扉の奥から出て来たのは涙で泣き腫らしたように見える雫だった。
いつもの凛とした様子は消え、普段の強気の様子からは考えられないほど弱り切っていた。
それでも誰か分からない人に扉が開けられたなら、王宮といえどちゃんと臨戦態勢に入るのは素晴らしいと思う。
……鍵さえ開いてなければ。
「えっーと、八重樫さん?」
とりあえず気が付いていない様子なので声をかけてみる。
すると今気が付いたかのように過剰に反応して肩がビクッと動いた。
こんな時でも影が薄くて気付いてもらえてないのが遠藤クオリティ。
そりゃリゼさんしか認識して無かったら警戒心抱き続けるよなー、などと泣き言を呟いているとフリーズしていた雫が再起動した。
「遠藤くん!?どうして貴方がここに!?」
知り合いに見られたと動揺しているのか、武器を慌てて
遠藤やリゼも武器を蔵った。
「それは――」
「それは遠藤様が泣いている声が聞こえたと仰って心配されていたからですよ雫様」
(待って!発言ターンは俺じゃないのか!?なんで俺の侍従なのに華麗にスルー!?)
そんな風に心の中で叫び声をあげている遠藤を他所に話は続いた。
「な、泣いてなんかないわよ!ちょっと目にゴミが入っただけで……」
「そもそも使徒様に献上された自室は防音性に優れています。貴方様の不手際では?」
雫に対して冷ややかな声でいうリゼ。
そんな冷ややかな声に対してキッと眉を吊り上げる雫。
寒い夜がさらに寒くなってきて、胃にとても優しくないのでやめて頂きたい所存。
とりあえず何故が氷点下越えの睨み合いをしている二人の仲裁に入ろう。
「ちょっと――」
「私達の気持ちが分からない、いえ分かるはずがない侍従に言われたくないわ」
「侍従にとって耳が痛い話です。ですが全てが言葉なく通じるとお思いですか?」
察することが仕事な侍従に分かるはずが無いと言われたら怒りますよね。
でもその前に俺が発言したがっているのを察するべきだとは思うんだ。
どうして二人して無視をするのかなとシクシク思う。
それでも漢な遠藤、逃げたらダメな時くらい分かってる。
例えこのままさりげなく逃げても、きっとバレなさそうと分かっていても逃げてはダメなんだと分かってる。
でも、でもね、心が、心が痛いんです。
「あのさ――」
「如何なさいましたか雫様」
なんでこの絶妙なタイミングで雫の専属侍従のニアが出てくるかな。
どうしてちょうど俺の言葉を遮る形で出てくるかな。
また少しずつ遠藤の精神力がマイナスへ走り始める。
それでも遠藤の受難は止まらない。
一人は感情が高ぶって普段は言わないことを口にする雫と、もう一人はそれに当てられてか分からないが普段よりも冷たい言葉を吐くリゼ。
そんな主人と同僚を目の前にして溜息をつくニア。
「一先ず、中でお話ししませんか?此処は往来の場ですので」
そうして三人が雫の自室へ入って言った。
そう三人だけ、雫、リゼ、ニアだけが入っていった。
遠藤は少し悩み、そして帰ろうかと頬に伝う何かを無視して帰った。
リゼが慌てて止めに来たのはおよそ30秒後のことである。
★☆★☆★☆★☆★☆
酷くこざっぱりしている雫の自室に遠藤、リゼ、雫、ニアの4人がいた。
流石使徒に充てられた部屋だというべきか、あまり窮屈さを感じない。
ベットを見やると枕や掛け布団が散乱していて、濡れている形跡も若干見られた。
雫はその視線に気が付いたのか慌ててベットを直していた。
その視線を察する力をもっと別の場所、そうついさっき使って欲しかった。
そんなことを遠い目をしながら思っているとリゼから耳打ちされる。
「(殿方があまり淑女の部屋をみるものではありません)」
(ならその前に寝間着姿の雫をどうにかしてくれ)
実はまだ雫は寝間着姿のままだったりする。
どうして自分がいなかった間に手早く着替えなかったのか、などと思っていたりするが決して口に出したりはしない。
下手なことを言えば女性三人にしばき倒される。
想像してちょっと震えているとリゼは訝しげな表情で此方を見てきたがスルーだ。
どうして女性は勘が鋭いのか気になるところである。
そんな水面下での誤魔化しを他所にニアは足で床をタンッと叩いた。
「では、どうして貴方方は雫様の自室の前にいらっしゃったのですか?」
実はニアさんも結構怒っていらっしゃいませんか。
足で床を思い切り叩けるのは淑女の嗜みでしょうか。
そんな風に思いながらも、女性であるリゼに任せようとしているとニアが此方をみる。
「貴方様にお聞きしているんですよ、遠藤様」
笑う顔がとても怖いと思ったのは一体何度目か。
リゼはニアに制止されているし、頑張って応えるとしよう。
「えーと、まずニアさんで宜しかったですか?」
