「うわぁ……! わ、わぁ、わぁはぁぁぁぁぁ!」
日が出てきた。視界一面に広がるは、大都市。時刻は五時。灯りがまばらにしかついていない、未だ眠ったままのマリアクアンだ。
「すごい! すごいよお坊さん! 高い建物ばっかりだよ! わたし、初めて見たぁー!」
瞳をキラキラと輝かせてはしゃぎ回る希望。あの村と、冷たい洞窟しか世界を知らないその目には、この大都市は新鮮に映るのだろう。俺としては、でっかい街はいい思い出がなくて複雑な気分なのだが。……よくよく考えてみれば、いい思い出のある場所なんて、俺の記憶の中には一つしかなかったか。
「さあ、早いとこ行くぞ。街並みなんてものは歩きながら見ればいいからな」
「はーい!」
さて。俺たちがこんなにも早い時間に到着したのには訳がある。主に、希望に関する理由だ。一つは、希望が未だにぼろ切れを纏っただけという服装であること。これは目立つ。最悪通報されかねない。ねぐらに着くまで、目撃者は極力少ない方がいい。そして、もう一つ。拠点にたどり着く前に、盗みを行うからだ。
俺の力は、この体を煙に変えること。衣服やかばんなど、身に付けているものも体の一部と認識されるらしく、それらも一緒に煙に変わる。これらは俺が体を元に戻すと共に元の形に戻る。そして、煙となった俺は、
そうこうしている間に服屋に到着。希望は一緒に中に入れないので、俺の独断と偏見で希望の服を選ぶことになる。
勝手にどこかにいかないように希望にきつく言いつける。出来れば隠れていてほしいのだが、街並みを眺めるのに夢中な希望を一ヶ所に留まらせるのは、まあ、無理だろう。一応、誰か人の気配を感じたらちゃんと隠れるように言ったが……心配だな。早いとこ選んで戻るとするか。とりあえず、今日と明日、歩き回れるくらいの服があればいいんだし。
自らの目をかっと見開いて、自分の体を煙に変える。自分の存在が希薄になっていくような一瞬の感覚に耐えれば、俺はもう人ではなく煙だ。手を降る希望を横目で見つつ、ロックされていて動かない自動ドアの隙間からなんなく服屋の内部に侵入する。
警備員なんかはいないはず。中に入った俺は、迷うことなく子供服売り場へ直行する。そして……売り場の一番目立つところに展示されている、とある服に目を奪われた。
「……これだ。これしかねぇ」
俺は迷わずその服をマネキンから剥がすと、リュックに詰め込んだ。
「お帰りなさいお坊さん! すごい早いね!」
結局、俺は五分もしないうちに服屋から出てきた。下着類なんかはシンプルな白の物をまとめて何枚か持ってくるだけだし、本命となる服を一瞬で見つけてしまえばこんな時間にもなるだろう。
「ま、服選びなんて迷うこともないしな。いつまでもそのボロではいられないし、次のアジトにたどり着いたらすぐ着替えろよ」
「うん、もっちろん! お坊さんが選んでくれた服……楽しみだなあ?」
希望がなんだか含みを持った笑みでそう言う。
「おう、任せろ。最高の服を持ってきてやったからな」
「……お坊さんが自信満々で最高の服! って言うなんて、なんか信用できないんだけど……」
「はあ? なんでだよ」
「だって……お坊さん全身真っ黒じゃん……」
希望に言われて、俺は自分の格好を見下ろした。視界に映る色は黒一色。俺の格好は、例えるなら、そう。忍者だ。忍者のような服装を、俺は好んでしている。
「黒一色は夜に目立ちにくいからな。合理的だろう?」
それにかっこいいから……というのはまあ、言わないでおこう。今もすでに希望から白い目で見られているのに、さらに白い目で見られる気がする。
「……ごーりてき?」
「あ、言葉難しかったか?」
「んーん、なんとなく意味わかった気がするから大丈夫。んで、夜はごーりてきでいいっていうのはわかったけど、お昼はただの不審者じゃない?」
