天蓋付きベットが設置されている豪奢な寝室は、いま静まり返っていた。
気配を全く感じさせず、まるで誰もいないかのような様子となっている。
そんな主人不在と思わしき部屋にノックが入った。
静かな寝室にノックが入るも、やはり誰もいないのか返事は返ってこない。
だがしかし、ノックをかけた待ち人は留守ではないと分かっているかのように待機し待っていた。
さりとていくら待てども何の反応も返ってこない。
留守ではないと信じている待ち人は訝しみながらも、もう一度ノックをかけることにした。
しかし、それでもやはり何も返ってこない。
そこで諦めて帰るかと思いきや、待ち人は静かに扉の戸を開けた。
待ち人はその行為を失礼だと分かっていながらも、不審に思ったので何か言われることを承知で開けることにしたらしい。
とはいっても恐らくここの主人は何か言うどころか、例え罰を望んでも何もしてこないだろうが。
そんなことを思い浮かべたのか少し苦笑した様子を見せたが、すぐに表情は切り替わって待ち人は寝室の扉を完全に開けた。
「? 灯りがついてないですね」
寝室の扉を開けた待ち人は遠藤浩介の専属の侍従、リゼだった。
もう陽が空から地上に降りる頃だと言うのになぜ灯りが灯っていないのだろうか。
そんな疑問が頭の中で思い巡っていくが、一先ず灯りをつけようと机の上に置いてある魔道具に魔力を注ぎ込む。
静かな寝室がぽぉっと明るくなり、寝室の物すべてが明るく照らされた。
灯りがついていなかったのをみるに、もしかしたら本当に別の場所かもしれない。
――[+追跡]の技能はここを示しているんですけどね、などと最近宛てにならなくなってきた派生技能に溜息をこぼした。
昨日、主人が外で行った苦無練習も感知できなかったことを勘案するにもう駄目なのかも知れない。
天職〝偵察者〟だからと天職〝暗殺者〟の彼の下へ就くように言われたが、もう
それでも他にこんな稀有な天職や派生技能を持っている人は居ないだろうから、簡単に降りられるとはさらさら思っていませんが。
そんな風に思考を脱線させつつも、今の仕事に従事しようと気持ちを切り替える。
さてと、っと言った感じで主人を探しに出かけようと扉に振り返った一瞬何かが見えたような気がした。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら一瞬何かが見えた場所に視線を向けると、部屋の隅の床の上で人が三角座りをしていた。
死んだ目で闇属性魔法でも使うかのように呪詛を撒き散らしながら、顔の下半分を膝に沈めている。
視線に気がついた三角座りの住民は一言呟いた。
「介錯を……、いっそ一思いにやってください……」
リゼはあまりの様子に後ずさってガチャリと扉を閉めた。
数十秒後、気を取り直したのか溜息をつきながらも、リゼはもう一度主人の寝室へと入った。
「何をしているんですか貴方様は……」
三角座りをしている住民はこの部屋の主人でありながら、リゼの主人でもある遠藤浩介であった。
★☆★☆★☆★☆★☆
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~」
遠藤浩介は絶望に打ちひしがれていた。
何故あのタイミングで[+深淵卿]が発動したのだろうか。
確かにいっぱいいっぱいではあったかも知れないが戦闘をしていた訳ではなかったし、発動がしやすくなる条件も何一つ満たしていないはずだ。
心が少しざわついたが正直それどころでは無い。
更に見せた相手がリリアーナ王女の近衛騎士というのが問題だ。
姉とかに技名案の厨二病ノートを見られるくらいに心が痛い。
リゼが入ってきたのはそんな心を癒していた最中の出来事であった。
思わず介錯を頼んでしまうくらい病んでいたが、とりあえずリゼにはざっくり状況を話した。
未来のことは話せないので[+深淵卿]の言動のことについて話すと、リゼから今まで見たことのない哀れみの表情を向けられた。
もしかして気持ちが分かってくれたのかと少し嬉しくなりそうだったが次の言葉で凍りついた。
「今までも何度か発動していたと思いますが?その……[+深淵卿]、でしたっけ?夜の魔物討伐の時に」
「かふっっ」
ナニソレ?シリタクナイ。
記憶にも残っていない状態で発動しているとか末恐ろしいんだけど。
それでも記憶を探ってみると、記憶自体は残っていた。
リゼの言う通り何度かリゼの前で[+深淵卿]モードになっていた。
リゼも最初は戸惑っていたが朝には普通に戻っており、途中からそういうものなんだと解釈していたらしい。
故にリゼは魔物討伐時によく起こる精神障害だと認識していたらしい。
「それにもう少し酷くなければ普通にかっこいいと思いますよ?」
「なん……だと……!?」
リゼは厨二病というのをあまり知らないせいか、あれをかっこいいと認識したらしい。
特にターン後のポーズがちょっと心にくるらしい。
そう言ったあと完璧に真似られた[+深淵卿]モードのターンを見せつけられて吐血すらしそうになる程精神ダメージを負った。
少しだけ癒されていた精神がマイナスへ走り始めている。
(そういえば妹に厨二病ノートを見られた時もそんなこと言っていたな)
