……でも、お菓子ってあれでしょ? お煎餅とか、お饅頭とか、大福とか」

 

「洋菓子は?」

 

「ようがし……って何?」

 

「ケーキとかクッキーとかだよ。それも知らないのか?」

 

「んー……聞いたことはあるかも。でも、食べたことはないなぁ。だって、おばあちゃんのくれるお菓子はとっても美味しかったもん! 私、おばあちゃんがくれるお菓子だけでマンゾクだったのです!」

 

 和菓子しか食ったことない、か。まあ、こいつの見た目は5歳とか6歳くらいだし、食べたことないってのもあり得ない話じゃないかもなぁ。

 

「……本当に、とっても美味しかったもん。お菓子。また食べたいなぁ」

 

「……生憎、和菓子なんて盗んできてねぇからな。今持ってるお菓子はお前が手に持ってるチョコレートだけだ。……今度持ってきてやるから、今はそれで我慢しろ」

 

「うん。お兄さん、ありがとう」

 

 そう言って笑った希望は、茶色の包装紙を外した。そして口をあんぐりと開けて、まだ銀紙のついたままのチョコを食べようと……

 

「待った! 待て、紙! その紙外さないと食べれないから!」

 

「んー? 紙なら外したよ?」

 

「茶色い方じゃなくてその銀紙だよ! 全く……」

 

「んー……これ、どうやって外すの?」

 

「……はぁ。貸せ、外すから」

 

 チョコレートを知らないってのも厄介だな、全く。俺は希望からチョコレートを受け取ると、半分ほど銀紙を剥がして渡す。ようやくその姿をあらわにしたチョコレートに、希望は精一杯開けているのだろうその小さな口でかぶりついた。

 

「……! んー……!」

 

 途端、希望は牢の中で再び暴れ出す。どうしたのかと思えば格子の所まで寄ってきて、

 

「これ、すっ……ごくおいしい! おいしい!」

 

なんて言ってまた暴れ出した。つまりこいつはチョコがおいしかったから暴れてるわけだ。んなアホな。ガリガリのくせに、どんだけ元気なんだこいつは。

 

「……あんまり動き回るとチョコ食った意味なくなるぞ。ちょっとは大人しくしとけ」

 

「そうなの!? 大人しくする!」

 

 それから希望は地べたに足を投げ出して座り、黙々と、たまにんー! なんて奇声を上げながらチョコレートを食べ続けた。俺が銀紙を剥がすのを見ていたからか、半分辺りから残る銀紙も難なく外していた。

 そうして、10分ほど経った頃。希望は、板チョコ1枚をペロリと食べきった。名残惜しそうに指を舐めていた希望が、不意に顔を上げた。

 

「チョコレート、すっごくおいしかった!」

 

「おう、さっきも聞いたぞ」

 

「今度来るときもこれ、持ってきて!」

 

「おう、気が向いたらな」

 

「本当にありがとう! お坊さん!」

 

「おう……あ?」

 

 今、なんかこいつ俺のこと変な呼び方しなかったか?……聞き間違いか?

 

「なあ、お前今なんつった?」

 

「チョコおいしかった」

 

「その後」

 

「今度も持ってきて」

 

「その後」

 

「ありがとうお坊さん」

 

「それだ」

 

 うん。やっぱりこいつお坊さんって言ってる。お兄さんの聞き間違いじゃなかった、か。

 

「なんだ、それ。俺のこと呼んでるのか?」

 

「そうだよ、お坊さん」

 

「なんでお坊さんなんだよ」

 

「さっき外からね、すっごい大きい声で、どこ行きやがったクソ坊主-! って聞こえたの」

 

「おう」

 

「そのクソ坊主って呼ばれてたのって、多分お坊さんだと思うの」

 

「……なんでだよ」

 

「そのすぐ後にお坊さんがここに来たもん」

 

「……なるほど」

 

「それでね、坊主って、お坊さんのことでしょ?」

 

「おう……ん?」

 

「だからお兄さんはお坊さん!」

 

「待て、なんでそうなった」

 

 途中までは納得できた。クソ坊主って呼ばれてたのが俺だと思ったところまではこいつ鋭いなと思ってた。だけど坊主は坊さんだから俺も坊さんってのは全く理解できん。

 全く理解できん。

 

「あのなぁ、俺が呼ばれてた坊主ってのは坊さんの方の坊主じゃねえんだよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。俺が呼ばれてたのは、子供の男のことを言う方の坊主でだな……」

 

「私、難しいことわかんない!」

 

「コイツ……!」

 

 絶対わかってるだろ、コイツ、わかってて言ってるだろ。

 

「何々ー? お兄さん、お坊さんって呼ばれるの嫌なのー?」

 

「そりゃあまあ」

 

「じゃあじゃあ、お兄さんのお名前、教えて!」

 

「……俺の、名前?」

 

 俺の名前?

 

「そう、お兄さんの名前!」

 

 俺の名前は……

 

「俺の、名前は……」

 

 無い。無い、無い、無い、無い……無い。

 

『ねえ、■■■』

 

 夢を思い出した。昨日見ていた、僕の記憶。きっと、きっとそうだ。あれは記憶だった。間違いなく、紛れもなく、僕の、僕の記憶だ。

 

『ねえ、■■■』

 

 呼んでいた。あの人は僕のことを呼んでいた

 

『ねえ、■■み』

 

 違う。これは俺じゃない。俺の名前じゃない。

 

『ねえ、の■■』

 

 僕の名前だ。僕の名前だ。俺の名前じゃない。だから、だから……!

 

「お兄さん!」

 

 びくり、と体が跳ねた。それと同時に、俺の頭の中にこびりついていた夢がどこかにいった。……いつの間にか、尋常じゃない汗を掻いていた。服がベタベタして気持ち悪い。

 

「……大丈夫?」

 

「……ああ。大丈夫。大丈夫だ。……俺の、名前だったな?」

 

「うん」

 

「……無いよ。俺に名前は無い」

 

 希望は俺のことを上目遣いで見つめて、次いで俯き、そっと目を伏せた。次に顔を上げたときは笑顔だった。

 

「そっか! じゃあお兄さんはお坊さんだね!」

 

「……結局そうなるのかよ。何、ずっとお兄さん呼びじゃ駄目なのか?」

 

「駄目なの! お坊さんはお坊さん!」

 

「はぁ……はいはい」

 

 この時ばかりは、希望の元気さに、ちょっとだけ助けられた。

 

 

「……さて。そろそろ俺は帰る」

 

「あ……もう行っちゃうの?」

 

 希望の顔が目に見えて萎れた。こいつはころころと表情が変わるから見てて飽きないな。

 

「……次は饅頭だな。おにぎりかパンも持ってくる。腹すかせて待っとけ」

 

「……うん。うん! 待ってる!」

 

「じゃあ、またな」

 

「うん! またね、お坊さん!」

 

 希望に軽く手を振って、洞窟から出るために踵を返したその時だった。

 前から、唐突に胸ぐらを掴まれたのは。

 全く気にしていなかった。足音も、気配も、全部見落としていた。

 俺の胸ぐらを掴んだのは。

 

「やっと、見つけたぞ」

 

 さっきまで俺と大運動会をしていた、俺がよく物を盗む商店の、店主だった。

 

「もう逃がさねぇからなぁ……クソ坊主」

 

 tobecontinued

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