「ふ、不審……者? 俺のこの格好が不審者だっていうのかお前!」
「そうだよ! お坊さんわかってなかったの!? 真っ黒の服着てリュック背負ってる男の人なんて絶対不審者だから!」
そんな馬鹿な。流石に不審者までは行かないはずだ。行かないよな? 行かないと信じたい。違う。俺は断じて不審者などではない。……犯罪者ではあるが。
「もー。……お坊さん、盗って来たのってわたしの服だけ?」
「おう」
「お坊さんの分もなんか服盗ってこよーよ! とりあえず不審者じゃない感じで!」
「いや。いやいやいやいやいや。いい。俺の分は盗ってくる必要はない。断じてない。持ち物は必要最低限にするべきだからな。俺はこの服三着持ってるし、これ以上必要ない。絶対にだ」
「えぇ……。えぇー…………………」
希望の視線がさらにじとっとしたものに変わる。……なんだよ。なにか言いたいことがあるなら言えよ。
「お坊さん、もしかしてその服かっこいいとか思ってたりしない?」
「……だとしたら、なんだっていうんだよ」
「……わたし、お坊さんが選んでくれた服、不安だなぁ……」
噛み締めるように、一言ずつ言い放つ希望。なんだか絶望的な雰囲気を纏い始めている。……ふざけやがって。
「この野郎……絶対に『お坊さんありがとう』って言わせてやるからな……」
「お坊さんの選んでくれた服が可愛かったらね……」
「言ってろ」
あの服がダサいはずがないんだ。今に見てろ希望め。
「で、これから食料盗みにいくけどなんか食いたいものあるか?」
「……チョコレート」
「あいよ」
一通りの盗みを終えて、時刻は午前七時。俺たちは戦利品を抱えて、目的の場所である街外れの空き家に向かっていた。
「お坊さぁーん、まだぁ?」
「あともう少しだ。俺の記憶が正しければこの辺りのはずだ」
目指す場所は森の奥。鬱蒼と茂る木々で視界は塞がれ、先は見えない。記憶の中に残るあの空き家は、そんな中にポツンと建っている。外見も内装もかなり朽ちていて、なんだかわからない器具が大量に置いてあり、地下に魔方陣が描かれた部屋があったりすることから、古代魔法文明時代の建物ではないかと俺は予想した。
だとすればかなり年季の入った建物だが、まだ住めそうだと感じる辺り古代魔法文明というのはすごいものだ。建物を老朽化から保護する魔法とか、あったんだろうか。
「ここを抜ければ……ほら、あった」
果たして、森を抜けて視界が開けると、記憶通りの場所に、記憶通りのそのままでその空き家はあった。ステレオタイプな西洋の屋敷をそのまま切り出してきたような屋敷。前にここに来たときは……確か、一年前だったか。よく取り壊されもせず残ってたものだ。
「うわぁ……おっきい……」
「だろ? 外側の見た目通りに中も広い。俺たち二人じゃ使いきれないほどにな。とりあえず入るか」
重めの扉を開き、屋敷の中に入る。と、同時にぶわっと広がる埃と乾いた空気の臭い。思わず咳き込んでしまった。
「けほ……うあ、すっごい埃……」
「ああ、掃除しなきゃな……とりあえず二部屋くらい使えればいいから、適当な部屋を掃除しよう」
「うん、わかった! ……あれ、ところでお坊さん」
「お、どうした?」
「掃除道具って盗んできたの?」
「……あ」
やべ、完全に忘れてた。
「いや、いやいやいや。リュックに入らなかったんだよ。他の必要なものを盗んでくと掃除道具なんて盗む余裕が無くてな。どうせでかい屋敷だし掃除道具くらいあると踏んで、あえて。あ、え、て、盗まなかったんだ。わかるな? さあ、まず掃除道具から探しにいくぞ!」
「嘘だ! 絶対忘れてたでしょお坊さん! だって、あって! あって言ったもん今絶対!」
「探しに、いくぞ! ほらお前も探せ! 手分けしてだ!」
