月明かりが地上へと零れ落ちゆく真夜中。
外門から城門へと真っ直ぐに続く大通りでは、申し訳程度の仄かな灯りが先行く道を照らし導いている。
いつも通りの日常であったなら、ある一部を除いた全てが塗り潰された闇と耳障りな静寂で真夜中の街を支配するのだが、今日の【ハイリヒ王国】では装いが違った。
漆黒の闇夜を照らす流星が如く、城下街ではカンテラを携えた警邏中の衛兵達が規則正しく巡り歩いている。
衛兵達は3人編成で街中を警邏をしており、そのグループ数は凡そ30組だ。
厳重な警戒体制となっているが、警邏中の彼らは知っている。
この哨戒があまり意味をなさない苦肉の策であるということを。
それでも城下街を、強いては国を守るために弱音を吐きそうな心を叱咤して歩き続ける。
そんなある種の賑わいを見せる冷たい街の中、屋根から屋根へと跳び移って走りゆく影があった。
出来得る限りの隠蔽が施された黒のマントに身を包んで、足早にあるポイントへと向かっていた。
全ての家々が灯りをも消しさって静寂に静まり返っているなか、一つのお店だけが煌々と地上の月明かりのように辺りを照らしていた。
酒場である。
平時の酒場であったなら、建物の中は冒険者たちの喧騒に包まれていたのだが、今は王国騎士団達の拠点として活動していた。
そのポイント【ルーナ】へ到着した影は屋根で軽く息を整え、鼻まで覆っていた覆面を下げて意識を切り替える為に大きく息を吐いた。
「(俺が招いた変化は、俺がケジメをつけるべきだ)」
自分自身に言葉を刻みようにポツリと呟く。
下げていた覆面を元に戻し、いつの間にかポケットに入っていた〝夜目〟が付加されたアーティファクト“サングラス”をかける。
それは遠藤浩介の姿であった。
★☆★☆★☆★☆★☆
王国騎士団所属のアランが殺された。
そんな凶報がクラスメイト達に入ってきたのは、夕食を終えてのんびり談笑しているところにやって来た二人組の衛兵達からであった。
「メルド団長っ!! 今日発見された遺体ですが、王国騎士団団員のアランであることが判明しましたっ!!」
慌てていたのかクラスメイト達がいるのにも関わらず報告していた。
そのことに気がついたのは報告後で、伝達役を担っていた衛兵達は慌てていたがもう手遅れであった。
伝達役の焦燥感がクラスメイト達の空気に一瞬で感染し、瞬く間に食堂は動揺と混乱の空気に包まれた。
ほとんどの者が動揺を露わにし、見えぬ悪意に恐怖していた。
普段なら光輝がみんなを鎮める為に何か言っていたが、勇者パーティの面々は驚愕と悲痛な表情が入り混じった顔をしていた。
メルド団長は伝達役の失態に苦い顔をするも忽然と立ち上がり両手を叩いた。
その音に驚いたクラスメイト達は一瞬で静まり返り、騒めいていた食堂はいつもより音がしなくなる。
「手違いで聞かせる予定のなかったことを聞かせてしまった、すまない」
そう言ってメルド団長は頭を下げた。
メルド団長が頭を下げている光景を見て、少し現実味が掴めたのか恐怖する人、名前は覚えていないが近しい人が亡くなったのだろうと悲しむ人、アラン騎士を知っていて茫然としている人、アラン騎士を知っていて哀しむ人、そんな風にクラスメイト達の想いは別れた。
前半と後半の割合には差があり、ほとんどのクラスメイト達はアランの顔と名前が一致してない様子だった。
(な……ぜ……?)
