菊岡さんに頼まれた助っ人との仕事の件で呼び出されたのは千代田区にある大きな都立病院だった。別段、そう遠くないので問題無いのだが......何故病院? と、思いながら敷地に入る。
「うわっ、デケェな」
病院を仰いでそう呟く。こっちに暮らし始めて病院などお世話になったことが無かったというのもあってか、久し振りに見る病院を何となく大きく見えた。
もし、病院に行くような事になったら母親が飛んできそうで怖いので健康管理はもちろんのこと、危ない所には寄らないようにしていたのだが。まあ、流石に飛んで来ることは無いだろう......だよな?
無論、今回の事は菊岡さんがちゃんと連絡をとっており問題無い。ただ、その件に関してのメールが増えたのは言うまでもない。
内心苦笑いしながらエントランスを目指して歩く。やはり見た目もデカければ内装もそれなりにあるのは分かり切っていた事実だが、実際見てみると思っていたより広い。初見なら絶対迷いそうなほどの広さだ。
キョロキョロしていたら何だか上京してきたばかりの田舎者のような雰囲気だと自分でも思ったので、そそくさに菊岡さんから送られてきたメールが示す通りに病棟の三階フロアまで来ると担当の看護師と思われる若い女性がファイルを持って駆け寄って来た。
「こんにちわ」
こっちが挨拶すると若い女性がニコリと笑顔で挨拶を返してくれた。
「こんにちわ、担当の
「はい」
言われた通りノコノコと着いて行く。実際、タイプなのは心に留めておいた。案内され通されたのは個室の病室。ベットの近くにはモニターが配置されていた。
「それじゃあ、早速やるんでしょ? その前に電極、貼らせて貰っていい?」
「はい、分かりました」
電極など貼るなんてもう記憶に無いほど昔だと思う。いや、記憶に無いのなら電極なんて貼ったこと無いんじゃないか? と今になって変な疑問が浮かんで来る。そんなことを考えながら上着を脱ぎベットに横になる。
「わっ、中々いい身体してるねー」
「そ、そっすか?」
電極を貼りながら三好さんは面白そうに腹筋や大胸筋を触る。冷たい指先が当たる度にこそばゆさを感じながらも内心、筋トレをしておいて心底良かったと思った。
「そう言えば、防衛大に入るんだっけ? ならもっと鍛えないとダメだよー。あそこは容赦ってものが無いからねー」
「あ、はい。精進します......」
そう言えばこの件は菊岡さんに頼まれたものなんだから、菊岡さんと似たような関係の人が来るだろう。
三好さんは慣れた手つきでモニターを操作しながら看護病院に所属していた時に聞いた防衛大のあるあるを言いながら笑う。そして、自分はもしかしたら入る可能性のある世界の厳しさに青ざめる。
ふと、思う。そんなことを話したら自分の役職を教えているようなものだが別にいいのだろうか?
詳しいことは知らないが菊岡さんが総務省の人間では無いことは知っている。昔ながらの付き合いなのだ。それぐらいは分かるが、何故その立場で素性が分かる人間に今回のような依頼を頼んだのだろうか。
GGOに詳しく奥まで入り込めるような実力者で知り合いと言ったら自分ぐらいしかいなかったのか。それとも、上の人間が今回の事件を重く見たためなりふり構ってられないのか。
......いや、無いな。偶々、自分が都合よかったのだろう。別にバラそうなんて考えてないし。それに、そういう職に就いている人には余り深く探りを入れるような発言をしては駄目だという暗黙のルールが存在するのを知っている。
まあでもそのルールは今日は適用されないだろう。三好さんも自分から話しているので問題無いのだろう。
自分についても詳しく......は無いにしろ両親のことぐらいは知っているのかもしれない。菊岡さんも分かってるだろうから少なからず情報を与えていておかしくない。
「あ、もしお母さんにあったらよろしく言って貰える?」
やっぱり。改めて自分の両親の顔の広さに呆れる。てか、母のことを知っているということは会って話したことがあるのか、若しくは部下だった可能性もある。
でも確実に自分のことは小さい頃から知っているんだろうなぁ。息子の話になると口が止まらないって父が言っていたのだから。
「あ、はい。分かりました。では、そろそろ......その、お願いします」
自分が少し恥ずかしそうに言うと三好さんは、「あー、はいはい」と自分のヤツより新しいアミュスフィアを手渡してくれる。それを被って電源のスイッチを入れた。
「これで......よしっと。いつでもいいよ」
「そんなに長くは無いだろうと思いますけどよろしくお願いします」
「はい、承りました」
さっきの気軽さとは打って変わって、まだまだ小童な自分に対して敬意のある受け答えに、やっぱり現役の人なんだろうと確信を得てしまう。
最も、三好さんも分かった上でやっているのだろう。もしくは、もう身体に染み付いてしまっているのか......。
いずれ自分もこんな風になるのか、と未来の自分を想像しながら目を閉じる。
「リンク・スタート」
コマンドを呟くと、見慣れた白い放射光が視界を塗りつぶしていき、自分の意識を肉体から解き放って行った。
──そう言えば、俺は誰の手助けをすればいいんだ?