「はぁ……わたし、なんか心配になってきたよお坊さんのこと……」
ぐ、うるさいなこのガキ。お前に心配される筋合いないってんだバーカ。
奮闘すること一時間。ようやく掃除道具を見つけた俺は、勝ち誇った笑みで掃除を始めた。俺から道具を受け取った希望は深い溜め息を吐いていたが、それは無視するとしよう。見つけた者が勝者なのだ。ここで掃除道具が見つかったと言うことは、俺がここまで計算ずくで掃除道具を盗まなかったと言うことを証明しているのだ。
「……ふぅ、まあ、こんなところでいいんじゃないか?」
「うんうん! 良い感じ!」
一階にある食堂らしき部屋。俺たちはここを掃除していて、ちょうど今終わったところだ。
「さて、良い時間だし朝飯にするか」
「わーい! もうお腹ペコペコだよー」
「ま、今の今まで動きっぱなしだったからな。そりゃ腹も減るさ。俺もだしな。……さて、俺は今から飯の準備をする。その間にお前には……俺の持ってきた服に着替えてもらう!」
「う゛え!」
「なんだ今の声は」
まずもって幼い女の子が出して良いような声じゃなかったぞ。どんだけ嫌なんだよ俺が持ってきた服着るの。
「変な声出してもダメだ。どっか適当な部屋で着替えてこい。ほれ」
俺は服が入った袋を希望に向けて放り投げた。それをしっかりとキャッチした希望は、とぼとぼとした足取りで部屋を出る。……さて、俺は飯の用意をするとしよう。森のねぐらでは簡単な調理しかしてこなかったが、伊達に何年も一人で生活はしていない。その気になれば、俺はしっかりとした料理も作れるのだと言うことを証明してやる。
「はぁ……これ、どんな服なんだろうな……」
お坊さんから服を受け取ったわたしは、今、食堂っぽい部屋の隣の部屋に来ています。さっき一階を見てまわったとき、ここに鏡があるのをめざとく発見したからです。
せっかく盗んできてもらった服だけど、袋から出すのがすっごく怖い。こんな態度なのはいけないってわかっているから自分のことが嫌いになるけど、でも、お坊さんのセンスじゃあちょっと期待できないです。……うーん、開けたくない。……いや。いつまでも、ここでこうしてるわけにはいかないよね。うん。開けよう。開けて、着て、明日違うの盗んできてって言おう! うん! それがいいよ! と、言うわけで、希望、開けます!!!!
「……わぁ、かわいい……」
白地に青の刺繍が入った、かわいいワンピースが袋から出てきました。それは思わず見とれてしまうくらいにきれーで……。
「な、なかなか悪くないじゃん、お坊さんのセンス……」
あれだけお坊さんに色々言ったから、素直に喜べないのが若干辛いです。
いつまでも見とれているとお坊さんが心配するかもしれないので、私は今までのボロボロになった服を脱いで、ワンピースを被るようにして身につけました。鏡で自分の姿を見てみると、なんだか、今までの私とは別人みたいで……ちょっと、ほぉんのちょっとだけ! 自分のことを、好きになれる気がしました。
「……お坊さんに、見せにいこ!」
ついでに、今までお坊さんのセンスをさんざん悪く言ったことを謝らなきゃな、と思いつつ。わたしは、部屋を出て食堂に向かうのでした。
「お坊さん! 見て見て、これ、似合ってる? 似合ってるかな!」
「……おう、そうだな、似合ってる」
「ふ、ふふ、ふふふふふ……ありがと……」
「……今日の、朝飯なんだがな。缶詰にしようと思うんだ。いいか?」
「あれ、なんで? お坊さん野菜とかお肉とかたくさん盗んできてたのに」
「よくよく考えれば当たり前のことなんだけどさ。……この家、ガス、通ってなかった」
「ええー……」
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