過去のアビスゲート卿から   作:旅人アクア

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Flag.15 <初めてのおつかい:後編>

 再開発地域(スラム街)の一画にある少し大きめの家。

 

 この辺り一帯にある布や板で修繕された崩れかけの家々と違い、隙間風すらほとんど入ってこないまともな家だ。

 

 スラム街の住人にとってその家は、畏怖の対象が住んでいる家であり近付くことはあまりない。

 そんな物騒な家の応接間らしき場所に、遠藤とリゼと厳つい顔をした番頭役はいた。

 

 ちなみに椅子に座っているのは番頭役と遠藤だけであり、リゼは遠藤の斜め後ろに立っている。

 

 番頭役は傍目から見ても分かるくらいには疲れていて、遠藤はそんな様子に何も言えずにいた。

 

 リゼはそんな男の様子に目を光らせながらも、何か罠はないかと周囲を警戒していた。

 

 

「えっーと、なんかすみません」

 

 

 とりあえず謝罪をすることにしたのだが、心の中のミニ厨二遠藤が顔を出して『どことなく渋い感じでゲンドウポーズをしたらカッコよくね?』などと囁きだしたものだから思わず吹きそうになった。

 

 それに気を良くしたミニ厨二遠藤が何か言ってくるが、有無を言わさず即行で奥底に沈めておく。

 

 気を取り直して何も言わない番頭役の方をしっかりと見る。

 

 謝罪をするというのは、それ即ち過ちを認める行為なので安易にしてはいけないのだが、大体のことはとりあえず謝っておけばなんとかなる……クレーマー以外は。

 

 そんな風に考えていると、番頭役はそれはもう休日出勤明けのサラリーマンのような顔をしながら、とても深い溜息を吐いた。

 

 

「……もうええで。オタクらもナンか事情があってここに来たんやろ? ただもうちぃとだけ胃に優しい方でお願いしたいわ」

 

 

 なんというか凄く居た堪れない気持ちになって来た。

 

 先ほどまでゴミは処分したらいいとか言ってたリゼですら、少し哀れんでいるような表情で見ていた。

 

 番頭役は立ち上がって近くの棚に置いてあった水差しとコップを取り、水を入れて飲み干した。

 

 そうして元の席に着くとこれまた深い溜息を吐いて、テーブルに突っ伏した。

 

 

「俺が何をしたってんだよ……。一人でここを任されてよ……。やれ喧嘩がどうだ、やれ俺の方が強いはずだ……。そんな争いばかりでよ……。そんなの知るかよ、お頭に言えよ……。適当に折り合いつけろよ……。ようやく収束が見えたと思ったらこれだ……。危険な仕事せんで良かったのかもう分からん……。はぁ……」

 

 

 この人結構きてるっぽい。

 

 俺達がいるのお構いなく心の声がダダ漏れだよ。

 

 あまりにも忍びなさすぎて袋からあるものを取り出した。

 

 ごとりとわざとらしく音を立ててとある瓶を置くと、物音に気がついた番頭役は、突っ伏していた状態から顔を上げた。

 

 

「なんだぁ……兄ちゃんよぉ」

 

「胃に優しい胃薬だ。実験がてらに作っておいた奴だから飲み込んでみてくれ」

 

 

 実は地球の医学を学んだり、トータスの雑草やら薬草やらを研究していたときに色々な効果がある素材を発見していたりする。

 

 その素材をエミリーと一緒に創薬したり改良したりして、数々の薬を作り出して、そのうちの一つの完成した薬がこれだ。

 

 レシピ自体はすごく簡単で、記憶にある手軽に作れる薬は大体作っておいてある。

 

 とはいえちゃんとした施設で作った訳でもなく代用で作った薬もあるので、効き目がどの程落ちているのかは把握していない。

 

 非臨床実験自体は済ませてあるのでそこまでの危険性もない。

 

 因みにちゃんとした正規改良版の薬の愛用者は、マグダネス局長だったりする。

 