一足先にGGOの世界にログインしたキリトもまた同じようなことを思っていた。
──強力な助っ人を用意したとか言ってたけどプレイヤーネームとか聞いてないぞ!?
かくして二人はお互いを知らずにGGOへと入り込んだのだった。
♰
ログインして辺りを見渡す。相変わらずむさ苦しいほど男しかいない。空を見れば薄く赤味を帯びた黄色に染まっている。時間的に言えば午後の二時ぐらいだろうか。
『ガンゲイル・オンライン』は現実と時間が同期しているので現実世界で夜になればこっちでも夜になる。取り敢えず暗くなる前にその助っ人する側の人間を探さなければならない。夜になれば人はもっと多くなるからだ。それだと見つけるのにまた苦労する。
絞るとしよう。話を聞いた限りではその人物は『ガンゲイル・オンライン』に関しては初心者だと言っていた。なら、まだこの付近でウロチョロしているかも知れない。
そう思って明らかに挙動不審のアバターを探すが見つからない。寧ろ、こっちが挙動不審に見えてきそうだ。
ここは素直にその人物に関して誰か見てるだろうから話しかけて聞いた方がいいかも知れん。近場にいた男の肩を叩く。
「
あ、しまった。前のときのクセで英語で話しかけてしまった。相手も困惑したように片言の英語で訳の分からないことを言っている。
正直、これは申し訳ないことをしてしまった。そして、下見をしたのだから分かるだろう普通、と自分を責めた。
「ああ、いや、悪い。勘違いしてた。普通に日本語で話せるから少し聞いてもいいか?」
相手もほっと胸を撫で下ろし耳を傾けてくれる。先ほど、英語で喋ったことをそのまま日本語に直して話したら、少し思い出すような素振りをして指を立てた。
「ホントかどうか知らないけど、ちょっと前にF一三〇〇番だったかな? あ、いや、M九〇〇〇型だったか。とにかく、珍しいアバターが出たって言ってたな」
「へぇ、それは珍しいな」
どっちにしろ珍しいアバターだ。まあ、似たようなアバターを持ったヤツならギルドに所属していたから、そんなにこと珍しいと騒ぐことは無い。
となると、それは新規にログインしたのだろう。ならソイツが菊岡さんが言っていたもう一人なのかも知れない。
情報をくれた男に礼を言ってその場を立ち去る。まあ、確定したわけではないがきっとソイツだ。直にあって今後はどう動くか話し合いたい所だが、どちらにしろ『死銃』の狙う傾向としては有名なプレイヤーばかりだ。
つまり、もう既に自分はターゲットに入っている可能性が大いに考えられる。きっとソイツもどうにかして目立つやり方をするだろう。
と、なると──
「──やっぱBoBだよな。目立つならそこしか無いだろう」
『死銃』もそれに出てくるはずだ。あの大舞台でやらなくては意味が無い。皆が見ている場でやるからこそ意味があるのだ。
いい、いいな。楽しくなってきた。
下見ついでに軽く銃を握ったり撃ったりしたが、実戦でも問題無いぐらいだろう。少し
ゆっくりと予選エントリーのため巨大な金属の塔。総督府、通称『ブリッジ』と呼ばれる場所に歩いて行った。
「さてさて、結構集まっているな」
少し装備の選択に悩んでいたのでドーム中央のホログラムのタイマーは五分を切っている。各々、武器をチェックしたり身近な人間の言葉を交わしたり、戦意を高めたりしている。