そういうとニアは不信感を露わにした。
間違っていたのかとリゼの方を見るが、リゼは澄まし顔を装っているがどことなく自慢気な様子だった。
意味がよく分からず雫の方を見るも、クエスチョンマークを浮かべているだけだった。
「まだ私の名前はお伝えしておりませんが、いつご存知に?」
遠藤は失敗したと顔に出しそうになるも必死で抑える。
そしてリゼをチラリと見て光明を見出す。
「つい先程連れて来られる際にリゼさんから教えて頂いたんです。八重樫さんの専属侍従のニアさんだと」
リゼはその場で作り上げた適当な嘘に頷いてくれた。
ホッとしそうになるも気を引き締める。
ニアは決まりが悪そうな顔をしていて、心が痛くなる。
「そうですか。それは失礼いたしました。それではもう一度お聞きしますが、どうして雫様の自室の前に?」
「リゼと武器の訓練をしようと訓練所へ向かう途中、泣いているような声が聞こえてきたので立ち止まって確かめようとしたんです」
「泣いていらっしゃったのは本当ですか?」
「……はい」
今度は下手に取り繕わず雫は素直に言ったが、少し恥ずかしそうにしていた。
それにしてもリゼは
どうしてリゼは怒っていたのだろうか。
などと思っていると遠藤の気持ちを読み取ったのか、ニアは今度はリゼの方を見た。
「ではリゼ。貴方はどうして怒っていたのですか? 淑女の方が涙を見せるのは嫌だと分かっているでしょう?」
あまりにも正確に的を得た質問に、侍従は心を読む能力が必須なのかもしれないと冷や汗をかいた。
それは置いておくにしても、雫が怒ったのは涙で感情が高ぶっていたのと羞恥と冷ややかな声に当てられて怒ったのだと予想はつくのだがリゼが分からない。
色々予想を立てているとリゼが此方を見てにっこり笑いながら言った。
「勿論逢い引きの邪魔をされたからですよ」
「「「は?」」」
ごめんちょっと何言ってるか全然分からない。
少なくとも今日はただの苦無の練習だったはず。
驚いている遠藤の顔見てニアは何かを察したのか眉を吊り上げてリゼに詰め寄った。
「リ〜ゼ〜。殿方をからかうのは止しなさいと前々から言っているでしょう。それに今は真面目な話ですよ」
頭が痛そうに首を振るニア。
それを聞いて遠藤は「やっぱり最初の出会いはからかってただけじゃないか」などと思ったりした。
だが次の言葉でさらなる爆弾を落とされる。
「ニア。遠藤様からは武器も頂いて今からその武器で練習をするところだったんですよ。何も間違えてはいませんわ」
その言葉を聞いてオイルが差されていないロボットかの如く首をギギギとニアは遠藤へ向けた。
何かやってしまったのだろうかと考えるも何も分からない。
しかし雫は何か理解したかのように頬染めていた。
「遠藤様、決してそれは意図してした訳ではありませんよね?」
「すみません。みなさん分かっている様ですが何も……」
遠藤がそういうとニアは思い切りリゼの頭を叩いた。
「いっっ!!」
「どうせ此処まで計算尽くなんでしょ!大体どうして貴方は――」
なんか怖いのでちょっと遠くまで離れることにした。
そうすると必然的に雫の近くに行くことになる。
どちらとも何も言わず無言の状態が続くが、迷っていた遠藤は話題転換も兼ねて意を決して尋ねた。
「あの……、えーと……、どうして八重樫さんは泣いていたんだ?」
「……っ」
「い、いや!無理なら言わなくてもいい!そこは気にしない!……ただ……」
「ただ……?」
「……まぁあんまり八重樫さんのこと知らないなって。遠くから見てたことはあるけどあまり喋ったことないし……、もしかしたら喋ったら楽になるかもしれないし……」
結構いろいろ考えながら言ったがやはり恥ずかしい。
なんだよ楽になれるかもって、物語の主人公かよ。
チラリと雫の顔を見ると表情を歪めていた
「……」
やっぱりあまり知らない同郷の同じクラスメイトってだけで話すのは厳しいよな、なんて理解したのでニアの説教が終わらないかなと茫然と見ていると雫が何か呟きよりも小さな声で言ってきた。
あまりにも小さな声だったので雫にそのことを言おうとしたが、徐々に大きな声量となっていった。
「魔物を斬った感触が……離れないの」
震える様な声で、されど今度はしっかり聞こえる様な声で。
「この手にこびり付いているのよ……斬った感触が……拭っても拭っても消えないの」
それは悲痛な叫びだった、心の叫びだった。
だけどその痛みは遠藤の記憶には、もうほとんど残っていないものだった。
一体何度魔物を殺しただろうか、一体何度人を殺しただろうか。
あの時は必要に迫られていたし、殺さなければ殺されると理解していたから後悔はしていない。
ただ命を奪った感慨に浸る間も無く進み続けたことで、どこか壊れていたのかもしれない。