妹に見られた時も家族に見られたという羞恥心で精神がオーバーフローしかかっていたが、兄による精神的介護によりどうにか失踪は免れていた。
その厨二病ノートを見た時、妹ももう少し酷くなければなどと言っていた気がする。
ただし、厨二病というものを知っているせいかあまり肯定的では無かったが。
(もしかしたら
そんなあるはずのない少しの希望が垣間見えた。
そもそも発動した時点で自分に精神的ダメージを負うことは確定なので大した希望にもなっていないが精神がマイナスへ走っている今、それが凄く輝いている光となって見えた。
「そういえばリゼはどうしてここに?」
ちょっとした可能性に一筋の光を見出していると、どうしてリゼがここにいるのか気になった。
その言葉を聞いて完全に本題を忘れていたらしいリゼの表情を見て、大丈夫なのだろうかと侍従業に不安を募らせる。
「もう実戦訓練で魔物が出てきだしましたので、夜の魔物討伐もされないお積りではございませんか?」
「確かにそのつもりではあるけど、それがどうかした?」
むしろどうして魔物討伐をしないと理解したのか逆に聞きたい。
そんなことを思ったのだが、それが顔に出たのかリゼが簡単に説明し出した。
曰く、実戦訓練が行われる二日前に終わる兆しが見えたらしい。
遠藤にとってはいつも通りだったが、動き方が一段落つけようしているように見えたとか。
侍従は人の顔見て動けたら二流などという文化があったりするらしいのだが二流ですら若干怖いんですけどと冷や汗をかく。
とりあえず顔の表情をもう少し隠す練習をするべきだなと思いつつも、リゼには本題の話を進めるように促した。
「実は……苦無という武器の稽古をつけて頂きたいのです」
それはいたって真面目な話だった。
遠藤からリゼに苦無を五本渡したあと、リゼは時々訓練をしていたらしいがどうにもコツが掴めないらしい。
一応その場凌ぎではあるものの、使えるようになるまで練習を続けたらしいが、そのあとが難しいとのこと。
そんな話を真面目そうに聞いている遠藤だが、遠藤もただの我流である。
「とりあえず、撃ち合いをしてみるか。苦無を渡したのは俺でもあるしある程度は協力するよ」
「有難うございます、貴方様」
というか初見で苦無を予備知識なく適当に投げれたのも凄いよなと、今さらながら感心した。
そんな感じで夜間でも空いている訓練場へと向かうことになった。
★☆★☆★☆★☆★☆
向かう途中、泣いているような声が聞こえた。
その声を聞いて立ち止まる遠藤と、遠藤が立ち止まったことにより後ろからついてきたリゼも止まることになった。
凄くどうしようか迷う。
道を省略させるためにこの道を歩いてきたが、この道は女子生徒の自室が固まっている廊下なのだ。
「如何なさいましたか?」
夜ということもあってか少し声量を下げて話すリゼ。
思案顔になりながらも自分も声を落として止まった訳を話す。
「いや、この部屋から泣いているような声が聞こえたんだよ。確かこの辺りは女子寮の筈だから男が勝手に入るわけにもいかないけど」
良い言い訳以前に余り入る気になれない。
地球の価値観において女性の寝室に男性が入るということは結構危険極まりない行為なので、下手をすれば通報ものである。
更にトータスの価値観で絶望的にやばい。
下手をすれば一緒に寝室に居ただけで婚姻関係にあると思われる。
立派な地位にいればいるほど処女性は重要視される。
政略結婚も普通に残っているこのトータスでは非常に危険だ。
「私が居ります故に大丈夫なのでは?」
(いやいやいや!例えトータスの価値観を取り除いたとしても今度は地球の価値観が立ち塞がっているんだよ!)
声にならない魂の叫びを心の中で叫ぶ。
良いじゃん良いじゃん泣いててもさ、俺には関係ないよ。
きっとあれだよ、地球が恋しくて泣いてるんだよきっと。
涙とまではいかないが俺もホームシックには何度かなったことあるし、うん。
「一応王宮だし襲われることもないだろうし大丈夫じゃない?」
「それもそうですね……――」
リゼも納得してくれたみたいだし、さっさと苦無の練習をしようではないか。
そう歩き出そうとする前にリゼがポツリと呟く。
「――……使徒でなければ大丈夫ですね」
ダメやんあかんやん一番あかんやん。
思い当たる人物とかいるんしあかんやん。
一番の危険人物が身内にいるってミステリーか何かか。
ミステリーではたと思い出す、鍵の存在だ。
そもそも鍵がかかっていれば入ることすら出来ない。
「ほ、ほら扉の鍵だって……」
入れないことを示そうと扉を触るとすぅーっと戸が開く。
遠藤の冷や汗は滝が流るるが如く出てくる。
「リゼさんや。どうして鍵がかかってないんですかね」
「それは私に尋ねられても困ります」
口調をネタ調子に変えて振っても状況は変わらない。
取り敢えず部屋の様子を確認しようとした時、殺気が飛んできた。
条件反射で小太刀を構え苦無を装備する。
リゼもどこからか剣を持ち出していた。
「こんな夜中に……誰?」
出てきたのは目を真っ赤に腫らしながらも剣を構えた雫だった。
本当は最後まで書くつもりでした。
書けないのは執筆速度が遅いからです。
ちなみにリゼが使徒なら無理だろうと言ったのは特殊派生技能の可能性や同郷ゆえの油断があるからと考えました。