 最初はヴァネッサを返しに行くときの粗品だったのだが、今では常備しているらしい。

 

 

「(貴方様は薬師にも通じていらっしゃるのですか?)」

 

 

 リゼは表情こそは変化がないようにしていたみたいだが、驚いていたようで早口で耳打ちしてきた。

 

 肯定の意で軽く頷いておいた。

 

 トータスには毒味の文化があるので先に胃薬を飲もうとしたのだが、それよりも素早く番頭役は出された瓶から胃薬を取り出して、一瞬で飲み込んだ。

 

 噛み砕かずに飲み込んだ番頭役にホッとしながらも(効果は変わらないが凄く不味い)躊躇いもなくゴクリと飲む様子に驚く。

 

 まさか毒のことを一切考えず飲み込むとは思わなかった。

 

 

「んっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ー。気持ち軽くなったきーするわ」

 

「あ、はい」

 

 

 地球産の胃薬よりもかなり早めに効いたりはするが、その即効性は最早プラシーボ効果では無いだろうか。

 

 驚いていた様子に少し精神力を回復させたのか、少し気怠い具合ではあったが顔をすこし緩ませた。

 

 

「毒味か? 別に信用してる訳じゃねーが、仮にも使徒様がこんな木っ端な輩を殺すわけがねーよ」

 

 

 どうやら最初から俺が使徒であると気がついていたようで、木っ端な自分を毒殺する訳がないと踏んでいたようだ。

 

 個人的には使徒であると覚えていたことに涙を隠せない。

 

 子犬を捜索していた時ですら誰しも記憶していなかったのに。

 

 突然目尻に涙を貯め出したの遠藤を見て、毒味なしで飲まれたことが初めてだったのかと驚愕する番頭役。

 

 食い違いをはっきりと分かりながらもリゼは別のことを口にした。

 

 

「ついさっき言っていた危険な仕事とはなんですか?」

 

 

 その質問に番頭役は苦悶の表情を浮かべた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 事の始まりはおよそ一週間ほど前のことだ。

 

 魔族との戦況が徐々に不利になっていくなか、何も知らない人達でさえ澱む空気を感じ取ってか、悲壮感を漂わせていった【ハイリヒ王国】。

 

 そんな時期に使徒は現れたとなって、街は浮かれていたらしい。

 

 噂には尾ひれ背びれがつきまくって最終的には、勇者の聖剣たった一振りで魔族は瞬殺することができるなど言われていた。

 

 スラム街の住人はいつものようにスリをしていたらしいが、街中が高揚していた為かいつも以上に成果を手に入れていたみたいだ。

 

 まぁ貯めるという概念がない住人達は翌日にはすっからかんにしたとか。

 

 それはともかく、事件が起こったのは二日前の夜。

 

 スリを行なっていた住人達を中心に十数人が殺された。

 

 それだけなら何らかの報復行為だろうと見当を付けていたが、更に城下町でも惨殺死体が発見されたらしい。

 

 衛兵の調査で金品が一切無くなっていたことから、盗賊だということで犯人を捜索していたみたいだが、見つかるどころか警邏中の人も含めて殺されていたって話だ。

 

 これはヤバイと危機感を感じて騎士団にも頼んだみたいだが、上層部から自分で対処しろと蹴られたらしい。

 

 今でも住人達と城下町の人が殺され続けてる。

 

 頭は島が荒らされてるってことで、カンカンになって犯人を探している。

 

 衛兵達も何かしら手を打つみたいだが、今のところは手をこまねいてるらしい。

 

 

 番頭役の話を要約するとこんな感じだ。

 

 因みにその盗賊の行動時間は夜中らしい。

 

 頭は事が起きる前に捕まえる気なのか、ただの脳筋なのか。

 

 番頭役の表情を見るに後者っぽい。

 

 話している間に胃薬が効いたのか、幾分か表情が柔らかくなっていた。

 