この報せを聞いた俺は酷く混乱した。
だがしかし、一方で心の奥底の何処かでは理解していた。
なんとなく胸騒ぎはしていたのだ。
今日、スラム街から大通りへ戻って王宮に帰る最中、街の人々が食べ歩き出来るご飯を片手に色々な噂話をしていた。
ただそれだけならいつもの事なので何も思わず、周囲を気を配りながらぶつからないように歩くだけだったのだが、とある男の一つの言葉が耳に入った。
『――なんでも王宮に勤めている騎士が殺されたらしい』
自分の体からすっと血の気が抜けていくのを感じた。
以前のこの時期に、死んだ騎士団員はいなかったはずだ。
いや、もしかしたら気に掛けて邪魔しないように内々で処理をしていたのかもしれない。
本格的に戦う前だったから覚えていない騎士団員がいなくなっただけなのかも知れない。
訓練中に出会った騎士団員の顔と名前は全て知っていたのに、何故か言い訳でもしているかのようにそんな事を考えていた。
全く思考が落ち着かないまま食事を摂って、時折スプーンを落とす姿に健太郎や重吾は心配して声をかけていてくれていた。
親友達の声も耳に届かず重吾が何かしようとしていた、そんな時に伝達役の衛兵達が、記憶にない登場の仕方でやってきた。
それが王国騎士団所属のアランの訃報だった。
(なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ――――)
頭がいたくて吐き気がするほどに混乱していた。
少なくとも彼は魔人達がやってくる前までは生きていたはずだ。
そして俺を庇って死んでしまったはずだ。
遠い過去に幾度か手解きを受けていた記憶が走馬灯のように蘇ってきた。
手の震えは治るどころか更に酷くなっていく。
「メルド団長。その……どうしてアランさんは亡くなったのでしょうか?」
光輝がおずおずとメルド団長に聞いていた。
光輝もアランという男を知っていたのか少し堪えているようだ。
隣にいる龍太郎や雫、香織の勇者パーティも言葉を失っていた。
「アランの手解きを受けていたのは……お前達だったか。だからこそ……余計に言えぬ」
「どうしてですか!!?」
バンッと両手で勢いよく机を叩き、立ち上がる光輝。
その目尻には堪えようもない涙が蓄えられていた。
その姿を見てメルド団長は【ハイリヒ王国】としての理由を語った。
「お前達は……もっと言えば中心にいる光輝、お前達が恐らく報復しようと出掛けるからだ」
その言葉に戸惑いを隠せていなかった。
やはり光輝は復讐とはいかなくても仇討はしようと考えていたみたいだ。
言葉を詰まらせていた光輝に諭すように言葉を続ける。
「勿論お前達の意思は嬉しいし、出来ることならばお前達の意思を尊重したい。だがな……お前達は人類の希望を託された使徒だ。たった王国騎士団団員一人の為だけに命を賭すものでもない。お前達は振り向かずに力を蓄えて生きていかなければならない。少なくともその心だけでアランは報われるだろう」
「俺達が……俺達が頑張れば不可能ではないはずだ!!俺達には力があるんだ!俺達には――」
「光輝!!!!」
メルド団長は大きな声で光輝を叱咤する。
言い訳のように言葉を紡いでいた光輝は言葉を詰まらせた。
悲痛な面持ちで宙を見上げるメルド団長。
そして覚悟したかのように光輝をずっしりと見た。
「本当は伝える予定のなかった事なのだが……、今となってはその方が良かったのかも知れないな。仮にも【ハイリヒ王国】が誇る王国騎士団団員が負けたのだ。その時点で君達が勝てる要素は限りなくゼロに近い。……衛兵達!」
「はっ!!」
苦虫を噛み潰したような顔をして、しかしながら王国騎士団団長として指令を下す。
「光輝をひっ捕らえて日が昇るまでは監視しておけ、それがしくじったお前達の罰だ」
「……はっ!!!」
「ちょっ、ちょっとそれは!!?」
衛兵達は一瞬戸惑いを見せるもメルド団長の頑なな視線を受けて即座に動き出す。