しかし、先ほどから何人かの視線を感じ、現実世界より強化された聴覚で耳を澄ませると自分の名前が聞こえて来たので、気が付いている者がいるようだ。
やはり、予選でこの姿は不味かったか。自分が現役、言ってしまえばギルドで暴れていた時代の姿なので動画など見ている人間がいたら一発でバレてしまう。
上下一体型のライダージャケットのような真っ黒のスーツで今は装備を付けて無いが、腰に
レッグホルスターにはグリップ部分に装飾がなされたハンドガン『イマニシ17』が下げられていた。左のホルスターには刃渡り二十センチの程のサバイバルナイフを下げている。
無論、本来これはサイドアームだが......正直、メインアームを装備する必要はないかも知れない。傍から見たらそこまでレベルの高いプレイヤーは数えるほどだ。
少し、気になるのはあちらのボックス席に座る二人の女性プレイヤーと銀灰色の長髪の男性プレイヤーが睨み付けるように見て来るのだ。
特にペールブルーの短髪で顔の横で結っている女性プレイヤーが怖い。今にも撃ってきそうな勢いで睨み付けてきている。その二人を見てオロオロとしているキレイな黒の長髪の少女が可愛らしかった。
そのとき、その黒髪の少女と目が合ったが、突然、荒々しいエレキギターによるファンファーレが轟いた。
遂に始まるBoB。久し振りの戦場で高鳴る高揚を抑えるのに必死だった。自然と口角が上がる。
「
♰
『大変長らくお待たせいたしました。只今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに転送されます。幸運をお祈りします』
ドーム内の拍手と共に歓声が沸く。しかし、喧騒の中、俺は一瞬こっちと目が合った『
シノンが言っていた実質GGOナンバーワンプレイヤーと名高い実力者。その日本人離れした顔立ちでこっちと視線があった時、少し笑ったように見えたのだ。
『強力な助っ人を用意している』
菊岡から余計なお世話が書かれたメモの最後に書かれていた言葉。もしかしたら、と思うがまさか無いよな? 大体、彼は海外で活躍していたと言われている。だとしたら海外の人間にわざわざ日本サーバーに来てくれと頼むだろうか。
というか、助っ人を用意しているならソイツに頼んだらいいだろ、とメモを握りつぶす力が増したのは言うまでもない。
ただ、ほんのちょっと彼がその強力な助っ人であるように期待を込めてみたが......先ほどから横の殺気がヤバイ。助っ人候補が今にもシノンに殺されそうだ。彼から視線を外すと、俺に右手の人差し指を突きつけた。
「決勝まで上がってくるのよ。 その頭、すっ飛ばしてやるから」
俺も腰を上げ、にやり笑った。
「デートのお招きとあらば、参上しないわけにはいかないな」
「こっ、この......」
進行していた二十秒のカウントダウンがゼロに近づき、俺はシノンに手を振ってから、転送に備えようと前を向いた。そして、じっとこちらを見るシュピーゲルと目が合った。
その鋭い目に、警戒と敵意の色が見えた。
これはちょっとやり過ぎたかな、と思った束の間、俺の身体を青い光の柱が包み込み、たちまち視界が真っ白になった。
三好さんはオリキャラになります。そして、菊岡さんのような特殊な立場の人は多分、オリ主のような人には頼むことを控えるた思います。自分も無いのだろうな、と思いながら都合がいいのでそのまま行きました。
というか、次でやっとバレットカーブが書ける。