「ごめん。俺はあまり分からない」
「……そうでしょうね。昼の貴方は何の感慨も無く魔物を倒していたものね。知らなかったわ、貴方がそれだけ強いこと。凄かったわよ、貴方の動き。最初の一撃目もどうせわざとでしょ?」
冷ややかに浴びあられる褒め言葉。
そもそも楽にさせるためにって言っておきながら煽ってるんだものな、冷や汗で思考があんまりまとまらないんだよ。
しかも剣を扱っていた雫には途中で無理やり剣の腹に変えたのも分かっていたみたいだ。
増していく冷や汗で黙っていると雫はそのまま言葉を続けた。
「悪かったわね、女々しい女で」
そう自虐的に自分を卑下する雫。
だがそれはある意味、遠藤にとっては眩しく思えた。
「それはそれで良いと思うけどな」
肯定の意を示すと目を見開いて驚く雫。
雫が何かいう前に遠藤は言葉を紡いだ。
「迷える時間があるってのはそれだけ素晴らしい事なんだと思う。迷える時間があるなら精一杯迷って良いと思う。ただ、俺には迷える時間はもう残ってないから」
「迷える時間が残ってないって……?」
「俺は全てを倒せるほど強くはない。全てを守れるほどの強さがないんだ。だから全てを守れるように強くならないといけない。守るものために戦ってたら迷う時間なんて無かった」
若干規制されそうになりながらも言葉を続けることはできた。
雫は何か言いたげな様子をしていたが、詳しくは規制で喋れないしもう喋りませんよっていう雰囲気を作っておく。
悪寒も止まったのでこれで良いだろう。
人の視線って心底恐怖たらしめるものなんだなと思いながら、ふと気になることを思い出した。
つい先程、リゼとニアの会話で雫は頬を染めて理解していたみたいだが何が不味かったのだろうか。
とりあえず雫に説明を願っておこう。
「そういえば、八重樫さん。先程ニアに言った言葉で何か不味いことってありました?」
「ふぇ!?……ええまぁ、不味いというか、私にはとても素敵なことだと思うけど」
――私もそういうの憧れてるし。などという小さな呟きは遠藤には聞こえなかった。
遠藤は雫の素敵という言葉で思考を停止させた。
魔王曰く八重樫さんは無類のお姫様話が好きらしい。
以前そんな愚痴というか惚気を吐いていた気がする。
(武器を贈ったことか!?一緒に訓練することか!?)
遠藤は雫の肩をがっしり掴む。
ついさっきまで超絶シリアスモードだったことも相まってか戸惑う雫。
遠藤は真剣な表情で矢継ぎ早に言った。
「八重樫さん!どっちだ!武器を贈ったことか!?一緒に訓練することか!?」
雫はちょっとイラっときた。
真剣な話をしたかと思えば、ある種くだらない話である。
いやまぁ好きか嫌いかといえば勿論好きだけど、それとは話が違う。
それに乙女の涙も見られたことだし盛大に恥ずかしがってもらうことにした。
因みに雫にとってはいきなり真剣な話を振られた過ぎないが、遠藤は寒気や冷や汗と言う名の脅迫を受けていた。
「遠藤君、自分の武器を贈ったりその武器で稽古すると言うのは、俺が予約しているから純白を守って置いてくれって意味よ。更に言うなら自分専用の武器を渡していたらもっと深い意味になるわよ」
満面の笑みで雫は遠藤に言ってやった。
雫の感情は乱高下しすぎてよく分からなくなっている。
遠藤もその言葉を聞いて発狂しそうになっている。
結局今日は苦無の練習はすることは無かった。
〜〜〜〜雫と遠藤が自室に戻った後〜〜〜〜
「ねぇ、どこまでが計算のうちだったの?」
ニアはリゼに尋ねる。
最初の時点で戦闘ができるリゼだけが部屋に入っても良かったのだ。
遠藤の言葉も遮らなければ手短に済んだ話だ。
そもそも雫を
「さぁ、どこまででしょう?」
夜風が軽く吹く中、不思議な表情を浮かべるリゼ。
いつもの秘密主義に呆れかえるニア。
面白そうな人がいると彼女はいつも引っ掻き回す。
「過程より結果が全てよ」
何故か愉悦の極みに飛んでいるのを見て溜息を吐くしか無かった。
それでも引っ掻き回した後は全てが上手く回るのだから、上に報告のしようもない。
その報告しないと分かっているのも計算のうちかも知れないが。
ただ、これだけは言っておかなければならない。
「苦無の発注、その全て使徒様の国庫から出ているのだけれど、これはどう言うことかしら?」
「……それはかていです。私利私欲は入っていません」
「……そう。それじゃ遠藤様の苦無の本数と照らし合わせるわね」
「すみませんでした!!」
やはり土下座に関してはスペシャリストらしい。
雫はお姫様な話が好きなのでこういうトータスのニュアンスも独自で学習しています。
時々思うのですが本当に地球に帰る気があるのでしょうか?(勇者を除く