腕に付けられた簡素な作りの時計を見れば、そろそろ三回目の『サテライト・スキャン』が始まろとしていた。
私は、どうやら彼より先に廃墟都市に着いたようだ。老朽化が酷く進んでいる、今でもよく見かけるバーカウンターの後ろに身を隠し端末を見つめる。
残り三十秒。
端末を横に置き、銃の確認をする。スライドを引き、銃弾が引かかってないか。銃身に歪みは無いか。どこか緩んでないか。
私がこの
『ベレッタ 92』
現実世界でも幅広く復旧しており、銃など興味がある人なら形ぐらいなら見たことがあると思われる。
それを、彼が私に使いやすいように改造してくれたもので、今でもずっと長く使っている。彼は他の銃が強いと言うが、やはり私は自分が一番使い慣れた銃が一番強いと思っている。
勿論、これはサイドアームだ。メインアームは横に立て掛けているボルトアクションライフルの『Rifle No.4 Mk I』。
今では全く見ることも無い銃だろう。このような骨董品の部類に入る銃はマニアが多く、こぞって手に入れようとするので苦労した。
しかし、これは銃だ。戦争時に人をより効率的に殺そうと開発、改良された人を殺すための道具である。それをただ鑑賞用にしておくなど、愚の骨頂だと私は思っている。
最も、そんな理由で手に入れたわけではない。
確かにボルトアクションで装弾数も多い訳でもない。照準器も付けれず、ピープサイトという近距離、中距離に適した照門が溝では無く穴になっているだけであり、視力強化にスキルを持ってしても六百メートルまでしか狙えない。
ならば威力が高いのかと言われれば、そうでも無い。一見、この近代化した世界において使い物になれないように思えるが、何も身体を狙った場合の話だ。
この銃であれば頭部を貫通するぐらいの威力は十分にある。私に掛かればスコープもいらないし、何なら伏せずに当てることだって出来る。
こっちはまだ使ってない。大体がハンドガンだけで済んだからだ。
午後八時四十五分。
端末を開けば目の前に全体のマップがホログラムとして目の前に現れる。この街にいるのは......六人ぐらいか。草原から真っ直ぐこっちに向かってきてる点に触れると、『Zamiel』の文字が浮かび上がる。
私の現在地と彼の現在地を考えるに、その中間地点にいる一人のプレイヤーが邪魔だ。そのプレイヤーもこっちを認識したところだろう。
マップと自身のいる現在地を照らし合わせ、撃ち倒すビジョンを思い浮かべる。
ビルの高さ、遮蔽物、風向、色々な情報を合わして撃つのに最も適した場所を割り出す。
すると、その邪魔だと思っていたプレイヤーが少しズレた。
「あら、自分から撃ちやすい場所に移動してくれたわね」
そのプレイヤーも私を狙いやすい所に移動したのだろう。そのビルの上にいることを考えると、少し上の階に移動したようだ。
彼ももう少しで都市に入る。入ればそのまま中央で迎えれるようにしておかなければならない。
端末を腰のポーチに戻し、ライフルをコッキングしながら立ち上がる。そして、何の仕切りも扉すら無いバーから身を出して、狙いを付けたプレイヤーがいるビルを見る。
強化された視力によってビルの最上階より一つ前の階層で身を潜めているようだ。しかし、余程、日本のプレイヤーは間抜けだと見える。いや、ただソイツが間抜けなだけか。
銃身が見えてしまっている。
自然に上がる口角。そのまま直立でライフルを構える。
「まさか、曲げられるのは
ハンドガンが曲げやすいだけであって、曲げようものならアサルトライフルだって曲げることが出来る。
しかし、それでも曲げられないのは一つだけある。この
スナイパーライフルだけはどうしても曲げれなかったのだ。
スナイパーライフルは遠距離にいる敵を銃撃するためを目的として作られたもので、通常の銃と違って構造から弾頭まで違う物もある。
ゲームのシステム上、それだけは曲げれないようになっていた。が、しかし、だ。
中距離ならシステム上曲げることが可能だった。そして、その曲げることに適していたのがこの系統のライフルだった。
ビルに狙いを定める。もう既に
「真上がお留守よ、間抜けなビギナーさん」
トリガーを引く瞬間、通常持つ場所より、銃口に近い場所で持っていた左手を捻るように上向きに上げる。
彼女から発射された弾丸は緩やかな曲線を描き、老朽化したコンクリートの縁を削るようにきりもりしながら、後ろに隠れていたプレイヤーの後頭部を撃ち抜いた。
まさか、そのプレイヤーも撃たれるとは思っていなかったのだろう。いや、警戒を怠ったのが敗因だ。もしかしたら、が生死を分けることだってある。
ライフルをコッキングして空薬莢を吐き出す。
キン。
という音という音が鳴ると同時に、目の前からゆっくりと影が見えて来る。
待ち望んだ人物が来て、彼女はライフルを背中に背負いハンドガンをホルダーから抜きぬく。
彼もまた見覚えのあるハンドガンを持って近づいて来た。
まだ、プレイヤーがいる廃墟都市の中心で二人は一歩、また一歩と距離を縮めていく。そして、距離がハンドガンの必中とされる所まで近づき、お互いに銃を突き付け合った。
「懐かしいわね、こうして銃をアナタに向けるのは出会ったとき以来かしら?」