 その後、全身ピンク1m越えの子犬は見なかったかと聞いたが、そんな特殊個体がいたら嫌でも目も耳もすると言われた。

 

 結局ここまできたのに収穫なしというオチだった。

 

 

「子犬、見当たりませんでしたね……」

 

 

 今は夕陽照らす帰り道である。

 

 リゼが俺の後ろを歩きながら肩を落としたように呟いた。

 

 ここまできて収穫0というのは少し悲しくなる。

 

 なんだかんだ言って、流石にここまできたら見つかるか手掛かりを掴めると思っていたのに予想外だ。

 

 

「まぁ、あれから交渉して、何かあれば知らせて下さいと約束を取り付けれただけマシじゃないかな? 保険としては十分だろうし」

 

 

 スラム街の番頭役とは、月一で胃薬を届けるので情報を降ろしてくれという契約を交わした。

 

 この先何が起きるかという記憶は持っているが、細く覚えている訳ではなく、基本的には迷宮のことしか覚えていない。

 

 更に【ホルアド】で泊まっては【オルクス迷宮】へ行くということを繰り返していた為あまり把握していない。

 

 情報は集めれるだけ集めたほうがいいとは魔王は言っていた。

 

 トータスではそこまで情報収集癖はなかったのだが何かあったのだろうか。

 

 ともかくこれから徐々に未来を変えて行くことにおいて、少しでも情報はあった方がいいだろう。

 

 

「依頼失敗です」

 

 

 ああ、夕陽は綺麗だし仕事終わりの街並みもいいな。

 

 全く賑やかしすぎて隣で喋っている声も聞こえないくらいだ、うん。

 

 

「貴方様、任務失敗ですよ」

 

 

 あーあー聞こえない聞こえない。

 

 周りのガヤガヤ音で全く何も聞こえないなー、はっはー。

 

 

「アビス男爵と――」

 

「待って! それは流石にやめてぇ!」

 

 

 今後ずっとアビス呼びとか俺も胃薬愛用者になるし、羞恥心で悶絶死する未来しか見えない。

 

 振り向いて懇願するとリゼはにっこり笑みを浮かべながら話し出す。

 

 

「これまで一度も失敗したことはないんですよ」

 

「はい」

 

「任務失敗数は履歴に残ります」

 

「はい」

 

「ではそれ相応の……ふふっ冗談ですよ」

 

 

 かなり真剣な表情をしていた遠藤の顔を見て、リゼは笑い出した。

 

 少々ふて腐れた感じの遠藤を見ながらリゼは紡ぐ。

 

 

「実は申し上げていませんでしたが、任務失敗になるのは基本一週間後です。変な事は御存知なのに一般的なことは御存知ならないのですね」

 

 

 遠藤がトータスにいた期間は結構長かったが、それでも知らないことの方が多い。

 

 ギルドは勿論のこと、待合馬車の辛さや他の街の景色と風習などなど。

 

 トータスの一般常識ですら知らないケースもある。

 

 遠藤は深く溜息をついて言った。

 

 

「もう少しトータスのことを勉強しておくよ」

 

「畏まりました」

 

 

 王宮に戻るまで適当に世間話をしながら、途中リゼは自分にしか聞こえないような声量でポツリと呟いた。

 

 それはまるでしっかりと言葉の意味を確認して噛みしめるが如く。

 

 

「(遠藤様には恋人がいるんでしょうね……)」

 

 

 その声は確かに遠藤の耳には届いていなかった。

 

 何故なら遠藤は別のことに気を取られていたからだ

 

「――なんでも王宮に勤めている騎士が殺されたらしい」

 

 遠藤は一瞬、時が止まったように感じた。




遠藤くんが魔物を狩りまくった影響ですので、原作では起きていないという設定。
何も起きてないじゃん!という方、まだ内容的には続きます。
ちなみにこの事態を下手に放置すると割と簡単に国が滅んだりする予定。
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