光輝はそんな指令を下したメルド団長に対して茫然としていた。
クラスメイトもいきなりの急展開に目を回していた。
雫だけが咄嗟に立ち上がり、待ったの声をかけるもメルド団長は眉根一つ動かさない。
光輝が力なく衛兵達に掴まれているのを確認してからメルド団長は雫に視線を変えた。
その有無を言わさぬ気迫に押し負けそうになるも日頃の八重樫剣道のおかげかしっかり立っていた。
メルド団長は静かに溜息をついた。
「……大丈夫だ。貴族専用に仮牢屋に入れておくだけだ。そもそも明日には解放させる。……面会はさせぬぞ?」
龍太郎の視線にメルド団長はそう言った。
暗に脱獄させる機会なんて与えぬぞと言っていた。
龍太郎はメルド団長を睨むが不退転の意として龍太郎の目を見続けていた。
光輝が衛兵達に連れて行かれ、食堂の扉が閉まる。
「八重樫、座れ……座るんだ」
雫もメルド団長の視線を受けて人形の糸が切れたようにストンと椅子に座った。
メルド団長は痛む頭を抑えながら、それでもしっかりと言葉で話す。
「お前達も光輝を死なせるのは不本意であるはずだ。八重樫なら冷静に見れば分かるだろう」
「……ぇぇ」
雫は小さく小さく頷いた。
その事に腹を立てたのか龍太郎は立ち上がる。
今にも胸倉を掴みそうな勢いで雫に攻め寄った。
「雫!! お前っ!!」
「この状況が分からないって言うの!!?」
雫は涙を流しながら龍太郎のことをキッと睨んだ。
雫の涙を見てうっと止まり勢いが冷静になる。
その光景をメルド団長は苦渋の表情で見ていた。
あまり捕らえたく無いのではあろう、出来れば黙ってくれと願っているようだった。
それに気が付いたのか香織は二人に声をかけた。
「雫ちゃん、龍太郎くん。二人の気持ちもよく分かるよ。だからもう少し抑えよ? 光輝くんもこんな事は望んでいないと思うよ?」
その言葉に戸惑いを見せて龍太郎はゆっくりとだが椅子に座り込んだ。
雫もコクリと香織に感謝の意を送る。
メルド団長は下さずに済んだ判断に気構えが少し落ち着くも、それでもクラスメイト達をしっかりと見回した。
「これより王宮から出ることを禁ずる。不用意な真似を見せたら直ぐにでも捕らえる」
そう言って食堂からメルド団長は出た。
クラスメイト達はほとんど揃っているのに、それは静かな食堂だった。
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「貴方様、行かれるのですか?」
「っ!!……ああ、行くよ。行かなければ、ならないんだ」
「貴方様が死地に赴くほど、アランとお関わりあいがあったでしょうか?」
「そういう訳じゃない。更に死ぬつもりも毛頭無い」
「では何故行かれるのですか?」
「これは……、……そうだな、ケジメだ」
「ケジメ……ですか?」
「詳しい理由は言えない。言えなくてごめん。だが、これは俺がやるべき事なんだ。……だから退いてくれ」
「断る……なんて申し上げたら如何なさいますか?」
「無理を通してでも行かせてもらう」
「承知しました。では死地に赴かせない為に私は立ち塞がりましょう」
「……退いてはくれないんだな」
「貴方様の為です」
「……そうか。……ところで甘い匂いがしないか?」
「!!? まさかっ!!」
「胃薬以外にもこういうのを知っていてね。後遺症はないから心配しないでくれ。では行くよ」
「まっ……」
夜に怯えて眠れなかったある者は、一瞬だけだが幻想的な光景を見たという。
それは、まるで月夜が遣わしたかのような真っ黒な黒装束に身を包んで空を翔けていく使者の姿を。
小話:アレンとアランをよく間違えるので嫌いです。
因みにメルド団長の打った手は最善手に見えて悪手です。
ですが追い詰められればられる程本領を発揮するとは思わないでしょう。
とは言え彼の気持ちも分からなくないのですが。
まぁ連れて言っても殺せなくて面倒といえば面倒です。