「これをホロウのヤツが見たら戸惑うだろうな」
「ええ、きっと──『仲間同士で争うなよ!』って、割って入ってくるでしょうね」
「アイツ、お人好しだしな。思い浮かぶよ」
二人は銃を突き付け合いながら笑い声を上げる。ある意味、他のプレイヤーにとっては絶好のチャンスだ。しかし、誰もその場に似つかわしくない笑い声を遮ったり、水を差そうなどいうプレイヤーはいなかった。
「『ターゲットが見えなくても狼狽えるんじゃない。考えてみろ、弾が真っ直ぐ飛ぶとは限らないだろ?』 ......最初、頭おかしいんじゃないかと思ってたけど、この言葉が全てに始まりだったわ」
「う、あ、ぁー......俺、そんなキザいこと言ったか? 今思えば相当はずいわ」
顔を隠すように掌で覆い隠すザビエル。しかし、銃は下がることは無い。ブレもしない。少しぐらい動揺するかと思っていたが、そんな隙は見せなかった。
「他にも、いっぱいあるわよ? 例えば──」
「──やめろ。やめてくれ」
結構、
まあ、彼にとって恥ずかしい言葉だったかもしれない。でも、あの時の私にとってはそれがとても救いになった。
恥ずかしい記憶から戻ったのか、少しそわそわし始めた。
「あー......まだ、怒ってるか? その、あの時のこと」
「......ちゃんとした理由だと分かってたし、仕方無いことだって理解してる。でも......普通、最後の日に言うことじゃないわよね? しかも、仮想空間で言うとかバカじゃないの? 別れの挨拶は普通リアルですることよね? 恥ずかしかったからとかじゃあ言い訳にならないわよ?」
「うっ、ホント言うようになったよな。......ごめん」
「いいわ、別に。これでキッチリと借りは返すから」
空気が変わる、銃を向ける相手を本当の意味で敵として認識することで、殺気に近い威圧が空気を重たくしていく。
「オーケー......勝負と行こうか。カスパール」
「私が勝つ。負けるのはザミエルだから」
お互いの銃から同時に発射された弾丸がぶつかり合った。
♰
動け! 動け!
シノンの脳からアミュスフィアに伝わる運動信号の出力がシステム的な麻痺状態を越えたのか、右手がじりじりと動き出す。
目の前で死銃は勝ち誇ったように例の十字のジェスチャーを行う。その間にシノンはようやくSMGのグリップを掌で捉えた。
GGOにも銃器のセーフティーロックは備わっているが、殆どのプレイヤーが咄嗟の攻撃速度を優先し、最初から外したままのプレイヤーがほとんどだ。シノンもその例外では無かった。
ついに十字を切り終えた死銃が、右手のマントの内側に差し込み、すぐに引き戻し始めた。シノンも痺れた右手でSMGを懸命に持ち上げて反撃しようとする。
まだ、間に合う。死銃は撃つ前に一度コッキングするはずだ。その一瞬を狙う──
──だが。
死銃がマントから引いた黒い拳銃が視界に入った瞬間、全身が麻痺とは違う、凍り付いたように動かなくなった。
円の中に、星。
黒い星。
なん.......で。なんで、いま、ここに、
力を失った右手から、最後の望みであるSMGが滑り落ちた。
ぼろマントのフード内部から粘液の如く揺れ、どろっと滴り、内側から二つの眼が現れる。血走った白眼。小さな黒眼。散大した瞳孔のせいで。深い孔のように見える。
──あの男の眼。
五年前、北の街の小さな郵便局に拳銃をもって押し入り、詩乃の母親を撃とうとしたあの男。幼い詩乃が無我夢中で銃に飛びかかり、奪い、引き金を引いて殺した。
──いたんだ。ここにいたんだ。この世界に潜み、隠れて、私に復讐する時を待ってたんだ。
もう、右手どころか全身の感覚が失われていた。ただただ、闇の中に二つの眼と銃口だけ見える。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。いっそこのまま失神してしまえば、アミュスフィアの安全機構によって自動ログアウトできるのに、シノンの意識は途切れることなく
これは運命だ。逃れることはできない。たとえGGOをプレイしていなくても、詩乃はどこかでもう一度、この男に追いつかれていただろう。
無駄だったのだ。何もかも。過去を断ち切ろうと足掻いてきたことに意味など何もなかった。
そんな諦念の中に──。
ただ一粒の砂のような、小さな感情。
諦めたくない。こんなところで終わりたくない。だって、ようやく解りそうだったんだ。本当の強さの意味。あいつの傍で、あいつを見ていれば、いつか、きっと。
そして、関わりを持った......こんな私にでも笑いかけてくれるあの人に──
その思考を、ついに轟いた銃声が断ち切った。
何発も轟いた。どこを撃たれたかは解らなかったが、シノンは瞼を閉じて、自分の意識が消える瞬間を待とうとした。
しかし。
ぐらりと、体を揺らしたのは、目の前のぼろマント。そして、死銃とシノンの間に、まるで私を守るように立つ黒い影。
「──死銃。お前で間違いないな?」
物語もそろそろ終盤に近くなってきたのではないでしょうか。と、言っても流れて気に言えばそんなに原作と変わりはないとおもいます。
ライフルを曲げることですが、少なくとも作中のように添えている手を捻るだけで曲げるのは無理がありますね。でも、そこはゲームだからと思って下さい。